ダーティーホワイトエルブズ ~魔物退治してた現代転移の苦労人エルフ、“主人公”への復讐を決意する~

きさまる

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最終章 汚くも真っ当な異世界人ども

第123話 「最後に笑うのは」…えんじょい☆ざ『異世界日本』編

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 私とビッグママがその倉庫に到着した時には、もうほとんど決着は付いていた。
 私達よりも先に到着していたバローロさんとブランちゃん、そして車椅子に乗ったマロニーさん。
 本当の名前はショウって言うんだっけ。
 そのショウさんが、ミトラに向かって何か言っていた。

「まぁそういう事で、お前が何を言おうと俺は何も良心の呵責かしゃくを感じないし、何の引け目も感じない。ついでに言うと、実はもうお前に憎しみすらも感じない。もっと言うと、憎しみを感じる価値すら無いと思ってる」

「なん……だと……テメエ」

「ムカつくなら、勝ってここまで辿り着け。お前の好きな物語の主人公的シチュエーションだ。フェットやタリスを倒して悪のボスの俺を殺すんだ。燃えるだろ?」

「ふざ……けるな……! そんな勝手な理屈……ッ!」

 ショウさんがミトラにそう言ったとき、何処からともなく不気味な声が聞こえた。
 なんだか、ミトラの持っていた黒い剣の唸りに似ているような気がする。

「ふふふ……ハハハハハハ! もはやこれまでのようだな! 結局、この程度の逆境も乗り越えられぬ男だったとは、とんだ見込み違いであったわ!」

 その声と共に、ミトラの手足に取り付けられていた防具が勝手に外れて空中に浮かぶ。
 その四つの防具が合わさると、例の黒い剣に変わった。
 切っ先を下に向けて空中に静止する。

偽物イミテーション偽物イミテーション! 偽物イミテーション!! 貴様の全てはいつわりにいろどられておる! 身に付ける技術も偽物なら人間関係も偽物! 偽物の信頼、偽物の愛情! 偽物の兄弟の絆! そして我との偽物の主従関係!!」

 そう続ける剣の嘲笑ちょうしょうにミトラが呆然と呟く。
 私達は皆、剣の威圧感に飲まれて、何も言えずにいる。
 タリスさんやフェットチーネさんまでもが畏怖いふの眼で立ち尽くしている。
 ミトラがいぶかし気に剣に疑問を投げる。

「偽の……主従関係だと?」

「ハハハ! 分からぬか? なぜ分からぬ!? 我を呼び出したのは!!」

「……!!」

「呼び出された者が、呼び出した者をあるじとするは自明の理よ。我は貴様に『力をくれてやった』だけに過ぎぬ!」

「て……めえ、は……!!」

 その時、ショウさんも圧倒された様子ながら、やっとのことで絞り出すように声を出した。

「お前は……その主である俺に敵対する者に、力を貸していたことになるんだが」

「ハハハ! 原初の混沌たる我を従わせようなどと、使いこなそうなどと笑止!」

 ショウさんは悔しそうに押し黙る。
 だけど剣はショウさんに意外な言葉をかけた。

「だが我をあっさりと放棄したこともさることながら、その我をたずさえたこの愚か者に、互角に張り合い渡り合った事は随分と楽しませてもらった」

「俺は道化扱いか」

「ふふふ。だが主であるべき貴様との契約を、我が一方的に反故ほごにしたのは事実。だから今後貴様が希望するなら、また力を貸してやらんでもないぞ」

らねえよ。二度と関わるな」

「ハハハ! それでこそ我を見捨て、我が見捨てた男よ!」

 そこにミトラが割り込んだ。

「テメエっ! それじゃまるで俺が、この雑魚よりも劣っているみたいじゃねえか!」

 剣から出てる気配に変化があった。
 ショウさんがフェットチーネさんに叫ぶ。

けろフェット!!」

 反射的に慌てて飛びのいたフェットチーネさんの目の前を、黒い剣が通り過ぎる。
 上から落ちてきた剣は、ミトラの胸に深々と突き立った。
 周囲に響き渡るミトラの絶叫。

「“主人公属性”を中心とした恵まれたチートを持ち、我を扱える身でありながら、結局はこの男に何度も追い詰められた貴様が、どうこの男に勝るというのだ!?」

「ぐああ吸い取られる! 何をするイミテーションブリンガー!!」
 
「そうだ。我は“偽りを齎す者イミテーションブリンガー”! 偽りの希望をつかんでいた気分はどうだ!?」

 ミトラはみっともなく取り乱していた。
 剣に地面とに縫い付けられて、無様にもがいていた
 そもそも胸に剣が刺さった時点で即死してもおかしくは無いのに。

「やめろ! 死にたくない! 俺の魂が奪われる! 嫌だ、こんな救いのない殺され方は嫌だ!!」

「貴様に、とっておきの言葉をくれてやる。!!」

 だけど、ミトラはそんな黒剣の言葉が聞こえた様子も無く叫んでいた。
 自分一人で何でもできるような態度ばかりだった男が、他人に助けを求めていた。

「嫌だ。助けてくれ誰か。苦しい……。この苦しみが永遠に続くなんて嫌だ……。この俺が……なぜなんだ……。俺を助けろ……父さん……母さん……。兄……貴……」

「最後に白面の皇子の今際いまわきわにかけた言葉をくれてやろう。さらばだ、我は汝の千倍は邪悪であった!」

 そして耳を塞ぎたくなるような大音響の哄笑が倉庫の中に響き渡る。
 私達全員が耳を押さえてうずくまった。
 それが収まって、恐る恐るミトラが倒れていた場所を見る。

 そこには、凄まじい恐怖の表情を貼り付けたままのエルフの死体。
 そして四つの破片に折れた剣の残骸。
 その剣の破片からは、さっきまでの得体の知れない力は一切感じられない。

「終わった……?」

 誰かが言った。
 すると私達やショウさんの後ろから、見知らぬ男が二人飛び出し死体に取り付く。
 あれ? あの二人って日本の人じゃないよね?
 死体に取り付いた二人は顔を合わせて首を縦に振ると、こちらを向いて今度は首を左右に振った。
 突然、私達の後ろから聞き覚えの無い女の人の声がする。ビックリした。

黒剣ブラックソードの使用者、ミトラの死亡を確認しました。黒剣も破片ですがこちらで引き取らせて頂きます。よろしいですね?」

 その声を発した小太りの中年の女の人に、ビッグママが答えた。

「ああ、もちろん。ちゃんと金を払ってくれるなら、何も問題無いさ。もうその剣、持って帰っても意味無さそうだけどね」

「構いません。その判断は『上』がすることです。我々末端には関係の無い事ですから」

 そこまで言ってから、その女の人はショウさんにも向かって言う。

「それから、我々の組織にかつて所属していたエージェント・ショウも、一年前に死亡を確認しています。残念です」

 それを聞いて、ショウさんが訝し気に女の人に疑問を返した。
 話し方からして、どうやらショウさんの顔見知りだったらしい。

「……それで良いのか? ミズ・クレイグ」

「さあ何の事かしら、?」

「……すまない、ありがとう」

 さっきの死体に取り付いていた二人が、いつの間にか死体袋にミトラの死体と破片を入れて持ち上げていた。
 ショウさんにミズ・クレイグと呼ばれた女の人は、その二人に付いて倉庫から出ていく。
 そのまま振り向かずに、最後に片手を上げて去って行った。


 *****


 車椅子に乗った男と、青いパーティードレスのような服を着た女の人が、無言で対峙している。
 やがて青いパーティードレスの女の人──フェットチーネさんが声をあげた。

「ショウ……」

 それに応じてショウさんもフェットチーネさんに答える。

「フェット……」

 ショウさんは左腕をフェットチーネさんに向かって伸ばした。
 だけど、その包帯が巻かれた切り株のような自分の手首が目に入ったのか、ハッとなる。
 左腕を戻すと右手で左手首を掴む。とても苦しそうな顔をしてる。
 やがて首を巡らせて、ブランちゃんにかすかにうなずいた。
 ブランちゃんはショウさんに確認する。

「ええの?」

「この身体だしな。それにそもそも、俺は手を血で汚し過ぎた」

 ブランちゃんはフェットチーネさんを見た。
 少し躊躇ためらったあと、車椅子を回して倉庫から出て行こうとする。
 それを見てフェットチーネさんが慌てた。
 こんなに慌てたフェットチーネさんは初めて見た気がする。

「ま……待って!」

 車椅子は止まらない。
 倉庫の外に止まっている車に突き進む。
 フェットチーネさんは車椅子を追い掛ける。
 追い掛けながら叫ぶ。

「待って、待ってよショウ!!」

 その言葉に反応することも無く、ブランちゃんはショウさんを運んで行く。
 バローロさんもフェットチーネさんを一瞥いちべつすると、きびすを返した。

「ショウ!! 待って、私を置いて行かないで!!」

 ショウさんの車椅子、ブランちゃん、バローロさんの足は止まらない。
 やがて車のドアが開いた。車椅子はそこへ向かって進んでいき──。
 フェットチーネさんが、急にドスの効いた声で叫ぶ。

「待てって言うてるやろうが!! ショウユラーメンオオモリ・カエダマ・ニクマシマシ!!」

「ぐあーっちゃあっ!? あち! 熱! 熱! ちちちちち!! あっちっちいいいいいい!!」

 ショウさんの頭が、突然青い炎で燃え上がった。
 頭をはたきながら、ショウさんが車椅子から転げ落ちる。
 ブランちゃんが、「え!?」という顔でショウさんを見る。次に私の顔を。
 私が黙ってうなずくと、ブランちゃんは凄いショックを受けた顔になった。
 あの正式な名前が予想外だったみたい。

 ショウさんがのたうち回っているうちに追い付いたフェットチーネさん。
 頭の炎を消すと、ショウさんの頭をガッシリと胸に抱きかかえた。

「ショウ! ショウ! やっと会えた。お願い何処どこにも行かないで。もう離さないわ!」

 感極かんきわまったようにショウさんを抱き締めるフェットチーネさん。
 だけどその光景を見ていたビッグママが、冷ややかにフェットチーネさんに助言。

「いや、今は離したほうが良いね。そいつアンタの胸で窒息ちっそくしかかってるよ」

 ハッとなってフェットチーネさんがショウさんの頭を離す。
 ショウさんは白目をいて気絶していた。
 ちょっぴり幸せそうな顔だったのは、見ない振りをしておこう。
 あーあ、最後の最後で締まらな~い。
 いややわあ。


 ブランちゃんがめた目で二人を見ながら、ボソリと言った。

「マロニー、カッコ悪い」


 
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