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Heart 三年詩 ―MITOSEUTA―
第10話 第三章 武井&秀一 (中編)
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冷蔵庫から食材の入った容器を取り出す。昆布を浸け込んでおいた小さな土鍋にそれらを入れて、火に掛けた。
ガステーブルと向き合うカップボードに寄り掛かり、武井は煮立つのを待つ。何の気なしに青い炎を眺めていると、急に静色の熱さを持つ青年の面が浮かんできた。更に、同じ炎と言えど、こちらは紅い焔を思わせる彼の顔も――。
――自身の担当患者となった直人の受診日に、ほぼ毎回のように付いてきた和彦。本人はそれと知られぬよう抑えているつもりが、実際は隠し切れていなかった直人への真っ直ぐな想いには、初めて顔を合わせた時から気付いていた。
静かに、守護するように愛しい人を支える彼の愛情。音もなく燃え立つような蒼影の情熱が自分を信頼してくれていたことも、それ故に憎悪の対象となったことも、痛いほど分かっていた。
片や白い病室で対面した晶には、まだほとんど動けない状態だったにも関わらず『動』の印象を持った。
ICUに入っていた時にも意識の無い彼の姿を見ていたが、直に話をする中でより確かなものになっていったそのイメージ。灼熱色の眼差しと会話の端々から感じる熱量は相当なものだと思えて。聞いていた人物像と彼が為した事、それから伸びた髪に残る炎色の欠片も、自分の心証を裏付けるようだった――。
対極にあるようでいて、実は同質の激性を内包していた二人。それは彼等が愛したたった一人の人も同じだった。
――診察初日、僅かな警戒色さえその瞳に滲ませた友に護られやって来た彼。繊麗な姿容に儚さすら感じた。
年端も行かぬうちからその身体を蝕んだ病。手も足も出せない己が酷く子供じみて腹立たしくて。そんな大人に優しい目を向け、つらい検査にも不平一つ漏らさなかった直人の方が、よっぽど大人だったと思う。
自分を信じどんな悩みも打ち明けてくれていた彼が、唯一口にしなかった最大の隠し事。最後の受診日、帰り際に小さく「先生、ごめんなさい」と呟いた後ろ姿を、今も忘れられない。怪訝に思い呼び止めようと声を掛ける暇も無く、ドアの向こうへ消えた直人。
あれが別れの言葉だったのだと気付いたのは、全てを知った後だった。様子のおかしい秀一から漸く聞き出した真相と直人の想いの激しさに絶句した自分。芯の強さを見誤り何の手助けも出来なかった己と、現状で出来得る最大限の救いをもたらした想い人の、辛心の態様に苦しんだ。
秀一に、そしてそれ以上に自分にもっと力があったなら、今とは違う最善の道を示してやれたかも知れない。
――真実を知った数日後、二人の青年を立て続けに訪ねた。自己満足に過ぎないと分かっていて、それでも謝らずにはいられなかった未熟な精神を、彼等が責めることは無く。
その時の懊悩はこれから先の自身の在り方で解いていく他無いのだと、無意識のうちに悟った気がした――。
『……兄貴って呼んでいい?』
晶は、自分のことを親しみを籠めて『兄貴』と呼ぶ。
病室での謝罪の言に返ってきた問いには、恋人の主治医を務めた自分への親近感と温かな感謝の気持ちが溢れていた。
本質に野性的な匂いを感じるその心性と体性。見て呉れが似通っているわけでは無いが、血の繋がった実の弟よりも自身に親しいような気がするのだから笑えてしまう。言い出したら譲らない互いの性分の所為で大人げ無く喧嘩までしてしまうけれど、呆れながら仲裁してくれる秀一のお蔭もあり、最後はいつも相好を崩し合って収まるのだ。
己が救えなかった彼とは見目も性格もまるで違うのに、元から一つだった生命をほんのひと時分け合っていたとしか思えない彼等は、二人とも自分の可愛い弟なのである。
『兄貴と秀兄ぃってお似合いだけどさ、旦那がこんなに頑固モンだと、秀兄ぃ気苦労が絶えなさそうだよな』
喧嘩の後、破顔しつつ度々そんな冗句を放って寄越す晶。
いつか和彦も、自分と秀一を気軽にそう呼んでくれるようになるといい。同じ人に焦がれ、今友人として生きていこうとしている彼等に寄り添うことは、自分達の責任であると同時に生き甲斐ともなるのだから。
グツグツと音を立てる鍋の火を弱める。食卓に箸や皿を用意したところで、洗面室の方から聞こえるドライヤーの音に気が付いた。いいタイミングだと薄く笑みながら鍋敷を置く。
土鍋の前に戻った武井がそれを持ち上げたのと前後するようにして、温風を吹き出す機械音も止んでいた。
ふんわりと立ち上る蒸気に秀一の顔が綻ぶ。
卓上に置かれ蓋が取られた一人用の土鍋の中身は、熱々の湯豆腐だった。
「どうせ遅くなるだろうし、時間が時間だから消化のいいモンでも用意しとくかと思ってな。…まぁ、まだ時期的にはちょっと早いかも知れねぇが――」
向かいの椅子に腰掛ける武井。秀一は軽く首を振ってから、湯気に包まれた白菜と豆腐を深皿によそった。
「もうだいぶ冷えてきたからちょうどいいよ。夜中だから量もそんなに入らないし。――それに、折角お前が作ってくれた食事に文句を言うなんて、バチが当たるだろう?」
そのセリフに二人して笑う。テーブルに頬杖を突いた武井が、「じゃ、遠慮なくどうぞ」と促した。
「ありがたくいただきます」
合掌してから、柚子風味のポン酢醤油を掛けた豆腐を口に運ぶ。絹漉しのそれは舌の上で溶けるようにほろりと崩れた。
「……美味しい」
口内に広がる甘みと酸味、負担なく胃に落ちるその温かさに、秀一はなんだかホッとする。和みの面持ちで箸を動かす彼を見る武井の目元が緩んだ。
「――前からそうだけど、雅也がこれほど炊事にきっちりしてるなんて意外過ぎるよな。大概のものは難なく作ってしまうし――、しかもそれが美味しいんだから驚きだよ」
軟らかく煮られた白菜に舌鼓を打つ秀一。武井は土鍋に視線を落として緩くかぶりを振った。
「ただ普通に食えるってだけの話だ。奈美さんの料理ほど美味いわけじゃねぇんだから、別に大したことでも――」
「……私には大したことだよ……」
ボソボソと聞こえた声の出処を追った武井の目が、半眼になった彼の曇り顔を捉える。
「……私が作ると、どうしてああなるのか……」
大学二年の冬。友人四、五人で集まった武井のアパートで、初めて鍋パーティーの調理担当になった秀一。有り得ない失敗を連発して皆に迷惑を掛けた事を今でも思い出してしまう。それが一種のトラウマになり、未だにキッチンに立つのは気が重くて敬遠しているのだ。
当時の記憶が甦ってきたらしい武井も、頬杖姿勢のまま秀一の回想に割り込んでくる。
「――あん時は昆布とキクラゲ間違えたり、酒のつもりで酢を入れちまったりしたんだったか?」
頭の中に再現される若き日の失態。己の不器用さを改めて認識する秀一の眉間に皺が寄る。
「あー、それから白飯も見事に焦がしてたよな」
「……水の量間違えて……」
――炊飯器に米と水をセットしてスイッチを入れるだけだった筈なのに、分量を勘違いした為にシメ用の白米は真っ黒に焦げてしまった。のみならず、蒸気口から吐き出された黒い煙が壁や天井にへばり付き、武井の部屋のキッチン周りは煤だらけになってしまったのである。
無論、すぐに全員で煤を拭き取り事無きを得たのだが――。
「あの後、朝永の奴なんつってたっけ? 確か『炭食わされるとは思ってなかった』とか何とか――」
「『俺達はSLか?』って言われた……」
朝永諒は、二人の友人でやはり医学部の同期だった男だ。秀一と同じ心臓外科医であり、現在同僚として国立病院に勤めている。隣県の医療機関から転籍してきたのは二年前のことだ。武井にとっては、小学生の時から付き合いのある幼馴染でもあった。
『梶っちは食うの専門で決定だな。危なっかしくて任せられないよ』
溜息と苦笑を漏らしながらそう言っていた彼の顔を思い出す。
武井の脳裏には、その直後に秀一と交わした遣り取りの映像が浮かんでいた。
『――騒がせてごめん…。こんなつもりじゃなかったのに……』
すっかりヘコんでしまった彼に、覚えず噴飯の衝動が込み上げる。
「フッ…、クックック…ッ」
小さく吹き出す武井。秀一は少し剥れる。
「……笑うなよ……」
「っ…悪りぃ…」
零れ続ける失笑をなんとか堪えて、項垂れたその頭に手を置く。栗色の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。
「そんなに落ち込むなって。――何でも出来るお前なのに、苦手なもんがあったなんてな。らしくなくて、なんだか――」
――なんだか、無性に可愛くて――
余計な行動に走ってしまいそうな己を抑え込み、上げられた柳眉に軽い素振りで笑い掛けた――。
あの時のシュンとした面が、目の前の恋人に重なる。
「――誰でも得手不得手ってもんがあんだから、そんなに気にするこたねぇだろ? それより、冷めねぇうちに食っちまえよ」
その声で我に返ったように、秀一は止めていた手を動かした。
――この部屋を訪うようになった後、いつだったか「お前の手料理が食いたい」と武井に乞われたことがある。まともなものにはならないと知っていて、けれど弄ずるわけで無い彼ののどやかな笑顔に、戸惑いつつも仄かな幸福感に満たされた。
まだ実現出来ていないが、いつか少しでもましな形でその希望を叶えてやりたい。その為には自分も努力しなくては――そんなことを考えながら、最後の一口を平らげる秀一だった。
ガステーブルと向き合うカップボードに寄り掛かり、武井は煮立つのを待つ。何の気なしに青い炎を眺めていると、急に静色の熱さを持つ青年の面が浮かんできた。更に、同じ炎と言えど、こちらは紅い焔を思わせる彼の顔も――。
――自身の担当患者となった直人の受診日に、ほぼ毎回のように付いてきた和彦。本人はそれと知られぬよう抑えているつもりが、実際は隠し切れていなかった直人への真っ直ぐな想いには、初めて顔を合わせた時から気付いていた。
静かに、守護するように愛しい人を支える彼の愛情。音もなく燃え立つような蒼影の情熱が自分を信頼してくれていたことも、それ故に憎悪の対象となったことも、痛いほど分かっていた。
片や白い病室で対面した晶には、まだほとんど動けない状態だったにも関わらず『動』の印象を持った。
ICUに入っていた時にも意識の無い彼の姿を見ていたが、直に話をする中でより確かなものになっていったそのイメージ。灼熱色の眼差しと会話の端々から感じる熱量は相当なものだと思えて。聞いていた人物像と彼が為した事、それから伸びた髪に残る炎色の欠片も、自分の心証を裏付けるようだった――。
対極にあるようでいて、実は同質の激性を内包していた二人。それは彼等が愛したたった一人の人も同じだった。
――診察初日、僅かな警戒色さえその瞳に滲ませた友に護られやって来た彼。繊麗な姿容に儚さすら感じた。
年端も行かぬうちからその身体を蝕んだ病。手も足も出せない己が酷く子供じみて腹立たしくて。そんな大人に優しい目を向け、つらい検査にも不平一つ漏らさなかった直人の方が、よっぽど大人だったと思う。
自分を信じどんな悩みも打ち明けてくれていた彼が、唯一口にしなかった最大の隠し事。最後の受診日、帰り際に小さく「先生、ごめんなさい」と呟いた後ろ姿を、今も忘れられない。怪訝に思い呼び止めようと声を掛ける暇も無く、ドアの向こうへ消えた直人。
あれが別れの言葉だったのだと気付いたのは、全てを知った後だった。様子のおかしい秀一から漸く聞き出した真相と直人の想いの激しさに絶句した自分。芯の強さを見誤り何の手助けも出来なかった己と、現状で出来得る最大限の救いをもたらした想い人の、辛心の態様に苦しんだ。
秀一に、そしてそれ以上に自分にもっと力があったなら、今とは違う最善の道を示してやれたかも知れない。
――真実を知った数日後、二人の青年を立て続けに訪ねた。自己満足に過ぎないと分かっていて、それでも謝らずにはいられなかった未熟な精神を、彼等が責めることは無く。
その時の懊悩はこれから先の自身の在り方で解いていく他無いのだと、無意識のうちに悟った気がした――。
『……兄貴って呼んでいい?』
晶は、自分のことを親しみを籠めて『兄貴』と呼ぶ。
病室での謝罪の言に返ってきた問いには、恋人の主治医を務めた自分への親近感と温かな感謝の気持ちが溢れていた。
本質に野性的な匂いを感じるその心性と体性。見て呉れが似通っているわけでは無いが、血の繋がった実の弟よりも自身に親しいような気がするのだから笑えてしまう。言い出したら譲らない互いの性分の所為で大人げ無く喧嘩までしてしまうけれど、呆れながら仲裁してくれる秀一のお蔭もあり、最後はいつも相好を崩し合って収まるのだ。
己が救えなかった彼とは見目も性格もまるで違うのに、元から一つだった生命をほんのひと時分け合っていたとしか思えない彼等は、二人とも自分の可愛い弟なのである。
『兄貴と秀兄ぃってお似合いだけどさ、旦那がこんなに頑固モンだと、秀兄ぃ気苦労が絶えなさそうだよな』
喧嘩の後、破顔しつつ度々そんな冗句を放って寄越す晶。
いつか和彦も、自分と秀一を気軽にそう呼んでくれるようになるといい。同じ人に焦がれ、今友人として生きていこうとしている彼等に寄り添うことは、自分達の責任であると同時に生き甲斐ともなるのだから。
グツグツと音を立てる鍋の火を弱める。食卓に箸や皿を用意したところで、洗面室の方から聞こえるドライヤーの音に気が付いた。いいタイミングだと薄く笑みながら鍋敷を置く。
土鍋の前に戻った武井がそれを持ち上げたのと前後するようにして、温風を吹き出す機械音も止んでいた。
ふんわりと立ち上る蒸気に秀一の顔が綻ぶ。
卓上に置かれ蓋が取られた一人用の土鍋の中身は、熱々の湯豆腐だった。
「どうせ遅くなるだろうし、時間が時間だから消化のいいモンでも用意しとくかと思ってな。…まぁ、まだ時期的にはちょっと早いかも知れねぇが――」
向かいの椅子に腰掛ける武井。秀一は軽く首を振ってから、湯気に包まれた白菜と豆腐を深皿によそった。
「もうだいぶ冷えてきたからちょうどいいよ。夜中だから量もそんなに入らないし。――それに、折角お前が作ってくれた食事に文句を言うなんて、バチが当たるだろう?」
そのセリフに二人して笑う。テーブルに頬杖を突いた武井が、「じゃ、遠慮なくどうぞ」と促した。
「ありがたくいただきます」
合掌してから、柚子風味のポン酢醤油を掛けた豆腐を口に運ぶ。絹漉しのそれは舌の上で溶けるようにほろりと崩れた。
「……美味しい」
口内に広がる甘みと酸味、負担なく胃に落ちるその温かさに、秀一はなんだかホッとする。和みの面持ちで箸を動かす彼を見る武井の目元が緩んだ。
「――前からそうだけど、雅也がこれほど炊事にきっちりしてるなんて意外過ぎるよな。大概のものは難なく作ってしまうし――、しかもそれが美味しいんだから驚きだよ」
軟らかく煮られた白菜に舌鼓を打つ秀一。武井は土鍋に視線を落として緩くかぶりを振った。
「ただ普通に食えるってだけの話だ。奈美さんの料理ほど美味いわけじゃねぇんだから、別に大したことでも――」
「……私には大したことだよ……」
ボソボソと聞こえた声の出処を追った武井の目が、半眼になった彼の曇り顔を捉える。
「……私が作ると、どうしてああなるのか……」
大学二年の冬。友人四、五人で集まった武井のアパートで、初めて鍋パーティーの調理担当になった秀一。有り得ない失敗を連発して皆に迷惑を掛けた事を今でも思い出してしまう。それが一種のトラウマになり、未だにキッチンに立つのは気が重くて敬遠しているのだ。
当時の記憶が甦ってきたらしい武井も、頬杖姿勢のまま秀一の回想に割り込んでくる。
「――あん時は昆布とキクラゲ間違えたり、酒のつもりで酢を入れちまったりしたんだったか?」
頭の中に再現される若き日の失態。己の不器用さを改めて認識する秀一の眉間に皺が寄る。
「あー、それから白飯も見事に焦がしてたよな」
「……水の量間違えて……」
――炊飯器に米と水をセットしてスイッチを入れるだけだった筈なのに、分量を勘違いした為にシメ用の白米は真っ黒に焦げてしまった。のみならず、蒸気口から吐き出された黒い煙が壁や天井にへばり付き、武井の部屋のキッチン周りは煤だらけになってしまったのである。
無論、すぐに全員で煤を拭き取り事無きを得たのだが――。
「あの後、朝永の奴なんつってたっけ? 確か『炭食わされるとは思ってなかった』とか何とか――」
「『俺達はSLか?』って言われた……」
朝永諒は、二人の友人でやはり医学部の同期だった男だ。秀一と同じ心臓外科医であり、現在同僚として国立病院に勤めている。隣県の医療機関から転籍してきたのは二年前のことだ。武井にとっては、小学生の時から付き合いのある幼馴染でもあった。
『梶っちは食うの専門で決定だな。危なっかしくて任せられないよ』
溜息と苦笑を漏らしながらそう言っていた彼の顔を思い出す。
武井の脳裏には、その直後に秀一と交わした遣り取りの映像が浮かんでいた。
『――騒がせてごめん…。こんなつもりじゃなかったのに……』
すっかりヘコんでしまった彼に、覚えず噴飯の衝動が込み上げる。
「フッ…、クックック…ッ」
小さく吹き出す武井。秀一は少し剥れる。
「……笑うなよ……」
「っ…悪りぃ…」
零れ続ける失笑をなんとか堪えて、項垂れたその頭に手を置く。栗色の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。
「そんなに落ち込むなって。――何でも出来るお前なのに、苦手なもんがあったなんてな。らしくなくて、なんだか――」
――なんだか、無性に可愛くて――
余計な行動に走ってしまいそうな己を抑え込み、上げられた柳眉に軽い素振りで笑い掛けた――。
あの時のシュンとした面が、目の前の恋人に重なる。
「――誰でも得手不得手ってもんがあんだから、そんなに気にするこたねぇだろ? それより、冷めねぇうちに食っちまえよ」
その声で我に返ったように、秀一は止めていた手を動かした。
――この部屋を訪うようになった後、いつだったか「お前の手料理が食いたい」と武井に乞われたことがある。まともなものにはならないと知っていて、けれど弄ずるわけで無い彼ののどやかな笑顔に、戸惑いつつも仄かな幸福感に満たされた。
まだ実現出来ていないが、いつか少しでもましな形でその希望を叶えてやりたい。その為には自分も努力しなくては――そんなことを考えながら、最後の一口を平らげる秀一だった。
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