ダーティーホワイトエルブズ ~魔物退治してた現代転移の苦労人エルフ、“主人公”への復讐を決意する~

きさまる

文字の大きさ
26 / 128
第二章 異世界編

第25話 ─ 静者の行進 ─…ある男の独白

しおりを挟む
 あれからは特にトラブルは起こらなかった。魔法師少女クソガキが気合入ったからだろう。

 時々、俺を視線で呪い殺しそうな勢いで睨みつけてくる。さっきの俺の態度と物言いに相当な恨みを持ったらしい。

 それで気合いが入ってマトモな行軍が出来るのなら、俺を恨もうが囓ろうが別に構わないがな。


*****


 そうしてようやく辿り着いたのが、朽ちたコロシアムといったおもむきの、半ば森に呑まれた遺跡と……噂の牛頭の魔物。

 その発達した胸部の筋肉と、丸太を二、三本纏めたような太さの腕、そして逆三角形の体型は、途方も無い膂力を感じさせる。

 遺跡への入り口らしき場所に鎮座しているという事は、門番か何かだろうか。

 周囲一帯が黒く焼け焦げているという事は、やはり火か雷魔法による攻撃をしてくる可能性が高い。
 しかも恐らくは無詠唱による高速連続攻撃。


 俺たちは、まだ魔物に気配を勘付かれないであろう距離の木の上から、魔物とその周辺を確認した。

 普通は目視出来ない、そこまでの遠大な距離での偵察は、キャンティさんの虎の子の望遠鏡を使った。
 平べったく研磨された水晶を二つ、筒状に組み合わせた、高価だが上位冒険者必須の品だ。

 俺が元いた世界では、ガラスはまだ発明されたばかり。
 それをレンズ状に加工する事はおろか、充分な透明度を確保することすら至っていなかった。
 まだ適当な水晶を探し当てた方がマシなぐらいに。


 各自、1人ずつ木の上に登って確認。

 リッシュさんやベッコフさんまで鎧を脱いで身軽に木の上に登るのを見て、魔法師少女クソガキが目を丸くする。

 フェットまで当たり前のように木登りしているのを見た時には、何か思うところがあるような顔をしていた。

向こうドラゴンスレイヤーがもう着いてるのか確認出来なかったなぁ」

「出来たら側面を突けると良いですね」

「あの牛がどこまで耳聡みみざといかだけど……」

「さらに二手に分かれるのは……さすがに愚策か。そう考えると八人てのは、ちょいと扱いにくい人数なんだよな」

 リッシュさんが思わず零す。

 こちらの世界では割合簡単な、通信を行っての同時攻撃も、元の世界では乏しい通信手段に諦めざるを得ない。

「……隠密行動が……し辛いからな」

 ジビエさんがチラとクソガキに目をやる。クソガキは気付いていない。

 一応、キャンティさんが色々と彼女に隠密行動のレクチャーをしているが、どこまでやれるか不透明すぎる。

 というか、正面からでも攻撃魔法を叩き込んだらそれで勝てるとずっと息巻いているのはどうなんだ。

 それでもどうにか説き伏せて、目的地に向かう道中で、実地で隠密行動のイロハを叩き込んでいく。
 さすがにさっきのフェットの木登りを見て、多少は態度を改める必要性を感じたらしい。

 俺と二人掛かりならもう少し効率よく教えられたかもしれない。

 だが、クソガキが俺から教えを受けるのを断固拒否した為、キャンティさんとの一対一になったのだ。

 キャンティさんすみません。


*****


 最後に偵察を行った場所から、神経を擦り減らすような行軍が続く。
 気配を消し、出来るだけ物音を立てないような、密やかな進行。

 こちらの立てた物音が魔物の耳に入る可能性だけを考慮するだけでは足りない。

 俺達の存在に気付いた鳥の飛び立ち、動物や弱い魔物の逃亡行動、それらをひっくるめた森全体の気配。

 それら全てが、感覚の鋭い魔物にとっては格好の警告となる。

 クソガキも最初の頃は、落ちた木の枝をぶち抜いて大きな音を立てたり、木にぶつかったりしていた。
 そしてそれは鳥を飛ばしたり動物に逃げる音を立てさせたりする事に繋がっていた。

 だがすぐに慣れてくると、森の中でも静かに歩けるようになり、キャンティさんに褒められて嬉しそうにしていた。

 さすがです、キャンティさん。

 だが更に慣れてくると、小声で進行速度の遅さに文句を言うようになる。
 結局クソガキはさっきからの、正面からでも火球当てたら勝てる理論を展開し始めた。

 そいつ始末して良いです、キャンティさん。


*****


 ようやく森の向こうに明かりが見えて、目的地が目前に迫った事を教えてくれる。

 気配を押し殺したまま木の影に身を潜めつつ、少しずつ接近する。

 密やかに。気配を悟られてはいけない。

 魔物の姿が木々の隙間から見え始める。
 未だ、足元しか確認出来ない。

 幸い足元は湿気が多く、積もる落ち葉は程よく腐り、格好の消音材となってくれている。
 というか、そういうルートを探しながら進んで来たのだ。

 近づくにつれて周囲の木々は杉系の針葉樹が増え始め、下生えの草が減ってきた。

 針葉樹の落ち葉の、どこか爽やかさを感じる臭いに、俺はふと爺さんの村を思い出した。

──この依頼が終わったら、フェットを連れてあの爺さんの村へ“里帰り”しても良いかもしれない。

 俺にとっては、エルフの村はロクな思い出の無い村だったし、会いたいエルフも居ない、思い入れの無い故郷だった。
 だが爺さんの居るあの農村は違う。あの人のおかげで俺は歪まずに済んだんだ。
 フェットに一度くらいは、俺の恩人に会ってもらうのも良いだろう。

 その後、彼女さえ良ければフェットの故郷も見に行きたいな。


 その時、俺の顔に小枝が当たった。

 ハッと気が付き、小枝が飛んで来た方を向くと、木の影に隠れたジビエさんが、少し厳しい顔で俺を睨んでいた。

──危ない! 集中力を切らさないようにしないと!

 俺は軽くかぶりを振ると、ジビエさんに小さく頷く。
 彼は厳しい顔を崩さずに頷き返すと、魔物の方へ顔を向け直した。

──ヤベエな、俺もあのクソガキの事を笑えねぇぞ。

 神経を擦り減らす行軍だが、まだ集中を切らすには早い。

 太陽はもうとっくに頂点を過ぎ、じきに黄昏が漂うようになるだろう。

 出来れば日が沈む前に、周囲が明るいうちに終わらせたいところだ。

 今のところ魔物がこちらに気付いている様子は無い。気付いてないフリが出来る知能が備わっていない事を祈る。

 このままもう少し近づければ、先制で魔法攻撃を叩き込める事が出来る。
 魔物が魔法障壁を展開する前に叩き込められたら、相当有利に戦いを進める事が出来る。

 クソガキがヘマをする可能性を考えていただけに、ここまで順調に来れたのは僥倖だ。

 さっきの自分の気の緩みは、ひとまず棚上げでいこう。


……だが、ここまでの行軍の努力を全て灰燼かいじんす、悪魔の叫びがあがった。

「ああああああ! もうまだるっこしいわねアンタ達! こんなヤツ私の火球で片をつけてやるわ!! 見ててなさい!!」

 そう叫んで、魔法師少女クソガキは魔物に向かって走り出した。


*****


 クソガキは魔物の前に躍り出ると、素早く手で印を切りながら火球の魔法を組み上げていく。

 なかなかのスピードだ。火球の大きさも大口叩くだけあってかなり大きい。

 だが……牛頭は、クソガキが呪文を唱えて印を切っている間に、とっくに魔法障壁を張り終えている。

 クソガキが呪文を唱え終わり、腕輪として身に付けていた魔法の発動体がひときわ輝きを増し、火球を牛頭の魔物に落とす。

 魔物は全く動じることなく、火球を受ける。
 パン、という音と共に火球は魔物の頭上で弾けて飛び散った。

 魔物にダメージが通った様子は欠片も見えない。

 魔法師の少女は、そんな当然の結果をまるで予想外の出来事のように、呆然と見ていた。

「そんな……! 今まで普通に当たっていたのに、何で……!?」

 牛頭の魔物は、ちっぽけな魔法師の少女を睨みつけると、腹の底に響く野太い雄叫びをあげた。


*****


 魔物が張る魔法障壁は奇妙な性質を持つ。

 俺達「ヒト」が張る魔法障壁は、いわば魔法の威力を削るものだ。
 魔法を受けると障壁が魔法を削り、削り切れず相殺しきれなかった分を食らってしまう。
 その効果は、常に一定だ。

 だが魔物の障壁は、魔法を全く通さない。
 まさしく『壁』だ。

 この使用する魔法障壁の違いが、「ヒト」と魔物を見分ける手掛かりの一つにもなっている。

 しかしその一方で魔物の魔法障壁は、ある一定の確率で魔法を防ぐ事を失敗すると、全てを我と我が身に受けるという博打じみた特徴を持つ。

 俺達冒険者は、この魔法防止の失敗を“すり抜け”と表現していた。

 この“すり抜け”は、強大な魔物ほど起こる確率が加速度的に低くなっていく。
 ゆえに、強力な魔物に魔法攻撃は、不意打ち以外には通じないのが、いわば常識であった。

 俺達が苦労して気配を消しながら森を進み、魔物の不意を打とうとした理由でもある。

 魔法障壁を張った強力な魔物の正面から魔法を撃ち込み、なおかつ魔物が無効化を失敗するなど……そう、こちらの世界での表現で言うなら、天文学的確率であり得ない。

 普通は、そんな「都合の良い偶然」など起こり得ないのだ。

 だがしかし、俺はある可能性に思い至った。

 弟の“力”は、全ての物事が弟に都合の良いように収束していく。
 弟の仲間の魔法攻撃が常に弟に都合良く、魔物の障壁を“すり抜け”ていたのだとしたら。

──そんな地味なの嫌よ。火球を一発当てて相手の抵抗すり抜けたら勝ちみたいなもんじゃない

 さっきの打ち合わせの時のクソガキの言葉が、脳裏に甦る。

 コイツは……弟の“力”で魔物の魔法障壁を“すり抜け”て当てる事が、当たり前の感覚になっていたんじゃないのか⁉︎

 今頃になって、俺はクソガキの言動にようやく合点がいった。

 合点がいった所でどうにもならないが。


 俺達はクソガキが飛び出した瞬間に、さっきの打ち合わせ通り、身体強化と武器強化の魔法をかけていく。

 魔物が火球を弾き、腹の底に響く野太い雄叫びをあげ終えた時には、俺達は魔物に向かって突撃していた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】

水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】 【一次選考通過作品】 ---  とある剣と魔法の世界で、  ある男女の間に赤ん坊が生まれた。  名をアスフィ・シーネット。  才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。  だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。  攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。 彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。  --------- もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります! #ヒラ俺 この度ついに完結しました。 1年以上書き続けた作品です。 途中迷走してました……。 今までありがとうございました! --- 追記:2025/09/20 再編、あるいは続編を書くか迷ってます。 もし気になる方は、 コメント頂けるとするかもしれないです。

『急所』を突いてドロップ率100%。魔物から奪ったSSRスキルと最強装備で、俺だけが規格外の冒険者になる

仙道
ファンタジー
 気がつくと、俺は森の中に立っていた。目の前には実体化した女神がいて、ここがステータスやスキルの存在する異世界だと告げてくる。女神は俺に特典として【鑑定】と、魔物の『ドロップ急所』が見える眼を与えて消えた。  この世界では、魔物は倒した際に稀にアイテムやスキルを落とす。俺の眼には、魔物の体に赤い光の点が見えた。そこを攻撃して倒せば、【鑑定】で表示されたレアアイテムが確実に手に入るのだ。  俺は実験のために、森でオークに襲われているエルフの少女を見つける。オークのドロップリストには『剛力の腕輪(攻撃力+500)』があった。俺はエルフを助けるというよりも、その腕輪が欲しくてオークの急所を剣で貫く。  オークは光となって消え、俺の手には強力な腕輪が残った。  腰を抜かしていたエルフの少女、リーナは俺の圧倒的な一撃と、伝説級の装備を平然と手に入れる姿を見て、俺に同行を申し出る。  俺は効率よく強くなるために、彼女を前衛の盾役として採用した。  こうして、欲しいドロップ品を狙って魔物を狩り続ける、俺の異世界冒険が始まる。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

外れギフト魔石抜き取りの奇跡!〜スライムからの黄金ルート!婚約破棄されましたのでもうお貴族様は嫌です〜

KeyBow
ファンタジー
 この世界では、数千年前に突如現れた魔物が人々の生活に脅威をもたらしている。中世を舞台にした典型的なファンタジー世界で、冒険者たちは剣と魔法を駆使してこれらの魔物と戦い、生計を立てている。  人々は15歳の誕生日に神々から加護を授かり、特別なギフトを受け取る。しかし、主人公ロイは【魔石操作】という、死んだ魔物から魔石を抜き取るという外れギフトを授かる。このギフトのために、彼は婚約者に見放され、父親に家を追放される。  運命に翻弄されながらも、ロイは冒険者ギルドの解体所部門で働き始める。そこで彼は、生きている魔物から魔石を抜き取る能力を発見し、これまでの外れギフトが実は隠された力を秘めていたことを知る。  ロイはこの新たな力を使い、自分の運命を切り開くことができるのか?外れギフトを当りギフトに変え、チートスキルを手に入れた彼の物語が始まる。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

アルフレッドは平穏に過ごしたい 〜追放されたけど謎のスキル【合成】で生き抜く〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
アルフレッドは貴族の令息であったが天から与えられたスキルと家風の違いで追放される。平民となり冒険者となったが、生活するために竜騎士隊でアルバイトをすることに。 ふとした事でスキルが発動。  使えないスキルではない事に気付いたアルフレッドは様々なものを合成しながら密かに活躍していく。 ⭐︎注意⭐︎ 女性が多く出てくるため、ハーレム要素がほんの少しあります。特に苦手な方はご遠慮ください。

処理中です...