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第二章 異世界編
第9話 ─ 充分休んでから行こう ─…ある男の独白
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俺は父が嫌いだった。
俺達母子に興味無い癖に、世間体を保つ為にあるように見せかけ、俺達母子にも自分への愛情を求めた。今思えばクソ喰らえだ。
母は自分が賞賛されないが故に、代償に俺で実現を果たそうとした。
小さなうちから本格的な魔法の勉強、狩りの訓練、剣の訓練、大人の寄り合いにも顔を出さなければいけない事もあった。
そしてそれらの習い事には優れた成果を求められる。
俺は言われるままに必死に頑張り、それぞれの習い事において村で屈指の実力を身に付けるに至った。
そんな俺にかけてくれた母の言葉。
「その程度で満足していては立派な者にはなれません。お父さんの様にならないように、更に高みを目指しなさい」
その時の俺は、その言葉で酷く心が重くなり、言いようが無く疲れたのを覚えている。
俺の魔力が無くなったのは、弟が生まれる少し前の事だった。
なんだか魔法の調子が悪いな、というのが続いて気がつけば簡単な魔法すら発動出来なくなっていた。
母は俺の努力が足りないからだ心が弱いからだと責め立てて、ひたすら魔法の練習をさせた。他の習い事は当然そのまま続行。
俺はその頃は、毎日疲れ切って逆に寝れなくなる時すらあった。
しかしそれも、弟が普通のエルフの倍以上の膨大な魔力を持っていると分かるまでだった。
母は狂喜した。この子を完璧に育てれば最高のエルフの母親となる事ができる、と。
そして俺への興味は一気に失せた。
基本的に弟が生まれても、母は変わらなかった。
当たり前だ。考え方の変化の激しい人間でさえ、結局は似たような思考・行動を繰り返すのだ。
長い寿命を持ち変化を厭うエルフが、しかも更に変化を厭う母が、たかが五年や十年で性格が変わる訳がない。
──太陽の欠ける羅睺の日に生まれた弟は、何か特別な存在なのだ。
多分、弟が生まれた日に村長と賢者様に、両親はそんな感じの事を吹き込まれたんだと思う。
そしてそれは、弟の膨大な魔力によって証明された。
母はそんな「特別な」弟を大切にしろといつも言っていた。
大切にする役目は俺。
手伝って貰わないと私が潰れてしまうそれでもお前は良いのか。弟が生まれてからの母の口癖。
それでも、弟の面倒を見ていると大人が褒めてくれるのが嬉しかった。
家では滅多にして貰えない、俺自身への肯定と賞賛。
しかし小さな弟を連れて、同年代の子供とマトモに遊べる訳がない。
そして魔法が使えなくなった俺は、それだけで子供にとっては蔑みの対象だ。
それが子供だけではなく、大人もまた同じだという事に気がつくのにも、そう時間はかからなかった。
俺はいつしか村を抜け出し、幼い弟と一緒に近くの人間の農村にちょくちょく出入りするようになっていた。
キッカケは何だったのかは分からない。
だがその村に住む、エルフの賢者様とは違った知識を持つ物知りな人間に、俺は様々なことを話すようになっていた。
まあ主には俺の愚痴や悩みだ。
その物知りな年寄りの爺さんは、そんな俺の話を肯定するわけでは無かったが、否定する事もなく、ただ頷きながら大抵は黙って聞いてくれていた。
時々、爺さんの方から俺に話をしてくれる事もあった。
他人には誠実に、嘘はなるべく避ける、弱い者には優しく、受けた恩は忘れない、他者を馬鹿にしない見下さない等々……。
それはエルフの村の大人が言っている言葉よりも、よほど心に染み渡った。
弟は村の若い女の人が見てくれる事が多かった。
正直な話、村に行く理由の半分はその弟の面倒見からの解放だった。
爺さんは多分、僧侶という人だったのだろう。
学の無い人々のために、知を学び知識を集め、様々な生活の知恵を提供する。
時に人の迷い・悩みに耳を傾け道を指し示す。
それが爺さんへの信頼に繋がりひいては信仰に繋がる。
そしてそれは打算無く行うからこそ尊ばれる。
だからこそ俺の話も真摯に聞いてくれたのだと思う。
その爺さんがある日俺に言った。
「お前さんは近いうちに、あの村を……家を出た方がいいなぁ。正直、お前さんの両親はお前さんにとってあまり良くない」
その時には、爺さんはそばに弟が居ない事をしっかりと確認していた。
──口ごたえして! 一人で生きていくやり方知らないくせに偉そうに言うんじゃありません! 一人で具体的にどうするの!? 答えられないでしょう!
昔からそう脅され続けた母の言葉が脳裏を切り裂く。
そしてその言葉を脳裏に浮かべた俺は、爺さんの言葉に途方に暮れた。
村を出るのは良いが、一人で生きていく方法が分からない。
父にも母にも生まれてこのかた、そういった事は一切教えて貰えなかった。
この時は結局、上っ面だけしか頭に入っていかなかった。
弟がある程度大きくなってきて、例のあの“力”が顕現し始めると、母は俺には更に冷淡になった。
弟の事は、俺が見た事もないほど可愛がった。
お前はこの村を背負って立つ、完璧で純粋なエルフだと弟に吹き込み続けていた。
その弟はいつの間にか村の同年代エルフを仕切っていたので、いくら狩りや剣の腕を磨いても、誰も俺に見向きもしない。
次第に俺は弟の付き人のような扱いになり、じきにその立場も別の若いエルフに取って代わられる。
もちろんそいつは弟の太鼓持ちだ。
いつの間にか孤立しているのは俺になっていた。
そんな俺が例の農村の爺さんの元に入り浸るのは自然の成り行きだった。
当時の俺には幸運なことに、村には冒険者がたまたま逗留していた。
爺さんは冒険者に俺を引き合わせ、事情を説明してくれた。
冒険者の人達は心良く俺に、エルフの村を出た後の生き方を教えてくれた。
主に冒険者としての生き方だが。
爺さんも冒険者の人達が教えきれない部分での、具体的で様々な一般常識や知識を教えてくれた。
冒険者の人達も、この依頼の後は王都に行くと言い、王都に来る機会があったら一緒に仕事しよう、と言ってくれた
今の俺の生き方と最終的な人格形成はこの人達無しにはありえない。
いくら感謝してもしきれない。
この人達の教えや知識が、励ましが、心の温かさが、今も俺を支え続けてくれている。
この後、旅立った俺がゴブリンに襲われ大怪我をして逃げ出し、その先でパンチェッタに出会うのはまた別の話。
俺が冒険者として何とか食っていけるようになった頃に、弟が転がり込んできた話も。
*****
「話を聞いてくれてありがとう。でもこうして思い出を吐き出してみて分かった……。
こんな事を言ったらダメなんだろうけど、俺は…………母さんも大嫌いだ」
「……辛かったんですね」
「うん……。それで、ミトラが転がり込んできたのは、村の爺さんから俺が冒険者として生活してるのを聞いて、自分にも出来ると思ったんだって言ってた」
「そんな理由で!? でもそれで上手いこといってしまうのが恐ろしいですね」
「……結局、弟の昔の話をするつもりが、俺の生い立ち話ばかりになっちまったな」
「構いませんよ。貴方の事が深く知れて良かった」
「聞いてて楽しい話じゃなかっただろ? 済まなかったな。……本当にありがとう」
「ふふ……。その人を本当に知りたいのなら、影の部分も知らないと。じゃあ次は私が話をする番ですね。
私はこの国の北の寒村の生まれで……」
……すまない、フェットチーネ。実は村から出る下りの話は嘘なんだ。
いや、アイツらはゴブリンと大して変わらないけど。
まだ話すことが出来るほど気持ちが整理できてないんだ。
それまでは、まだこの話で納得しててくれ。いつか必ず話すから。
俺達母子に興味無い癖に、世間体を保つ為にあるように見せかけ、俺達母子にも自分への愛情を求めた。今思えばクソ喰らえだ。
母は自分が賞賛されないが故に、代償に俺で実現を果たそうとした。
小さなうちから本格的な魔法の勉強、狩りの訓練、剣の訓練、大人の寄り合いにも顔を出さなければいけない事もあった。
そしてそれらの習い事には優れた成果を求められる。
俺は言われるままに必死に頑張り、それぞれの習い事において村で屈指の実力を身に付けるに至った。
そんな俺にかけてくれた母の言葉。
「その程度で満足していては立派な者にはなれません。お父さんの様にならないように、更に高みを目指しなさい」
その時の俺は、その言葉で酷く心が重くなり、言いようが無く疲れたのを覚えている。
俺の魔力が無くなったのは、弟が生まれる少し前の事だった。
なんだか魔法の調子が悪いな、というのが続いて気がつけば簡単な魔法すら発動出来なくなっていた。
母は俺の努力が足りないからだ心が弱いからだと責め立てて、ひたすら魔法の練習をさせた。他の習い事は当然そのまま続行。
俺はその頃は、毎日疲れ切って逆に寝れなくなる時すらあった。
しかしそれも、弟が普通のエルフの倍以上の膨大な魔力を持っていると分かるまでだった。
母は狂喜した。この子を完璧に育てれば最高のエルフの母親となる事ができる、と。
そして俺への興味は一気に失せた。
基本的に弟が生まれても、母は変わらなかった。
当たり前だ。考え方の変化の激しい人間でさえ、結局は似たような思考・行動を繰り返すのだ。
長い寿命を持ち変化を厭うエルフが、しかも更に変化を厭う母が、たかが五年や十年で性格が変わる訳がない。
──太陽の欠ける羅睺の日に生まれた弟は、何か特別な存在なのだ。
多分、弟が生まれた日に村長と賢者様に、両親はそんな感じの事を吹き込まれたんだと思う。
そしてそれは、弟の膨大な魔力によって証明された。
母はそんな「特別な」弟を大切にしろといつも言っていた。
大切にする役目は俺。
手伝って貰わないと私が潰れてしまうそれでもお前は良いのか。弟が生まれてからの母の口癖。
それでも、弟の面倒を見ていると大人が褒めてくれるのが嬉しかった。
家では滅多にして貰えない、俺自身への肯定と賞賛。
しかし小さな弟を連れて、同年代の子供とマトモに遊べる訳がない。
そして魔法が使えなくなった俺は、それだけで子供にとっては蔑みの対象だ。
それが子供だけではなく、大人もまた同じだという事に気がつくのにも、そう時間はかからなかった。
俺はいつしか村を抜け出し、幼い弟と一緒に近くの人間の農村にちょくちょく出入りするようになっていた。
キッカケは何だったのかは分からない。
だがその村に住む、エルフの賢者様とは違った知識を持つ物知りな人間に、俺は様々なことを話すようになっていた。
まあ主には俺の愚痴や悩みだ。
その物知りな年寄りの爺さんは、そんな俺の話を肯定するわけでは無かったが、否定する事もなく、ただ頷きながら大抵は黙って聞いてくれていた。
時々、爺さんの方から俺に話をしてくれる事もあった。
他人には誠実に、嘘はなるべく避ける、弱い者には優しく、受けた恩は忘れない、他者を馬鹿にしない見下さない等々……。
それはエルフの村の大人が言っている言葉よりも、よほど心に染み渡った。
弟は村の若い女の人が見てくれる事が多かった。
正直な話、村に行く理由の半分はその弟の面倒見からの解放だった。
爺さんは多分、僧侶という人だったのだろう。
学の無い人々のために、知を学び知識を集め、様々な生活の知恵を提供する。
時に人の迷い・悩みに耳を傾け道を指し示す。
それが爺さんへの信頼に繋がりひいては信仰に繋がる。
そしてそれは打算無く行うからこそ尊ばれる。
だからこそ俺の話も真摯に聞いてくれたのだと思う。
その爺さんがある日俺に言った。
「お前さんは近いうちに、あの村を……家を出た方がいいなぁ。正直、お前さんの両親はお前さんにとってあまり良くない」
その時には、爺さんはそばに弟が居ない事をしっかりと確認していた。
──口ごたえして! 一人で生きていくやり方知らないくせに偉そうに言うんじゃありません! 一人で具体的にどうするの!? 答えられないでしょう!
昔からそう脅され続けた母の言葉が脳裏を切り裂く。
そしてその言葉を脳裏に浮かべた俺は、爺さんの言葉に途方に暮れた。
村を出るのは良いが、一人で生きていく方法が分からない。
父にも母にも生まれてこのかた、そういった事は一切教えて貰えなかった。
この時は結局、上っ面だけしか頭に入っていかなかった。
弟がある程度大きくなってきて、例のあの“力”が顕現し始めると、母は俺には更に冷淡になった。
弟の事は、俺が見た事もないほど可愛がった。
お前はこの村を背負って立つ、完璧で純粋なエルフだと弟に吹き込み続けていた。
その弟はいつの間にか村の同年代エルフを仕切っていたので、いくら狩りや剣の腕を磨いても、誰も俺に見向きもしない。
次第に俺は弟の付き人のような扱いになり、じきにその立場も別の若いエルフに取って代わられる。
もちろんそいつは弟の太鼓持ちだ。
いつの間にか孤立しているのは俺になっていた。
そんな俺が例の農村の爺さんの元に入り浸るのは自然の成り行きだった。
当時の俺には幸運なことに、村には冒険者がたまたま逗留していた。
爺さんは冒険者に俺を引き合わせ、事情を説明してくれた。
冒険者の人達は心良く俺に、エルフの村を出た後の生き方を教えてくれた。
主に冒険者としての生き方だが。
爺さんも冒険者の人達が教えきれない部分での、具体的で様々な一般常識や知識を教えてくれた。
冒険者の人達も、この依頼の後は王都に行くと言い、王都に来る機会があったら一緒に仕事しよう、と言ってくれた
今の俺の生き方と最終的な人格形成はこの人達無しにはありえない。
いくら感謝してもしきれない。
この人達の教えや知識が、励ましが、心の温かさが、今も俺を支え続けてくれている。
この後、旅立った俺がゴブリンに襲われ大怪我をして逃げ出し、その先でパンチェッタに出会うのはまた別の話。
俺が冒険者として何とか食っていけるようになった頃に、弟が転がり込んできた話も。
*****
「話を聞いてくれてありがとう。でもこうして思い出を吐き出してみて分かった……。
こんな事を言ったらダメなんだろうけど、俺は…………母さんも大嫌いだ」
「……辛かったんですね」
「うん……。それで、ミトラが転がり込んできたのは、村の爺さんから俺が冒険者として生活してるのを聞いて、自分にも出来ると思ったんだって言ってた」
「そんな理由で!? でもそれで上手いこといってしまうのが恐ろしいですね」
「……結局、弟の昔の話をするつもりが、俺の生い立ち話ばかりになっちまったな」
「構いませんよ。貴方の事が深く知れて良かった」
「聞いてて楽しい話じゃなかっただろ? 済まなかったな。……本当にありがとう」
「ふふ……。その人を本当に知りたいのなら、影の部分も知らないと。じゃあ次は私が話をする番ですね。
私はこの国の北の寒村の生まれで……」
……すまない、フェットチーネ。実は村から出る下りの話は嘘なんだ。
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