私と離婚してください。

koyumi

文字の大きさ
19 / 89

残業

しおりを挟む
高原との逢瀬は次の金曜日まで、ほぼ毎日続いた。

高原にとっては勝手知ったる元我が家。
残したベッドを、今は依子と自分が使っていることに、満足していた。

「寝心地いいよね?かなり時間かけて選んだんだ。まさか、すぐに引っ越すことになるとは思ってなかったけど。」
「すっごく気持ちよく眠れますよ。毎日ぐっすりです。」
「そうだね、依子ちゃんはほんと眠りが深いね。」

依子の睡眠が深いのは、今に始まったことではないが、高原は嬉しそうに話すからそのままにしていた。

「ここの部屋、紹介してくれた北見さんとはどういう知り合いなの?」
「友達の父親なんだ。幼馴染ってやつ?男だけどね。最初はそいつに声かけたんだ。俺が帰国するまで住んでてくれないかって。
でも、北見はすぐに結婚しちゃって。
ここじゃ狭いっていうからさ。
時々うちの妹が出入りしてたらしいけど、妹も結婚して。
……ごめん、結婚結婚って。デリカシーないな、俺が……。」

「ううん、気にしないで。ね?それより、高原さん、”俺”って言うのね。ずっと”僕“って言ってたのに。」
「慣れたのかな?依子ちゃんといることに。」
「人見知りなの?」
「あぁ、そうだな。友達は少ない方だし、気に入った子にしか声はかけないな。」
「そう、なんだね。」
「依子ちゃんも、そういうタイプに見えるけど、違う?」 
「うん、多分、おんなじかな?高原さんの気持ち、わかる気がするし。」
「やっぱり。一目見て、そうじゃないかなって思った。……身体の相性も、いいよね?」
「う……ん。」
「ハハっ。ごめん、柄にもないことを。一度言ってみたかったんだ。深く考えないで。ね?」

相性……悪くはないと思う。
というよりも、私は諭しか知らないから比べようがない。
ただ、どうしても、何度肌を重ねても、目を閉じれば諭の姿しか浮かばない。
そんな自分が、嫌になる。

酷いことをしている。
わかっているのに、高原さんに求められると、私は応え続けていた。




ある夜、私はいつも以上に仕事が重なり、残業でなかなか帰宅できなかった。

「依子ちゃん、悪いけど、これもお願いできる?」
「あ、部長。これもですか?今日じゃないとダメですか?」
「ごめん、他に頼める人がいなくて。」
「わかりました。時間かかりますが。」
「ありがとう。残業代、しっかりつけとくから。」

渋沢部長は、あれ以来、何故か依子を避けていた。他の若い子達を何度か誘う姿は見たが、依子に声はかからなかった。
それにはかなり救われた。
ひょっとしたら、この職場をも去らなきゃいけない事態になるかと思っていたからだ。

久々の遅い残業。気づけば渋沢部長と2人きり。
照明も必要最小限となり、離れた場所にあるはずの自販機で飲み物を買う音も響く。

とにかく集中し、一字一句資料に抜けがないか確認する。
ほんとは2人でする作業だが、今日に限って早退者がいて、1人で為さねばならなかった。

午後10時。
ようやく全ての資料チェックが終わり、依子は渋沢に報告する。

「お疲れ、依子ちゃん。今日は僕が送るから、心配しないでね。」

渋沢は、少し興奮した声色で依子の肩に手を置いた。
その瞬間、依子は『ビクっ』と引いてしまい、
「あの、有難いことですが、お断りします。ちゃんと帰れますから。」

依子はそう断り、すぐに高原の連絡先にアクセスし、「今どこ?迎えに来て欲しい」と、メールを送った。
約束はしてなかったが、部長からのタダならぬ危険信号を感じる。
助けてもらえるなら誰でもいいが、高原ならきっと来てくれる。

その間、1分経ったか経たないかくらいだが、メールを送って携帯をカバンに入れると同時に、『ガバっ』と、後ろから抱きしめられた。

「誰に連絡したの?旦那?復縁したの?」
冷たい部長の声に、血の気が引いて、震えてくる。

「冷たいなぁ、依子ちゃん。せっかく君を守るために、あいつが来ないよう見張っていたのにさぁ。」

私の肩を顎でスリスリとしながら腹部を弄る手。 
絶対絶命のピンチ!

『ピピ、ピピ、ピピ、ピピ』

その時、部長の携帯が鳴った。
「ふん、空気の読めないやつらめ」
と、電話をかけて来た相手に苛立っている。
部長は表示された相手の名前を見て、「しつこいな」と言いながら、電源を切った。
 
一瞬だが、見えた名前に私は眉を顰めた。

《鴨井あすか》

見間違いじゃない。はっきりとそう表示されていた。
部長は鴨井さんと繋がっている。

私は渾身の力で部長を振り切り、
「きゃーーーー!!!!」
と、柄にもなく大声をあげて逃げ出した。

どうやら、部長は私の力を見くびっていたらしく、尻餅をついたようだ。

申し訳ないが、私は持久力はないが筋力はある。幼い頃から諭と男の子の遊びをしていたせいかもしれない。

とにかく走って逃げた。

もう、ここには居られない。

どんどん私の居場所が無くなっていく。

走って、走って、ようやく正面出入り口に近づいた。

そしてそこで見えたのは、諭と……鴨井さん……。

私は2人を見つけるなり、膝から崩れてしまった。

そんな私に、諭が向かってきているのが見えた。
だが、諭よりも早く、私の肩に触れたのは、高原さんだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

今さらやり直しは出来ません

mock
恋愛
3年付き合った斉藤翔平からプロポーズを受けれるかもと心弾ませた小泉彩だったが、当日仕事でどうしても行けないと断りのメールが入り意気消沈してしまう。 落胆しつつ帰る道中、送り主である彼が見知らぬ女性と歩く姿を目撃し、いてもたってもいられず後を追うと二人はさっきまで自身が待っていたホテルへと入っていく。 そんなある日、夢に出てきた高木健人との再会を果たした彩の運命は少しずつ変わっていき……

離婚した妻の旅先

tartan321
恋愛
タイトル通りです。

〖完結〗旦那様が愛していたのは、私ではありませんでした……

藍川みいな
恋愛
「アナベル、俺と結婚して欲しい。」 大好きだったエルビン様に結婚を申し込まれ、私達は結婚しました。優しくて大好きなエルビン様と、幸せな日々を過ごしていたのですが…… ある日、お姉様とエルビン様が密会しているのを見てしまいました。 「アナベルと結婚したら、こうして君に会うことが出来ると思ったんだ。俺達は家族だから、怪しまれる心配なくこの邸に出入り出来るだろ?」 エルビン様はお姉様にそう言った後、愛してると囁いた。私は1度も、エルビン様に愛してると言われたことがありませんでした。 エルビン様は私ではなくお姉様を愛していたと知っても、私はエルビン様のことを愛していたのですが、ある事件がきっかけで、私の心はエルビン様から離れていく。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 かなり気分が悪い展開のお話が2話あるのですが、読まなくても本編の内容に影響ありません。(36話37話) 全44話で完結になります。

壊れていく音を聞きながら

夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。 妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪 何気ない日常のひと幕が、 思いもよらない“ひび”を生んでいく。 母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。 誰も気づきがないまま、 家族のかたちが静かに崩れていく――。 壊れていく音を聞きながら、 それでも誰かを思うことはできるのか。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

離した手の温もり

橘 凛子
恋愛
3年前、未来を誓った君を置いて、私は夢を追いかけた。キャリアを優先した私に、君と会う資格なんてないのかもしれない。それでも、あの日の選択をずっと後悔している。そして今、私はあの場所へ帰ってきた。もう一度、君に会いたい。ただ、ごめんなさいと伝えたい。それだけでいい。それ以上の願いは、もう抱けないから。

処理中です...