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第1部
第五章 迷い込みし者③
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「お、おかあさぁん!」
「ご、ごめん、母さん……」
「このお馬鹿! 何をしてるよ!」
我が子達を抱きしめ、涙を流す母親。
周囲には、ホッとした顔の大人達が並んでいる。
その光景を遠目から眺め、コウタも安堵の息をこぼした。
そこは街道沿いのコテージ。広場の一つだ。
時刻は夜九時ぐらいだろうか。子供達も無事保護して母親に引き渡し、誰ひとり怪我もなく捜索は無事終了した。
ただ一つ。新たな問題が発生したことを除けばだが。
「……さて、と」
コウタは自分と手を繋ぐその『問題』に目をやった。
周囲にいるジェイク、リーゼ、メルティアも、自分達のサックを肩に背負った状態で困惑した表情を浮かべている。
新たに発生した問題。それは森で見つけた三人目の迷子だった。
年の頃は八歳ほど。腰まで伸ばした長い髪は、薄い緑色で瞳も同色だ。その細い身体にはシーツのような薄青い服を纏っている。
表情の変化はあまり見せないが、とても整った顔立ちをしており、凛とした美しさを持つリーゼや、子猫のような愛らしさを持つメルティア(本体)とは、また違った雰囲気の綺麗な少女だった。
「…………」
彼女は保護してから、ほとんど無言を貫いている。
どこから来たのか。
どうしてあんな場所にいたのか。
コウタ達のみならず、周囲の大人達も訊いたのだが、少女は答えない。
結局、唯一聞き出せたのは、彼女の名前が『アイリ』という事だけだった。
「あ、あのさ、アイリ」
「…………」
コウタの呼び掛けに、少女――アイリはじいっと見つめた。
「とりあえず今日はリーゼさんと一緒に休むといいよ。疲れたでしょう? これからのことはまた明日考えよう」
と、片膝を地面につけてコウタが言う。
アイリは黙って黒髪の少年を見つめていたが、
「……うん、分かった」
そう答えて、小さく頷いた。
コウタは内心でホッとしつつ、リーゼの方へ振り向き、
「じゃあ、リーゼさん。お願いするよ」
「ええ、任せておいて下さい」
と、自分の胸元を片手で押さえてリーゼは首肯する。
コウタは「よろしく」と頷いてから、メルティアの方を見やり、
「それと、メルもアイリとお話とかしてくれるかな?」
『……はい。私も可能な範囲で協力します』
少しだけ戸惑うような声ではあるが、紫銀色の甲冑騎士は頷いた。
そして、リーゼがアイリの手を引き、メルティアがその横に並ぶ形で彼女達が借りているコテージへと去っていった。
コウタはその姿を見届けてから、おもむろに振り向く。
そこには、ボリボリと頭をかくジェイクがいた。
「アイリのことはリーゼさん達に任せるとして……あのさジェイク」
コウタは神妙な声で尋ねる。
「率直に聞くよ。どう思う?」
すると、ジェイクは苦笑を浮かべて。
「あのアイリ嬢ちゃんか? まあ、はっきり言ってツッコミ所が満載だよな」
二人は自分達のコテージに向かいながら、話を続ける。
「こんな時間、こんな場所に子供が一人だぜ? あり得ねえよ」
「確かにね。迷子、もしくは家出だとしても、子供が一人でここまで来れるなんて考えにくいよ。サザンにしてもパドロにしても馬車を使う距離なんだし」
運搬される商品などに潜り込んで……という方法もあるが、話を聞くと今日の宿泊客にはそれほど大きな運搬者はないらしい。その可能性もなかった。
「それに、気になるのはあの子の服だ」
そう言って、コウタは眉をしかめてあごに手をやった。
「あまりに質素すぎる。あれじゃあ服じゃなくてほとんど布だよ。……ジェイク、あれってさ、君には『何に』見えた?」
その問いに対し、ジェイクは一瞬沈黙する。
それから数秒後、陽気な少年は普段ならまず見せない深刻な顔を浮かべた。
「……『何に』ってか。その口ぶりだとコウタも同じことを思ったんだな」
そして一拍置いてから、ジェイクは答える。
「オレっちはさ、あの服を見て、まるで『囚人服』みてえだと思ったよ」
「……やっぱりジェイクもそう思うよね」
コウタは目を細めて呟く。そしてそこで一旦足を止めた。
次いで小さく嘆息し、指を折りながら語り始める。
「どこから来たか不明。迷子や家出の可能性は低い。囚人服を着た女の子。あと、とても綺麗な顔立ちをしている」
次々と挙げられる事柄に、ジェイクは渋面を浮かべた。
どれもこれも嫌な予感しかしない情報だ。
「……うへえ。ヤッベエ感じがプンプンすんな」
「……うん。多分、アイリは……」
コウタは不快そうに眉をしかめて自分の推測を告げる。
「どこからか逃げて来たんじゃないかと思う。彼女を『購入』した人物から――いや、服装からして恐らく奴隷商か。とにかく、たまたまこの周辺を移動している時に逃げ出したんじゃないかな」
「……やっぱそうだよな」
ジェイクも眉をしかめて同意した。
「迷子や家出より可能性が高いよな。あの子の感情が薄いのもその辺が原因か?」
「それは分からないよ。可能性はありそうだけど」
コウタは両腕を組んでジェイクを見やる。
「けど、あの子が危ない状況なのは間違いないと思う」
「まあ、そうだよな。しっかし、奴隷なんて今時まだしやがる野郎がいんのかよ」
ジェイクは不愉快そうに吐き捨てた。
陽気なこの少年は、かなり正義感の強い人物でもあった。
正直、人間を物扱いするような輩は許しがたい。
「……残念だけどね」
対し、コウタはどこか遠い眼をした。
「人身売買って裏社会だと需要があるらしいよ。労働力と言うよりも性奴隷や飼い猫みたいな扱いで。皇国方面の有名所だと、あの《黒陽社》とかね」
そう告げるコウタに、ジェイクは首を傾げた。
はて、どこかで聞いたような組織名だ。
「《黒陽社》って……あの《星神》の拉致を専門にしてるって奴らのことか? 何でも裏切りの聖者《黒陽》を信奉しているって噂の連中だろ? マジで実在してんのか?」
そう尋ねてくるジェイクに対し、コウタは苦笑を浮かべた。
皇国では有名な犯罪組織も、他国では実在さえも疑われるものなのか。
「……うん。ただ実際その連中は人身売買だけじゃなくて、様々な犯罪に手を染めた大組織らしいけどね」
間違いなく《黒陽社》は存在している……のだが、かくいうコウタも、かの犯罪組織を知識として知っているだけだ。
村にいた頃、《黒陽社》は怪物と同じ扱いで聞いていた。
簡単に言えば、悪いことをすれば攫いに来る悪魔的な扱いであり、コウタは兄からその話を聞いて怯えた憶えがある。少し恥ずかしい記憶だ。
そんな懐かしい過去を思い出しつつ、コウタは話を戻した。
「まあ、ちょっと話がズレたけど、アイリに関しては早めに屯所に連れていくべきだと思うんだ。奴隷商とか追ってくるかもしれないし」
「まっ、確かにな」
と、ジェイクが同意し、そこでポンと手を打った。
「ああ、なるほど。さてはお前、オレっち達であの子をサザンに連れていく気だな。ここからだとパドロよりサザンの方が近いしな」
と、自分の考えを言い当てられ、コウタは苦笑した。
「うん。ちょっとリスクはあるけど、流石に放っておけないよ。今このコテージの中で戦闘訓練を受けてるのボク達だけみたいだし。明日、メルとリーゼさんにも相談しようと思っているんだ」
これは、コウタとしては苦渋の選択だった。
本音としては仲間を、特にメルティアを危険な目には合わせたくない。
しかし、アイリを放っておくことも出来なかった。
「……ごめん、ジェイク。やっぱり危険かな」
コウタは少し視線を伏せてそう尋ねる。と、
「ははッ、構わねえよ!」
ジェイクは陽気に笑ってコウタの背中をバンッと叩いた。
「ガキンチョ一人守れなくて何が騎士だ! メル嬢やお嬢もきっと賛成すんぜ」
「……ジェイク」
コウタはふっと笑った。
全くもってこの友人は頼りになる相棒だ。
「うん。そうだね。じゃあ頑張ろう!」
「おうよ! 任せときな!」
そう言って、はははっと笑い。
がっしりと二人の少年は握手を交わすのだった。
「ご、ごめん、母さん……」
「このお馬鹿! 何をしてるよ!」
我が子達を抱きしめ、涙を流す母親。
周囲には、ホッとした顔の大人達が並んでいる。
その光景を遠目から眺め、コウタも安堵の息をこぼした。
そこは街道沿いのコテージ。広場の一つだ。
時刻は夜九時ぐらいだろうか。子供達も無事保護して母親に引き渡し、誰ひとり怪我もなく捜索は無事終了した。
ただ一つ。新たな問題が発生したことを除けばだが。
「……さて、と」
コウタは自分と手を繋ぐその『問題』に目をやった。
周囲にいるジェイク、リーゼ、メルティアも、自分達のサックを肩に背負った状態で困惑した表情を浮かべている。
新たに発生した問題。それは森で見つけた三人目の迷子だった。
年の頃は八歳ほど。腰まで伸ばした長い髪は、薄い緑色で瞳も同色だ。その細い身体にはシーツのような薄青い服を纏っている。
表情の変化はあまり見せないが、とても整った顔立ちをしており、凛とした美しさを持つリーゼや、子猫のような愛らしさを持つメルティア(本体)とは、また違った雰囲気の綺麗な少女だった。
「…………」
彼女は保護してから、ほとんど無言を貫いている。
どこから来たのか。
どうしてあんな場所にいたのか。
コウタ達のみならず、周囲の大人達も訊いたのだが、少女は答えない。
結局、唯一聞き出せたのは、彼女の名前が『アイリ』という事だけだった。
「あ、あのさ、アイリ」
「…………」
コウタの呼び掛けに、少女――アイリはじいっと見つめた。
「とりあえず今日はリーゼさんと一緒に休むといいよ。疲れたでしょう? これからのことはまた明日考えよう」
と、片膝を地面につけてコウタが言う。
アイリは黙って黒髪の少年を見つめていたが、
「……うん、分かった」
そう答えて、小さく頷いた。
コウタは内心でホッとしつつ、リーゼの方へ振り向き、
「じゃあ、リーゼさん。お願いするよ」
「ええ、任せておいて下さい」
と、自分の胸元を片手で押さえてリーゼは首肯する。
コウタは「よろしく」と頷いてから、メルティアの方を見やり、
「それと、メルもアイリとお話とかしてくれるかな?」
『……はい。私も可能な範囲で協力します』
少しだけ戸惑うような声ではあるが、紫銀色の甲冑騎士は頷いた。
そして、リーゼがアイリの手を引き、メルティアがその横に並ぶ形で彼女達が借りているコテージへと去っていった。
コウタはその姿を見届けてから、おもむろに振り向く。
そこには、ボリボリと頭をかくジェイクがいた。
「アイリのことはリーゼさん達に任せるとして……あのさジェイク」
コウタは神妙な声で尋ねる。
「率直に聞くよ。どう思う?」
すると、ジェイクは苦笑を浮かべて。
「あのアイリ嬢ちゃんか? まあ、はっきり言ってツッコミ所が満載だよな」
二人は自分達のコテージに向かいながら、話を続ける。
「こんな時間、こんな場所に子供が一人だぜ? あり得ねえよ」
「確かにね。迷子、もしくは家出だとしても、子供が一人でここまで来れるなんて考えにくいよ。サザンにしてもパドロにしても馬車を使う距離なんだし」
運搬される商品などに潜り込んで……という方法もあるが、話を聞くと今日の宿泊客にはそれほど大きな運搬者はないらしい。その可能性もなかった。
「それに、気になるのはあの子の服だ」
そう言って、コウタは眉をしかめてあごに手をやった。
「あまりに質素すぎる。あれじゃあ服じゃなくてほとんど布だよ。……ジェイク、あれってさ、君には『何に』見えた?」
その問いに対し、ジェイクは一瞬沈黙する。
それから数秒後、陽気な少年は普段ならまず見せない深刻な顔を浮かべた。
「……『何に』ってか。その口ぶりだとコウタも同じことを思ったんだな」
そして一拍置いてから、ジェイクは答える。
「オレっちはさ、あの服を見て、まるで『囚人服』みてえだと思ったよ」
「……やっぱりジェイクもそう思うよね」
コウタは目を細めて呟く。そしてそこで一旦足を止めた。
次いで小さく嘆息し、指を折りながら語り始める。
「どこから来たか不明。迷子や家出の可能性は低い。囚人服を着た女の子。あと、とても綺麗な顔立ちをしている」
次々と挙げられる事柄に、ジェイクは渋面を浮かべた。
どれもこれも嫌な予感しかしない情報だ。
「……うへえ。ヤッベエ感じがプンプンすんな」
「……うん。多分、アイリは……」
コウタは不快そうに眉をしかめて自分の推測を告げる。
「どこからか逃げて来たんじゃないかと思う。彼女を『購入』した人物から――いや、服装からして恐らく奴隷商か。とにかく、たまたまこの周辺を移動している時に逃げ出したんじゃないかな」
「……やっぱそうだよな」
ジェイクも眉をしかめて同意した。
「迷子や家出より可能性が高いよな。あの子の感情が薄いのもその辺が原因か?」
「それは分からないよ。可能性はありそうだけど」
コウタは両腕を組んでジェイクを見やる。
「けど、あの子が危ない状況なのは間違いないと思う」
「まあ、そうだよな。しっかし、奴隷なんて今時まだしやがる野郎がいんのかよ」
ジェイクは不愉快そうに吐き捨てた。
陽気なこの少年は、かなり正義感の強い人物でもあった。
正直、人間を物扱いするような輩は許しがたい。
「……残念だけどね」
対し、コウタはどこか遠い眼をした。
「人身売買って裏社会だと需要があるらしいよ。労働力と言うよりも性奴隷や飼い猫みたいな扱いで。皇国方面の有名所だと、あの《黒陽社》とかね」
そう告げるコウタに、ジェイクは首を傾げた。
はて、どこかで聞いたような組織名だ。
「《黒陽社》って……あの《星神》の拉致を専門にしてるって奴らのことか? 何でも裏切りの聖者《黒陽》を信奉しているって噂の連中だろ? マジで実在してんのか?」
そう尋ねてくるジェイクに対し、コウタは苦笑を浮かべた。
皇国では有名な犯罪組織も、他国では実在さえも疑われるものなのか。
「……うん。ただ実際その連中は人身売買だけじゃなくて、様々な犯罪に手を染めた大組織らしいけどね」
間違いなく《黒陽社》は存在している……のだが、かくいうコウタも、かの犯罪組織を知識として知っているだけだ。
村にいた頃、《黒陽社》は怪物と同じ扱いで聞いていた。
簡単に言えば、悪いことをすれば攫いに来る悪魔的な扱いであり、コウタは兄からその話を聞いて怯えた憶えがある。少し恥ずかしい記憶だ。
そんな懐かしい過去を思い出しつつ、コウタは話を戻した。
「まあ、ちょっと話がズレたけど、アイリに関しては早めに屯所に連れていくべきだと思うんだ。奴隷商とか追ってくるかもしれないし」
「まっ、確かにな」
と、ジェイクが同意し、そこでポンと手を打った。
「ああ、なるほど。さてはお前、オレっち達であの子をサザンに連れていく気だな。ここからだとパドロよりサザンの方が近いしな」
と、自分の考えを言い当てられ、コウタは苦笑した。
「うん。ちょっとリスクはあるけど、流石に放っておけないよ。今このコテージの中で戦闘訓練を受けてるのボク達だけみたいだし。明日、メルとリーゼさんにも相談しようと思っているんだ」
これは、コウタとしては苦渋の選択だった。
本音としては仲間を、特にメルティアを危険な目には合わせたくない。
しかし、アイリを放っておくことも出来なかった。
「……ごめん、ジェイク。やっぱり危険かな」
コウタは少し視線を伏せてそう尋ねる。と、
「ははッ、構わねえよ!」
ジェイクは陽気に笑ってコウタの背中をバンッと叩いた。
「ガキンチョ一人守れなくて何が騎士だ! メル嬢やお嬢もきっと賛成すんぜ」
「……ジェイク」
コウタはふっと笑った。
全くもってこの友人は頼りになる相棒だ。
「うん。そうだね。じゃあ頑張ろう!」
「おうよ! 任せときな!」
そう言って、はははっと笑い。
がっしりと二人の少年は握手を交わすのだった。
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