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致死的幻想【水編/side ソウ】
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週二回、破魔の力の訓練のために観月をTFCに来させるという提案を、司門と高神は不承不承聞き入れた。観月のトレーニングを、事務所の連中だけでなく、小夜までが渋ったのは予想外だったけれど。
「……迎えに行くって、なんで」
「途中で迷子になられたら困る」
トレーニングの初日、朝食を用意しながら告げた俺に、小夜は不満を漏らした。
この頃は、夜の鍛錬が終わった後、朝になっても彼女がいて驚くことが度々ある。幽体は呼び出した術者に従うのが、本能のようなもの。最初こそ叱っていたが、肉体のない女と夜を過ごしたところで問題になるはずもなく、仕方ないのでそのまま放置していた。
「わざわざ事務所まで迎えに行かなくても、電車で来れるのに。過保護すぎ」
「事務所の連中と一緒にしないで欲しいな」
呆れ交じりに呟いて、コーヒーを啜る。電車よりバイクを飛ばした方が早い。無駄な移動時間を省くという合理的な選択で、決して過保護のつもりはない。
どうも小夜は、俺に観月本体を構って欲しくないらしい。先日観月を誘ってカフェ・オーガストに行った時も、相当機嫌が悪かった。もっとも、それについては真っ当な反応だ。
あの時、観月の体で観月の目を通して、小夜は一部始終を目にした。俺が目的のために手段を選ばない人間だと分かったろう。
「きみは、ただの幽体だってこと忘れてないか」
「ソウさんが?」
「……きみが、だ」
知ってか知らずか、小夜は時々気持ちを見透かすような直球を投げてくる。
「幽体でも、心は別々だよ」
テーブルに頬杖をついて、どこか寂しそうな笑顔を見せる小夜。まっすぐな眼差しを受け止めきれず、俺は目を逸らす。
本体と幽体で異なる経験をしていれば、異なる感情を持つのは必然。だとしても本体に引き継がれるのは能力のみで、幽体側の記憶や感情は後に残らない。やがて消える実体のないおぼろに意味を持たせるのは滑稽すぎる。
言葉に込められた含みに気付かないふりをし、俺は黙々とトーストを口に運ぶ。
すっかり冷めたコーヒーが、舌にひどく苦く感じられた。
俗に言う超能力、『PSI』を引き出すには、TFCのノルウェー本部での訓練が一番望ましい。しかし本部で訓練を受けられない場合、導師の裁量で個人的に指導する特例も認められている。
半世紀程前、政府はPSIの素質を持つ人間を集め、邪神に対抗する組織としてTFCを秘密裏に結成した。ただしPSIと破魔の力は根本的に違う。通常のPSIで、従者はともかく、邪神と渡り合えるかどうか疑わしい。
当然その辺りの事情はお偉方も分かっているものの、手の打ちようがない。そんな中、観月が巫女セレナの転生で、破魔の力を秘めている事実がTFCの知るところとなったら。司門たち同様政府の監視対象になるか、組織のモルモットになるか。どちらにしろ、もう普通の生活を送れなくなる。
観月をTFCでトレーニングするにあたり、俺は彼女の力をPSIと偽って上層部へ報告した。できるだけTFCと関わらせたくないと思っているのは、何も司門たちだけではない。
手続きは書面での申請のみ。もともと『自分の仕事のみに専念する』がTFCの信条だ。無暗に詮索する者はいなかった。一人の例外を除いて。
「午後から、観月に訓練に来てもらいます。入館証はできてますか」
「無論だよ」
俺が尋ねると、加我はもったいぶった様子で入館用のセキュリティカードを取り出した。外部の人間をTFCへ連れて来るには、責任者、すなわち加我主任の許可を取らねばならない。
潜在能力者をTFCで訓練すること自体は慣例化している。エイもシンも、最初は日本での訓練から入った。入館証の用意は通常業務の一環のはず。なのに受け取ろうと伸ばした俺の手を無視し、入館証は再び主任の内ポケットへ仕舞われた。
にやにやと薄笑いを浮かべる上司に、一瞬眉を顰めてしまう。
「私が直接手渡そうと思ってね」
「主任の手を煩わせる必要はありません。俺が渡します」
「きみが入れ込む程の女性なら、会ってみたいじゃないか」
観月のことを勘繰っているのだろう。何をどう疑っているかは知らないが。
「入れ込んではいません。PSIとしては凡庸でしょう」
「そうかね」
加我は隠し事を見破るのが実に上手い。こちらの反応から探りを入れているに違いなく、下手な言い訳では思う壺にはまる。
「彼女は司門の事務所の社員です。事務所との連携を強化するために最適だと判断しました。それだけです」
「はは、珍しく饒舌だね」
食えない上司は、そう言って声を上げて笑う。
「会いたいのでしたら、どうぞご自由に」
加我の気紛れに、あえて反論はしなかった。ここは長引かせず、さっさと会話を切り上げた方がいい。破魔の力に関しては、観月に口止めすれば済む。小夜が姿を見せない限り、幽体分離の件まで見抜かれる心配はあるまい。
「もっと私を信頼してくれてもいいと思うんだが」
「信頼してますよ、もちろん」
わざとらしく溜息を吐かれ、俺は内心苛立ちながらも、愛想よい笑顔で嘯いた。
前回不正アクセスの件を伏せてくれたのは、決して部下を庇ってのことじゃない。たまたま自身の目的に合致したゆえに見逃しただけ。到底味方にはなり得ない。
加我はTFC上層部の人間であり、俺たちの監視者なのだから。
「……迎えに行くって、なんで」
「途中で迷子になられたら困る」
トレーニングの初日、朝食を用意しながら告げた俺に、小夜は不満を漏らした。
この頃は、夜の鍛錬が終わった後、朝になっても彼女がいて驚くことが度々ある。幽体は呼び出した術者に従うのが、本能のようなもの。最初こそ叱っていたが、肉体のない女と夜を過ごしたところで問題になるはずもなく、仕方ないのでそのまま放置していた。
「わざわざ事務所まで迎えに行かなくても、電車で来れるのに。過保護すぎ」
「事務所の連中と一緒にしないで欲しいな」
呆れ交じりに呟いて、コーヒーを啜る。電車よりバイクを飛ばした方が早い。無駄な移動時間を省くという合理的な選択で、決して過保護のつもりはない。
どうも小夜は、俺に観月本体を構って欲しくないらしい。先日観月を誘ってカフェ・オーガストに行った時も、相当機嫌が悪かった。もっとも、それについては真っ当な反応だ。
あの時、観月の体で観月の目を通して、小夜は一部始終を目にした。俺が目的のために手段を選ばない人間だと分かったろう。
「きみは、ただの幽体だってこと忘れてないか」
「ソウさんが?」
「……きみが、だ」
知ってか知らずか、小夜は時々気持ちを見透かすような直球を投げてくる。
「幽体でも、心は別々だよ」
テーブルに頬杖をついて、どこか寂しそうな笑顔を見せる小夜。まっすぐな眼差しを受け止めきれず、俺は目を逸らす。
本体と幽体で異なる経験をしていれば、異なる感情を持つのは必然。だとしても本体に引き継がれるのは能力のみで、幽体側の記憶や感情は後に残らない。やがて消える実体のないおぼろに意味を持たせるのは滑稽すぎる。
言葉に込められた含みに気付かないふりをし、俺は黙々とトーストを口に運ぶ。
すっかり冷めたコーヒーが、舌にひどく苦く感じられた。
俗に言う超能力、『PSI』を引き出すには、TFCのノルウェー本部での訓練が一番望ましい。しかし本部で訓練を受けられない場合、導師の裁量で個人的に指導する特例も認められている。
半世紀程前、政府はPSIの素質を持つ人間を集め、邪神に対抗する組織としてTFCを秘密裏に結成した。ただしPSIと破魔の力は根本的に違う。通常のPSIで、従者はともかく、邪神と渡り合えるかどうか疑わしい。
当然その辺りの事情はお偉方も分かっているものの、手の打ちようがない。そんな中、観月が巫女セレナの転生で、破魔の力を秘めている事実がTFCの知るところとなったら。司門たち同様政府の監視対象になるか、組織のモルモットになるか。どちらにしろ、もう普通の生活を送れなくなる。
観月をTFCでトレーニングするにあたり、俺は彼女の力をPSIと偽って上層部へ報告した。できるだけTFCと関わらせたくないと思っているのは、何も司門たちだけではない。
手続きは書面での申請のみ。もともと『自分の仕事のみに専念する』がTFCの信条だ。無暗に詮索する者はいなかった。一人の例外を除いて。
「午後から、観月に訓練に来てもらいます。入館証はできてますか」
「無論だよ」
俺が尋ねると、加我はもったいぶった様子で入館用のセキュリティカードを取り出した。外部の人間をTFCへ連れて来るには、責任者、すなわち加我主任の許可を取らねばならない。
潜在能力者をTFCで訓練すること自体は慣例化している。エイもシンも、最初は日本での訓練から入った。入館証の用意は通常業務の一環のはず。なのに受け取ろうと伸ばした俺の手を無視し、入館証は再び主任の内ポケットへ仕舞われた。
にやにやと薄笑いを浮かべる上司に、一瞬眉を顰めてしまう。
「私が直接手渡そうと思ってね」
「主任の手を煩わせる必要はありません。俺が渡します」
「きみが入れ込む程の女性なら、会ってみたいじゃないか」
観月のことを勘繰っているのだろう。何をどう疑っているかは知らないが。
「入れ込んではいません。PSIとしては凡庸でしょう」
「そうかね」
加我は隠し事を見破るのが実に上手い。こちらの反応から探りを入れているに違いなく、下手な言い訳では思う壺にはまる。
「彼女は司門の事務所の社員です。事務所との連携を強化するために最適だと判断しました。それだけです」
「はは、珍しく饒舌だね」
食えない上司は、そう言って声を上げて笑う。
「会いたいのでしたら、どうぞご自由に」
加我の気紛れに、あえて反論はしなかった。ここは長引かせず、さっさと会話を切り上げた方がいい。破魔の力に関しては、観月に口止めすれば済む。小夜が姿を見せない限り、幽体分離の件まで見抜かれる心配はあるまい。
「もっと私を信頼してくれてもいいと思うんだが」
「信頼してますよ、もちろん」
わざとらしく溜息を吐かれ、俺は内心苛立ちながらも、愛想よい笑顔で嘯いた。
前回不正アクセスの件を伏せてくれたのは、決して部下を庇ってのことじゃない。たまたま自身の目的に合致したゆえに見逃しただけ。到底味方にはなり得ない。
加我はTFC上層部の人間であり、俺たちの監視者なのだから。
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