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第二章 異世界編
第25話 ─ 静者の行進 ─…ある男の独白
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あれからは特にトラブルは起こらなかった。魔法師少女クソガキが気合入ったからだろう。
時々、俺を視線で呪い殺しそうな勢いで睨みつけてくる。さっきの俺の態度と物言いに相当な恨みを持ったらしい。
それで気合いが入ってマトモな行軍が出来るのなら、俺を恨もうが囓ろうが別に構わないがな。
*****
そうしてようやく辿り着いたのが、朽ちたコロシアムといった趣の、半ば森に呑まれた遺跡と……噂の牛頭の魔物。
その発達した胸部の筋肉と、丸太を二、三本纏めたような太さの腕、そして逆三角形の体型は、途方も無い膂力を感じさせる。
遺跡への入り口らしき場所に鎮座しているという事は、門番か何かだろうか。
周囲一帯が黒く焼け焦げているという事は、やはり火か雷魔法による攻撃をしてくる可能性が高い。
しかも恐らくは無詠唱による高速連続攻撃。
俺たちは、まだ魔物に気配を勘付かれないであろう距離の木の上から、魔物とその周辺を確認した。
普通は目視出来ない、そこまでの遠大な距離での偵察は、キャンティさんの虎の子の望遠鏡を使った。
平べったく研磨された水晶を二つ、筒状に組み合わせた、高価だが上位冒険者必須の品だ。
俺が元いた世界では、ガラスはまだ発明されたばかり。
それをレンズ状に加工する事はおろか、充分な透明度を確保することすら至っていなかった。
まだ適当な水晶を探し当てた方がマシなぐらいに。
各自、1人ずつ木の上に登って確認。
リッシュさんやベッコフさんまで鎧を脱いで身軽に木の上に登るのを見て、魔法師少女クソガキが目を丸くする。
フェットまで当たり前のように木登りしているのを見た時には、何か思うところがあるような顔をしていた。
「向こうがもう着いてるのか確認出来なかったなぁ」
「出来たら側面を突けると良いですね」
「あの牛がどこまで耳聡いかだけど……」
「さらに二手に分かれるのは……さすがに愚策か。そう考えると八人てのは、ちょいと扱いにくい人数なんだよな」
リッシュさんが思わず零す。
こちらの世界では割合簡単な、通信を行っての同時攻撃も、元の世界では乏しい通信手段に諦めざるを得ない。
「……隠密行動が……し辛いからな」
ジビエさんがチラとクソガキに目をやる。クソガキは気付いていない。
一応、キャンティさんが色々と彼女に隠密行動のレクチャーをしているが、どこまでやれるか不透明すぎる。
というか、正面からでも攻撃魔法を叩き込んだらそれで勝てるとずっと息巻いているのはどうなんだ。
それでもどうにか説き伏せて、目的地に向かう道中で、実地で隠密行動のイロハを叩き込んでいく。
さすがにさっきのフェットの木登りを見て、多少は態度を改める必要性を感じたらしい。
俺と二人掛かりならもう少し効率よく教えられたかもしれない。
だが、クソガキが俺から教えを受けるのを断固拒否した為、キャンティさんとの一対一になったのだ。
キャンティさんすみません。
*****
最後に偵察を行った場所から、神経を擦り減らすような行軍が続く。
気配を消し、出来るだけ物音を立てないような、密やかな進行。
こちらの立てた物音が魔物の耳に入る可能性だけを考慮するだけでは足りない。
俺達の存在に気付いた鳥の飛び立ち、動物や弱い魔物の逃亡行動、それらをひっくるめた森全体の気配。
それら全てが、感覚の鋭い魔物にとっては格好の警告となる。
クソガキも最初の頃は、落ちた木の枝をぶち抜いて大きな音を立てたり、木にぶつかったりしていた。
そしてそれは鳥を飛ばしたり動物に逃げる音を立てさせたりする事に繋がっていた。
だがすぐに慣れてくると、森の中でも静かに歩けるようになり、キャンティさんに褒められて嬉しそうにしていた。
さすがです、キャンティさん。
だが更に慣れてくると、小声で進行速度の遅さに文句を言うようになる。
結局クソガキはさっきからの、正面からでも火球当てたら勝てる理論を展開し始めた。
そいつ始末して良いです、キャンティさん。
*****
ようやく森の向こうに明かりが見えて、目的地が目前に迫った事を教えてくれる。
気配を押し殺したまま木の影に身を潜めつつ、少しずつ接近する。
密やかに。気配を悟られてはいけない。
魔物の姿が木々の隙間から見え始める。
未だ、足元しか確認出来ない。
幸い足元は湿気が多く、積もる落ち葉は程よく腐り、格好の消音材となってくれている。
というか、そういうルートを探しながら進んで来たのだ。
近づくにつれて周囲の木々は杉系の針葉樹が増え始め、下生えの草が減ってきた。
針葉樹の落ち葉の、どこか爽やかさを感じる臭いに、俺はふと爺さんの村を思い出した。
──この依頼が終わったら、フェットを連れてあの爺さんの村へ“里帰り”しても良いかもしれない。
俺にとっては、エルフの村はロクな思い出の無い村だったし、会いたいエルフも居ない、思い入れの無い故郷だった。
だが爺さんの居るあの農村は違う。あの人のおかげで俺は歪まずに済んだんだ。
フェットに一度くらいは、俺の恩人に会ってもらうのも良いだろう。
その後、彼女さえ良ければフェットの故郷も見に行きたいな。
その時、俺の顔に小枝が当たった。
ハッと気が付き、小枝が飛んで来た方を向くと、木の影に隠れたジビエさんが、少し厳しい顔で俺を睨んでいた。
──危ない! 集中力を切らさないようにしないと!
俺は軽くかぶりを振ると、ジビエさんに小さく頷く。
彼は厳しい顔を崩さずに頷き返すと、魔物の方へ顔を向け直した。
──ヤベエな、俺もあのクソガキの事を笑えねぇぞ。
神経を擦り減らす行軍だが、まだ集中を切らすには早い。
太陽はもうとっくに頂点を過ぎ、じきに黄昏が漂うようになるだろう。
出来れば日が沈む前に、周囲が明るいうちに終わらせたいところだ。
今のところ魔物がこちらに気付いている様子は無い。気付いてないフリが出来る知能が備わっていない事を祈る。
このままもう少し近づければ、先制で魔法攻撃を叩き込める事が出来る。
魔物が魔法障壁を展開する前に叩き込められたら、相当有利に戦いを進める事が出来る。
クソガキがヘマをする可能性を考えていただけに、ここまで順調に来れたのは僥倖だ。
さっきの自分の気の緩みは、ひとまず棚上げでいこう。
……だが、ここまでの行軍の努力を全て灰燼に帰す、悪魔の叫びがあがった。
「ああああああ! もうまだるっこしいわねアンタ達! こんなヤツ私の火球で片をつけてやるわ!! 見ててなさい!!」
そう叫んで、魔法師少女クソガキは魔物に向かって走り出した。
*****
クソガキは魔物の前に躍り出ると、素早く手で印を切りながら火球の魔法を組み上げていく。
なかなかのスピードだ。火球の大きさも大口叩くだけあってかなり大きい。
だが……牛頭は、クソガキが呪文を唱えて印を切っている間に、とっくに魔法障壁を張り終えている。
クソガキが呪文を唱え終わり、腕輪として身に付けていた魔法の発動体がひときわ輝きを増し、火球を牛頭の魔物に落とす。
魔物は全く動じることなく、火球を受ける。
パン、という音と共に火球は魔物の頭上で弾けて飛び散った。
魔物にダメージが通った様子は欠片も見えない。
魔法師の少女は、そんな当然の結果をまるで予想外の出来事のように、呆然と見ていた。
「そんな……! 今まで普通に当たっていたのに、何で……!?」
牛頭の魔物は、ちっぽけな魔法師の少女を睨みつけると、腹の底に響く野太い雄叫びをあげた。
*****
魔物が張る魔法障壁は奇妙な性質を持つ。
俺達「ヒト」が張る魔法障壁は、いわば魔法の威力を削るものだ。
魔法を受けると障壁が魔法を削り、削り切れず相殺しきれなかった分を食らってしまう。
その効果は、常に一定だ。
だが魔物の障壁は、魔法を全く通さない。
まさしく『壁』だ。
この使用する魔法障壁の違いが、「ヒト」と魔物を見分ける手掛かりの一つにもなっている。
しかしその一方で魔物の魔法障壁は、ある一定の確率で魔法を防ぐ事を失敗すると、全てを我と我が身に受けるという博打じみた特徴を持つ。
俺達冒険者は、この魔法防止の失敗を“すり抜け”と表現していた。
この“すり抜け”は、強大な魔物ほど起こる確率が加速度的に低くなっていく。
ゆえに、強力な魔物に魔法攻撃は、不意打ち以外には通じないのが、いわば常識であった。
俺達が苦労して気配を消しながら森を進み、魔物の不意を打とうとした理由でもある。
魔法障壁を張った強力な魔物の正面から魔法を撃ち込み、なおかつ魔物が無効化を失敗するなど……そう、こちらの世界での表現で言うなら、天文学的確率であり得ない。
普通は、そんな「都合の良い偶然」など起こり得ないのだ。
だがしかし、俺はある可能性に思い至った。
弟の“力”は、全ての物事が弟に都合の良いように収束していく。
弟の仲間の魔法攻撃が常に弟に都合良く、魔物の障壁を“すり抜け”ていたのだとしたら。
──そんな地味なの嫌よ。火球を一発当てて相手の抵抗すり抜けたら勝ちみたいなもんじゃない
さっきの打ち合わせの時のクソガキの言葉が、脳裏に甦る。
コイツは……弟の“力”で魔物の魔法障壁を“すり抜け”て当てる事が、当たり前の感覚になっていたんじゃないのか⁉︎
今頃になって、俺はクソガキの言動にようやく合点がいった。
合点がいった所でどうにもならないが。
俺達はクソガキが飛び出した瞬間に、さっきの打ち合わせ通り、身体強化と武器強化の魔法をかけていく。
魔物が火球を弾き、腹の底に響く野太い雄叫びをあげ終えた時には、俺達は魔物に向かって突撃していた。
時々、俺を視線で呪い殺しそうな勢いで睨みつけてくる。さっきの俺の態度と物言いに相当な恨みを持ったらしい。
それで気合いが入ってマトモな行軍が出来るのなら、俺を恨もうが囓ろうが別に構わないがな。
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そうしてようやく辿り着いたのが、朽ちたコロシアムといった趣の、半ば森に呑まれた遺跡と……噂の牛頭の魔物。
その発達した胸部の筋肉と、丸太を二、三本纏めたような太さの腕、そして逆三角形の体型は、途方も無い膂力を感じさせる。
遺跡への入り口らしき場所に鎮座しているという事は、門番か何かだろうか。
周囲一帯が黒く焼け焦げているという事は、やはり火か雷魔法による攻撃をしてくる可能性が高い。
しかも恐らくは無詠唱による高速連続攻撃。
俺たちは、まだ魔物に気配を勘付かれないであろう距離の木の上から、魔物とその周辺を確認した。
普通は目視出来ない、そこまでの遠大な距離での偵察は、キャンティさんの虎の子の望遠鏡を使った。
平べったく研磨された水晶を二つ、筒状に組み合わせた、高価だが上位冒険者必須の品だ。
俺が元いた世界では、ガラスはまだ発明されたばかり。
それをレンズ状に加工する事はおろか、充分な透明度を確保することすら至っていなかった。
まだ適当な水晶を探し当てた方がマシなぐらいに。
各自、1人ずつ木の上に登って確認。
リッシュさんやベッコフさんまで鎧を脱いで身軽に木の上に登るのを見て、魔法師少女クソガキが目を丸くする。
フェットまで当たり前のように木登りしているのを見た時には、何か思うところがあるような顔をしていた。
「向こうがもう着いてるのか確認出来なかったなぁ」
「出来たら側面を突けると良いですね」
「あの牛がどこまで耳聡いかだけど……」
「さらに二手に分かれるのは……さすがに愚策か。そう考えると八人てのは、ちょいと扱いにくい人数なんだよな」
リッシュさんが思わず零す。
こちらの世界では割合簡単な、通信を行っての同時攻撃も、元の世界では乏しい通信手段に諦めざるを得ない。
「……隠密行動が……し辛いからな」
ジビエさんがチラとクソガキに目をやる。クソガキは気付いていない。
一応、キャンティさんが色々と彼女に隠密行動のレクチャーをしているが、どこまでやれるか不透明すぎる。
というか、正面からでも攻撃魔法を叩き込んだらそれで勝てるとずっと息巻いているのはどうなんだ。
それでもどうにか説き伏せて、目的地に向かう道中で、実地で隠密行動のイロハを叩き込んでいく。
さすがにさっきのフェットの木登りを見て、多少は態度を改める必要性を感じたらしい。
俺と二人掛かりならもう少し効率よく教えられたかもしれない。
だが、クソガキが俺から教えを受けるのを断固拒否した為、キャンティさんとの一対一になったのだ。
キャンティさんすみません。
*****
最後に偵察を行った場所から、神経を擦り減らすような行軍が続く。
気配を消し、出来るだけ物音を立てないような、密やかな進行。
こちらの立てた物音が魔物の耳に入る可能性だけを考慮するだけでは足りない。
俺達の存在に気付いた鳥の飛び立ち、動物や弱い魔物の逃亡行動、それらをひっくるめた森全体の気配。
それら全てが、感覚の鋭い魔物にとっては格好の警告となる。
クソガキも最初の頃は、落ちた木の枝をぶち抜いて大きな音を立てたり、木にぶつかったりしていた。
そしてそれは鳥を飛ばしたり動物に逃げる音を立てさせたりする事に繋がっていた。
だがすぐに慣れてくると、森の中でも静かに歩けるようになり、キャンティさんに褒められて嬉しそうにしていた。
さすがです、キャンティさん。
だが更に慣れてくると、小声で進行速度の遅さに文句を言うようになる。
結局クソガキはさっきからの、正面からでも火球当てたら勝てる理論を展開し始めた。
そいつ始末して良いです、キャンティさん。
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ようやく森の向こうに明かりが見えて、目的地が目前に迫った事を教えてくれる。
気配を押し殺したまま木の影に身を潜めつつ、少しずつ接近する。
密やかに。気配を悟られてはいけない。
魔物の姿が木々の隙間から見え始める。
未だ、足元しか確認出来ない。
幸い足元は湿気が多く、積もる落ち葉は程よく腐り、格好の消音材となってくれている。
というか、そういうルートを探しながら進んで来たのだ。
近づくにつれて周囲の木々は杉系の針葉樹が増え始め、下生えの草が減ってきた。
針葉樹の落ち葉の、どこか爽やかさを感じる臭いに、俺はふと爺さんの村を思い出した。
──この依頼が終わったら、フェットを連れてあの爺さんの村へ“里帰り”しても良いかもしれない。
俺にとっては、エルフの村はロクな思い出の無い村だったし、会いたいエルフも居ない、思い入れの無い故郷だった。
だが爺さんの居るあの農村は違う。あの人のおかげで俺は歪まずに済んだんだ。
フェットに一度くらいは、俺の恩人に会ってもらうのも良いだろう。
その後、彼女さえ良ければフェットの故郷も見に行きたいな。
その時、俺の顔に小枝が当たった。
ハッと気が付き、小枝が飛んで来た方を向くと、木の影に隠れたジビエさんが、少し厳しい顔で俺を睨んでいた。
──危ない! 集中力を切らさないようにしないと!
俺は軽くかぶりを振ると、ジビエさんに小さく頷く。
彼は厳しい顔を崩さずに頷き返すと、魔物の方へ顔を向け直した。
──ヤベエな、俺もあのクソガキの事を笑えねぇぞ。
神経を擦り減らす行軍だが、まだ集中を切らすには早い。
太陽はもうとっくに頂点を過ぎ、じきに黄昏が漂うようになるだろう。
出来れば日が沈む前に、周囲が明るいうちに終わらせたいところだ。
今のところ魔物がこちらに気付いている様子は無い。気付いてないフリが出来る知能が備わっていない事を祈る。
このままもう少し近づければ、先制で魔法攻撃を叩き込める事が出来る。
魔物が魔法障壁を展開する前に叩き込められたら、相当有利に戦いを進める事が出来る。
クソガキがヘマをする可能性を考えていただけに、ここまで順調に来れたのは僥倖だ。
さっきの自分の気の緩みは、ひとまず棚上げでいこう。
……だが、ここまでの行軍の努力を全て灰燼に帰す、悪魔の叫びがあがった。
「ああああああ! もうまだるっこしいわねアンタ達! こんなヤツ私の火球で片をつけてやるわ!! 見ててなさい!!」
そう叫んで、魔法師少女クソガキは魔物に向かって走り出した。
*****
クソガキは魔物の前に躍り出ると、素早く手で印を切りながら火球の魔法を組み上げていく。
なかなかのスピードだ。火球の大きさも大口叩くだけあってかなり大きい。
だが……牛頭は、クソガキが呪文を唱えて印を切っている間に、とっくに魔法障壁を張り終えている。
クソガキが呪文を唱え終わり、腕輪として身に付けていた魔法の発動体がひときわ輝きを増し、火球を牛頭の魔物に落とす。
魔物は全く動じることなく、火球を受ける。
パン、という音と共に火球は魔物の頭上で弾けて飛び散った。
魔物にダメージが通った様子は欠片も見えない。
魔法師の少女は、そんな当然の結果をまるで予想外の出来事のように、呆然と見ていた。
「そんな……! 今まで普通に当たっていたのに、何で……!?」
牛頭の魔物は、ちっぽけな魔法師の少女を睨みつけると、腹の底に響く野太い雄叫びをあげた。
*****
魔物が張る魔法障壁は奇妙な性質を持つ。
俺達「ヒト」が張る魔法障壁は、いわば魔法の威力を削るものだ。
魔法を受けると障壁が魔法を削り、削り切れず相殺しきれなかった分を食らってしまう。
その効果は、常に一定だ。
だが魔物の障壁は、魔法を全く通さない。
まさしく『壁』だ。
この使用する魔法障壁の違いが、「ヒト」と魔物を見分ける手掛かりの一つにもなっている。
しかしその一方で魔物の魔法障壁は、ある一定の確率で魔法を防ぐ事を失敗すると、全てを我と我が身に受けるという博打じみた特徴を持つ。
俺達冒険者は、この魔法防止の失敗を“すり抜け”と表現していた。
この“すり抜け”は、強大な魔物ほど起こる確率が加速度的に低くなっていく。
ゆえに、強力な魔物に魔法攻撃は、不意打ち以外には通じないのが、いわば常識であった。
俺達が苦労して気配を消しながら森を進み、魔物の不意を打とうとした理由でもある。
魔法障壁を張った強力な魔物の正面から魔法を撃ち込み、なおかつ魔物が無効化を失敗するなど……そう、こちらの世界での表現で言うなら、天文学的確率であり得ない。
普通は、そんな「都合の良い偶然」など起こり得ないのだ。
だがしかし、俺はある可能性に思い至った。
弟の“力”は、全ての物事が弟に都合の良いように収束していく。
弟の仲間の魔法攻撃が常に弟に都合良く、魔物の障壁を“すり抜け”ていたのだとしたら。
──そんな地味なの嫌よ。火球を一発当てて相手の抵抗すり抜けたら勝ちみたいなもんじゃない
さっきの打ち合わせの時のクソガキの言葉が、脳裏に甦る。
コイツは……弟の“力”で魔物の魔法障壁を“すり抜け”て当てる事が、当たり前の感覚になっていたんじゃないのか⁉︎
今頃になって、俺はクソガキの言動にようやく合点がいった。
合点がいった所でどうにもならないが。
俺達はクソガキが飛び出した瞬間に、さっきの打ち合わせ通り、身体強化と武器強化の魔法をかけていく。
魔物が火球を弾き、腹の底に響く野太い雄叫びをあげ終えた時には、俺達は魔物に向かって突撃していた。
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