嫁の衣装を着てください!

たろ

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 久しぶりに会って再確認したのは、俺が相当啓太に甘いこと。
 楽しい雰囲気だから流されたってのも確かなんだけど、それを差し引いたとしても、啓太のお願いを断った事無かった。

 その甘さのせいで、考えた事もなかった女装に手を出しかけているわけだが…特に熱中出来る趣味も無く、楽しみな事も無く…退屈な毎日を繰り返してただけだったし、ある意味良かったのかも…?


 スマホ片手に転がったベッドの上で、コスプレについて検索をしてみる。
 俺が知ってんのは、メイドとかテレビでチラっと見るハロウィン特集だったりするんだけど、意外と身近なキャラクターをやってる率の方が高いんだな。
 やってる人口も多いようで、比例するようにクオリティもピンからキリまで。まずいだろっていうのもあれば、これゲームのワンカットじゃね?っていうのもあって、見てて飽きない。

 ついでに、啓太のコスネームも教えて貰ったから検索をしてみる。コスネームはコスプレをする時に名乗る名前で、ネット上でいうハンドルネームみたいなもんらしい。
 ケータっていう安直なコスネームを入れて検索すれば、すぐにヒットしたのはTwitterの画面。
 啓太の面影なんて微塵も感じさせないイケメンのアイコンは、この前居酒屋で見せてもらった時のキャラだ。げ、フォロワー1000人以上かよ、人気者だな…。

 相変わらず間の抜けたような文面のツイートには、たくさんのイイネがついていて、所々画像も上げられている。コスプレの画像だったり、食べ物だったり、キャラクターの画像だったり…そのほとんどに、リプを返してる人物に目がとまった。
 絡まれて困っていると言ってた女は、コイツのことか…名前も同じだ。レイヤーだけあって、アイコンも本人。別にブスってわけじゃ無いけど、特別美人ってわけでもない。だけど、ツイート内容はお察しで…スクロールしても俺の気分が滅入りそうだったから、そっと閉じた。

 確かに、こりゃ啓太にはきっついタイプの女だな…。必死にフラグを折ろうとするわけだ。
 俺が女装を了承した途端にハメを外して、最後はフラフラになりながら電車に乗った啓太の姿を思い出して、思わず笑っちまった。



 ◆



「あおちゃん、お疲れ~!」

 仕事帰り、いつもとは反対の東京行きの電車に乗り込んだ俺を出迎えたのは、大量の袋を手にした啓太だった。

「お疲れ…って、すごい量だな…」
「そう?買い物一回で終わらせたくって、布買った帰りにウィッグとかライオンボードとか買ってきちゃった!ハンズ行くと、どーしても買い込んじゃうんだよねぇ」
「よく分からんけど、帰り道スーパーあるんだよな?」
「うん、あるある!こっちだよぉ~」

 一つぐらい持とうか?と聞いたけど、大丈夫!って笑顔で返されてしまったので、大人しく自分の鞄だけを持ち、啓太の案内で歩き出した。
 初めて降り立ったこの駅は、一人暮らしをしている啓太の最寄りだ。流石都内、駅前にはコンビニ、カフェ、牛丼屋、ファーストフード、銀行まである。すごい、地方銀行じゃない。

「おまえん所、都会だな…」
「そっかな?まあ、俺たちが住んでた所は結構田舎だったよねぇ」

 駅から少し離れた所にあったスーパーに入ると、啓太はカゴを手に取った。流石にこれ以上持たせるのもどうかと思うので、そのカゴを奪い取る。なんかむくれてたけど、シカトして店内へと進んだ。

「家何あんの?」
「ん~~、水と冷食…納豆?」
「何食べて生きてるんだ」
「お米と納豆は至高の食べ物だよ!」
「はいはい、じゃあそれ以外で何食べたい?」

 コスプレするのもタダじゃない。それなり…いや、相当金がかかるのはこの前調べた時に知った事だ。慌てて啓太へ連絡して、金を支払うって言ったのに、俺の嫁だから!と意味の分からない返しをされて受け取り拒否をされた。
 じゃあせめて、飯だけでも奢らせろって言ったら、ご飯つくって!の返し。そして、今、その返しを真に受けた俺はこうやって買い出しをしている。

 野菜は買い込むと腐らせそうだから、サラダ用にカットされてんのにしとこ。10%引きのシールがついたのをカゴに放り込む。何食べたいのか聞いてるのに、後ろをついて歩く啓太は特に何も言わずにこにこしていた。
 割引きのシールがついてる総菜を何個か入れながら啓太の好きな食べ物を思い出す。確かこいつ、こんなふわふわしてんのに辛いのが好きだったはずだ…麻婆豆腐とかでいっか。

「啓太、ネギ1本取ってきて」
「ラジャー!」

 既に通り過ぎてしまった青果ゾーンへ小走りで向かう啓太を見送り、足りない物を探してしまおうと俺も早足で歩き出す。
 男二人、仲良く自炊用食材の買い出しをしてるのが少しだけ恥ずかしかったとか、そんな事…ない…。



「いらっしゃ~い!」

 玄関を開けて、ドアを押さえる啓太に促され、先に部屋へと入った。なんか懐かしいにおいがして、啓太ん家なんだって感じる。
 意外にも綺麗な玄関だったけど、一角に信じられないものを見つけて、固まってしまった。

 玄関の角に設置されてる…本来傘が入るはずの傘立ての中に、刀とか槍とか剣とか…物騒な物が刺さってる…そんなのを見つけりゃ、懐かしい気分も一気に吹っ飛んだ。

「な、なんだこれ…」
「ん?どったの?あー、傘立てか!あれ長物入れるのにちょうど良くってねぇ…大丈夫だよ、全部偽物!」
「こんなんで荷物受け取ってんの?」
「フフフ…あおちゃん、今の時代宅配BOXって物があってですね、」
「あ、もういいわ」
「えぇ?!振っといてひどいよぉ~!」

 なんか面倒くさい気配を察知して、話してる途中でぶった切る。
 靴を脱いで、通り道にあるキッチンに食材を置いた。それからドアを開けて見れば、8畳ぐらいの部屋が出てくる。
 部屋の真ん中にあるテーブルの上にはミシン。横にあるPC台の上には、頭だけのマネキン。普通洋服が掛かるべき場所には、どっかで見たことのあるコスプレ衣装がかかっている。

「ごめんねぇ、結構片付けたんだけど、荷物多くって。適当に座って?」

 後ろから声をかけられて我に返る。異様な室内に圧倒されてた…確かに、物ばっかが増えてく趣味だっていうのはよく分かった。
 端の方に自分の鞄を置いて、その上へスーツの上着も被せる。更に引き抜いたネクタイを落として、シャツの袖を捲っていく。

「いや、いいよ。もう飯食うだろ?米炊くわ」

 そう言いながら振り返ったら、何故だか顔を赤くした啓太がこっちを見て固まってた。

「え、どうした…?」
「ああああああおちゃん…!」
「な、何…?」
「やだ、あおちゃん、え、やだ、どうした?え?」
「いや、お前がどうした」
「あおちゃんいつの間にそんな色っぽくなったの?そんなあおちゃん、俺知らなかったよ…」
「さっぱり意味が分からん、とりあえずキッチン借りるぞ」

 何にテンションが上がったのか分からないけど…なんか煩い啓太は放っといて飯の支度をしよう。


 一通り準備をして部屋へ戻れば、早速今日買ったばかりの布を床に広げ、その上で背中を丸めて座っている啓太が何かをやっていた。集中してるみたいで、俺が部屋に戻った事も気付いていない。
 邪魔しちゃ悪いかと思い、静かに啓太の背中から覗き込む。

 白い布の上でひたすら何かをなぞってるみたいだ。昔小学生の時に、家庭科の授業でエプロン作らされて、似たような事やった記憶がある。あの時は青の鉛筆みたいなのでなぞらされてた気がするけど、今、啓太が使ってるのはピザを切るようなやつだ。

「それ何だ?」
「ひえ?!」

 気になって声をかけたら飛び上がられて、それに驚いて俺も肩を揺らす。振り返った啓太は、いつの間にかけたのか、ずり下がった黒縁の眼鏡を押し上げていた。

「ご、ごめん、集中してて気付かなかった」
「いや、俺こそ悪かった…」
「えっと…どうしたの?ご飯?」
「飯はまだ。炊けるちょっと前に作ろうと思って。それより、そのピザ切るようなの何?」
「これ?ルレットだよ、印つけるの楽なんだ」
「へー…なんか…めんどいんだな、服作るのって」
「ん~、そうだねぇ。確かにこの作業が一番つらいかも。縫う段階まで行けば楽なんだけど」
「なんか手伝う?」
「え?!そんな、大丈夫だよ?」
「二着も作るんだろ、大変なんじゃないの?」
「んーん、あおちゃんが居るから大変じゃないよ」
「居るからって…」
「あおちゃんの為に作るんだもん。目の前にあおちゃんが居てくれるだけで、元気になるよ!」

 表情はヘラっと笑ってるはずなのに、なぜだか啓太が格好良く見えて急に照れくさくなる。眼鏡か?眼鏡効果なのか…?
 動揺してる俺を見て、にこにこ顔の啓太は下から覗き込むようにして一気に距離を縮めてきた。

「あれ?あおちゃん顔赤いねぇ…照れちゃった?」
「照れてない…!」
「可愛い…あおちゃんほんと、昔から可愛いよね」
「う、うるせ、飯抜きにするぞ!」
「葵様、数々のご無礼お許し下され~!」

 謝る気0な啓太の言葉に、あのなぁとため息をつきつつ、飯作るから待ってろって告げてキッチンへ戻る。ドアを閉めて、一人きりになれた所でやっと息が出来た。
 嫌って程見てきた啓太の顔なのに、久しぶりにあんな間近で見ると心臓に悪い…昔はこんな事無かったはずなんだけど…。というか、昔は、近くに顔を寄せてあんなマジなトーンで可愛いなんて言わなかっただろ、アイツだって…!

「啓太なんかに言われて、なんで緊張してんだよ、俺…」

 呟いた声は想像以上に弱々しくて、それもなんだかショックだ。
 くそー、調子狂うなぁ…横目で確認した炊飯器の画面には、炊きあがり時間はまだ表示されていない。10分以上の猶予をもらえたのは、有り難い。
 早くいつもの俺に戻れ…!強めに叩いた頬は熱かった。


「ごちそーさま!美味しかったよ~!」
「おう、作業進めとけよ」

 作った料理も、炊いた米も綺麗に平らげた啓太の感想は、素直に嬉しかった。買ってきた総菜よりも、作った料理の方が美味いと言って幸せそうに食べる姿は、中々に気分が良い。
 空になった皿を重ね、片付けようとキッチンへ向かう俺の後ろを、なぜだか啓太がついてくる。作業進めろって言ったばっかりなのに、何をしてるんだ、コイツは。

 シンクへ入れて、お湯を出す。スポンジへ洗剤を垂らして泡立てていると、両肩が急に重くなった。

「ねえねえ、あおちゃん、明日はお休み?」
「そうだけど…?」
「提案です!今夜、泊まってかない~?」
「泊まってくって、作業の邪魔になるだろ?」
「ならない-!俺があおちゃん不足なの、補充したいよぉ」
「意味分からん」

 背中にグリグリ頭を押しつけられて、割と痛い。会話しながらも洗い物を開始する俺に、啓太はしつこくあおちゃん~と名前を呼んできた。

「はいはい、分かったよ。作業進まなくても俺のせいにすんなよ」
「やったぁ!あおちゃんイケメン~」

 イケメンにイケメンって言われると腹立つな。言わないけど。
 上機嫌で作業へ戻って行く啓太を見送りながら、後でデザートでも買ってきてやろうなんて甘やかす事を考えてた俺も、間違いなく機嫌は良いんだろう。

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