骸鬼王と、幸福の花嫁たち【第5部まで公開】

雨宮ソウスケ

文字の大きさ
183 / 205
第5部

第五章 暁の世界➄

しおりを挟む
 彼に師事を受けたのは、十二歳から十五歳までの三年間だった。
 その日々のことは、今でもよく憶えている。

 篠宮家の四女。篠宮瑞希。
 彼女の母は隷者ドナーだった。

 一般的に引導師の世界では、跡継ぎが正妻の子とは限らない。
 モラルの欠如が著しい世界だが、それだけに強さを求めることに対しては貪欲だった。
 当主の血さえ引いていれば、後は、才能や魂力オドの量によって決められる。
 各家系では、壮絶な跡継ぎ争いが行われているのである。
 そこには、男であることも、女であることも関係しなかった。
 望まれるのは強さ。もしくは有能さだけである。
 未だ、男女不平等の傾向があり、男性隷主オーナーの方が多い引導師ボーダーの世界ではあるが、強さに対してだけは、ある意味、徹底して平等であった。

 二人いる異母兄たちは当然のごとくハーレムを築いていたが、瑞希の異母姉たちも負けていない。全員が隷主オーナーであり、逆ハーレムを築いていた。特に一番上の異母姉に至っては、十代半ばの少年ばかりを集めており、瑞希がドン引きするような状況だった。
 異母姉曰く、より若い世代の方が、生まれながらの魂力オドの量が多いとのことだ。
 それは確かに事実ではあるが、異母姉の趣味も入っているのは間違いない。

 余談だが、異母姉たちのように逆ハーレムを築いている女性隷主オーナーたちは、自分の男性隷者ドナーたちを『騎士団ナイツ』と称することが多かった。隷者ドナーたちもただの魂力オド貯蔵庫タンクではなく、共に戦場にまで赴き、身を挺して主人を守ることが多い。その姿はまさしく騎士のごとくである。彼女たちは騎士団ナイツを率いる女王クイーンという訳だ。

 そんな中、瑞希はと言えば、隷者ドナーは一人もいなかった。
 まだ幼かったこともあるが、そもそも彼女の魂力は102。極めて凡庸だった。
 異母兄姉たちは全員が160を超える。瑞希は明らかに劣っていた。

 なり振り構わず頑張ったところで、当主になるのは難しい。
 瑞希は、幼き日からすでに別の道を考えていた。
 魂力オドの量は並みであっても、瑞希は《電子妖精ルナトロン》を継承している。
 その力を使って、彼女は当時から電脳空間に入り浸っていた。

 当主の座は誰かが継ぐ。自分には関係ない。
 とは言え、誰かの隷者タンクになるだけの人生もごめんだ。
 政略結婚で、どこかの家に嫁がされることも真っ平だった。
 彼女はこの力で資金を溜め、いずれは家を出て、完全に独立するつもりだった。
 情報屋、ハッカーとして大成するつもりだったのである。

(ハッカー王に僕はなる! なんちゃって)

 瑞希は、強かに生きていた。
 だが、そんなある日のことだった。
 学校からの帰り。彼女はガラの悪い男たちに絡まれた。
 大学生か、もしくは社会人も混じっているのか、軽薄そうな青年たちである。

 簡潔に言えば『ナンパ』という奴だ。
 当時の瑞希はまだ十二歳だったが、引導師特有の見目の麗しさや、長身だったこともあり、かなり大人びて見えたのだ。
 SNS全盛時代に、ここまでレトロなナンパを仕掛けてくるなんて。
 瑞希は呆れたものだった。
 それが、思わず顔に出てしまったのだろう。

『おい。なんだ。その顔は』

 男たちは、不快感を見せた。
 男の一人が、瑞希に手を伸ばしてきた。
 本能的に、瑞希は危機感を覚えた。
 魂力オドで筋力を強化し、その腕を強く払う。
 それは端から見れば、激しい拒絶だった。腕を払われた男が表情を険しくする。
 他の男たちも表情を変えた。

(うわ。これってマズイかも)

 男は全員で四人いた。狙っていたのか、ここは人通りからも少し外れた場所だ。
 魂力で強化しても、瑞希は戦闘訓練を徹底してサボっていた。その体術レベルは一般人と変わらない。青年四人相手となると相当に厳しかった。

(……仕方がないか)

 瑞希は《電子妖精ルナトロン》を使用することにした。
 要は、さらに身体強化を行ったのだ。
 しかし、それがまずかった。

(………え?)

 ――ドクンッと。
 大きく、心臓の鼓動が跳ね上がった。
 さらに全身の血流が逆流するような感覚を覚えた。
 彼女は、今まで《電子妖精ルナトロン》を自身に付与したことがなかったのだ。
 電脳操作と体術強化は、全く仕様が違う。
 それを、この時まで理解していなかったのである。

『うわ、うわあああああッ!?』 

 一歩踏み出すだけで、アスファルトを打ち砕く。
 瑞希は、絶叫を上げて駆け出した。
 目を丸くする男たちをよそに、とんでもない速度で走り抜ける。
 アスファルトにいくつもの足跡を刻みつけて、彼女は力を暴走させた。

 とにかく、人気のない場所へ。
 それだけを考えて、暴風のような速度で走った。
 街中を抜け、どうにか人気のない河原にまでした避難した。
 しかし――。

(と、止まらないッ!?)

 瑞希は、喉元を両手で押さえた。
 全身に施した《電子妖精ルナトロン》は、完全に瑞希の手から離れていた。
 解除することも出来ない。

『うああ、うあああァ……』

 口から、大量の唾液が零れ落ちる。
 彼女は膝をつき、両腕を地面に振り下ろした。
 ――ズドンッ!
 地面が大きく陥没する。
 細腕からは考えられない威力だ。だが、同時に彼女の拳から鮮血が散った。

(痛いっ! 痛いよおっ!)

 注射程度の痛いことさえも苦手な彼女の目尻に、涙が滲んだ。
 だが、衝動がとても抑えきれない。
 どこかに体をぶつけないと、全身が爆発してしまいそうだった。
 瑞希はのたうち回るように、全身を地面に叩きつけた。

 腕を、足を、頭を――。
 そのたびに土砂と鮮血が散る。彼女の両目からは涙が溢れていた。

(助けてッ! 誰か助けてッ!)

 もう声も出せず、心の中で助けを求めた。
 けれど、その声は誰にも届かない。
 そう思った時だった。

『薬物……いえ。魂力オドか、系譜術クリフォトの暴走と言ったところですか……』

 不意に、そんな声が聞こえた。
 瑞希は目を見開いて、声の方に顔を向けた。
 そこには、一人の紳士が立っていた。壮年の男性だ。

『今日は休暇中だったのですが、これは見過ごせませんな』

 言って、壮年の紳士は拳を構えた。

『来なさい。お付き合いしてあげましょう』

 そうして……。
 十分後。
 瑞希は、ゆっくりと瞳を開いた。
 全身が痛い。だけど、暴走していた感じはなくなっていた。

『……僕、は……』

『おや? 目が覚めましたか』

 声がする。瑞希はぼんやりとした表情で顔を上げた。
 そこには、紳士の顔があった。
 どうやら、自分は彼の腕の中で抱きかかえられているようだ。

『大丈夫ですか? お嬢さん』

 そう告げる彼の顔には、負傷の痕があった。
 額からは、今も血を流している。

『……ごめん、なさい……』

 瑞希は、涙を零して謝った。
 この傷は、自分がつけたモノだと察したからだ。

『気にする必要はありませんぞ』

 紳士は言う。

『若人のために傷を負うことは老兵の誉れですからな。ですが』

 彼は笑う。

『暴走はいただけませんな。いけませんよ。修行を怠っては』

『ご、ごめんなさい……』

 それに関しても、瑞希は素直に謝った。
 紳士は『ふふ』と笑った。

『あなたは、素直な良い子ですね』

 そう言われて、瑞希は顔を赤くした。
 その日から、瑞希は、彼に体術を教わることにした。
 電脳戦のみに特化していてはダメだ。
 それだけでは《電子妖精ルナトロン》を完全に制御しているとは言えない。
 それを思い知ったからだ。

 瑞希は、毎日のように彼の元に通った。
 彼は引導師ボーダーだと思っていたのだが、実は火緋神本家に仕える執事だったらしい。
 彼は自分に出来ることとして、中国拳法の指導をしてくれた。
 本来、篠宮家は体術を主体とした引導師の家系だ。
 そのため、瑞希にも武才はあったようだ。
 三年後。彼女は、師の技のすべてを習得した。

『見事な功夫クンフーですぞ。瑞希君』

 紳士は、満足げに笑った。

『あなたが暴走することは、二度と無いでしょう』

 誇りを抱いて、愛弟子の頭を撫でた。

『先生』

 瑞希は、師に尋ねた。

『また遊びに来てもいいですか?』

『ええ。いつでも来なさい。大歓迎ですよ』

 師はそう言ってくれた。
 しかし、瑞希はその後、彼の元に出向くことは一度もなかった。
 この頃から、瑞希にはとある計画に入ったからだ。

 彼を軽視した訳ではない。
 彼に会いたくなくなった訳ではない。
 今でも尊敬している。

 ただ、どうしても、しばらく時間を空ける必要があったのだ。
 彼女が望む目的を果たすためには――。
 瑞希にとっても、不本意な決断ではあったが、彼女は実行した。

 そうして、月日は過ぎた。
 あの日から五年。
 彼女は、再び彼の前に立った。

「君は……」

 ドーンタワーのエントランスホールにて。
 彼は驚いた顔で、彼女を見つめていた。

「もしかして、瑞希君ですか?」

「……はい」

 瑞希は頷く。

「お久しぶりです。先生」

しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

彼の巨大な体に覆われ、満たされ、貪られた——一晩中

桜井ベアトリクス
恋愛
妹を救出するため、一ヶ月かけて死の山脈を越え、影の沼地を泳ぎ、マンティコアとポーカー勝負までした私、ローズ。 やっと辿り着いた先で見たのは——フェイ王の膝の上で甘える妹の姿。 「助けなんていらないわよ?」 は? しかも運命の光が私と巨漢戦士マキシマスの間で光って、「お前は俺のものだ」宣言。 「片手だけなら……」そう妥協したのに、ワイン一杯で理性が飛んだ。 彼の心臓の音を聞いた瞬間、私から飛びついて、その夜、彼のベッドで戦士のものになった。

転職したら陰陽師になりました。〜チートな私は最強の式神を手に入れる!〜

万実
キャラ文芸
う、嘘でしょ。 こんな生き物が、こんな街の真ん中に居ていいの?! 私の目の前に現れたのは二本の角を持つ鬼だった。 バイトを首になった私、雪村深月は新たに見つけた職場『赤星探偵事務所』で面接の約束を取り付ける。 その帰り道に、とんでもない事件に巻き込まれた。 鬼が現れ戦う羽目に。 事務所の職員の拓斗に助けられ、鬼を倒したものの、この人なんであんな怖いのと普通に戦ってんの? この事務所、表向きは『赤星探偵事務所』で、その実態は『赤星陰陽師事務所』だったことが判明し、私は慄いた。 鬼と戦うなんて絶対にイヤ!怖くて死んじゃいます! 一度は辞めようと思ったその仕事だけど、超絶イケメンの所長が現れ、ミーハーな私は彼につられて働くことに。 はじめは石を投げることしかできなかった私だけど、式神を手に入れ、徐々に陰陽師としての才能が開花していく。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

処理中です...