骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第5部まで公開】

雨宮ソウスケ

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第3部

第八章 太陽を掌に④

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 燦は一足飛びで跳んだ。
 たった一歩で間合いを詰める。
 そして渾身の前蹴りを、巨猿の腹部へと叩きつけた!

『――ぐおッ!』

 四本腕の巨猿は目を見開き、大きく吹き飛ばされた。
 そのまま、積み立てられたコンテナに直撃する。

『てめえッ!』

 牛頭と馬頭の二つの頭を持つ巨人が、拳を振り上げた。
 燦の頭よりも遥かに大きい拳だ。
 けれど、燦は怯む様子もなく間合いを詰めた。
 そして、炎雷を纏う小さな拳で、巨人の腹部を撃ち抜いた。
 巨人もまた、大きく吹き飛ばされることになった。

『このガキがッ!』

 残された、三尾の狐が襲い掛かる!
 アギトを大きく開いて、燦の上半身を丸呑みにしようとするが、
 ――ガッ!
 上下の牙を掴んで、燦はアギトを止めた。
 グググッ、と腕と牙が拮抗する。が、

「――はあっ!」

 ――バチンッ!
 突然、燦が巨大な雷光を放った。
 全身から溢れた雷光は、三尾の狐を呑み込んで荒れ狂う。

『ぐあああああああッ!』

 堪らず、三尾の狐は間合いを大きく取った。
 その隙を、燦は見逃さない。
 大きくジャンプして回転。ミサイルのような跳び蹴りを放った!

『――があッ!?』

 その蹴りは、三尾の狐の横腹に直撃した。
 ビキビキッと音を立てて、三尾の狐も吹き飛ばされることになった。
 燦は着地し、火炎のドレスを揺らめかせて拳を構えた。
 ふうっと小さく息を吐く。

 すると、

「……おお。すっげえナ」

 その時。
 パチパチ、と隻眼の男が拍手を贈った。

「独力だけで象徴者シンボルホルダー三人相手にして渡り合うカ。流石は火緋神の直系だナ。だガ」

 左手を上げる。
 途端、四本腕の巨猿、牛頭と馬頭の巨人、三尾の狐が立ち上がった。
 ダメージはあるようだが、模擬象徴デミ・シンボルが解かれるほどではない。

「一対一なら勝てたかもナ。けど、これはお上品な試合じゃネエ。数で圧させて……」

 と、告げようとした時だった。

「……は?」

 隻眼の男――ワンが目を丸くした。
 おもむろに、炎の少女の両足が地面から浮いたからだ。

「舐めないでよ」

 バチバチッと両足から雷光を放って、燦が言う。

「今のあたしは、いつもの五倍は強いのよ!」

 そう叫ぶなり、燦の姿がかき消えた。
 次の瞬間には、巨人の目の前にいた。
 超高速の移動だった。このコンテナ倉庫は主に鉄骨製だ。
 それは、電磁力を利用した超電導移動リニアムーブだった。
 目にも映らない速度のまま、燦は再び拳を叩きつけた!
 その威力は、先程までの比ではない。
 拳を受けた巨人は、幾つもコンテナを撃ち抜いて倉庫の奥に消えた。

「まだまだ行くわよ!」

 燦の勢いは止まらない。
 巨猿の乱打をかわすと、一瞬で間合いを取り直し、再び超電導移動リニアムーブ。超速の飛び蹴りで巨猿の眉間を撃ち抜いた。まさに雷の矢である。
 巨猿も耐えきれず、遥か後方へと吹き飛んでいった。燦は再び加速。今度は超電導移動リニアムーブを連続で使用する。あちらこちらに一瞬だけ姿を現す少女に、三尾の狐は動揺した。

『――くそッ! どこだ!』

 目で追おうとしたが、あっという間に見失った。
 その次の瞬間、
 ――ズドンッ!
 三尾の狐のあごを、炎の拳が撃ち抜いた!
 狐の巨体が宙に跳ね跳び、天井にまで叩きつけられる。ガゴンッと一部を粉砕し、三尾の狐は地面に落ちてきた。地面に叩きつけられ、その場に横たわる。
 そうして数瞬後には三尾の狐の姿は崩れていき、気を失った男の姿が露になった。

「………………」

 ワンは、無言でその様子を一瞥した。

「ふふん。どうよ!」

 燦が、とても慎ましい胸を張って鼻を鳴らした。

「場所が悪かったわね。ちょうでんどう? よく分かんないけど、鉄の多い場所なら、あたしは無敵なのよ」

「……こいつは想定外だったカ」

 ワンが、ポツリと呟く。
 途端、エボンを筆頭に、残った男たちがポケットからある物を取り出した。
 それは、すべて無痛注射器だった。
 流石に燦も顔色を変える。が、

「……やめとケ」

 それは、ワンが止めた。

「これ以上、騒がれんのも面倒だしナ。俺がやるヨ」

 言って、ワンはゆっくりと歩き出した。
 燦は警戒するが、どうしてか、ワンは無痛注射器を取り出す気配はない。

(何かの罠? けど!)

 燦はわずかに体を浮かせて、加速に入った。
 再び超電導移動リニアムーブの連続使用。
 注射器を取り出す動きを見せるのなら、すぐに邪魔するつもりだった。
 しかし、燦のその目算は――。

「―――え」

 いきなり目の前に現れた、巨大な手によって防がれてしまった。
 ――ドンッ!

「あうっ!」

 巨大な掌に、燦の小さな体は叩きつけられる。
 ぐらりと揺れたところを、その巨大な手に、燦は囚われてしまった。
 燦は目を瞠った。
 その手はワンのものだった。左腕だけが巨大化していたのだ。
 金色の剛毛を生やした猿のような手だった。

「な、なんで!」

 燦は叫ぶ。

「注射器なんて使ってないのに!」

「俺は特に適合率が高くてナ」

 ワンは、ニタリと笑った。

「片腕ぐらいなら、薬物を使わんでも顕現できるのサ」

 言って、巨椀で燦の体を軽々と掲げた。

「確かに速いが、動きが単調すぎたナ。もっとフェイントも憶えるべきだゾ」

「――クッ!」

 巨椀の手の中で、燦は歯を軋ませた。
 炎と雷を放出するが、金色の巨椀の握力が緩む気配はない。

「さテ。儀式には、お前が必要なんだガ」

 ワンは、倉庫の壁に目をやった。

「儀式が始まるまでの間、死んでなきゃいいことだしナ。少し大人しくなってもらうカ」

 そう呟いて、巨椀を大きく振りかぶった。
 燦が青ざめる。
 そして、
 ――ゴウッ!
 燦の体は、凄まじい速度で投げられた。
 壁に向かって数百キロの速度だ。
 この勢いで壁に直撃すれば、魂力で補強された燦の体でも重傷は免れない。
 しかし、死ぬことまではない。それを見越した投擲だった。

「どっか~ん」

 投げた直後に、ワンがそう呟いた、その時だった。

「………は?」

 思わず、ワンは目を丸くした。
 即座に壁に直撃するはずだった少女が、宙空でいきなり減速したのだ。
 勢いは一気に殺されていく。
 そして遂には、燦は宙空で止まることになった。
 ワンも、エボンたちも唖然としていた。

「え? え?」

 この現象に困惑したのは、燦も同じだった。
 何かとても柔らかにものに包まれているのは分かるが、これが何なのか分からない。

「えええ! な、なにこれ!?」

 驚愕の声を上げた、その瞬間である。
 ――ドンっ、と。
 今度は、上へと吹き飛ばされたのだ。
 速度はかなり落ちてるが、燦は驚愕するだけで体勢を整えることも出来ない。

「うわうわうわッ!」

 空中で、ジタバタするばかりだった。
 天井近くまで跳ね上げられた後、燦は落下した。
 両足で着地すべきなのだが、まだ動揺していて燦はそこまで頭が回らなかった。
 ただ、ギュッと目を瞑る。
 そして――。
 ――トスンっと。
 燦は、優しく強く受け止められた。
 両手で腰を支えられた姿勢だ。

「え? ふえ?」

 燦は目を瞬かせる。と、

「……どうやら間に合ったようだな」

 そんな声が、すぐ近くから聞こえてきた。
 燦は、ハッとして顔を下げた。
 そして瞳を輝かせる。

「あ……」

 自分を両手で支える彼の顔を見て、大きな声で叫んだ。

「――おじさんっ!」

「……はァ」

 再会するなり、おじさん呼ばわりされて少しヘコみつつも、

「まあ、元気そうで何よりだ」

 苦笑を浮かべて、そう返す真刃だった。
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