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第一部
第22話 ゴールデンウィーク ~第一夜~ 2
手摺に腰掛け、そのまま暫く過ごす。近くを流れる小川のせせらぎ以外は何も聞こえない静寂の中で、心を落ち着けていたその時、ふと母屋の方からこちらへ向かってくる人影を見付けた。近付くに連れ、軽快に歩くその足音も聞こえてくる。龍利のいるポーチの前まで来てピタリと立ち止まったその人物は、コテージの窓を見てガッカリした声を出した。
「あー、残念。もう寝ちゃったかー」
「…悠さん、声が大きいですよ。こんな時間にどうしたんですか…?」
小声で龍利が訊く。悠は「ああ、そうか」と声を抑えながらも、あっけらかんと答えた。
「恵に『おやすみのキス』をしに来たんだけどさ。勿論唇にね」
『唇』という単語に龍利の身体が強張る。負ぶっていた時首筋に触れた、丞のそれの感触を思い出したからだ。
「でも、寝ちゃったんだったら唇には難しいなー。寝顔を見て、ほっぺにチュッだけでも――」
ウキウキした足取りでコテージに入ろうとする悠。龍利は慌ててその面前に立ち塞がった。
「そんな不届きなこと言ってると、覓が黙っていませんよ。それに、用心棒代わりとして、俺も見過ごすことは出来ません」
腕を広げて通せんぼをする彼を、悠は顔を伏せつつ上目遣いに見る。
「そういう不届きな輩を見張る為に、龍利だけ起きてたってわけ?」
「……そういうわけじゃ、ないですけど……」
「じゃ、いいじゃん。そもそも俺は不届き者じゃなくて、恵の許婚なんだし」
「許婚じゃないでしょ。…ちょっと、俺の脇擦り抜けていこうとするのやめて下さい」
囁くような声量で交わされる遣り取り。子供の喧嘩のようにも見える押し合いの末、悠は漸く入室を諦めた。口では何者をも言い負かす(ただし母親以外)彼も、力では龍利に勝てなかったようだ。
「あーあ」と落胆の声を発して悠がベンチに座る。ポーチから下りてきた龍利に、隣に掛けるよう勧めた。
「龍利が起きてたから鍵開いててラッキーって思ったのに、やっぱ寝ててくれた方が良かったな。合い鍵持ち出してくれば中には入れたんだし」
「それじゃホントに犯罪者ですって……」
ふて腐れた口調の悠を、龍利は呆れながらも苦笑を浮かべて見る。幾ら悠でも本気でそのような暴挙には出ないと分かっている為だ。――が、彼の次のセリフでその顔が固まった。
「んで、結局、龍利はなんで起きてたの?」
「! ……その…ちょっと、目が冴えて眠れなくて……」
「ふぅん」
口籠り気味の龍利の言葉に一応納得の返事を返した悠は、ひと息ついて話題を変える。
「そういえば、さっき『覓が黙ってない』って言ってたな。あれどういうこと? 確かに、小さい頃から覓には毛嫌いされてる感じだったけど、今日の目線は前にも増してキツかったよなぁ。態度もツンケンしてたしさ」
「…ああ、それは――」
自分から話が逸れたことに安堵する龍利。覓が恵に告白したこと、そしてそれ以来一年以上も猛アピールを続けていることを話し、「ほとんど丞に聞いたことだけど」と付け足した。それを聴き、悠はポカンと口を開ける。
「何、あいつ、俺と張り合うつもりなの?」
いや、覓にしてみればただひたすらに恵が好きなだけであって、少なくともここへ来るという話が出るまでは、悠のことなどほぼ眼中に無かったのではなかろうか。
「……おもしろい。それなら俺か覓か、いずれは恵に選んで貰わなくちゃな。まぁ、大人の魅力で俺が勝つに決まってるけど」
ニヤリと不敵な笑みを湛える悠。玩具かお菓子を奪い合う子供のように恵を取り合っておいて、今更大人の魅力もあったものでは無い。というより、従兄か実弟の二択で他の選択肢を許されないかわいそうな恵を思い、龍利は深く嘆息した。
「――でも、利かん坊で駄々っ子な覓でも、一つだけ感心出来ることがあるな」
夜空を見上げて放たれる悠の声。龍利は、また何を言うつもりだろうかと警戒する。
「ちゃんと自分から動いてるところさ」
ふっと大きくなる龍利の瞳。
「どんなことでもそうだけど、自分で声を上げて動かなきゃ、何も前には進まない。流れ任せや他力本願で望みが叶うなんてヌルいこと考えてるような子供じゃ、結局何も手には入らないからな」
目線を龍利の顔に戻す悠。真顔のその面から、龍利は目を離せなかった。
「そういう意味では、あいつは大人だと思う。実の兄ってことにも畏縮しないで、自分の気持ちを全開にしてるんだろ? その行動力には拍手を送りたいね」
パチパチと小さく手を叩く身振りをして、悠が立ち上がる。釣られて腰を上げた龍利の方を、勢いを付けてクルッと振り向いた。
「――ってことで、龍利も頑張れよ?」
驚いて見詰めた先の面は、先刻の真顔が嘘のようにニンマリと笑っている。呆気に取られる龍利に「じゃ、おやすみ~」と手を振って、快男児(怪男児?)は来た道をゆっくりと帰っていった。
一人取り残された龍利は、その後ろ姿を見送りながら物思いに耽る。
(ひょっとして…全部バレてる……?)
丞への想いも、自ら行動を起こすことに思い切れない自分の不甲斐なさも、全部――。
「……自分から、動く――」
ポツリと呟く彼の背中を、初夏の三日月が静かに見下ろしていた。
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