Heart ~比翼の鳥~

いっぺい

文字の大きさ
4 / 77
第二章 海にて

第4話 後編

しおりを挟む
 太陽はぐんぐん昇り、いつの間にか南中に差し掛かっている。真上から降り注ぐ日差しに、腕時計で時間を確認した晶が直人の脚をつついた。

「直人ー、昼過ぎてるぜ。腹減ったぁ」

「え? あ、本当だ。もう少しなんだけど…。晶、先に食べてて」

 そう言って先程のキオスクの袋を渡す。中には、鮮やかなフィルムに包まれたおにぎりが六個。
 すぐ終わらせるからと言い置いて、直人は手を速める。言葉通り、ほどなく最後の一枚が仕上がった。

 描き上げた下書きは、焦点ポイントを変えた海の絵が全部で十枚。それを見直してスケッチブックを閉じた直人は、横を見て目を丸くした。袋から出したおにぎりを捻くり回して、晶が唸っていたからだ。フィルムはまだ剥がされていない。

「…? 晶? 先に食べてって言ったのに、どうしたの?」

「直人。これ…どうやって開けるんだ?」

 更に丸くなる直人の目。

「食べたこと…ないの?」

「ない。外で買って食う時は、ハンバーガーとかが多いんだ」

「あ、じゃあ、パンの方が良かったかな。どこかその辺で買ってこようか?」

 バスを待つ間にキオスクに寄ったのは直人だ。当然、昼食におにぎりを選んだのも。好き嫌いは無いと聞いていたからだが、好みに合わなかったと知って、直人は商店を探そうと立ち上がり掛けた。が、袖を引かれて腰を落とす。

「いいよ、これで。食ったことねぇもん食ってみるのもおもしれぇし。そう思ってさっきから開けようとしてんだけど、上手くいかねぇんだ。フィルムの合わせ目を引っ張ったら、中の海苔まで破れちまうしよ」

「ほら、ここに開け方書いてあるだろ?」

 晶の手元を覗き込み、三角形の印刷面の隅を指し示す。

「あー。俺、細かい字読むの苦手なんだよ。面倒臭くてさ」

 片手をヒラヒラさせながら言う晶に、直人は苦笑して開け方を教えた。

「――なんだ。聞いてみれば簡単じゃん」

 やっと食べられる状態になって現れた三角おにぎりにかぶり付く。そんな晶の横で、直人も自分のおにぎりを頬張った。

「へー。ちょっと冷てぇけど、まあまあいけるな。海苔がパリパリしてて美味ぇし」

 開け方を習得した晶は既に三個目に突入している。一個目を食べ終えたばかりの直人は、その速さに呆気に取られながらクスッと笑った。

「本当に…小さな子供みたいだな、晶は」

 その言葉に、口いっぱいに詰め込んでいたおにぎりをゴクリと呑み込んで、晶が負けじと言い返す。

「お前がオヤジ過ぎんだよ。あーあ、年は取りたくねぇよなー」

「1コ違いで何言ってんだ」

 言い合って、笑い合った。


 それは本当に晶にとって、浮世離れしているかと思うほどの楽しい時間。
 時の経つのを忘れるくらいに、自分自身を忘れるくらいに、心を放して楽しめる安らぎの時間――。


「ところでさ」

「ん?」

「六個あったってことは三個ずつだよな」

「そのつもりだけど?」

「……」

 晶は言い淀んで口籠っている。気付いて直人が言った。

「ひょっとして…足りなかった?」

「…ちょっとな」

「じゃ、俺の分一個あげるよ」

「けど、直人二個しか食ってねぇじゃん。いいのかよ?」

「うん。取り敢えずお腹は膨れたし。気にしないで食べて」

 差し出されたおにぎりを受け取って、晶はニッと笑うとすぐにペロリと平らげる。その満足そうな顔を見て、直人は思わず微笑んだ。口元にご飯粒が一つくっついていることに気付いていない晶が、なんだかとても可愛く見える。

「晶。ここ…付いてる」

 言いながら取ってやった直人の細い手首を、晶の手が掴んだ。と思うと、直人の指先ごと口の中へ入れてしまう。

「?! ちょ、ちょっと、晶?!」

 指先に感じる生温かい感触にぎょっとして右手を引こうとするが、手首を掴む晶の手は緩む気配が無い。為す術の無いまま十秒ほど経っただろうか。すぽっという感じで直人の指は解放された。晶の舌でもてあそばれていたそれは、第二関節近くまで濡れて光っている。

「…いきなり何するんだよっ」

 頬を赤くして怒る直人に、いつも通りのケロッとした表情で晶は答える。

「折角直人がくれたのに、一粒でも残しちゃ勿体ねぇだろ?」

「…そっ、それにしたって、なんで指まで――」

「あ、そーだ」

 責めの言葉を直人が最後まで言い終わらぬうちに、晶はわざとらしく手をポンと叩いて何か思い出したふうを装うと、ずいっと直人の顔に自分のそれを近付ける。考える間も与えられず無防備に晒されていた唇へ、晶の一瞬の口付けが舞い降りて、去った。


「…な…?」


 何をされたのか理解するのに、若干の間があった。それがキスであったと分かった瞬間、直人のおもては火を噴いたように真っ赤に染まる。指のことなど、既に頭から飛んでいた。
 あまりにも純粋な反応に笑いを堪え切れず、晶の喉の奥でクックックと抑えたような声が漏れる。

「今のはおにぎりくれたお返しだよ。――にしても、お前ってほんっとに可愛い反応すんのな」

 気付くと、顔を伏せた直人の肩がワナワナと震えている。

(あー。こりゃ、やべーかも)

 晶はそーっと堤防から砂浜に飛び降りる。しかし、依然その顔は笑みを湛えたまま。

「…あーきーらーっ!!」

 その声に走り出す晶の後を、これまた砂浜に降りた直人が追う。

「何が『お返し』だっ。ふざけるのもいい加減にしろよ!」

「いーじゃねぇかよ、キスくらい。減るもんじゃなし」

「そういう問題じゃないっっ!!」


 砂浜を走る二人の顔は、どちらも綻んでいる。分かっているのだ。笑いながら逃げる晶には、自分を追う直人が本気で怒っていないことが。声を荒げる振りをして追う直人には、前を逃げる晶が自分を馬鹿にしてふざけているのでは無いことが。
 ふざけ半分で始まった関係。だからこそ分かる。迷いもこだわりも無く、その気持ちだけを晒すことが出来る。それが、今の二人にとっての幸せ。――その幸せは、この先いつまで続けていけるのだろう。いや、一体いつまで、これが幸せだと思えるのだろう。


 二人の道のりは、まだ始まったばかり――。



 ★★★次回予告★★★

第三章、第四章は前中後の三部構成。
三章前編では梶原先生が登場。彼と晶が交わす謎のセリフにご注目!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

【完結】取り柄は顔が良い事だけです

pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。 そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。 そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて? ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ! BLです。 性的表現有り。 伊吹視点のお話になります。 題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。 表紙は伊吹です。

逃げた弟のかわりに溺愛アルファに差し出されました。初夜で抱かれたら身代わりがばれてしまいます💦

雪代鞠絵/15分で萌えるBL小説
BL
逃げた弟の身代わりとなり、 隣国の国王である溺愛アルファに嫁いだオメガ。 しかし実は、我儘で結婚から逃げ出した双子の弟の身代わりなのです… オメガだからと王宮で冷遇されていたので、身代わり結婚にも拒否権が なかたのでした。 本当の花嫁じゃない。 だから何としても初夜は回避しなければと思うのですが、 だんだん王様に惹かれてしまい、苦しくなる…という お話です。よろしくお願いします<(_ _)>

冤罪で堕とされた最強騎士、狂信的な男たちに包囲される

マンスーン
BL
​王国最強の聖騎士団長から一転、冤罪で生存率0%の懲罰部隊へと叩き落とされたレオン。 泥にまみれてもなお気高く、圧倒的な強さを振るう彼に、狂った執着を抱く男たちが集結する。

処理中です...