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「お兄ちゃん、パンツだけで歩き回らないでって言ってるじゃん」
冷蔵庫の中を漁っていたら、非難の声が背中へと突き刺さった。麦茶片手に振り返れば、部屋の入り口には呆れ顔でこっちを見ている我が妹。いや、呆れというか……あれは完全にキレている。
「いや、Tシャツもちゃんと着てるだろう」
「そういうことするなら家出て行ってよ」
「はいはい、すいませんでしたね」
イライラを隠さず不快感丸出しの視線を向けながらも、妹はこちらへと寄ってくる。視線で人が殺せるってのは、まさしくこれだろう。
人1人分隣への立った妹は、更に不機嫌を爆発させていた。面倒くさいし、これ以上会話するのも面倒だ。早く部屋に戻ろう。目当ての麦茶のペットボトルを手に取り、冷蔵庫のドアを閉める。が、思っていたよりも大きな音がでてしまった。
途端、俺の隣で紅茶の準備をしていた妹が鬼の形相で振り返った。
「何? 何なの、その態度」
「え、いや……」
「文句あるわけ? 私おかしいこと言ってる?」
これはまずい。しっかりと彼女の怒りスイッチを押してしまった。刺々しい言葉が忙しなく飛んでくる。
この家での俺の立ち位置なんてこんなもん。妹に目の敵にされて、散々殴り飛ばされるサンドバッグだ。それは仕方ないこと。今はただこの嵐が過ぎ去るのをひたすら頭を下げて聞いていれば良い。
ああ、早く部屋に戻って寝たい。明日は早番だから朝が早いんだ。アラームのセットしてたっけかな。表面上ではしっかりと反省していますという態度を示しつつも、そのほとんどを聞き流してこの後のことを考えていれば、突然目が潰れるぐらいの光が目の前を覆った。
「な?!」
「きゃぁ?!」
咄嗟に自身を守るように腕を顔でクロスさせる。時間にしたらほんの一瞬だっただろう。
次に聞こえた人々のどよめく声に、びくりと肩を揺らした。いまさっきまで俺と妹2人しかいなかったはずの部屋で、第三者の、しかも複数人の声が聞こえるのだ。恐怖以外の何者でもない。
恐る恐る薄く目を開け……飛び込んできた見覚えの無い景色に、今度は大きく見開くことになった。
「な、なんだこれ?!」
薄暗い室内は、部屋中に配置されている蝋燭による灯りに揺れている。
壁、床、天井全てが石で出来ていて、床には二次元でしか見たことの無い魔方陣が何重にも描かれていた。
その魔方陣を取り囲む様に、十数人の男達が立っていて……全員がこちらを見つめている。その視線の気持ち悪いこと……値踏みでもされているようで、不快感しか無い。
「ひ……!」
縋るように上着を引っ張られ、ハッとする。俺の後ろで縮み上がった妹は、真っ青な顔で辺りを見回していた。
「よくぞ……よくぞ来てくれた、聖女よ!」
信じられないイケボが響いたと思うと、高身長の男が高い足音をたてながらこちらへ歩み寄ってくる。
金髪碧眼超絶美形のイケメン、おまけに王子のような煌びやかな服装をした男は、俺たちの前……正確には、後ろに隠れていた妹の前まで来て、膝をついた。それに合わせ、周りで見物をしていた奴らも同じように膝をつく。なんだよこれ、怖すぎだろう……と、怯えてるだけではいられない。戸惑いビビり散らかす妹の前へ出て、まずは対話を試みた。
「えーっと……ちょっとよろしいですか?」
「我らの召喚に応じて頂けて、感謝する。聖女、我らの希望よ!」
「あ~~~、申し訳ない、お話をお聞きしたいのですが、」
「突然の出来事で驚いただろう? 落ち着けるところで説明をしよう。君の部屋も用意しているんだ……さあ、行こう」
おーい、俺の声聞こえてますかー?
話し掛けようとする俺を完全無視して、王子(仮)は妹へ向かって手を差し出していた。こんな怪しげ満点な男の手を取る奴がいるか。小学生から危機管理対策がされている時代だ、そんなチョロい人間がいるわけ……
「はい……!」
「は……?」
聞いたことも無い猫なで声に、背筋に鳥肌が立ってしまった。視界の端には、重なり合う手が切れて捕らえられている。
いやいや、そんなまさか……ゆるゆると首を動かし後ろを見れば、王子(仮)の手の上へ、妹が手を乗せていた。
マジかよ、チョロすぎだろ、我が妹よ……!
妹が面食いなのはなんとなく分かっていたことだったが、まさかここまでチョロい女だったとは思わなかった。もう少し分別がつく子だと思っていたが……やはり、高校生といってもまだ子供なんだろうか。
頭痛まで感じてきた頭を押さえながら2人の様子を眺めていると、立ちあがった王子(仮)が妹の肩へ腕を回して引き寄せた。それに従順に従う妹は、頬を赤く染めている。見ず知らずの男に触られて嫌じゃないのか……? 正しイケメンに限るという注意文を生で見せつけられた気分だ。
「はぁ~~~~~~」
危機意識が低すぎる姿に呆れ、思わず漏れてしまった溜息は許されるだろう。
生暖かい目で妹を見つめて居ればやっと我に返ったようで、お姫様気分から現実に引き戻した俺の存在に、妹は心底嫌そうな表情を浮かべる。妹の反応で、やっと王子(仮)も俺の方へ視線を向けてきた。キラキラな顔で見つめられ、思わず怯んだ。こんな美形を間近で見たのが初めてで、正直怖い。
「……なんだ、この変質者は」
前言撤回。なんだこの失礼野郎は。確かにTシャツにパンツだけの姿はちょっとばかり開放的かもしれないが、風呂上がりだった上に自宅でくつろいでいた所だったわけだ。その辺の配慮はしていただいてもよろしいのでは? って、心の中だけで反論する。面と向かってはとても言えない。
「こっちが聞きたい……です、よ。美咲に何の用ですか」
「ミサキ?」
ちょっとでも舐められなれないようにとタメ口きいたら睨まれて、思わず口調を改めてしまった。
しかし、それ以上は引かずに王子(仮)を睨み返せば、相手は聞き慣れない名前に首を傾げる。美咲は今アンタが掴んでる女の名前だよ。
「さっきから聖女って呼んでるその子です。俺の妹の美咲ですよ」
「聖女よ、この男は君の知り合いなのか?」
「え?! え、えっと……」
ど、どうだったかな~? と妹は俺から目を逸らす。
よりにもよって妹にとっては地雷になる質問をピンポイントでついてきやがった。俺の身柄よりも、自身の精神的安定を取ることぐらい予想が出来ていたが……やっぱり、少しだけ堪える。
「誰か! この変質者を牢屋に連れて行け!」
「は?!」
「え?!」
王子(仮)のとんでも命令に、俺も妹も思わず声を上げる。妹が丁寧に扱われてる雰囲気だったから、てっきり悪いようにはされないのかと思っていたが……俺の方こそ危機意識が足りなかったようだ。
驚いている俺たちなど特に気に留めることも無く、控えていた周りの騎士風の男たちは王子(仮)の号令と共に立ちあがると、瞬時に間合いを詰める。あっと言う間に騎士たちに床へと倒されて、俯せにされた。力の差は歴然で、暴れる隙も無く腕を背中でまとめられてしまう。
「ちょ、おい?!」
「あ、えっと、ま、まって……!」
冗談抜きで牢屋へぶち込もうとしているのを見て、さすがの妹も慌てて王子(仮)へ訂正しようと声を掛けるが、すぐに片付けると微笑み返されていた。一生懸命違うんですと声を掛けるが、妹の声を聞き流し、早くしろと騎士を急かす指示を飛ばしてくる。
「ちょっと、待ッ!?」
説明しようと声をあげるも、乱暴に顔を床へと押しつけられる。石畳の床は想像以上に冷たいし、倒される時強かに打ち付けた全身が痛む。とことん俺の発言は無視するつもりか。これはやばい、本気でやばい……! なんとか逃げようともがけば、更に力は増していく。背中を強く押されすぎて息が止まりそうになった。
「早急に連れて行け」
「お待ち下さい」
低い、これまた良い声が響き渡る。
ゆっくりとした足音と共に、声の主は喋りながらこちらへと近付いてきた。
「その男、不要と言うならば私にお譲りいただけませんか?」
「ユーグか……しかし……」
「異界より召喚したのは私ですし、殿下が不要と申されるのであればよろしいでしょう?」
「しかしだな……」
「私の不手際でもありますので、私が責任をとるのが筋でしょう。それよりも殿下、早く聖女を温かいお部屋へ」
「そう、だな……任せても良いか?」
「ええ、お任せ下さい」
畳みかけるように話した男は、王子(仮)の退室を促す。すると、大人しく言うことを聞き、妹と数人の騎士たちを引き連れて部屋を出て行った。それを合図として、他にも立ち会っていたお偉方そうな男たちも足早に退室をしていき、重々しい音をたてて扉が閉まる。
室内には、俺と俺のことを取り押さえている数人の騎士と、待てを掛けてくれた男のみ。外から聞こえる足音が少し遠のいたところで放してやれと命令が下され、のし掛かる重さが無くなり体が自由になった。
「げほ、げほ……!」
「やあ、変態君。災難だったな」
一気に入り込む酸素に思わず咽せていると、笑いを含んだ声が頭上へと降りかかってきた。こいつもとんでもなく失礼なやつだった。窮地を救ってくれた恩人ではあるんだけど、変態呼ばわりは許せない。
失礼な低音ボイス野郎に、一睨みでもしてやろうと起き上がり、動きが止まる。
サラリと零れ落ちた髪は、灰色に赤を混ぜたような柔らかい、薄柿色のようだ。腰まで伸びているそれは、色と相まって柔らかそうな緩いウェーブを描いている。紫と赤が混じり合ったような不思議な色をした瞳がはまり込んだ猫目は、楽しそうに細められていた。人形みたいな整い方をしている顔のせいか、キツイ印象を受ける。
体全身を覆うローブのせいで体格は分からないが、身長はかなり高く、さっきの王子(仮)よりもでかそうだ。
総体してクール系イケメンのくせに、俺の目の前に膝を抱えしゃがみ込む姿はなんだかちぐはぐだ。
「なんなんだよ……あんたたち……」
「そうだな、君には知る権利がある。ゆっくり説明してあげたいのは山々なんだが……まずは、場所を移そうか」
おもむろに胸元の紐を外し、着ていたローブを脱ぐと、座り込んでいた俺へと掛けてくれた。包む温もりに、ぶるりと体が震える。混乱続きで気付かなかったけど、この部屋はかなり寒い。吐く息が白くなる程の気温だ。
こんな寒い中で半袖パンツ姿の俺は、確かに変質者かもしれない。
「お兄ちゃん、パンツだけで歩き回らないでって言ってるじゃん」
冷蔵庫の中を漁っていたら、非難の声が背中へと突き刺さった。麦茶片手に振り返れば、部屋の入り口には呆れ顔でこっちを見ている我が妹。いや、呆れというか……あれは完全にキレている。
「いや、Tシャツもちゃんと着てるだろう」
「そういうことするなら家出て行ってよ」
「はいはい、すいませんでしたね」
イライラを隠さず不快感丸出しの視線を向けながらも、妹はこちらへと寄ってくる。視線で人が殺せるってのは、まさしくこれだろう。
人1人分隣への立った妹は、更に不機嫌を爆発させていた。面倒くさいし、これ以上会話するのも面倒だ。早く部屋に戻ろう。目当ての麦茶のペットボトルを手に取り、冷蔵庫のドアを閉める。が、思っていたよりも大きな音がでてしまった。
途端、俺の隣で紅茶の準備をしていた妹が鬼の形相で振り返った。
「何? 何なの、その態度」
「え、いや……」
「文句あるわけ? 私おかしいこと言ってる?」
これはまずい。しっかりと彼女の怒りスイッチを押してしまった。刺々しい言葉が忙しなく飛んでくる。
この家での俺の立ち位置なんてこんなもん。妹に目の敵にされて、散々殴り飛ばされるサンドバッグだ。それは仕方ないこと。今はただこの嵐が過ぎ去るのをひたすら頭を下げて聞いていれば良い。
ああ、早く部屋に戻って寝たい。明日は早番だから朝が早いんだ。アラームのセットしてたっけかな。表面上ではしっかりと反省していますという態度を示しつつも、そのほとんどを聞き流してこの後のことを考えていれば、突然目が潰れるぐらいの光が目の前を覆った。
「な?!」
「きゃぁ?!」
咄嗟に自身を守るように腕を顔でクロスさせる。時間にしたらほんの一瞬だっただろう。
次に聞こえた人々のどよめく声に、びくりと肩を揺らした。いまさっきまで俺と妹2人しかいなかったはずの部屋で、第三者の、しかも複数人の声が聞こえるのだ。恐怖以外の何者でもない。
恐る恐る薄く目を開け……飛び込んできた見覚えの無い景色に、今度は大きく見開くことになった。
「な、なんだこれ?!」
薄暗い室内は、部屋中に配置されている蝋燭による灯りに揺れている。
壁、床、天井全てが石で出来ていて、床には二次元でしか見たことの無い魔方陣が何重にも描かれていた。
その魔方陣を取り囲む様に、十数人の男達が立っていて……全員がこちらを見つめている。その視線の気持ち悪いこと……値踏みでもされているようで、不快感しか無い。
「ひ……!」
縋るように上着を引っ張られ、ハッとする。俺の後ろで縮み上がった妹は、真っ青な顔で辺りを見回していた。
「よくぞ……よくぞ来てくれた、聖女よ!」
信じられないイケボが響いたと思うと、高身長の男が高い足音をたてながらこちらへ歩み寄ってくる。
金髪碧眼超絶美形のイケメン、おまけに王子のような煌びやかな服装をした男は、俺たちの前……正確には、後ろに隠れていた妹の前まで来て、膝をついた。それに合わせ、周りで見物をしていた奴らも同じように膝をつく。なんだよこれ、怖すぎだろう……と、怯えてるだけではいられない。戸惑いビビり散らかす妹の前へ出て、まずは対話を試みた。
「えーっと……ちょっとよろしいですか?」
「我らの召喚に応じて頂けて、感謝する。聖女、我らの希望よ!」
「あ~~~、申し訳ない、お話をお聞きしたいのですが、」
「突然の出来事で驚いただろう? 落ち着けるところで説明をしよう。君の部屋も用意しているんだ……さあ、行こう」
おーい、俺の声聞こえてますかー?
話し掛けようとする俺を完全無視して、王子(仮)は妹へ向かって手を差し出していた。こんな怪しげ満点な男の手を取る奴がいるか。小学生から危機管理対策がされている時代だ、そんなチョロい人間がいるわけ……
「はい……!」
「は……?」
聞いたことも無い猫なで声に、背筋に鳥肌が立ってしまった。視界の端には、重なり合う手が切れて捕らえられている。
いやいや、そんなまさか……ゆるゆると首を動かし後ろを見れば、王子(仮)の手の上へ、妹が手を乗せていた。
マジかよ、チョロすぎだろ、我が妹よ……!
妹が面食いなのはなんとなく分かっていたことだったが、まさかここまでチョロい女だったとは思わなかった。もう少し分別がつく子だと思っていたが……やはり、高校生といってもまだ子供なんだろうか。
頭痛まで感じてきた頭を押さえながら2人の様子を眺めていると、立ちあがった王子(仮)が妹の肩へ腕を回して引き寄せた。それに従順に従う妹は、頬を赤く染めている。見ず知らずの男に触られて嫌じゃないのか……? 正しイケメンに限るという注意文を生で見せつけられた気分だ。
「はぁ~~~~~~」
危機意識が低すぎる姿に呆れ、思わず漏れてしまった溜息は許されるだろう。
生暖かい目で妹を見つめて居ればやっと我に返ったようで、お姫様気分から現実に引き戻した俺の存在に、妹は心底嫌そうな表情を浮かべる。妹の反応で、やっと王子(仮)も俺の方へ視線を向けてきた。キラキラな顔で見つめられ、思わず怯んだ。こんな美形を間近で見たのが初めてで、正直怖い。
「……なんだ、この変質者は」
前言撤回。なんだこの失礼野郎は。確かにTシャツにパンツだけの姿はちょっとばかり開放的かもしれないが、風呂上がりだった上に自宅でくつろいでいた所だったわけだ。その辺の配慮はしていただいてもよろしいのでは? って、心の中だけで反論する。面と向かってはとても言えない。
「こっちが聞きたい……です、よ。美咲に何の用ですか」
「ミサキ?」
ちょっとでも舐められなれないようにとタメ口きいたら睨まれて、思わず口調を改めてしまった。
しかし、それ以上は引かずに王子(仮)を睨み返せば、相手は聞き慣れない名前に首を傾げる。美咲は今アンタが掴んでる女の名前だよ。
「さっきから聖女って呼んでるその子です。俺の妹の美咲ですよ」
「聖女よ、この男は君の知り合いなのか?」
「え?! え、えっと……」
ど、どうだったかな~? と妹は俺から目を逸らす。
よりにもよって妹にとっては地雷になる質問をピンポイントでついてきやがった。俺の身柄よりも、自身の精神的安定を取ることぐらい予想が出来ていたが……やっぱり、少しだけ堪える。
「誰か! この変質者を牢屋に連れて行け!」
「は?!」
「え?!」
王子(仮)のとんでも命令に、俺も妹も思わず声を上げる。妹が丁寧に扱われてる雰囲気だったから、てっきり悪いようにはされないのかと思っていたが……俺の方こそ危機意識が足りなかったようだ。
驚いている俺たちなど特に気に留めることも無く、控えていた周りの騎士風の男たちは王子(仮)の号令と共に立ちあがると、瞬時に間合いを詰める。あっと言う間に騎士たちに床へと倒されて、俯せにされた。力の差は歴然で、暴れる隙も無く腕を背中でまとめられてしまう。
「ちょ、おい?!」
「あ、えっと、ま、まって……!」
冗談抜きで牢屋へぶち込もうとしているのを見て、さすがの妹も慌てて王子(仮)へ訂正しようと声を掛けるが、すぐに片付けると微笑み返されていた。一生懸命違うんですと声を掛けるが、妹の声を聞き流し、早くしろと騎士を急かす指示を飛ばしてくる。
「ちょっと、待ッ!?」
説明しようと声をあげるも、乱暴に顔を床へと押しつけられる。石畳の床は想像以上に冷たいし、倒される時強かに打ち付けた全身が痛む。とことん俺の発言は無視するつもりか。これはやばい、本気でやばい……! なんとか逃げようともがけば、更に力は増していく。背中を強く押されすぎて息が止まりそうになった。
「早急に連れて行け」
「お待ち下さい」
低い、これまた良い声が響き渡る。
ゆっくりとした足音と共に、声の主は喋りながらこちらへと近付いてきた。
「その男、不要と言うならば私にお譲りいただけませんか?」
「ユーグか……しかし……」
「異界より召喚したのは私ですし、殿下が不要と申されるのであればよろしいでしょう?」
「しかしだな……」
「私の不手際でもありますので、私が責任をとるのが筋でしょう。それよりも殿下、早く聖女を温かいお部屋へ」
「そう、だな……任せても良いか?」
「ええ、お任せ下さい」
畳みかけるように話した男は、王子(仮)の退室を促す。すると、大人しく言うことを聞き、妹と数人の騎士たちを引き連れて部屋を出て行った。それを合図として、他にも立ち会っていたお偉方そうな男たちも足早に退室をしていき、重々しい音をたてて扉が閉まる。
室内には、俺と俺のことを取り押さえている数人の騎士と、待てを掛けてくれた男のみ。外から聞こえる足音が少し遠のいたところで放してやれと命令が下され、のし掛かる重さが無くなり体が自由になった。
「げほ、げほ……!」
「やあ、変態君。災難だったな」
一気に入り込む酸素に思わず咽せていると、笑いを含んだ声が頭上へと降りかかってきた。こいつもとんでもなく失礼なやつだった。窮地を救ってくれた恩人ではあるんだけど、変態呼ばわりは許せない。
失礼な低音ボイス野郎に、一睨みでもしてやろうと起き上がり、動きが止まる。
サラリと零れ落ちた髪は、灰色に赤を混ぜたような柔らかい、薄柿色のようだ。腰まで伸びているそれは、色と相まって柔らかそうな緩いウェーブを描いている。紫と赤が混じり合ったような不思議な色をした瞳がはまり込んだ猫目は、楽しそうに細められていた。人形みたいな整い方をしている顔のせいか、キツイ印象を受ける。
体全身を覆うローブのせいで体格は分からないが、身長はかなり高く、さっきの王子(仮)よりもでかそうだ。
総体してクール系イケメンのくせに、俺の目の前に膝を抱えしゃがみ込む姿はなんだかちぐはぐだ。
「なんなんだよ……あんたたち……」
「そうだな、君には知る権利がある。ゆっくり説明してあげたいのは山々なんだが……まずは、場所を移そうか」
おもむろに胸元の紐を外し、着ていたローブを脱ぐと、座り込んでいた俺へと掛けてくれた。包む温もりに、ぶるりと体が震える。混乱続きで気付かなかったけど、この部屋はかなり寒い。吐く息が白くなる程の気温だ。
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