嫁の衣装を着てください!

たろ

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7 完成した夜

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『あおちゃん、事件です』
『どうした』
『とりあえずこの画像を見て』

 昼休み、近くの牛丼屋で飯を食ってた俺のスマホが震える。
 啓太からの不吉なLINEに返事を返すと、秒速で返ってきた返事の後に、画像が送られてきた。それは、良く知るミレイユのイラストだった。

 何が事件なんだ?って思ったのは一瞬。ラフ画のようなそれは、自分でスカートの裾を持ち上げて捲りあげているのと、後ろを向きになりケツを突き出し丸見えになっているやつが描かれていた。
 その強調されているスカートの下に、釘付けになる。

『【速報】ミレイユ氏、黒の紐パンTバックを着用していた』

 それから連続で送られてくる、拍手の絵文字。いや、拍手じゃねぇから…!!!
 これがコスプレする前だったら、どすけべ女だなって思って終わりだけど。これを着る身からしたら、とんでもない事件だよ!あ、だから事件ですなのか…。

「嘘だろ、こんなん穿いたこと無いし…」

 もしかしたら見間違いかもしれない。もう一度画像を拡大して見ていたら、再び啓太からLINEが届いた。

『お急ぎ便でポチっときました(^_-)-☆』

 そして送られてくる、商品のスクショ画面。うそ、だろ…?それ、明日には届くヤツじゃん…。



 ◆



「おじゃましまーす」
「はーい、お帰りなさい~」
「なんだそれ」

 ウィッグの調整のため訪れた、三回目の啓太のマンション。慣れたように上がった俺の後ろで、啓太が笑いながら返してきた言葉に思わず笑ってしまう。

 綺麗なキッチンと廊下を通り抜け、リビングに続くドアを開けたら、なんかボンドくさかった。それ以外はいつも通りの荷物が多い部屋。
 決まった場所に俺の荷物を置きながら、目は掛かっている衣装へ向かう。写真では見てたけど、実際に見る衣装はやっぱりすごい。ハンガーに掛かってるそれの前まで寄ってガン見してたら、後から入ってきた啓太に笑われた。

「あんま近くで見ないで、荒いのバレちゃう」
「いやいや、めっちゃ綺麗じゃん」
「そう?そう言ってもらえると嬉しいなぁ」
「お前服なんか作ったことなかっただろ?なんで作れるようになったんだ?」
「ん~?既製品で衣装出てないキャラやりたいなぁって思ってた時にさ、買ってたコス雑誌に型紙付いてたんだ」
「え、そんだけで作れるもんなの?」
「うん。後はネットとか裁縫の本とかみて」
「すげぇな…」
「普段着ってわけじゃないしね。撮影の時に見た目さえ綺麗ならそれで大丈夫。グルーガンで作った突貫とかあったよぉ~」
「グルーガン?」
「んと…温めて使うボンド?」
「え…服を?ボンドではっつけんの?」
「うん。ゴミでも、写りさえ良きゃ良いんだよ。でもグルーガンは夏の野外だと溶けるからダメだねぇ」

 あはは~って笑いながら片付けをしている啓太の言葉に、レイヤーの奥深さを知った。あんな華やかな裏側に、こんな雑な事情を隠してたのかよ…。



「じゃあこれ被っといて」

 手渡された肌色のネットを片手に止まる。いや、被っといてねってどうやりゃいいんだ?ウィッグの下に被ってるのは水泳帽みたいなのかと思ったけど…手に納まってんのは、穴が空いてて輪っかになってるだけの伸縮性のあるネットだ。
 風呂場からマネキン片手に戻ってきた啓太に、視線だけで助けを求めたら、ごめん初めてだったねと苦笑を返された。

 啓太によってネットを被さられると、一旦顎の下まで通される。それから、顔面側を額の所で止め、後頭部側を上に引っ張られる。後ろから引っ張ってきたネットを額の所に突っ込んで、もみあげと襟足の所にピン。これで出来上がりらしい。

「なんか…涼しいな…」
「そうだねぇ、夏場はこの頭が一番涼しいよ」

 襟足が無くなるだけでここまで涼しくなるもんなんだな…うなじの所を撫でてみるが、すかすかしてるのがどうも慣れない。
 そんな俺の行動をにこにこと眺める啓太は、マネキンからウィッグを取り、動かないでねと言いながら横へと回り込んでくる。
 少しだけ緊張して言われた通り固まっていたら、頭にウィッグを被らされた。結構しっかりと覆われるんだな、これ…。

 向かいに座り直したら、あらかじめ用意しておいたゴミ袋を広げると俺の膝の上へ乗せた。両脇を持ってるように指示され、大人しく従う。

 鋏片手に俺の顔を覗き込んできた真剣な表情に、少しだけドキっとした。
 こんな真剣な顔を間近で見んのは初めてだわ…まさか髪の毛切られてる間にそんな事を考えてるとは思ってないんだろう。啓太は、美容師のように少量の束を指で掴んで鋏を入れ始める。

 本当、こいつはどこまで進化したんだろう…昔からずっと一緒で、知らない事なんて無いと思っていた相手だけに、俺の知らない顔があった事が悔しかった。


「うん、こんなもんかな?見てみて~」

 デカい鏡を持つと、俺が見えるような位置で固定してきた。
 つられるように鏡を覗き込んで、固まる。すげぇ…マジでクオリティが高い…。

「前髪の長さとか大丈夫?目に引っかからない?」
「お、おう、ちょうど良いよ」
「良かったぁ。あおちゃんピンクの頭似合うね、ノーメイクでここまで違和感無いのすごいよ」
「そうかぁ?似合ってるか?」
「うん!あ、結い上げの所ゆるふわだけど、ボンドで固めてるから動かないようになってるんだ。触るときは気をつけて」
「ほんとだ、固まってる、すご…って、アホ毛もあるんだな!」
「ふふ~、そこは針金入れてるから、好きな方向に曲がるよぉ」

 持っててと鏡を任され、受け取る。鏡越しに手を伸ばしてきた啓太は、ぴよっと出てるアホ毛の更に先端部分を別の方向へと曲げた。

「おおおおすげぇ…!」
「ミレイユって感情の起伏であほ毛動くじゃん?それも撮りたいなぁって思って」
「マジですげぇな!啓太!」
「それほどでもないけど、あおちゃんにそう言ってもらえると、とっても嬉しい。ありがと」

 鏡に写っていたあほ毛から、後ろに居た啓太へ視線を移すと、へにゃっと笑う顔が見えた。なんかその顔が可愛く感じて、とっさに視線を逸らしてしまう。
 俺のそんな行動に対し特に疑問も持たなかったようで、啓太はにこにこしたままそうだ!と大声を上げる。

「このまま宅コスしようよ!メイクしてみよう」
「え、」
「一回ウィッグとるね~」

 問答無用で頭を引っこ抜いた啓太は、それをマネキンへ被せた。それから、箱みたいなのを引っ張り出してテーブルの上へと乗せる。開ければたくさんのメイク道具が詰まっていて、呆然とする。
 まるで女みたいなそれをガン見していたら、レイヤー友達がくれるんだと苦笑をしていた。

 別にどうでも良いことだし、俺には関係ないのに…なぜだか、へーと無感情の相づちが漏れる。俺に温度差を感じたのか、最近は自分で買ってるんだよ!と変なフォローを入れてくる啓太をジト目で見つめていたら、泣き出しそうな顔をしていたので、それ以上見ることはやめた。



 ◆



「あおちゃんコンタクト入れたことないよね?」
「そうだな、目良いし」
「そうだよねぇ。これから俺が入れるから、動かないでね」
「お、おう…」

 1つずつ包装されているのを破くと、啓太の指に青色の膜みたいなのが乗っかる。
 目の回りの皮を上下に引っ張られ反射的に泳いだ視線のせいで、こっち見てと怒られた。動かさないでと言われ、固まった所で啓太の指が近づいてくる。
 目を突かれそうで怖いのを必死に我慢していると、眼球に冷たい感覚。目薬をさした時に似てるけど、何か張り付いてる違和感がすごい。

 数回瞬きをしたら、目から涙なのか保存液なのかよく分からん液体がこぼれ落ちる。それを自分で拭う前に、啓太の人差し指に拭われた。
 もう一度繰り返して、しばらく瞬きをして落ち着くのを待ってから化粧水を塗り込まれる。なんか頬の上らへんがピリっとして痛かった。

 早速化粧が始まるのかと思ったら、俺の頬と、眉の上辺りを指で引っ張り始める。スマホを取り出して、ミレイユの顔を拡大して何度も俺と見比べてから、見覚えのあるテープが出てきた。スポーツ選手が手首とかを固定する為に使うあれだ。

「え、なんでテープ…?」
「顔の形変えるんだ」
「は?」
「よし、切れた。あおちゃん細いけど、やっぱつった方が輪郭は綺麗にでるからねぇ…」

 俺の顎の横から耳たぶ辺りの肉を指で数回押して場所を確かめてから、思い切り後頭部の方へ向かって顎の肉を引っ張りあげる。そこへ、さっきのテープを貼り付けると、驚く俺に構わず力一杯後ろへ引っ張り上げられた。
 微妙に痛いし、口の端の位置が移動した気がする。コイツ、コスプレに関しては結構容赦ないな…!
 顎が終わると、今度は目の上辺りを引っ張り上げ、同じようにテープを貼られた。目も端の方が引っ張られたせいで乾くし、コンタクトも落ちそうで怖い…。

「うん!ミレイユの目の形に近づいたね!」
「コスプレって、皆こんなことしてんの…?」
「どうだろう?しない人もいると思うけど、つった方が二次元に近づくのは確かだと思う。俺たち人間だしねぇ」

 確かに。絵に近づけようとすると、人の構造じゃどうしようも無い所ってあるかもしれない。苦労が多いんだな…知らなかった。

 その後は、ひたすらに真剣な顔でブラシを手にした啓太に見つめられ続けられた。
 上見て、下見て、閉じて、上見て、と指示を出され素直に従ったけど、まつげの内側、目ん玉とまつげの間の粘膜をアイライナーで突かれた時は死ぬほど辛かった。
 泣かないでって言われたって、勝手に出てくるんだから仕方ないだろう…!


 スマホと俺の顔を何度も見直してから頷くと、よけていたウィッグを再び手にとる。啓太によってもう一度ウィッグを被せられ、髪の毛の分け目を整えてから、一歩下がって俺を見つめる。
 俺と目が合うと、啓太はみるみるうちに頬が赤く染まり、興奮ぎみに頷いた。

「すっごい…!あおちゃん、すごい本物…!」
「目ぇかゆい、つけまつげマジでかゆいって」
「ああ、触んないで、我慢して…!ほら、見て、すごいんだって…!」

 床に放置されっぱなしだった鏡を手にして、俺へ向ける。そこに写り込んでる姿を見て、自然と口が開いた。

 ベビーピンクの淡い髪色。高い位置で縛られているツインテールは、緩くウェーブが掛かっていて柔らかい印象がある。だけど、目元は少しツリ気味で、青色の大きな瞳。ほんのりピンクに染まっている頬、小さな鼻、薄く色づいたぽってりとしている唇は、小さく開いていて…赤い舌が少しだけ覗いている。
 控えめに言って、美少女がそこに居た。

「え…、ちょ、え…?これ、俺…?」
「すっっっっごい可愛い!本当に可愛い、結婚しよ」
「マジで…?え、やばくね、これ」
「やばい、可愛い、結婚しよ」
「啓太…お前、ほんとにすごいな…」
「結婚しよ」

 だめだ、話し聞いてないし、目がマジだ。出来ないからと断りを入れてから、ハンガーに掛かってた衣装の方へ向かう。
 俺の後ろ姿を見ながら、ミレイユが俺の部屋に居る…とやっぱりマジなトーンの呟きが聞こえてきて、笑った。

「これ、着てもいいか?」
「俺の嫁が…」
「おーい、啓太~?」
「え?!は、はい!!」
「聞いてた?着ても良い?」
「ああ!!もちろん!どうぞ!好きなだけ!」

 好きなだけってなんだよ…反射的に返ってきた返答に心の中だけで突っ込んだ。

 ネクタイを引き抜き、着ていたYシャツをボタンを開けて脱ぐと足下へ落として、覚束ない手つきで装飾のたくさんついた軍服の上着に腕を通す。シャラっと音が鳴ってちょっとだけテンションが上がった。
 一個ずつボタンを留めると、前よりも体にフィットしているのが分かる。着丈も少し短くなってるのか、下に着ている白い肌着が出てきてた。
 なんか出てたらみっともないな…内側に入れるように上へ折り曲げて隠したら、臍が出てきた。

 スラックスも同じように脱ぎ、スカートを穿く。前回よりもウエストが下の位置に下がっていて、確かに露出部分が増えた気がする…。

「おおお…嫁の、生着替え…!」
「啓太変態くさい」

 体育座りで縮みこみながらこっちを眺めていた啓太に、とうとう実際に突っ込みを入れたけど、本人は特に気にするはずもなく。
 はっ!と大袈裟に声をあげるとチェストの引き出しを漁りだした。

「あ、葵さん、あの、靴下は、どうぞ、これを…!」

 振り返った啓太が持っていたのは、黒のニーハイ。そういえば、ミレイユの下は黒ニーハイに白いブーツだったな。
 受け取り、自分の靴下を脱いでからそれに足を通す。靴下をこんな上の方まで引っ張り上げる事なんて無いから新鮮だ。
 両足履いてから下半身を見て、目に付いたのは太ももからパンツの間までの俺の生足。びみょーに生えてる毛が…全てをぶち壊してる気がする…。

「…啓太、風呂、借りて良い?」
「え?!ど、どうしたの…?!」
「いや、足毛…全部剃るわ」
「えぇ?!い、良いの…?!」
「ここまで綺麗に作ってんのに、毛生えてるとかなんか萎えるじゃん」
「あおちゃん…!」
「すぐ戻る」
「そ、それじゃあ、俺もメイクする!俺もコスプレする!」

 ゆっくり剃ってて!と鼻息荒く両手を握ってきた啓太の顔が気持ち悪かったけど、そこには何も触れずに了解とだけ返す。
 さっきまで準備してくれてた時はイケメンだったんだけど…喋ると残念ってこいつの事を言うのかもしれん。

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