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炎編/夜は始まる
3.逃げる男、逃げない女
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よく晴れた次の日の午後。声を掛けるタイミングが掴めないまま、俺は木刀を片手に、バイト帰りの彼女の後をこっそりとついて行った。
自分でもストーカーかとツッコミたくなるものの、ボディブローを食らった身としては迂闊に出て行けなかった。昨夜の俺の印象は最悪だろうし、話を聞いてもらえるかどうかすら怪しい。
尾行されていると知る由もなく、彼女、観月小夜は、あり得ない場所へ向かっていた。まさかと思いつつ、やって来たのは例のおばけ公園だ。
万が一を考えて来がスポンサー経由で手を回し、今朝から公園内は立ち入り禁止になっている。あまり物々しいことはしたくなかったとはいえ、観月のように俺の結界を越えて入ってくる人間がいたとなれば行政の処置に頼るしかない。念の為だったわけだが、来に頼んでおいて正解だった。
恐ろしい目に遭った所へわざわざ確かめに戻るなど、勇敢というか軽率というか。虎の口に飛び込むも同じくらい危険なのに、おそらく彼女にそんな自覚はない。
黄色いテープが張られた公園の入口で、観月はうろうろと行ったり来たりを繰り返す。見えない結界は乗り越えても、立入禁止のテープには躊躇している。その様子を物陰から窺いながら、俺は意を決して近付いて行った。
「もう中には入れねえよ、観月小夜さん」
背後からそんな風に声を掛けると、観月はびくりとして振り向いた。
不意打ちに身構えていたけれど、怒りや嫌悪の感情は浮かんでいない。ひとまず胸を撫で下ろし、言葉を選んで続けた。
「この公園には化け物が巣食ってる。こんなとこ、近づくもんじゃねえ」
「どうして、私の名前知ってるの?」
不思議そうに目を丸くする彼女に「ふふん」とドヤ顔をして見せる。
「探偵だっつったろ、俺」
「ボディガードって言ってた」
「似たようなもんじゃね?」
危うく新たに不信を買いかけ、慌ててしらばっくれた。どうも俺はボロを出しやすい。
「その、昨夜は変な事言って悪かった。デリカシーなかったって、反省してる」
「私こそ、ごめんなさい。……ボディブロー」
とりあえず昨日の「本当に女か」発言を謝罪すれば、観月の方もそう言って頭を下げた。思いの外謙虚な態度に戸惑ってしまう。見れば見る程外見はセレナに似ているものの、内面はかなり違う。俺の知るセレナはこんなに素直ではなかった。
木刀で自分の肩を叩きつつ、どうやって用件を切り出そうかと考えを巡らせているうちに、観月がすっと顔を上げる。
「高神さん。公園にいたのは、何だったの? 私が見たものって……」
真っ直ぐ向けられる意志の強い瞳。昨夜のあの状況で俺の名前を覚えていてくれたことが嬉しく、自然と頬が緩む。
「視矢でいい。事情はちゃんと説明するからさ、これから一緒に事務所まで来てくんねえかな。相棒が待ってるんだ」
もとより俺では納得の行く説明はできないし、策を弄するよりストレートにこちらの要求を伝えた方がいい。ここで拒否されたら、強硬手段もやむなしだ。
「……事務所って、どこかの『組』の?」
「待て待て、違う! 警備会社だよ本当に。断じて、怪しい場所じゃねえ」
あらぬ疑いを掛けられ、首と手とぶんぶん横に振った。あいにく俺は身分を証明できるものを何も持っていない。服装からして、スーツではなくラフなジャケットなので、ボディガードどころか社会人らしくもない。
名刺は相手の警戒心を緩める小道具として常に携帯しておけと、来が日頃言っていた意図を痛感した。
「分かった。そこで、全部話してくれるのね」
「へ? あ、ああ」
怪しさ全開の俺を、それでも観月は信用してくれたらしい。これまた意外で、間抜けな声が出てしまう。
観月はマーシャルアーツの有段者だと、昨夜ナイが追加情報をくれた。成程、さすが武道家だけあって度胸がいいのも頷ける。
「まあ、あんだけ強けりゃ、真夜中に一人歩きすんのも平気だわな」
「私だって夜道は普通に怖いよ。だから、女だって分からないように変装してたの」
(……変装というか、仮装だろ)
昨夜の姿を思い出し、余計な一言が口から出掛かったが、せっかく少し打ち解けてくれたところを台無しにしたくない。こほんと咳払いし、俺は話を続けた。
「クラフトってマンション、知ってるか? 事務所はそこの五階」
「それって有名な高級マンションだよね!?」
観月が信じられないといった目で問う。それも当然。賃料は言うまでもなく高額な上、しっかりした身元保証がないと入居できないそのマンションの住人は、俺と来を除きいわゆるセレブ。入居者であること自体、ステータスシンボルの意味を持つ。
社長と社員一人だけの個人経営事務所にそこそこ一般の依頼が入ってくるのも、場所がマンション・クラフトの中という社会的信用の後ろ盾があるからだ。
「ちょっとしたスポンサーが付いててさ。そのおかげで、事務所兼自宅として住まわせてもらってるわけ」
「お金持ちのマダムとか……?」
「ちげーよ! 昼ドラの見過ぎ」
こちらの事情について観月が知る必要はない。俺は会話を打ち切り、先に歩いて彼女を促した。
事務所はおばけ公園から大して遠くないので、歩いて行ってもそう時間は掛からない。これから来に記憶消去をしてもらったとして、日が落ちる前に彼女を家へ送り届けられるだろう。
考えないように努めても、観月の容姿はどうにもセレナを思い起こさせる。ナイとは違う意味で、まだセレナを忘れられずにいる自分がつくづく情けなかった。
自分でもストーカーかとツッコミたくなるものの、ボディブローを食らった身としては迂闊に出て行けなかった。昨夜の俺の印象は最悪だろうし、話を聞いてもらえるかどうかすら怪しい。
尾行されていると知る由もなく、彼女、観月小夜は、あり得ない場所へ向かっていた。まさかと思いつつ、やって来たのは例のおばけ公園だ。
万が一を考えて来がスポンサー経由で手を回し、今朝から公園内は立ち入り禁止になっている。あまり物々しいことはしたくなかったとはいえ、観月のように俺の結界を越えて入ってくる人間がいたとなれば行政の処置に頼るしかない。念の為だったわけだが、来に頼んでおいて正解だった。
恐ろしい目に遭った所へわざわざ確かめに戻るなど、勇敢というか軽率というか。虎の口に飛び込むも同じくらい危険なのに、おそらく彼女にそんな自覚はない。
黄色いテープが張られた公園の入口で、観月はうろうろと行ったり来たりを繰り返す。見えない結界は乗り越えても、立入禁止のテープには躊躇している。その様子を物陰から窺いながら、俺は意を決して近付いて行った。
「もう中には入れねえよ、観月小夜さん」
背後からそんな風に声を掛けると、観月はびくりとして振り向いた。
不意打ちに身構えていたけれど、怒りや嫌悪の感情は浮かんでいない。ひとまず胸を撫で下ろし、言葉を選んで続けた。
「この公園には化け物が巣食ってる。こんなとこ、近づくもんじゃねえ」
「どうして、私の名前知ってるの?」
不思議そうに目を丸くする彼女に「ふふん」とドヤ顔をして見せる。
「探偵だっつったろ、俺」
「ボディガードって言ってた」
「似たようなもんじゃね?」
危うく新たに不信を買いかけ、慌ててしらばっくれた。どうも俺はボロを出しやすい。
「その、昨夜は変な事言って悪かった。デリカシーなかったって、反省してる」
「私こそ、ごめんなさい。……ボディブロー」
とりあえず昨日の「本当に女か」発言を謝罪すれば、観月の方もそう言って頭を下げた。思いの外謙虚な態度に戸惑ってしまう。見れば見る程外見はセレナに似ているものの、内面はかなり違う。俺の知るセレナはこんなに素直ではなかった。
木刀で自分の肩を叩きつつ、どうやって用件を切り出そうかと考えを巡らせているうちに、観月がすっと顔を上げる。
「高神さん。公園にいたのは、何だったの? 私が見たものって……」
真っ直ぐ向けられる意志の強い瞳。昨夜のあの状況で俺の名前を覚えていてくれたことが嬉しく、自然と頬が緩む。
「視矢でいい。事情はちゃんと説明するからさ、これから一緒に事務所まで来てくんねえかな。相棒が待ってるんだ」
もとより俺では納得の行く説明はできないし、策を弄するよりストレートにこちらの要求を伝えた方がいい。ここで拒否されたら、強硬手段もやむなしだ。
「……事務所って、どこかの『組』の?」
「待て待て、違う! 警備会社だよ本当に。断じて、怪しい場所じゃねえ」
あらぬ疑いを掛けられ、首と手とぶんぶん横に振った。あいにく俺は身分を証明できるものを何も持っていない。服装からして、スーツではなくラフなジャケットなので、ボディガードどころか社会人らしくもない。
名刺は相手の警戒心を緩める小道具として常に携帯しておけと、来が日頃言っていた意図を痛感した。
「分かった。そこで、全部話してくれるのね」
「へ? あ、ああ」
怪しさ全開の俺を、それでも観月は信用してくれたらしい。これまた意外で、間抜けな声が出てしまう。
観月はマーシャルアーツの有段者だと、昨夜ナイが追加情報をくれた。成程、さすが武道家だけあって度胸がいいのも頷ける。
「まあ、あんだけ強けりゃ、真夜中に一人歩きすんのも平気だわな」
「私だって夜道は普通に怖いよ。だから、女だって分からないように変装してたの」
(……変装というか、仮装だろ)
昨夜の姿を思い出し、余計な一言が口から出掛かったが、せっかく少し打ち解けてくれたところを台無しにしたくない。こほんと咳払いし、俺は話を続けた。
「クラフトってマンション、知ってるか? 事務所はそこの五階」
「それって有名な高級マンションだよね!?」
観月が信じられないといった目で問う。それも当然。賃料は言うまでもなく高額な上、しっかりした身元保証がないと入居できないそのマンションの住人は、俺と来を除きいわゆるセレブ。入居者であること自体、ステータスシンボルの意味を持つ。
社長と社員一人だけの個人経営事務所にそこそこ一般の依頼が入ってくるのも、場所がマンション・クラフトの中という社会的信用の後ろ盾があるからだ。
「ちょっとしたスポンサーが付いててさ。そのおかげで、事務所兼自宅として住まわせてもらってるわけ」
「お金持ちのマダムとか……?」
「ちげーよ! 昼ドラの見過ぎ」
こちらの事情について観月が知る必要はない。俺は会話を打ち切り、先に歩いて彼女を促した。
事務所はおばけ公園から大して遠くないので、歩いて行ってもそう時間は掛からない。これから来に記憶消去をしてもらったとして、日が落ちる前に彼女を家へ送り届けられるだろう。
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