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第十二章 溢れる想い
第39話 後編2
しおりを挟む暫く聞こえていた啜り上げるような泣き声が止む。身を起こす気配に晶がチラリと目を遣ると、直人はベッドに座り込んだまま手で目元の涙を拭っていた。
「…本当にごめんね…。ちゃんと…話しとけば良かった…」
漸く落ち着いたらしい彼の声は酷く掠れた鼻声になっている。外の景色に視線を飛ばした晶の背に、時々口で息を継ぎながらポツリポツリと話し出した。
「――和彦は、俺のことがずっと好きだったんだ。まだ小さい、小学生くらいの時から。でも…俺はそれに気付かなくて……」
その想いを知ったのは晶と本気の交際が始まった直後だったこと。自分の誕生日に和彦からのプレゼントを見て動揺したのもその為だったこと。そして今日和彦がいたのは、晶と付き合う自分を心配して話をしに来ただけであり、あのキスは突発的なものであったことなどを順序立てて語った。
「……今考えてみると、中学の頃とかいつも護るように傍にいてくれてた。普通の友達以上に…。その時気付くべきだったんだ。和彦が、俺をどう思っているのかを――」
直人は伏せていた顔を上げて晶を見る。泣き腫らして真っ赤になった瞳が捉えたその人は、相変わらず窓外を見詰めたまま黙していた。
「だけど…たとえ気付いたとしても、俺が和彦に応えてやれたわけじゃない。親友以上には思えなかったから。その時も…そして今もね。…ただ、知らなかったばっかりに、君のことを相談したりして和彦を苦しめた。――結局俺は晶も和彦も、二人とも傷付けてたんだ…。最低だね……」
再び俯き掛けた視界の隅に、上履きを履いた足が音も無く入ってくる。ふわりと髪に触れる感触に目を上げれば、顔に苦渋の色を浮かべた晶の手が黒髪を静かに梳いていた。
「晶……」
その手を取り、胸元で握り締める。本心を伝えるかのように、晶の掌を胸の中心に当てた。
「…和彦と会ったのは、去年のクリスマス以来だよ。あれから電話だって掛けてないし。今日は、約束も何もなしに突然来てたんだ。嘘じゃない。…晶、信じてくれる…?」
縋るような目で訴え掛ける直人。その鼓動が、しっかりと当てられた手を通して晶の内に流れ込んでくる。真実の想いを伝えんとする心悸が、心地好い波となって全身を包んでいくようだった。
「――俺は、晶だけのもの。体も心も全部……。この先何があったって、それは変わらな――」
言い終わる前に、まだ微かに涙の滲む目尻にキスを落とされる。温かい唇が綺麗な雫を浚っていった。
「…悪かった。ちゃんと話も聴かずにひでぇことして…。お前があいつとキスしてんの見たら、頭に血が上って抑えが利かなくなっちまったんだ。…少し気が立ってたもんだから…。ごめん……」
――今朝、またあの痺れに襲われた。今までに無いほどの強烈なもので、晶は一時間近くもベッドから起き上がれなかったのだ。微妙に安定を欠いた、深みで緩流に流されていくような心持ちのまま直人を待っていた彼が、中庭の二人を目撃して我を忘れたのは仕方の無いことだった――。
苦しく、そして切なそうに歪められた晶の面に、直人は手を伸ばした。その頬を柔らかい手付きで撫でる。
「…つらいんだね、体…。こんな時に疑われるようなことしちゃって…。信じてなんて、虫が良過ぎるかな……」
頬に置かれた手を自分のそれで包み込んで、ゆるゆると首を振る晶。上体を少し傾け、ベッドに座っている直人の身体を抱き竦めた。
「――信じる。何があっても、お前を信じるから……」
「…晶…、ありがとう…」
安心したように脱力して恋人の腕に身を預ける直人を、晶は更に力を籠めて抱いた。
「……っ」
発された微かな声に驚いて身体を離す。胸を押さえる直人の手を除けると、白いシャツに赤い液体が一点、ポツリと染み付いていた。
「あ、ごめんっ。痛かったろ?」
どうやら、力を入れた拍子にシャツが傷を擦ったらしい。見てみると、固まり掛けた血液の隙間で、小さな傷から新たな血が滲み出ようとしていた。それに顔を寄せ、そっと口に含む。
「…んっ…」
傷が沁みるのだろう。直人は僅かに顔を顰めて目を瞑る。晶は突起の周りに付着した血を舐め取り、部屋に備え付けの消毒用ウェットティッシュで優しく傷を拭いてやった。
「――帰ったら、ちゃんと薬付けた方がいい。…ホントに、ごめんな……」
詫びながら離れようとする晶の首に腕を廻すと、直人はその胸に顔を埋める。
「…もう、謝らないで。元々俺がいけなかったんだから。――晶、愛してる…。本当に…君だけだよ……」
擦り寄る直人の囁くような声に、晶は傷に触れぬよう気を付けながらも、力強く細い身体を抱き締めるのだった。
愛しい、愛しい……
放さない、放したくない
たとえ何をしてでも傍にいたい
抗えない力でお前から引き離される時、
俺は一体…どうなってしまうのだろう―――
★★★次回予告★★★
少しずつおかしくなっていく身体に、苛立ちと苦悩の日々を過ごす晶。
激し過ぎる愛情は、次第に彼の心を――。
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