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第4部
第五章 夜明けは遠く①
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「――くそがッ!」
咲川温泉の一角。
とある旅館の中で、金堂岳士は怒気を吐き捨てた。
「何が楽しもうだ! あの屑野郎が!」
これまでの三夜。
岳士たちは、この温泉街の寄合場に囚われていた。
食料と、医療器具に薬品。
それだけを、あの黄金の女に与えられていた。
岳士たちはその医療器具や薬品で、どうにか傷の手当てをして生き延びていた。
しかし、ずっと疑問に思っていた。
寄合場は大きな建屋ではあるが、これだけの大人数が呻き声や、時には治療で絶叫を上げる者もいたというのに、全く外の人間に気付かれる様子がないのだ。
だが、その疑問も、今夜解けた。
なにせ、つい先程まで寄合場に仲間たちと共にいたのに、突如、全く別の場所へと移動させられたのである。
こんな芸当が出来るのなら、寄合場の隔離ぐらい容易いだろう。
(どこまで化け物なんだ。あの野郎は)
――やはり怪物。
あの男も、あの女も、恐らくは怪異。鬼や妖の類だ。
(だが、それでも俺は死ぬ訳にはいかねえ。多江のためにも)
ギリ、と歯を軋ませる。と、
「金堂さん!」
仲間の一人が、声を張り上げた。
突如、旅館――しかも女房と一緒に泊った宿――に移動させられた岳士だったが、ここには他にも五人の仲間がいた。どうやらある程度、人数を分けて飛ばしたようだ。
岳士と親しい、坊ちゃんや先生の姿はない。
恐らく、彼らも別の場所へと飛ばされているのだろう。
「あそこだ!」
仲間が、指を差す。
示す先は玄関先。そこには無数の刀や槍、斧が突き立てられていた。
「武具の提供は、いつも通りか」
岳士は、いつも通り斧を手に取った。
他の四人も、各々武具を取る。
「……金堂さん」
槍を手にした青年が尋ねる。
「さっきのあの男の言葉。どう思う?」
「『ぼー……何たらないと』とかいう奴か?」
聞きなれない言葉に、岳士は眉をひそめる。
「言葉の意味は分かんねえが、今日の相手は、今までの化け物よりも弱いってことだよな?」
「額面通りならな。だが、数を増やすとも言っていた」
槍の青年は、険しい表情を見せた。
「今までの化け物は、大きさは虎ほど。数は十体程度だった。なら今回は……」
青年の言葉を岳士が継いだ。
「弱いってのを信じるなら犬か狼ぐらいか。けど、数は……」
岳士は、斧の柄を強く握った。
「倍以上は、覚悟しといた方がいいかもな」
岳士の言葉に、四人の男も神妙な顔つきで頷く。
「とりあえず孤立すんのはやべえ。みんな、お互いを支え合ってくれ」
「ああ」「分かっています」「おう」「金堂の旦那も気をつけろよ」
四人はそれぞれの返事をする。
岳士は、ニカっと笑った。
「まあ、お前らにも惚れた女がいんだろ? もう一度惚れた女を抱けずに死ねるかっての」
「はは」「確かに」「おうともさ!」
四人の内、三人は笑った。
しかし、一人だけは、
「いや、実は、俺はまだなんですよね……」
そんなことを言う。
岳士たちは、目を丸くした。
彼は、この集団の中でも最も若い。
二十歳になったばかりぐらいの青年だった。
青年は、刀をぐっと握りしめてから、頬をかいた。
「その、今回の旅行で初めて……のつもりだったんですよ」
「うわあ。そいつは災難」「最悪だよな」「おいおい」
男たちは、苦笑を浮かべる。
岳士も、ふっと笑みを零していた。
「そいつは、ますますもって死ぬ訳にはいかねえな」
「……もちろんです」
青年は、少し顔を赤くして言う。
「幸は幼馴染で、とても臆病な娘なんです。昔から俺以外の男だと会話するのも怯えるぐらいに。俺はあいつを大切にしたいんです。幸せにするって決めているんです」
「……そっか」
仲間の一人が青年の肩を、ポンと叩いた。
「じゃあ、しっかり今夜も生き延びねえとな」
言って、玄関へと先に降りた。
刀を肩に担ぎ、引き戸に手をかける。
「まあ、その大切なさっちゃんの大事な初めてを、お前が貰ってやんねえといけねえしな」
少しだけ下品な笑みを見せつつ、そう言って引き戸を開けた。
途端、岳士たちは硬直した。
全員が、大きく目を瞠っている。
「……え?」
岳士たちの方に視線を向けていた男も、ギョッとして前へと目をやった。
すると、そこには――。
「「「おオオオオアおおおおオアあああああ……」」」
腐敗。腐乱。腐臭。
そこには、それらが蠢くようにあった。
引きちぎられた衣類。今にも零れ落ちそうな眼球。骨の見える腕。
無数の動く死体が、引き戸のすぐ傍に佇んでいたのだ。
――屍鬼。
化け物にもなれなかった最下級の我霊の群れが、そこにいた。
「うわああああああぁああああああああああ――ッッ!」
引き戸を開けた男が絶叫を上げる。
その直後、屍鬼の一体が、男の首筋に噛みついた。
そして、首の肉の大半を喰い千切る。
男は、ビクンッと大きく痙攣を起こして、その場で膝を崩した。
手に持っていた刀も、大量の鮮血と共に、ガランと玄関に落ちる。
屍鬼どもは倒れた男に群がった。四肢、胴体と容赦なく喰らいつく。
「わああああああ――ッッ!」
槍を持っていた青年が、横薙ぎに槍を振るった。
穂先が滑らかに空気を切り裂き、数体の屍鬼どもの首を刎ねた。
首を刎ねられた屍鬼どもは、糸が切れた人形のように倒れた。
相も変わらない凄まじく鋭利な刃だ。
――が、それによって、残りの屍鬼どもの標的に、槍の青年はされた。
「「「があああぁああああ―――ッ」」」
涎を撒き散らして、青年へと襲い掛かる!
そのおぞましさは、昨夜までの化け物の比ではない。
「――ひいッ!」
槍の青年は、恐怖で身を竦ませた。
「危ねえ!」
それに素早く反応したのは岳士だった。
手に持った斧を屍鬼に投げつける!
一体が斧で吹き飛ばされる。
「逃げろ! 旅館の奥にだ!」
「あ、ああ! 分かった!」
槍の青年は、ハッと正気に返った。
武器の山から刀を二本取って廊下を走り出す岳士と、後に続く他の仲間たち。
槍の青年も、一振りで間合いを取ってから、彼らの後に続いた。
だが、その後を屍鬼どもが追ってくる。
骨が欠け、肉が削ぎ落ちた緩慢な動きではない。
獣のように、四肢を使って追ってくるのだ。
(あれが弱敵だと!)
走りながら、岳士は歯を軋ませた。
いきなり、大切な仲間の一人を失ってしまった。
(確かにこれまでの化け物よりは弱えェ。だが、何なんだあの数は!)
ここだけでも十数体はいる。
旅館の外には、さらにいるに違いない。
「何が一人も死なねえかも知んねえだ!」
岳士は吐き捨てた。
「あの屑野郎! 今夜で俺らを鏖にする気だ!」
咲川温泉の一角。
とある旅館の中で、金堂岳士は怒気を吐き捨てた。
「何が楽しもうだ! あの屑野郎が!」
これまでの三夜。
岳士たちは、この温泉街の寄合場に囚われていた。
食料と、医療器具に薬品。
それだけを、あの黄金の女に与えられていた。
岳士たちはその医療器具や薬品で、どうにか傷の手当てをして生き延びていた。
しかし、ずっと疑問に思っていた。
寄合場は大きな建屋ではあるが、これだけの大人数が呻き声や、時には治療で絶叫を上げる者もいたというのに、全く外の人間に気付かれる様子がないのだ。
だが、その疑問も、今夜解けた。
なにせ、つい先程まで寄合場に仲間たちと共にいたのに、突如、全く別の場所へと移動させられたのである。
こんな芸当が出来るのなら、寄合場の隔離ぐらい容易いだろう。
(どこまで化け物なんだ。あの野郎は)
――やはり怪物。
あの男も、あの女も、恐らくは怪異。鬼や妖の類だ。
(だが、それでも俺は死ぬ訳にはいかねえ。多江のためにも)
ギリ、と歯を軋ませる。と、
「金堂さん!」
仲間の一人が、声を張り上げた。
突如、旅館――しかも女房と一緒に泊った宿――に移動させられた岳士だったが、ここには他にも五人の仲間がいた。どうやらある程度、人数を分けて飛ばしたようだ。
岳士と親しい、坊ちゃんや先生の姿はない。
恐らく、彼らも別の場所へと飛ばされているのだろう。
「あそこだ!」
仲間が、指を差す。
示す先は玄関先。そこには無数の刀や槍、斧が突き立てられていた。
「武具の提供は、いつも通りか」
岳士は、いつも通り斧を手に取った。
他の四人も、各々武具を取る。
「……金堂さん」
槍を手にした青年が尋ねる。
「さっきのあの男の言葉。どう思う?」
「『ぼー……何たらないと』とかいう奴か?」
聞きなれない言葉に、岳士は眉をひそめる。
「言葉の意味は分かんねえが、今日の相手は、今までの化け物よりも弱いってことだよな?」
「額面通りならな。だが、数を増やすとも言っていた」
槍の青年は、険しい表情を見せた。
「今までの化け物は、大きさは虎ほど。数は十体程度だった。なら今回は……」
青年の言葉を岳士が継いだ。
「弱いってのを信じるなら犬か狼ぐらいか。けど、数は……」
岳士は、斧の柄を強く握った。
「倍以上は、覚悟しといた方がいいかもな」
岳士の言葉に、四人の男も神妙な顔つきで頷く。
「とりあえず孤立すんのはやべえ。みんな、お互いを支え合ってくれ」
「ああ」「分かっています」「おう」「金堂の旦那も気をつけろよ」
四人はそれぞれの返事をする。
岳士は、ニカっと笑った。
「まあ、お前らにも惚れた女がいんだろ? もう一度惚れた女を抱けずに死ねるかっての」
「はは」「確かに」「おうともさ!」
四人の内、三人は笑った。
しかし、一人だけは、
「いや、実は、俺はまだなんですよね……」
そんなことを言う。
岳士たちは、目を丸くした。
彼は、この集団の中でも最も若い。
二十歳になったばかりぐらいの青年だった。
青年は、刀をぐっと握りしめてから、頬をかいた。
「その、今回の旅行で初めて……のつもりだったんですよ」
「うわあ。そいつは災難」「最悪だよな」「おいおい」
男たちは、苦笑を浮かべる。
岳士も、ふっと笑みを零していた。
「そいつは、ますますもって死ぬ訳にはいかねえな」
「……もちろんです」
青年は、少し顔を赤くして言う。
「幸は幼馴染で、とても臆病な娘なんです。昔から俺以外の男だと会話するのも怯えるぐらいに。俺はあいつを大切にしたいんです。幸せにするって決めているんです」
「……そっか」
仲間の一人が青年の肩を、ポンと叩いた。
「じゃあ、しっかり今夜も生き延びねえとな」
言って、玄関へと先に降りた。
刀を肩に担ぎ、引き戸に手をかける。
「まあ、その大切なさっちゃんの大事な初めてを、お前が貰ってやんねえといけねえしな」
少しだけ下品な笑みを見せつつ、そう言って引き戸を開けた。
途端、岳士たちは硬直した。
全員が、大きく目を瞠っている。
「……え?」
岳士たちの方に視線を向けていた男も、ギョッとして前へと目をやった。
すると、そこには――。
「「「おオオオオアおおおおオアあああああ……」」」
腐敗。腐乱。腐臭。
そこには、それらが蠢くようにあった。
引きちぎられた衣類。今にも零れ落ちそうな眼球。骨の見える腕。
無数の動く死体が、引き戸のすぐ傍に佇んでいたのだ。
――屍鬼。
化け物にもなれなかった最下級の我霊の群れが、そこにいた。
「うわああああああぁああああああああああ――ッッ!」
引き戸を開けた男が絶叫を上げる。
その直後、屍鬼の一体が、男の首筋に噛みついた。
そして、首の肉の大半を喰い千切る。
男は、ビクンッと大きく痙攣を起こして、その場で膝を崩した。
手に持っていた刀も、大量の鮮血と共に、ガランと玄関に落ちる。
屍鬼どもは倒れた男に群がった。四肢、胴体と容赦なく喰らいつく。
「わああああああ――ッッ!」
槍を持っていた青年が、横薙ぎに槍を振るった。
穂先が滑らかに空気を切り裂き、数体の屍鬼どもの首を刎ねた。
首を刎ねられた屍鬼どもは、糸が切れた人形のように倒れた。
相も変わらない凄まじく鋭利な刃だ。
――が、それによって、残りの屍鬼どもの標的に、槍の青年はされた。
「「「があああぁああああ―――ッ」」」
涎を撒き散らして、青年へと襲い掛かる!
そのおぞましさは、昨夜までの化け物の比ではない。
「――ひいッ!」
槍の青年は、恐怖で身を竦ませた。
「危ねえ!」
それに素早く反応したのは岳士だった。
手に持った斧を屍鬼に投げつける!
一体が斧で吹き飛ばされる。
「逃げろ! 旅館の奥にだ!」
「あ、ああ! 分かった!」
槍の青年は、ハッと正気に返った。
武器の山から刀を二本取って廊下を走り出す岳士と、後に続く他の仲間たち。
槍の青年も、一振りで間合いを取ってから、彼らの後に続いた。
だが、その後を屍鬼どもが追ってくる。
骨が欠け、肉が削ぎ落ちた緩慢な動きではない。
獣のように、四肢を使って追ってくるのだ。
(あれが弱敵だと!)
走りながら、岳士は歯を軋ませた。
いきなり、大切な仲間の一人を失ってしまった。
(確かにこれまでの化け物よりは弱えェ。だが、何なんだあの数は!)
ここだけでも十数体はいる。
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