【R18BL】転生したらドワーフでした【後日談更新中】

明和来青

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第9話 レンジャーのアールト1(アールト視点)

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 君はネズミを見て、自分と対等の存在だと思うだろうか。

 自分よりも遥かに短い寿命しか持たず、知能も低く意思疎通すら覚束ない。我々エルフから見て、他の種族は得てしてネズミとそう変わらない。彼らは我々を「高慢」だとか「狡猾こうかつ」などと評するが、それは単に彼らが「低劣」で「無能」だからに過ぎない。侮蔑しているのではない、純然たる事実を述べている。従ってこれは、差別ではなく区別である。

 特に人間族ヒューマンどもは、我々と見てくれが似ているからと、自分たちを我々と同列に置きたがる。しかし、どこが似ていると?精霊の末裔であり、洗練された存在美を備えた我々と、所詮獣から進化した小賢しい猿。彼らは時に、繁殖目的で女をさらうゴブリンやオークなどを憎悪するが、愛玩目的で我々を拐う彼らと何処が違うというのか。我々からすれば、討伐した時に体内から魔石が採れるかそうでないか、そのくらいの区別しかない。およそ人間族とは、ネズミはネズミでも、ドブネズミと変わらない、唾棄すべき種族である。彼らと友好的な他種族も同様だ。

 しかしながら彼らは、繁殖力が強く、国家を築いて徒党を組むことには長けている。我々も彼らの勢力を無視することは出来ない。従って、我々は慣れ親しんだ森林に居を構え、滅多とそこから出ることはない。外界は危険で一杯だからだ。

 長い寿命を持つ我々は、森での穏やかな暮らしに満足している。しかし同時に、高い知能と飽くなき向学心を持つため、広い世界への憧れを常に胸に抱いている。若いエルフは特にそうだ。我々はそんな若者に、十分な生きる力を授けて、外界に送り出す。私もそうだった。里にいる間に、あらゆる語学、人間社会の予備知識。精霊魔法を始めとするあらゆる魔法、弓術、斥候術。それから薬学、呪術、房中術まで。ソロでも十分に生き延びるだけの実力を備え、よわい150にして、私は広い世界へと旅立った。



 外の世界は刺激的で、私は夢中になって旅をした。途中何度も危険な目に遭ったが、幸い私は人間に陥れられたり命を落とすこともなく、ここまで生き延びて来た。行きたい所には全て行ったし、見たいものは全てこの目で見て来た。もちろん世界は広い。まだ見ぬ場所は沢山ある。しかし———

 よわい350にして、一つの結論に至った。この世にエルフの叡智の及ばぬ場所は、既に無いと。

 若い私は、時折目も眩むような大発見をしては、意気揚々と里へ帰り、息を切らして長老に報告したものだ。すると長老は、世界樹と呼ばれる巨木の中に設けられた大図書館に私を導き、先人の書き残した回顧録を示す。そして、

「アールトよ。よく見つけて来たね」

 と、私と変わらぬ若々しい手で、私の頭を撫でるのだ。

 長老は、心から私を慈しみ、ねぎらってくれている。それは分かる。だがしかし、その優しさが、どれだけ私の夢と希望を打ち砕いたことか。

 そんなことが何度も起こるたび、段々と理解する。エルフの大人たちが、何故広い外界から里に戻り、この狭いコミュニティで満足して、安穏あんのんと暮らしているのかを。知っていたのだ。自分たちが外で見聞きしていたことは、全て先人が観察し、考察し尽くして、既に答えが出ているのだと。彼らはもう、世界に諦観しているのだ。長老に労われる度に、次第に色褪せて行く世界。これが、我らエルフ族が大人に至るための通過儀礼。

 私は今、ゆえあってディルクとバルドゥルという二人の人間族と連れ立って旅を続けている。しかし、もう潮時かも知れない。凡そ知りたいことは知り尽くした。未だ未踏の地はあれど、生態分布や文化など、気候や地形、民族の移動の痕跡などで、そこがどういう地なのか、簡単に類推出来てしまう。そして全ての答えは、既に大図書館に収められているだろう。これ以上旅をしても、私はそれらを単になぞるだけに過ぎない。生きる術として身につけた微笑みの仮面を被ったまま、私はこれから先、里で過ごすであろう長く無為な人生に、緩やかに絶望していた。

 そんな私の旅を支え続けたもの。それがこのチャームだ。約150年前、東の小国の蚤の市で見つけたそれは、奇妙な姿形をしていたが、どうにも私の心を捉えて離さなかった。密かに鑑定をしてみれば、幸運微増の効果がある。当時の仲間には気味が悪いと嫌厭されたが、めぼしいものは全て買い占めた。そしてその後、これらだけは、大図書館のどの文献でも正体を明かすことが出来なかった。いつかこれらが何なのか、答えが分かる時が来る。私はそれだけを頼りに、惰性で旅を続けて来たのだ。

 しかしそれも、もう終わりだ。懐に入れて大事にしていたが、とうとう摩耗で効果が失われてしまった。私はぽっかり空いた心の穴とともに覚悟を決め、そういえばこの街には80年ほど前にドワーフの細工師工房が出来ていたな、などと思い出す。どうせ最後だ。修理が出来ても出来ずとも、そろそろ旅仕舞いをしよう。

 そう思っていたのに。

「それ、大黒様ですよね」

 見習いドワーフが、修理品を手渡しながら、遠慮がちに声を掛けて来た。

「知ってるのかい、これ?」

「あっはい、えと、ちょっとだけ…」

 私の世界は再び、鮮やかに色付いた。



 私はそのドワーフと、慎重に距離を詰めて行った。昔からエルフ族とドワーフ族は犬猿の仲だ。細工工房のあるじ女将おかみも、私を特に警戒している。まずはいつもの通り、ディルクに代表を務めさせ、消耗品の調達を名目に、頻繁に工房へ通うことにした。

 幸い、かの見習いドワーフことコンラートは、ドワーフらしからず私に好意的だった。

「つまりこれは、異なる神が習合された存在なのだね」

「そうなんですよ。ですから破壊神の側面もあれば、豊穣神としても役割もあって…と、見知らぬ旅人さんがおっしゃってました」

 彼にはこれらのチャームについて、「東方からもたらされた珍しい品」と説明してある。嘘は言っていない。「未だかつてエルフすら把握していない、恐らく失われた先史文明の」という但し書きは付くが。

「そしてこの鳥の羽を持つ青年が、彼の子の一人だと」

「軍神スカンダですね。…と、見知らぬ旅人さんがおっしゃってました」

 情報源について目を泳がせながら、しかし彼は、私がこの150年かけて何一つ分からなかった情報を、澱みなく説明する。そしてそれは、口から出まかせではなかった。

「そういえばこれらの神様には、それぞれに対応する真言という呪文があるんですよ。例えば大黒様には、『オン・マカキヤラヤ・ソワカ』っていう」

 その瞬間、チャームこと根付けがカッと輝いた。すかさず鑑定すると、何と攻撃力2倍、ドロップ率2倍のエンチャントが発動している。まさかこのチャームに、そんなアクティベーションキーが…。

「君、こちらは、こちらのチャームは」

「確か、『オン・イダテイタモコテイタ・ソワカ』だったと」

 光った。こっちは素早さ2倍に命中率2倍だ。何ということだ。

「えっと…見知らぬ旅人さんが…」

 背後の工房からの鋭い視線を掻い潜り、カウンターでの短い立ち話で、これだ。コンラート、このちんちくりんの、いとけないドワーフ。お前は一体、何を知っているんだ。



 もう一つ幸いしたのは、ディルクが彼に興味を持ったことだ。一体この地味で凡庸なドワーフのどこに魅力を感じたのか分からないが、色のこもった目で見ているのは間違いない。これは利用するしかない。私たちは早速彼の試作品を試射し、その結果を携え、彼を酒場まで誘き寄せた。

 結果、ディルクはめでたく本懐を遂げた。色事には滅法強い伊達男だ。その色香がドワーフの若い雄に通用するかは微妙だったが、ひとまず純潔を奪うことには成功したらしい。問題はその後だ。

「いらっしゃいませ、お帰りはあちらです」

 彼はカウンター越しに、満面の笑みで対応した。

「何でだよ!俺の何が気に喰わねェってんだ!」

 ディルクは花束を乱雑にテーブルに叩きつけ、自棄やけ酒を呷っている。

「まぁ、花束ってのは悪手だよな」

 バルドゥルが澄ました顔でさらりと答える。私もそう思う。女ならともかく、男が花束をもらって嬉しかろうはずもない。しかも職場に押しかけて。あれでは彼が、ディルクに手籠めにされましたと公言されたに等しい。しかしディルクは、

「んだよ、アイツあんなに善がってイきまくってたのによぉ…」

 などとくだを巻いて憚らない。誰が聞いているか分からない場所でねや事を披露するのはどう考えてもタブーなのだが、そんなことも忘れてしまうくらいショックだったらしい。人間族にしては上等な部類だと思っていたが、彼もまた、ドブネズミに過ぎないということか。

 しかしこれは、私にとっては僥倖だった。意地になったディルクは、それから毎日花束を持って工房に押しかけては、玉砕を繰り返すようになった。一方で、私はバルドゥルの協力を得て、ディルクを工房から引き離し、目当てのものを購入して謝罪しながら立ち去るというポジションを獲得した。ドワーフ共の警戒はディルクに移り、私は首尾良くとコンラートとの接触を増やしたわけだ。ディルク、君は実に良い捨て駒になってくれた。



 ディルクの奇行が続いたため、流石のドワーフ共も手を打った。あの南の島イルドスュードを付けてコンラートをミスリル鉱山に送り出し、その後も彼らを雇って護衛させた。痺れを切らしたディルクは、奥の手を切りに本国へ帰還。面白がったバルドゥルも動き出した。ドワーフ共は彼らを警戒して、フロルをそちらに付けるようにしたようだ。まんまとコンラートがガラ空きだ。

「君とは一度、こうしてじっくりと談義を交えてみたかったんだ」

 ここは街で人気のカフェ。彼はこの目立つテラス席で、南の島イルドスュードの面々と仲睦まじく会食することで、決してディルクの愛人ではなく、異性愛者ヘテロセクシュアルであるということをアピールさせられていた。ドワーフ側としてはしてやったりだろうが、これを利用しない手はない。

「あ、えっと、ご趣味は…」

 彼はまるで初恋の相手と話してでもいるかのように、頬を染めてそわそわしている。人間族は、我々エルフの美貌の虜になる者は少なくないが、ドワーフ族では稀だ。私の美を解するなど、ドワーフとしては見どころがある。

 名前、年齢、現在のパーティー内での役割や、これまで修めたジョブ。当たり障りのない情報を開示しただけで、彼は滂沱の涙で胸の前で合掌している。もはや崇拝だ。彼が何故これほどまで私に傾倒しているのか不気味ではあるが、しかし私に向けられる崇敬と敬愛の念は悪くない。

「え、えっと、じゃあ、カノジョとかは…」

 恐る恐る、踏み込んだ質問をして来るコンラート。凡庸な焦茶の髪、そして虹彩。全ての造形が小さく、まるでどこにでも居る平凡な子供だ。だが、この木陰からこっそりとこちらを伺っているようなつぶらな瞳。まるで野ネズミではないか。よし、君はドブネズミではなく、特別に野ネズミに昇格してやろう。私は適齢期にも関わらず、未だ里に戻る気がないことを告げた。

「研究の方が楽しいんだ。こうして君と出会えて、長年行き詰まった疑問がスルスルと解けて行く今は、特にね」

 そして特別にウィンクをサービスしてやった。人間族には、こういうのが覿面てきめんだ。案の定、周囲の席からきゃあという悲鳴と、ガタガタと何人かが倒れ伏す音がする。そしてコンラートも頬を薔薇色に染め、潤んだ眼差しで私を見つめていた。

 これはひょっとして、ディルクよりも私の方に気があるのか?



 まあいい。とにかくこれで、彼との健全な知的交流を公にアピールした上で、次回は工房におびき寄せることに成功した。コンラート、君には訊きたいことがごまんとある。さあ、全て私にさらけ出してもらおうじゃないか。
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