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第三章 現代編
第67話 ─ 負けないでもう少し最後まで走り抜けて ─…ある男の独白
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「よう兄貴、久し振りだな……と言いてえところだが、半年ほど前から姿を見せねえように気をつけて、色々と観察させて貰っていたぜ。随分とこのお嬢様を困らせていたようじゃねえか。酷い男だ」
そう言いながらミトラは歩み寄ってきてアイラの隣に並び、彼女の腰に手を回して自分の側に抱き寄せた。
アイラは俯いたまま、なされるがまま何一つ身じろぎしない。顔の表情ひとつ変えない。
俺はあまりにも既視感のある光景に頭に血が上りそうだった。パンチェッタの事がフラッシュバックする。だがそれはヤツの思う壺だ、落ち着け。
俺は深呼吸をすると、唸るようにミトラに言った。
「貴様……半年前からだと?」
「ああ。この世界に飛ばされてすぐぐらいに、そこのシャーロットさんと出会ってな」
そして俺を、俺とベイゼルを見下す視線で続ける。
ああ、その視線はさっきの嬢ちゃんのものとそっくりだ。
嬢ちゃんのがお前に移ったのか、お前のが嬢ちゃんに移ったのか。
「は! ケッサクだったぜ。俺の存在に気が付きもしないで、充実したようなツラで生きてやがってよ。テメエの“後始末”に、俺がテメエが回った町とか村とかの処理を頑張ったんだぜえ。感謝しろよなあ」
その時、俺とミトラの会話に割って入るように、一人の幹部が声を上げた。
「シャーロット代理代こ……団長、その怪しげなエルフは一体……」
しかし、その幹部は最後までセリフを言い切ることが出来なかった。
突然、ミトラの方向から炎が伸びて、その幹部の右腕が燃え上がったからだ。
予想だにしなかった事態に悲鳴をあげて、転げ回る幹部。
「おいおいオッサン、こっちはまだ会話中だぜ。邪魔すんじゃねえよ」
そう言ったミトラの側に炎で形作られた人型が現れていた。しかも三体。
腕を燃やされた幹部が、いくら腕を振っても転げ回っても、一向に炎は消えない。
魔法の炎なのか!? この世界でもミトラは魔法を使えるのか!?
俺が驚愕の表情でミトラに顔を向けると、アイツはその反応を待っていたという顔で、自慢げに口を開いた。
「知らねえだろうが、こういうのはチートっていうんだ。こっちの世界に飛ばされた時に、身に付けたみたいでなあ」
そう言ってミトラは「モエ、もう良いぜ」と呟く。
すると幹部の腕に燃え盛っていた炎は、一瞬で消えてしまった。不思議なことに他に燃え移った様子が微塵も無い。焦げ跡すら無い。
幹部はプスプスと肉の焼ける匂いを発する自分の腕を抱えて、呻いて蹲る。
俺は、ミトラが言った「モエ」という名には聞き覚えがあった。
まさか……。
「お? その顔はどうやら思い出したみてえだな。そうさ、オメエの道案内をしてやった魔法師のモエ・エシャンドンだ。俺の為に命を落とした後でも、こうやって力になってくれているのさ」
何が「俺の為に命を落とした」だ。お前が後ろから不意打ちで、あのクソガキ魔法師を殺したんじゃねえか。
だが、ミトラは相変わらず陶酔し切った表情で芝居ッ気たっぷりに演説する。
「俺に忠誠を誓ってくれた仲間の魂を背負って、俺は強くなった! 死んでいった仲間の魂に誓って、俺はもう負けねえ!!」
「不意打ちしたのに、殺しきれなかった魔物に逆襲食らって殺された仲間、に誓って……か? お前の詰めが甘いせいで彼女達は死んだからな。そういう風にイキがらないとやってられねえか」
俺にそう言われて、不意打ちを食らったような顔になるミトラ。成長のない奴だ。
ミトラの顔が見る間に真っ赤に染まり、怒りに支配された表情に変わる。
しかしそれも束の間、すぐに余裕に満ちた表情に戻って得意気に叫ぶ。
「ふん兄貴の分際で、負け惜しみが相変わらず得意だな! おいお前達、こいつを拘束しな!!」
ミトラがそう言うと同時に、部屋に銃を持つ何者かがなだれ込んで来た。皆、年若く美しい可愛らしい少女達だ。
入ってきた彼女達を見て、幹部の何人かが顔に手を当てて俯き呻いた。まさか……。
ベイゼルが俺の予想を肯定する言葉を呟いた。
「なんだ、こいつら。皆、他の幹部の娘じゃないか。どういうことだ……まさか」
そして彼女達が叫んだ言葉が、俺の予想とベイゼルの呟きを裏付ける。
そういえばミトラの周囲には、いつも奴を肯定・擁護する女が侍《はべ》っていたっけ。
「ミトラ様! 彼らを押さえたら、ミトラ様の理想に一歩近づくんですね!?」
「ミトラ様のために!」
「ミトラ様の邪魔をする老害共、覚悟なさい!」
なんだこれ。ますます狂信的な奴らが群がるようになってやがるな。
だがミトラも、安っぽい新興宗教の教祖のように演説する。
「そうだ、ここの組織を掌握するのは第一歩だ。ここからどんどん成り上がって、俺は全世界を支配する! 俺ならそれも夢じゃねえ。キリストもムハンマドもブッダもなし得なかった偉業を、俺がやるんだ! そしてその後に理想の世界を築くんだ!!」
世界の支配、世界征服ときたか。いつも幸運に任せて、詰めの甘い貴様が出来ると良いな。
元の世界でも難しい事なのに、貴様なんぞに出来るかな。
しかしまあ、これ以上ここに居る意味も無くなった。……アイラの事を除いては。
俺はアイラに向かって叫んだ。薄々無駄だと分かっていても。
「アイラ、どうしたんだ。こっちへ戻ってこい!」
しかしアイラは俺から顔を背けると、ミトラの胸に顔を埋めた。
予想通り、ミトラは勝ち誇った顔を俺に向ける。
そしてミトラの親衛隊とでもいうべき少女達は、自分達の親でもある幹部を拘束すると、俺達のほうへ向かってきた。
もう限界だ。アイラの事も一旦は諦めるしかない。
俺はベイゼルの腕を掴み、奴に叫んだ。
「ベイゼル、逃げるぞこっちだ!」
その瞬間、俺はポケットの中のスイッチに手をかけ、俺たちの後ろの壁を爆破させた。
*****
この“騎士団”本部の街のあちこちに仕掛けた爆弾だが、実際に使う時が来るとは思いもしなかった。
俺とベイゼルは爆破時の煙に紛れて部屋から脱出する。
部屋から出るタイミングで、更に俺は別の部屋に仕掛けた爆弾を爆破した。
部屋の外で待機していた少女達が、爆破された方向へ全員駆け出して行った。──あまり訓練は行き届いていないようだ。
俺とベイゼルは、少女達が駆けて言った方向とは逆方向に走る。
やがて俺達二人は廊下の突き当りに辿り着いた。
ダストシュートの投入口がある以外は、特に脱出口があるようには見えないだろう。
案の定、ベイゼルは俺を訝し気な視線で見て言った。
「どうした、何故こんな処へ私を誘導した!?」
「黙って見てろ!!」
俺は即座にベイゼルの言葉を遮り、ダストシュートの投入口の扉に手をかけた。
以前に細工していたから扉は簡単に外れて、人が一人なんとかくぐれる大きさの穴が出来る。
そしてベイゼルに言った。
「この中にロープが仕込んである、ここから下に降りるぞ! 懸垂下降は出来るな!?」
俺は扉の陰に隠していた手袋をベイゼルに渡した。簡易の金具が付いたベルトも渡す。
そしてベイゼルよりも一足先に潜り込むと、二本垂らしていたロープの一本を金具に取り付け、中でベイゼルを待つ。
ベイゼルも淀みなく装具を付けると中に入ってきた。
ベイゼルが金具にロープを取り付けるのを確認すると、俺達は一気に一階まで降下する。
生ごみの臭いが酷いが贅沢は言っていられない。
一階に着地すると、外に出る前に念の為に近くのゴミ箱を爆破して、外にいるかもしれない連中の注意を逸らす。
俺は外の様子を伺い、無人なのを確認すると外に出た。
続けてベイゼルも外に出てくると、呆れたように俺に言う。
「まったく……お前はこの街にいくつ爆弾を仕掛けているんだ」
「文句なら後でいくらでも聞いてやる。俺もまさか、本当に使う日が来るとは思ってもみなかったよ」
「くっ……。とりあえず私のオフィスへ行かないと」
「アンタらしくもなく冷静さを欠いているな。んなモンとっくに連中が待ち構えてるに決まってるじゃねえか」
「そ、そうか。それもそうだな」
「とりあえず俺の隠れ家へ行く。エヴァンもこの騒ぎに気付いて、合流してくれてたら良いんだけど」
「分かった」
そうして俺達二人は人目を気にしながら、街中を走り出した。
そう言いながらミトラは歩み寄ってきてアイラの隣に並び、彼女の腰に手を回して自分の側に抱き寄せた。
アイラは俯いたまま、なされるがまま何一つ身じろぎしない。顔の表情ひとつ変えない。
俺はあまりにも既視感のある光景に頭に血が上りそうだった。パンチェッタの事がフラッシュバックする。だがそれはヤツの思う壺だ、落ち着け。
俺は深呼吸をすると、唸るようにミトラに言った。
「貴様……半年前からだと?」
「ああ。この世界に飛ばされてすぐぐらいに、そこのシャーロットさんと出会ってな」
そして俺を、俺とベイゼルを見下す視線で続ける。
ああ、その視線はさっきの嬢ちゃんのものとそっくりだ。
嬢ちゃんのがお前に移ったのか、お前のが嬢ちゃんに移ったのか。
「は! ケッサクだったぜ。俺の存在に気が付きもしないで、充実したようなツラで生きてやがってよ。テメエの“後始末”に、俺がテメエが回った町とか村とかの処理を頑張ったんだぜえ。感謝しろよなあ」
その時、俺とミトラの会話に割って入るように、一人の幹部が声を上げた。
「シャーロット代理代こ……団長、その怪しげなエルフは一体……」
しかし、その幹部は最後までセリフを言い切ることが出来なかった。
突然、ミトラの方向から炎が伸びて、その幹部の右腕が燃え上がったからだ。
予想だにしなかった事態に悲鳴をあげて、転げ回る幹部。
「おいおいオッサン、こっちはまだ会話中だぜ。邪魔すんじゃねえよ」
そう言ったミトラの側に炎で形作られた人型が現れていた。しかも三体。
腕を燃やされた幹部が、いくら腕を振っても転げ回っても、一向に炎は消えない。
魔法の炎なのか!? この世界でもミトラは魔法を使えるのか!?
俺が驚愕の表情でミトラに顔を向けると、アイツはその反応を待っていたという顔で、自慢げに口を開いた。
「知らねえだろうが、こういうのはチートっていうんだ。こっちの世界に飛ばされた時に、身に付けたみたいでなあ」
そう言ってミトラは「モエ、もう良いぜ」と呟く。
すると幹部の腕に燃え盛っていた炎は、一瞬で消えてしまった。不思議なことに他に燃え移った様子が微塵も無い。焦げ跡すら無い。
幹部はプスプスと肉の焼ける匂いを発する自分の腕を抱えて、呻いて蹲る。
俺は、ミトラが言った「モエ」という名には聞き覚えがあった。
まさか……。
「お? その顔はどうやら思い出したみてえだな。そうさ、オメエの道案内をしてやった魔法師のモエ・エシャンドンだ。俺の為に命を落とした後でも、こうやって力になってくれているのさ」
何が「俺の為に命を落とした」だ。お前が後ろから不意打ちで、あのクソガキ魔法師を殺したんじゃねえか。
だが、ミトラは相変わらず陶酔し切った表情で芝居ッ気たっぷりに演説する。
「俺に忠誠を誓ってくれた仲間の魂を背負って、俺は強くなった! 死んでいった仲間の魂に誓って、俺はもう負けねえ!!」
「不意打ちしたのに、殺しきれなかった魔物に逆襲食らって殺された仲間、に誓って……か? お前の詰めが甘いせいで彼女達は死んだからな。そういう風にイキがらないとやってられねえか」
俺にそう言われて、不意打ちを食らったような顔になるミトラ。成長のない奴だ。
ミトラの顔が見る間に真っ赤に染まり、怒りに支配された表情に変わる。
しかしそれも束の間、すぐに余裕に満ちた表情に戻って得意気に叫ぶ。
「ふん兄貴の分際で、負け惜しみが相変わらず得意だな! おいお前達、こいつを拘束しな!!」
ミトラがそう言うと同時に、部屋に銃を持つ何者かがなだれ込んで来た。皆、年若く美しい可愛らしい少女達だ。
入ってきた彼女達を見て、幹部の何人かが顔に手を当てて俯き呻いた。まさか……。
ベイゼルが俺の予想を肯定する言葉を呟いた。
「なんだ、こいつら。皆、他の幹部の娘じゃないか。どういうことだ……まさか」
そして彼女達が叫んだ言葉が、俺の予想とベイゼルの呟きを裏付ける。
そういえばミトラの周囲には、いつも奴を肯定・擁護する女が侍《はべ》っていたっけ。
「ミトラ様! 彼らを押さえたら、ミトラ様の理想に一歩近づくんですね!?」
「ミトラ様のために!」
「ミトラ様の邪魔をする老害共、覚悟なさい!」
なんだこれ。ますます狂信的な奴らが群がるようになってやがるな。
だがミトラも、安っぽい新興宗教の教祖のように演説する。
「そうだ、ここの組織を掌握するのは第一歩だ。ここからどんどん成り上がって、俺は全世界を支配する! 俺ならそれも夢じゃねえ。キリストもムハンマドもブッダもなし得なかった偉業を、俺がやるんだ! そしてその後に理想の世界を築くんだ!!」
世界の支配、世界征服ときたか。いつも幸運に任せて、詰めの甘い貴様が出来ると良いな。
元の世界でも難しい事なのに、貴様なんぞに出来るかな。
しかしまあ、これ以上ここに居る意味も無くなった。……アイラの事を除いては。
俺はアイラに向かって叫んだ。薄々無駄だと分かっていても。
「アイラ、どうしたんだ。こっちへ戻ってこい!」
しかしアイラは俺から顔を背けると、ミトラの胸に顔を埋めた。
予想通り、ミトラは勝ち誇った顔を俺に向ける。
そしてミトラの親衛隊とでもいうべき少女達は、自分達の親でもある幹部を拘束すると、俺達のほうへ向かってきた。
もう限界だ。アイラの事も一旦は諦めるしかない。
俺はベイゼルの腕を掴み、奴に叫んだ。
「ベイゼル、逃げるぞこっちだ!」
その瞬間、俺はポケットの中のスイッチに手をかけ、俺たちの後ろの壁を爆破させた。
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この“騎士団”本部の街のあちこちに仕掛けた爆弾だが、実際に使う時が来るとは思いもしなかった。
俺とベイゼルは爆破時の煙に紛れて部屋から脱出する。
部屋から出るタイミングで、更に俺は別の部屋に仕掛けた爆弾を爆破した。
部屋の外で待機していた少女達が、爆破された方向へ全員駆け出して行った。──あまり訓練は行き届いていないようだ。
俺とベイゼルは、少女達が駆けて言った方向とは逆方向に走る。
やがて俺達二人は廊下の突き当りに辿り着いた。
ダストシュートの投入口がある以外は、特に脱出口があるようには見えないだろう。
案の定、ベイゼルは俺を訝し気な視線で見て言った。
「どうした、何故こんな処へ私を誘導した!?」
「黙って見てろ!!」
俺は即座にベイゼルの言葉を遮り、ダストシュートの投入口の扉に手をかけた。
以前に細工していたから扉は簡単に外れて、人が一人なんとかくぐれる大きさの穴が出来る。
そしてベイゼルに言った。
「この中にロープが仕込んである、ここから下に降りるぞ! 懸垂下降は出来るな!?」
俺は扉の陰に隠していた手袋をベイゼルに渡した。簡易の金具が付いたベルトも渡す。
そしてベイゼルよりも一足先に潜り込むと、二本垂らしていたロープの一本を金具に取り付け、中でベイゼルを待つ。
ベイゼルも淀みなく装具を付けると中に入ってきた。
ベイゼルが金具にロープを取り付けるのを確認すると、俺達は一気に一階まで降下する。
生ごみの臭いが酷いが贅沢は言っていられない。
一階に着地すると、外に出る前に念の為に近くのゴミ箱を爆破して、外にいるかもしれない連中の注意を逸らす。
俺は外の様子を伺い、無人なのを確認すると外に出た。
続けてベイゼルも外に出てくると、呆れたように俺に言う。
「まったく……お前はこの街にいくつ爆弾を仕掛けているんだ」
「文句なら後でいくらでも聞いてやる。俺もまさか、本当に使う日が来るとは思ってもみなかったよ」
「くっ……。とりあえず私のオフィスへ行かないと」
「アンタらしくもなく冷静さを欠いているな。んなモンとっくに連中が待ち構えてるに決まってるじゃねえか」
「そ、そうか。それもそうだな」
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