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第3部
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「しかしまあ、お主も大概しぶといのう」
コツコツと足音を立てて、リノは廊下を歩いていた。
彼女の隣には、黒服に身を包んだゲイルが追従している。
そこは《黒陽社》が所有する施設の一つ。
主に拉致した人間達を監禁し、管理する施設だった。
部門が違うため、普段ならば滅多に来る場所ではないのだが、移動する物資が足りなくなったので補充するために立ち寄ったのだ。
「……お嬢さま。やはり私を切り捨てる気でしたね」
と、ゲイルが黒い眼鏡の下でリノを睨みつける。
一方、リノは肩をすくめて笑う。
「それは邪推じゃ。別段そこまでお主を嫌ってはおらん。正直なところ、あのルートまで読まれとったのは想定外じゃったな」
と、告げるのだが、ゲイルは未だ疑わしい眼差しを向けていた。
あのエリーズ国から撤退する日。
密林ルートの指揮を執っていたのはゲイルだった。
およそ襲撃は考えられないルートだったため、ごく少数で移動していたのだが、流石はままならない人生を送る男。見事に襲撃されてしまった。結局、確保していた捕虜はすべて奪回されてしまったが、それでも命からがら逃げ延びて来たのだ。
そしてどうにかこの施設にて、上司と合流したのである。
「本気で死ぬかと思いましたよ」
「ふん。そんな愚痴を零しつつも、ちゃっかり生きておるではないか。その死を回避するスキルはもはやお主の特技じゃの」
「いや、そもそも死ぬような事態そのものを避けたいのですか……」
と、ゲイルは嘆息する。
ああ、本当にままならない。自分はいつこの上司から解放されるのか。
と、内心で愚痴を宣いつつ進んでいた時だった。
「――ッ!」
思わずゲイルは息を呑み、硬直した。
隣にいるリノは「……ほう」と呟き、すっと目を細める。
彼らの進む先。その場に一人の男がいたからだ。
歳の頃は三十代後半ほど。
その瞳と髪は闇夜のように黒く、右側の額に大きな裂傷を持つ黒服の男。
ラゴウ=ホオヅキ。
組織において《商品》の管理及び量産を担う《黒陽社》第6支部の支部長であり、リノと同じ《九妖星》の一角。そしてゲイルが尊敬してやまない人物であった。
ラゴウは立ち止まったリノ達の元にコツコツと靴を鳴らして近付くと、
「お久しゅうございますな。姫」
そう言って、リノの前で片膝をついた。
一方、リノはふんと鼻を鳴らし、
「ああ、久しいのう。ラゴウよ。お主と会うのは二年ぶりかの」
「ええ、それぐらいになりますな」
そう答えて、ラゴウは立ち上がった。
「しかし、よもやあの幼かった姫が吾輩と同じ《九妖星》の称号を冠しているとは思いもよりませんでしたぞ」
「ああ、そう言えばお主はあの頃、アロンへ出向しておったな。わらわの就任時にはいなかったの」
頬に指を当てて一年ほど前の記憶を探るリノ。
が、すぐに不敵な笑みを見せると、
「じゃが、わらわとて修練は積んでおる。いつまでも幼子ではないぞ」
言って、リノは腰に手を当てると、大きな胸をたゆんっと揺らした。
その様子に、ラゴウは苦笑を浮かべた。
確かに見た目的には成長しているようだが、態度がまだまだ子供だ。
「そうですな。ところで姫」
少女の気を悪くさせない程度に認めつつ、ラゴウは尋ねる。
「なんでも今回はエリーズ国に行かれたそうで」
「うむ。その通りじゃ」
リノは大きく首肯する。
それから紫色の双眸を輝かせて、
「おおっ! そう言えばラゴウよ! かの国でわらわは出会ったぞ! お主が見込んだという《悪竜顕人》とな!」
「――ほう。なんと」
ラゴウは軽く目を瞠った。これは話が早い。もしかしたらあの少年と遭遇しているのではないか。そう考えて話題を振ったのだ。
「そうでしたか。では姫。もしやあの少年と一戦を?」
「うむ! その通りじゃ!」
と、リノは嬉しそうに告げる。
「お、お嬢さま……?」
その話は初耳だったので緊張のあまり置物と化していたゲイルも目を丸くする。
一方、ラゴウは実に興味深けに少女の声に耳を傾けていた。
「コウタは実に強かったぞ。流石はお主が見込んだ男じゃ。まさか、わらわと同年代であれほどの者がおるとは思わなんだ」
「……ふふ、そうでしょうな。あの少年の底力には吾輩も驚かされたものです」
と、少年との戦いを思い出しつつ、ラゴウはふっと笑う。
しかしそれにしても、あの少年はよほど《九妖星》と縁があるらしい。
「してラゴウよ。わらわは決めたのじゃ」
「ほう。何をですかな?」
ラゴウは娘を見るような眼差しで少女に尋ねた。
すると、リノは満面の笑みでこう告げるのだった。
「わらわはコウタのものになるぞ」
………………………。
………………。
「……………は?」
それは、非常に珍しい光景だった。
戦士の理想形とまで謳われるラゴウの表情が、そのまま固まったのだ。
「……姫? 今、なんと?」
「だから、わらわはコウタの『女』となる。これは確定事項じゃ」
「――お嬢さま!?」
隣で立ち尽くすゲイルも、この過激な発言には目を剥いた。
別に子供の恋愛事に口を挟むつもりはないが、リノの場合だけは違う。
何故ならば彼女は――。
「………姫」
その時、ラゴウが真剣な面持ちでリノに尋ねた。
「そのことは我が主君には?」
「父上にか? まだ言っておらんぞ。そもそも中々会えんしの」
と、リノが小首を傾げて答えた。
その言葉にゲイルは勿論、ラゴウまで心の中で少し安堵する。
(……命拾いしたな。少年)
と、この場にいない黒髪の少年に告げるラゴウ。
ともあれ、ここは少し釘を刺しておくべきか。
「……姫」
「ん? 何じゃ?」
と、幼少時からの知り合いのためか、意外と無垢な表情で尋ねてくるリノに対し、ラゴウは神妙な声で忠告する。
「その話は我が主君にはまだすべきではありません。せめてあの少年がもう少し成長するまでお待ちください」
もしリノの発言を知れば、恐らく彼女の父にしてラゴウの主君は間違いなく動く。まだ見定めるといった行動ならば救いもあるが、もしそうでなければ――。
(……少年。ヌシも随分と過酷な道を……)
ラゴウは静かに喉を鳴らした。
それほどまでに、彼の主君は怖ろしい人物なのだ。
一方、リノは不思議そうに首を傾げていたが、
「うむ。承知した」
思慮深いラゴウのこと。きっと何か理由があるに違いないと察して承諾した。
ラゴウ、そしてゲイルも内心で再びホッと胸を撫で下ろした。
が、そんな男どもの心情も知らず――。
「まあ、あまり言いふらすような内容でもないしの。じゃが、それにしても……」
組織における最強の戦士、《九妖星》の一角にして、第1支部の支部長。
そして誰もが知る大犯罪組織、《黒陽社》の社長令嬢でもあるリノ=エヴァンシードはとても嬉しそうに微笑んで告げるのであった。
「次にコウタに会う時が楽しみじゃの!」
◆
――その日、室内は静寂に包まれていた。
そこは魔窟館の四階。メルティアの寝室だ。
時刻は五時を少し過ぎたところ。騎士学校が終わった後だった。
そして現在、その場所には多くの人物がいた。
まずは青ざめた顔で床に正座する一人の少年と、彼の前に佇む二人の少女。
それから、その光景を沈痛な面持ちで見つめる大柄な少年と、呆れ果てた様子を見せる八歳ほどの長い髪の少女だ。
さらに言えば、零号を筆頭に数機のゴーレムもその様子を見守っている。
人数の割にはあまりにも静かな状況だった。
だが、それも当然だろう。これは言わば裁判なのだから。
改めて関係者を全員呼んで、コウタの事情聴取を行っているのだ。
「……なるほど。それが彼女との出会いなのですね」
「う、うん……」
すでに大まかな事情を聴取しているメルティアと違い、今回初めて状況を聞き終えたリーゼが冷たい声で尋ねる。
被告人であるコウタはコクコク頷いた。
「…………」
リーゼは無言だった。腹部辺りで腕を組み、ただコウタを見下ろしている。
すると、彼女の隣に立つメルティアが、ふうと吐息をこぼした。
「コウタ。昨日も思いましたが、あなたは他の女とのデートに使った場所をすぐさま利用したのですか?」
「え、いや、リノの一件は、ボクとしてはデートのつもりは……」
と、コウタは少し反論するが、次の瞬間、少女達の鋭い眼光の前に沈黙する。
本人としては、あれは不可抗力だったと思っている。やむ得ない状況だったのだ。
しかし、そんなことはメルティア達にとってはどうでもいい事柄だった。
切っ掛けなど関係ない。問題なのはその内容の方だ。
「客観的に見ても、その内容は完全にデートですわ。うらやま……いえ、そのことは、今はいいでしょう」
と、前置きしてリーゼがコウタを睨む。
「それにしてもコウタさま。彼女が《九妖星》だと全く気付かなかったのですか?」
「い、いや、それは確かに真っ当な子じゃないとは……」
と言うコウタに、リーゼは額に手を当てリボンで括られた長い髪を尾ように揺らしてかぶりを振り、メルティアは呆れ果てたように大きな溜息をついた。
「コウタはもう少し女の子を警戒すべきです。ましてや危険な相手だと感じた人間とどうして仲良くなるのですか」
言って、メルティアはコウタの右頬をつねった。
「ええ、そうですわね。誰にでも優しいのも時には考えものですわ」
共感の言葉と同時に、コウタの左頬をつねるリーゼ。
「ふ、ふみません」
両頬を引っ張られるコウタはただ謝ることしか出来なかった。と言うより、ここまで来ると、言い訳などすれば容赦ない攻撃が来るのは目に見えていた。
(ト、トウヤ兄さん、サクヤ姉さん。た、助けて)
少し涙目になってどこに居るのか分からない兄と姉に救いを求めるコウタ。
しかし、未だ行方不明中の二人が助けてくれるはずもなく、ますますもって少女達の指の力は強くなっていく。本気で痛かった。その様子にジェイクはやれやれと額を打ってかぶりを振り、アイリは何かを悟ったような眼差しで肩をすくめた。
「……ウム」
と、その時、零号がのそりと立ち上がる。近くにいたゴーレムの内の二機が、長兄の様子を見て何を察したのか立ち上がった。そして三機は互いの顔を見合わせて頷くと、ガシュンガシュン、と足音を立てて寝室のドアに向かっていった。
「……ん? どうしたチビども」
その様子が目に入ったジェイクが、零号達に尋ねる。
すると、先頭を歩く零号が振り返り、
「……ナガソウ。オ茶、ヨウイスル」
「おお、そっか。確かに長引きそうだな」
ギリギリギリ、と。
もはやどこまで伸びるのか計るかのように引っ張られるコウタの頬。
少年の顔色は悪い。かなり哀れな姿ではあるが、あれはまだまだ序盤戦だ。
メルティアとリーゼの怒りは、あの程度では到底収まらないだろう。
「まあ、頼むわ。けどお前らって本当に気が利くよな」
と、ジェイクは賛辞を贈った。
対しゴーレム達は親指を立てて応えるのだった。
彼らは真直ぐ寝室のドアに向かう。
そしてドアの前に辿り着いた時、三機は一度だけ部屋の中に目をやった。
そこには二人の少女に、未だ頬をつねられる少年の姿がある。
三機は互いの顔を再び見合わせてから、
『『『……リアジュウガ』』』
と、同時に呟いた。
しかし、その呟きに気付く者はいない。
かくして今日も魔窟館は平和な日々を迎えるのであった。
第三部〈了〉
コツコツと足音を立てて、リノは廊下を歩いていた。
彼女の隣には、黒服に身を包んだゲイルが追従している。
そこは《黒陽社》が所有する施設の一つ。
主に拉致した人間達を監禁し、管理する施設だった。
部門が違うため、普段ならば滅多に来る場所ではないのだが、移動する物資が足りなくなったので補充するために立ち寄ったのだ。
「……お嬢さま。やはり私を切り捨てる気でしたね」
と、ゲイルが黒い眼鏡の下でリノを睨みつける。
一方、リノは肩をすくめて笑う。
「それは邪推じゃ。別段そこまでお主を嫌ってはおらん。正直なところ、あのルートまで読まれとったのは想定外じゃったな」
と、告げるのだが、ゲイルは未だ疑わしい眼差しを向けていた。
あのエリーズ国から撤退する日。
密林ルートの指揮を執っていたのはゲイルだった。
およそ襲撃は考えられないルートだったため、ごく少数で移動していたのだが、流石はままならない人生を送る男。見事に襲撃されてしまった。結局、確保していた捕虜はすべて奪回されてしまったが、それでも命からがら逃げ延びて来たのだ。
そしてどうにかこの施設にて、上司と合流したのである。
「本気で死ぬかと思いましたよ」
「ふん。そんな愚痴を零しつつも、ちゃっかり生きておるではないか。その死を回避するスキルはもはやお主の特技じゃの」
「いや、そもそも死ぬような事態そのものを避けたいのですか……」
と、ゲイルは嘆息する。
ああ、本当にままならない。自分はいつこの上司から解放されるのか。
と、内心で愚痴を宣いつつ進んでいた時だった。
「――ッ!」
思わずゲイルは息を呑み、硬直した。
隣にいるリノは「……ほう」と呟き、すっと目を細める。
彼らの進む先。その場に一人の男がいたからだ。
歳の頃は三十代後半ほど。
その瞳と髪は闇夜のように黒く、右側の額に大きな裂傷を持つ黒服の男。
ラゴウ=ホオヅキ。
組織において《商品》の管理及び量産を担う《黒陽社》第6支部の支部長であり、リノと同じ《九妖星》の一角。そしてゲイルが尊敬してやまない人物であった。
ラゴウは立ち止まったリノ達の元にコツコツと靴を鳴らして近付くと、
「お久しゅうございますな。姫」
そう言って、リノの前で片膝をついた。
一方、リノはふんと鼻を鳴らし、
「ああ、久しいのう。ラゴウよ。お主と会うのは二年ぶりかの」
「ええ、それぐらいになりますな」
そう答えて、ラゴウは立ち上がった。
「しかし、よもやあの幼かった姫が吾輩と同じ《九妖星》の称号を冠しているとは思いもよりませんでしたぞ」
「ああ、そう言えばお主はあの頃、アロンへ出向しておったな。わらわの就任時にはいなかったの」
頬に指を当てて一年ほど前の記憶を探るリノ。
が、すぐに不敵な笑みを見せると、
「じゃが、わらわとて修練は積んでおる。いつまでも幼子ではないぞ」
言って、リノは腰に手を当てると、大きな胸をたゆんっと揺らした。
その様子に、ラゴウは苦笑を浮かべた。
確かに見た目的には成長しているようだが、態度がまだまだ子供だ。
「そうですな。ところで姫」
少女の気を悪くさせない程度に認めつつ、ラゴウは尋ねる。
「なんでも今回はエリーズ国に行かれたそうで」
「うむ。その通りじゃ」
リノは大きく首肯する。
それから紫色の双眸を輝かせて、
「おおっ! そう言えばラゴウよ! かの国でわらわは出会ったぞ! お主が見込んだという《悪竜顕人》とな!」
「――ほう。なんと」
ラゴウは軽く目を瞠った。これは話が早い。もしかしたらあの少年と遭遇しているのではないか。そう考えて話題を振ったのだ。
「そうでしたか。では姫。もしやあの少年と一戦を?」
「うむ! その通りじゃ!」
と、リノは嬉しそうに告げる。
「お、お嬢さま……?」
その話は初耳だったので緊張のあまり置物と化していたゲイルも目を丸くする。
一方、ラゴウは実に興味深けに少女の声に耳を傾けていた。
「コウタは実に強かったぞ。流石はお主が見込んだ男じゃ。まさか、わらわと同年代であれほどの者がおるとは思わなんだ」
「……ふふ、そうでしょうな。あの少年の底力には吾輩も驚かされたものです」
と、少年との戦いを思い出しつつ、ラゴウはふっと笑う。
しかしそれにしても、あの少年はよほど《九妖星》と縁があるらしい。
「してラゴウよ。わらわは決めたのじゃ」
「ほう。何をですかな?」
ラゴウは娘を見るような眼差しで少女に尋ねた。
すると、リノは満面の笑みでこう告げるのだった。
「わらわはコウタのものになるぞ」
………………………。
………………。
「……………は?」
それは、非常に珍しい光景だった。
戦士の理想形とまで謳われるラゴウの表情が、そのまま固まったのだ。
「……姫? 今、なんと?」
「だから、わらわはコウタの『女』となる。これは確定事項じゃ」
「――お嬢さま!?」
隣で立ち尽くすゲイルも、この過激な発言には目を剥いた。
別に子供の恋愛事に口を挟むつもりはないが、リノの場合だけは違う。
何故ならば彼女は――。
「………姫」
その時、ラゴウが真剣な面持ちでリノに尋ねた。
「そのことは我が主君には?」
「父上にか? まだ言っておらんぞ。そもそも中々会えんしの」
と、リノが小首を傾げて答えた。
その言葉にゲイルは勿論、ラゴウまで心の中で少し安堵する。
(……命拾いしたな。少年)
と、この場にいない黒髪の少年に告げるラゴウ。
ともあれ、ここは少し釘を刺しておくべきか。
「……姫」
「ん? 何じゃ?」
と、幼少時からの知り合いのためか、意外と無垢な表情で尋ねてくるリノに対し、ラゴウは神妙な声で忠告する。
「その話は我が主君にはまだすべきではありません。せめてあの少年がもう少し成長するまでお待ちください」
もしリノの発言を知れば、恐らく彼女の父にしてラゴウの主君は間違いなく動く。まだ見定めるといった行動ならば救いもあるが、もしそうでなければ――。
(……少年。ヌシも随分と過酷な道を……)
ラゴウは静かに喉を鳴らした。
それほどまでに、彼の主君は怖ろしい人物なのだ。
一方、リノは不思議そうに首を傾げていたが、
「うむ。承知した」
思慮深いラゴウのこと。きっと何か理由があるに違いないと察して承諾した。
ラゴウ、そしてゲイルも内心で再びホッと胸を撫で下ろした。
が、そんな男どもの心情も知らず――。
「まあ、あまり言いふらすような内容でもないしの。じゃが、それにしても……」
組織における最強の戦士、《九妖星》の一角にして、第1支部の支部長。
そして誰もが知る大犯罪組織、《黒陽社》の社長令嬢でもあるリノ=エヴァンシードはとても嬉しそうに微笑んで告げるのであった。
「次にコウタに会う時が楽しみじゃの!」
◆
――その日、室内は静寂に包まれていた。
そこは魔窟館の四階。メルティアの寝室だ。
時刻は五時を少し過ぎたところ。騎士学校が終わった後だった。
そして現在、その場所には多くの人物がいた。
まずは青ざめた顔で床に正座する一人の少年と、彼の前に佇む二人の少女。
それから、その光景を沈痛な面持ちで見つめる大柄な少年と、呆れ果てた様子を見せる八歳ほどの長い髪の少女だ。
さらに言えば、零号を筆頭に数機のゴーレムもその様子を見守っている。
人数の割にはあまりにも静かな状況だった。
だが、それも当然だろう。これは言わば裁判なのだから。
改めて関係者を全員呼んで、コウタの事情聴取を行っているのだ。
「……なるほど。それが彼女との出会いなのですね」
「う、うん……」
すでに大まかな事情を聴取しているメルティアと違い、今回初めて状況を聞き終えたリーゼが冷たい声で尋ねる。
被告人であるコウタはコクコク頷いた。
「…………」
リーゼは無言だった。腹部辺りで腕を組み、ただコウタを見下ろしている。
すると、彼女の隣に立つメルティアが、ふうと吐息をこぼした。
「コウタ。昨日も思いましたが、あなたは他の女とのデートに使った場所をすぐさま利用したのですか?」
「え、いや、リノの一件は、ボクとしてはデートのつもりは……」
と、コウタは少し反論するが、次の瞬間、少女達の鋭い眼光の前に沈黙する。
本人としては、あれは不可抗力だったと思っている。やむ得ない状況だったのだ。
しかし、そんなことはメルティア達にとってはどうでもいい事柄だった。
切っ掛けなど関係ない。問題なのはその内容の方だ。
「客観的に見ても、その内容は完全にデートですわ。うらやま……いえ、そのことは、今はいいでしょう」
と、前置きしてリーゼがコウタを睨む。
「それにしてもコウタさま。彼女が《九妖星》だと全く気付かなかったのですか?」
「い、いや、それは確かに真っ当な子じゃないとは……」
と言うコウタに、リーゼは額に手を当てリボンで括られた長い髪を尾ように揺らしてかぶりを振り、メルティアは呆れ果てたように大きな溜息をついた。
「コウタはもう少し女の子を警戒すべきです。ましてや危険な相手だと感じた人間とどうして仲良くなるのですか」
言って、メルティアはコウタの右頬をつねった。
「ええ、そうですわね。誰にでも優しいのも時には考えものですわ」
共感の言葉と同時に、コウタの左頬をつねるリーゼ。
「ふ、ふみません」
両頬を引っ張られるコウタはただ謝ることしか出来なかった。と言うより、ここまで来ると、言い訳などすれば容赦ない攻撃が来るのは目に見えていた。
(ト、トウヤ兄さん、サクヤ姉さん。た、助けて)
少し涙目になってどこに居るのか分からない兄と姉に救いを求めるコウタ。
しかし、未だ行方不明中の二人が助けてくれるはずもなく、ますますもって少女達の指の力は強くなっていく。本気で痛かった。その様子にジェイクはやれやれと額を打ってかぶりを振り、アイリは何かを悟ったような眼差しで肩をすくめた。
「……ウム」
と、その時、零号がのそりと立ち上がる。近くにいたゴーレムの内の二機が、長兄の様子を見て何を察したのか立ち上がった。そして三機は互いの顔を見合わせて頷くと、ガシュンガシュン、と足音を立てて寝室のドアに向かっていった。
「……ん? どうしたチビども」
その様子が目に入ったジェイクが、零号達に尋ねる。
すると、先頭を歩く零号が振り返り、
「……ナガソウ。オ茶、ヨウイスル」
「おお、そっか。確かに長引きそうだな」
ギリギリギリ、と。
もはやどこまで伸びるのか計るかのように引っ張られるコウタの頬。
少年の顔色は悪い。かなり哀れな姿ではあるが、あれはまだまだ序盤戦だ。
メルティアとリーゼの怒りは、あの程度では到底収まらないだろう。
「まあ、頼むわ。けどお前らって本当に気が利くよな」
と、ジェイクは賛辞を贈った。
対しゴーレム達は親指を立てて応えるのだった。
彼らは真直ぐ寝室のドアに向かう。
そしてドアの前に辿り着いた時、三機は一度だけ部屋の中に目をやった。
そこには二人の少女に、未だ頬をつねられる少年の姿がある。
三機は互いの顔を再び見合わせてから、
『『『……リアジュウガ』』』
と、同時に呟いた。
しかし、その呟きに気付く者はいない。
かくして今日も魔窟館は平和な日々を迎えるのであった。
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父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
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