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第7部
第八章 《悪竜顕人》⑥
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「そろそろ、騒がしくなってきたかしら?」
ポツリ、とサクヤが呟く。
穏やかに会話をしていたら、思いの外、時間を費やしてしまった。
サクヤは、ゆっくりとソファから立ち上がった。
「……サクヤさん」
リーゼは、彼女を呼び止めた。
「もしかして、お帰りになられるのですか?」
「うん。お暇するわ。どうやら待ち人も来たみたいだし」
サクヤがそう答えた瞬間だった。
――ズズゥンッ!
まるで隕石が落下したような轟音が庭園から響いたのは。
「……何事だ」
ジルベールが、鋭い眼光で庭園を見やる。
「ふふ、意外と私の義弟も派手好きだわ」
言って、サクヤは応接室にあるバルコニーへと向かった。
従者であるジェシカも彼女に続く。こうなって来るとリーゼ達も無視できない。それぞれが立ち上がり、警戒した様子で彼女達の背中を追った。
「――っ! あれはっ!」
そうして、バルコニーに出た彼女達の中で最初に声を上げたのはリーゼだった。
彼女の視線の先にいるのは、一機の鎧機兵。
炎を纏う《ディノ=バロウス》の姿だ。
他にも百機単位の鎧機兵がいるのだが、彼らは唐突に現れた尋常ではない恒力と、恐ろしい姿を持つ悪竜の騎士に困惑して間合いを取っていた。
「……おお、これは何という威容か」
ジルベールが思わず感嘆する。
そんな中、《ディノ=バロウス》の炎は徐々に収束していた。そして《ディノ=バロウス》は一歩ずつバルコニーに近付いてきて――そこで停止した。
一秒、二秒と沈黙する。
悪竜の騎士は、呆然と一人の女性を見ていた。
バルコニーにて、黒い髪をなびかせる一人の女性だけを。
そうして、
――プシュウ、と。
胸部装甲《ハッチ》が開かれる。
開かれた胸部の縁に片足をかけ、出てきたのは一人の少年。コウタ=ヒラサカだ。
彼の後ろには、困惑と緊張が混在した顔を見せる少女の姿もあった。
そして、呆然と目を見開く少年は、呟いた。
「ね、えさん……」
「うん。久しぶりだね。コウちゃん」
サクヤは、微笑む。
それは、八年前と何も変わらない笑顔だった。
あまりにも懐かしい。抑えがたい郷愁の念が胸を打つ。
「本当に、サクヤ姉さんなの?」
「ええ、そうよ」
サクヤは、バルコニーの柵にそっと手を触れた。
「大きくなったね。コウちゃん」
そう告げられ、コウタは今にも泣き出しそうな顔をした。
グッと拳を強く固める。
込み上げてくるものが多すぎて、叫んでしまいそうだった。
だが、そんな心境だからこそ、かえって言葉を見失ってしまった。
「……あの男の言う通り、本当に姉さんがここにいるなんて……けど、一体、どうして姉さんがここに?」
結局、伝えたい想いが多すぎて、そんな質問が先に出てしまった。
サクヤは、ふっと笑う。
「……レオス=ボーダーから、私のことを聞いたの?」
「……うん。姉さんに会いたいのなら、ハウル邸に行けって」
「……そう。あの男には勝った?」
「……一応。けど、結局逃げられたよ」
そう告げるコウタに、ジルベールは「――ほう!」と目を剥き、ミランシャとアルフレッドは驚いた顔をしていた。
サクヤとコウタは、再び沈黙した。
感情が多すぎて、緊張しているのはサクヤも同様なのだろう。
柵に触れる彼女の手は、わずかに震えていた。
沈黙は続く。
リーゼもジェイクも、息を呑んで成り行きを見守るだけだ。
アイリは、シャルロットの手をギュッと掴んでいた。
そして、メルティアは、ただ静かにコウタの後ろ姿を見守っていた。
彼らの事情を知る者ならば、この時間には割って入れない。
それほどまでに、この時間は特別だった。
しかし。
ズシン、ズシン、と周囲の鎧機兵が徐々に間合いを詰めていた。
彼らが二人の事情を知るはずもない。
あくまで、正体不明の侵入者と捉えていた。
「……無粋な輩め」
その時、ジェシカが不快そうに呟いた。
彼女にとって、サクヤもコウタも大切な人間だ。
出来ればこの時間を見守っていたかったが、これ以上は主君が危険だった。
「……姫さま」
心苦しい思いで進言する。
「そろそろ撤退を。これ以上は危険です」
「……ええ。そうね」
サクヤが頷く。するとコウタが驚きの声を上げた。
「……え? ジェシカさん?」
ようやく、彼女がサクヤの傍に立っていたことに気付いたのだ。
「はい。またお会いできて光栄です。コウタさん」
ジェシカはある意味、自分のもう一人の主人である少年に頭を下げた。
女の直感だろうか。わずかに弾んだ様子の彼女の声と、少しだけ照れがある仕草から、メルティア、リーゼ、アイリの眉がピクリと上がる。
「ど、どうして、あなたがここに?」
「私は姫さまの――サクヤさまの護衛ですから。それよりも姫さま」
「ええ。分かっているわ」
サクヤは、視線をコウタに向けた。
「ごめんね。コウちゃん。積もる話はそれこそ数え切れないぐらいあるけど、今日はここまで。私は行かなくちゃならないの」
「え? ど、どこに行くの!?」
八年の時を経て、やっと再会できたのに。
泣き出しそうな顔を見るだけで、義弟がそう考えているのが分かる。
(……コウちゃん)
出来ることなら、ギュッと抱きしめてあげたい。
彼が、どれほど辛い思いをして生きてきたかは想像に難くないから。
しかし、今、それをする訳にはいかなかった。
「ごめんね。コウちゃん」
サクヤは、告げる。
「私にはここには居られない理由があるの。本当にごめんなさい。だけど、きっとまた会えるから。そう――」
そこで彼女は南方の空を指差した。
「ここから遙か南方の小国・アティス王国。そこにトウヤがいるわ」
「……え」
コウタは、唖然とした表情で義姉の顔を見上げた。
「そこに向かってコウちゃん。私も必ず行くから」
「南方の小国? え? アティス王国って、まさかルカの故郷の? ま、待って、サクヤ姉さん! どういうことなのさ! トウヤ兄さんは一体――」
と、言いかけたところでコウタは目を剥いた。
何故なら、突如、義姉の長い黒髪が黄金に輝き始めたからだ。しかも、その背中から巨大な光の翼まで生えてきた。まさしく女神の如き神々しさに、コウタはもちろん、その場にいた者全員が言葉を失い、魅入ってしまった。
義姉はジェシカの手を掴むと、光の翼を羽ばたかせて上昇した。
「今度は三人で」
黄金の髪をたなびかせて、光を纏うサクヤは微笑んだ。
「アティス王国で会いましょう」
そして翼を強く羽ばたかせて、さらに飛翔する。
その速度は驚異的で、地上の鎧機兵達では追い切れないものだった。
困惑を宿した静寂に包まれる庭園。
サクヤは、去って行った。
こうして《黄金死姫》によるハウル邸訪問は幕を閉じたのである。
そして、舞台は移る。
遙か南方に位置する小さな島国。
アティス王国へと――……。
………………………。
………………。
その青年は、一人空を見上げていた。
雲が流れる青い空。
その中で、羽ばたく一羽の鳥に目をやっていた。
しかし、見飽きたのか、不意にボリボリと頭をかいた。
彼の髪は、まるで雪のように真っ白だった。
わずかに毛先だけが黒い。そんな変わった髪だ。
「さて。仕事に戻っか」
そう呟くと、青年は振り向いた。
「休憩中?」
と、そこには小柄な少女が立っていた。
歳の頃は十四歳ほど。人形を思わせるほど整った鼻梁に、肩まで伸ばした空色の髪。翡翠色の瞳が輝く、美しい少女だ。ただ、青年とおそろいの、鎧機兵の職人が着るような白いつなぎが、彼女の神秘性を著しく阻害してはいたが。
「疲れたの?」
「ん、いや、ちょっと気分転換にな。さっき一仕事を済ませたから」
「……本当に気分転換?」
あまり感情を見せない少女は、心配そうに眉をひそめた。
家族として長く一緒に暮らしてきた彼女は、青年の心境にとても敏感だった。
今も少し様子が違って見えた青年の心配したのだろう。
「心配してくれてありがとうな、ユーリィ」
青年は二カッと笑うと、少女の頭をくしゃくしゃと撫でた。
撫でられることが嬉しい少女は、しばしされるがままでいたが、
「本当に何があったの?」
本題を誤魔化させたりはしない。
青年は、苦笑した。
「まあ、さっきのお客さんの機体でちょいと思い出してな」
「さっきのって……」少女は背後に目をやった。そこは彼女達の工房だ。
主に鎧機兵の整備を行う、青年の経営する店舗である。
「農作業用の機体? 珍しくないと思うけど」
「まあな。型落ちの量産品だよ。けど、あれって俺の村でも使ってたんだよ」
「……そうなの」
青年の過去を知る少女は、わずかに表情を暗くした。
そんな彼女の様子に気付き、青年はあえて明るく笑う。
「おいユーリィ。気にすんなって。まあ、そんでちょいと昔を思い出してな。よくあの機体で弟に鎧機兵の扱い方を教えてたもんだなってな」
青年の台詞に、少女は少し驚いた。
「弟がいたの? 初めて聞いた」
「言う機会もなかったしな。もう八年も前に死んじまったし。ただ、もし生きてたら、歳はユーリィやルカ嬢ちゃんよりも一つ上ぐらいだったな」
そう告げる青年の横顔は、とても寂しそうだった。
少女の胸が、強く締め付けられる。
そして、
「……私はずっと一緒にいるから」
キュッ、と青年のつなぎの裾を掴んでそう告げる。
「はは、ありがとな」
青年は、少女の両腰を掴んで高く持ち上げた。
「けど、そんなに心配しなくてもいいぞ。すっげえ寂しいが、いずれユーリィだって嫁に行く時が来るだろうしな」
そんなことを宣う。
少女はジト目で青年を睨み付けると、ぶすっと頬を膨らませた。
「……朴念仁」
「ん? 何か言ったか?」
「もういい。とりあえず降ろして」
「そんなこと言うなよ。ははっ、ユーリィをこうやって持ち上げんのも半年ぶりぐらいだな。少し大きくなったか? お父さんとしては感無量だな」
青年は、少女を抱えたまま、呑気に笑う。
少女の額に青筋が立った。
「いいから降ろせ。塵にするぞ」
「……うん。それって俺の口癖だよな。俺が言っても説得力はねえが、あんまおっかない言葉を使うなよ、ユーリィ」
青年は少女を降ろした。
少女はまだ不機嫌なままだったが、
「けど、本当にありがとな」
青年は、優しく少女の頭を撫でた。
ただそれだけで。
少女の怒りは、徐々に治まってしまった。
「……むう」
とは言え、まだ少しだけ拗ねてはいたが。
「じゃあ今度の休み、私とデートして欲しい。最近はルカばかりに構っている気がするから不公平。それで許してあげる」
「ん? 何だ? ユーリィ。何か欲しいもんでもあんのか? そんぐらいならいつでも付き合ってやるぞ」
「……むう。この朴念仁は一体どうすれば治療できるんだろう」
これは彼女の……いや、彼女達の、もはや命題であった。
ともあれ、今は仕事が優先だ。
「そんじゃあ、今日の分、もう一頑張りすっか! ユーリィ!」
青年が少女の頭をポンと叩いて言う。
対し、何だかんだで機嫌を直した少女は、微笑みを浮かべて返した。
「――うん。頑張ろう。アッシュ」
ポツリ、とサクヤが呟く。
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リーゼは、彼女を呼び止めた。
「もしかして、お帰りになられるのですか?」
「うん。お暇するわ。どうやら待ち人も来たみたいだし」
サクヤがそう答えた瞬間だった。
――ズズゥンッ!
まるで隕石が落下したような轟音が庭園から響いたのは。
「……何事だ」
ジルベールが、鋭い眼光で庭園を見やる。
「ふふ、意外と私の義弟も派手好きだわ」
言って、サクヤは応接室にあるバルコニーへと向かった。
従者であるジェシカも彼女に続く。こうなって来るとリーゼ達も無視できない。それぞれが立ち上がり、警戒した様子で彼女達の背中を追った。
「――っ! あれはっ!」
そうして、バルコニーに出た彼女達の中で最初に声を上げたのはリーゼだった。
彼女の視線の先にいるのは、一機の鎧機兵。
炎を纏う《ディノ=バロウス》の姿だ。
他にも百機単位の鎧機兵がいるのだが、彼らは唐突に現れた尋常ではない恒力と、恐ろしい姿を持つ悪竜の騎士に困惑して間合いを取っていた。
「……おお、これは何という威容か」
ジルベールが思わず感嘆する。
そんな中、《ディノ=バロウス》の炎は徐々に収束していた。そして《ディノ=バロウス》は一歩ずつバルコニーに近付いてきて――そこで停止した。
一秒、二秒と沈黙する。
悪竜の騎士は、呆然と一人の女性を見ていた。
バルコニーにて、黒い髪をなびかせる一人の女性だけを。
そうして、
――プシュウ、と。
胸部装甲《ハッチ》が開かれる。
開かれた胸部の縁に片足をかけ、出てきたのは一人の少年。コウタ=ヒラサカだ。
彼の後ろには、困惑と緊張が混在した顔を見せる少女の姿もあった。
そして、呆然と目を見開く少年は、呟いた。
「ね、えさん……」
「うん。久しぶりだね。コウちゃん」
サクヤは、微笑む。
それは、八年前と何も変わらない笑顔だった。
あまりにも懐かしい。抑えがたい郷愁の念が胸を打つ。
「本当に、サクヤ姉さんなの?」
「ええ、そうよ」
サクヤは、バルコニーの柵にそっと手を触れた。
「大きくなったね。コウちゃん」
そう告げられ、コウタは今にも泣き出しそうな顔をした。
グッと拳を強く固める。
込み上げてくるものが多すぎて、叫んでしまいそうだった。
だが、そんな心境だからこそ、かえって言葉を見失ってしまった。
「……あの男の言う通り、本当に姉さんがここにいるなんて……けど、一体、どうして姉さんがここに?」
結局、伝えたい想いが多すぎて、そんな質問が先に出てしまった。
サクヤは、ふっと笑う。
「……レオス=ボーダーから、私のことを聞いたの?」
「……うん。姉さんに会いたいのなら、ハウル邸に行けって」
「……そう。あの男には勝った?」
「……一応。けど、結局逃げられたよ」
そう告げるコウタに、ジルベールは「――ほう!」と目を剥き、ミランシャとアルフレッドは驚いた顔をしていた。
サクヤとコウタは、再び沈黙した。
感情が多すぎて、緊張しているのはサクヤも同様なのだろう。
柵に触れる彼女の手は、わずかに震えていた。
沈黙は続く。
リーゼもジェイクも、息を呑んで成り行きを見守るだけだ。
アイリは、シャルロットの手をギュッと掴んでいた。
そして、メルティアは、ただ静かにコウタの後ろ姿を見守っていた。
彼らの事情を知る者ならば、この時間には割って入れない。
それほどまでに、この時間は特別だった。
しかし。
ズシン、ズシン、と周囲の鎧機兵が徐々に間合いを詰めていた。
彼らが二人の事情を知るはずもない。
あくまで、正体不明の侵入者と捉えていた。
「……無粋な輩め」
その時、ジェシカが不快そうに呟いた。
彼女にとって、サクヤもコウタも大切な人間だ。
出来ればこの時間を見守っていたかったが、これ以上は主君が危険だった。
「……姫さま」
心苦しい思いで進言する。
「そろそろ撤退を。これ以上は危険です」
「……ええ。そうね」
サクヤが頷く。するとコウタが驚きの声を上げた。
「……え? ジェシカさん?」
ようやく、彼女がサクヤの傍に立っていたことに気付いたのだ。
「はい。またお会いできて光栄です。コウタさん」
ジェシカはある意味、自分のもう一人の主人である少年に頭を下げた。
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「ええ。分かっているわ」
サクヤは、視線をコウタに向けた。
「ごめんね。コウちゃん。積もる話はそれこそ数え切れないぐらいあるけど、今日はここまで。私は行かなくちゃならないの」
「え? ど、どこに行くの!?」
八年の時を経て、やっと再会できたのに。
泣き出しそうな顔を見るだけで、義弟がそう考えているのが分かる。
(……コウちゃん)
出来ることなら、ギュッと抱きしめてあげたい。
彼が、どれほど辛い思いをして生きてきたかは想像に難くないから。
しかし、今、それをする訳にはいかなかった。
「ごめんね。コウちゃん」
サクヤは、告げる。
「私にはここには居られない理由があるの。本当にごめんなさい。だけど、きっとまた会えるから。そう――」
そこで彼女は南方の空を指差した。
「ここから遙か南方の小国・アティス王国。そこにトウヤがいるわ」
「……え」
コウタは、唖然とした表情で義姉の顔を見上げた。
「そこに向かってコウちゃん。私も必ず行くから」
「南方の小国? え? アティス王国って、まさかルカの故郷の? ま、待って、サクヤ姉さん! どういうことなのさ! トウヤ兄さんは一体――」
と、言いかけたところでコウタは目を剥いた。
何故なら、突如、義姉の長い黒髪が黄金に輝き始めたからだ。しかも、その背中から巨大な光の翼まで生えてきた。まさしく女神の如き神々しさに、コウタはもちろん、その場にいた者全員が言葉を失い、魅入ってしまった。
義姉はジェシカの手を掴むと、光の翼を羽ばたかせて上昇した。
「今度は三人で」
黄金の髪をたなびかせて、光を纏うサクヤは微笑んだ。
「アティス王国で会いましょう」
そして翼を強く羽ばたかせて、さらに飛翔する。
その速度は驚異的で、地上の鎧機兵達では追い切れないものだった。
困惑を宿した静寂に包まれる庭園。
サクヤは、去って行った。
こうして《黄金死姫》によるハウル邸訪問は幕を閉じたのである。
そして、舞台は移る。
遙か南方に位置する小さな島国。
アティス王国へと――……。
………………………。
………………。
その青年は、一人空を見上げていた。
雲が流れる青い空。
その中で、羽ばたく一羽の鳥に目をやっていた。
しかし、見飽きたのか、不意にボリボリと頭をかいた。
彼の髪は、まるで雪のように真っ白だった。
わずかに毛先だけが黒い。そんな変わった髪だ。
「さて。仕事に戻っか」
そう呟くと、青年は振り向いた。
「休憩中?」
と、そこには小柄な少女が立っていた。
歳の頃は十四歳ほど。人形を思わせるほど整った鼻梁に、肩まで伸ばした空色の髪。翡翠色の瞳が輝く、美しい少女だ。ただ、青年とおそろいの、鎧機兵の職人が着るような白いつなぎが、彼女の神秘性を著しく阻害してはいたが。
「疲れたの?」
「ん、いや、ちょっと気分転換にな。さっき一仕事を済ませたから」
「……本当に気分転換?」
あまり感情を見せない少女は、心配そうに眉をひそめた。
家族として長く一緒に暮らしてきた彼女は、青年の心境にとても敏感だった。
今も少し様子が違って見えた青年の心配したのだろう。
「心配してくれてありがとうな、ユーリィ」
青年は二カッと笑うと、少女の頭をくしゃくしゃと撫でた。
撫でられることが嬉しい少女は、しばしされるがままでいたが、
「本当に何があったの?」
本題を誤魔化させたりはしない。
青年は、苦笑した。
「まあ、さっきのお客さんの機体でちょいと思い出してな」
「さっきのって……」少女は背後に目をやった。そこは彼女達の工房だ。
主に鎧機兵の整備を行う、青年の経営する店舗である。
「農作業用の機体? 珍しくないと思うけど」
「まあな。型落ちの量産品だよ。けど、あれって俺の村でも使ってたんだよ」
「……そうなの」
青年の過去を知る少女は、わずかに表情を暗くした。
そんな彼女の様子に気付き、青年はあえて明るく笑う。
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青年の台詞に、少女は少し驚いた。
「弟がいたの? 初めて聞いた」
「言う機会もなかったしな。もう八年も前に死んじまったし。ただ、もし生きてたら、歳はユーリィやルカ嬢ちゃんよりも一つ上ぐらいだったな」
そう告げる青年の横顔は、とても寂しそうだった。
少女の胸が、強く締め付けられる。
そして、
「……私はずっと一緒にいるから」
キュッ、と青年のつなぎの裾を掴んでそう告げる。
「はは、ありがとな」
青年は、少女の両腰を掴んで高く持ち上げた。
「けど、そんなに心配しなくてもいいぞ。すっげえ寂しいが、いずれユーリィだって嫁に行く時が来るだろうしな」
そんなことを宣う。
少女はジト目で青年を睨み付けると、ぶすっと頬を膨らませた。
「……朴念仁」
「ん? 何か言ったか?」
「もういい。とりあえず降ろして」
「そんなこと言うなよ。ははっ、ユーリィをこうやって持ち上げんのも半年ぶりぐらいだな。少し大きくなったか? お父さんとしては感無量だな」
青年は、少女を抱えたまま、呑気に笑う。
少女の額に青筋が立った。
「いいから降ろせ。塵にするぞ」
「……うん。それって俺の口癖だよな。俺が言っても説得力はねえが、あんまおっかない言葉を使うなよ、ユーリィ」
青年は少女を降ろした。
少女はまだ不機嫌なままだったが、
「けど、本当にありがとな」
青年は、優しく少女の頭を撫でた。
ただそれだけで。
少女の怒りは、徐々に治まってしまった。
「……むう」
とは言え、まだ少しだけ拗ねてはいたが。
「じゃあ今度の休み、私とデートして欲しい。最近はルカばかりに構っている気がするから不公平。それで許してあげる」
「ん? 何だ? ユーリィ。何か欲しいもんでもあんのか? そんぐらいならいつでも付き合ってやるぞ」
「……むう。この朴念仁は一体どうすれば治療できるんだろう」
これは彼女の……いや、彼女達の、もはや命題であった。
ともあれ、今は仕事が優先だ。
「そんじゃあ、今日の分、もう一頑張りすっか! ユーリィ!」
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「――うん。頑張ろう。アッシュ」
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