逃げる以外に道はない

イングリッシュパーラー

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致死的幻想【水編/side ソウ】

2.-11 従者の動向及び今後の予測

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 破魔の力のトレーニングは、観月本体と並行して幽体の小夜に対しても継続的に行っている。
 小夜は夜になって観月から離れ、TFCではなく俺のマンションへやって来る。夕食後、日付が変わるまでの数時間の瞑想。これは意識の深奥ヘアクセスする訓練であり、気を集中させなければ意味がない。

「……今夜は終わり。もう帰れ」

 いつもと違い、心ここにあらずという小夜を見て俺は溜息を吐いた。

「観月が落ち込んでるの。視矢くんと連絡取れないって」
「ああ、成程」

 まるで仲の良い友人を心配するように、小夜は顔を曇らせる。心は完全に観月と分離しているらしい。

 毎日高神は漆戸良公園に駆り出され、事務所に戻るのは夜が更けてから。夜間はTFCが従者を食い止める。しかし所詮その場しのぎ。湧き出す瘴気を食い止めることはできず、鬼門はじき開き切る。
 鬼門を閉ざせる可能性があるのは破魔の力のみだが、観月はまだ力を使いこなせない。このまま鍛錬を続けても、鬼門の臨界には到底間に合わないだろう。

 小夜の体は本体の影響か、形を作るアストラル・ライトが希薄になっている。姿が朧気に揺らぐ度、思わず手を伸ばしそうになり、己の馬鹿さ加減を自嘲した。もともと、時間が経てば消滅する存在だ。
 デッドラインはおそらく来週。小夜が消えるのも同じ頃。あとしばらくで、すべての決着がつく。





 火曜と木曜はTFCで内勤に就くことになっているため、それに合わせて観月のトレーニング日程を決めた。事務所まで迎えに行ったのは初日だけ。もう迎えはいらないと言う彼女に、こちらも無理強いはしない。

 内勤の日は資料室に籠って、ノルウェーからメールで送られてきた報告をチェックし仕分ける作業をする。地味に手間が掛かり、他のスタッフには敬遠される仕事ではあるものの、俺としては都合が良かった。
 誰よりも先に現地の情報を入手できるのは願ったりだ。

(やはり、ノルウェーにいるのか)

 断片的な報告をもとに、仮定と推測を組み立てる。TFCに何を流し、何を握り潰すかの取捨選択。不正な情報操作と言えなくもないわけで、上層部に知れたら、さすがにまずい事になる。
 地下にある資料室に滅多に人は来ないので、油断していたのかもしれない。思いがけずシンが室内へ入って来たものだから、俺は内心の焦りを悟られないよう、極力自然にパソコンの電源を落とした。

「シン、外回りじゃなかったのか」
「高神に仕事を頼まれたんです。ノルウェーで何か起こってないか、調べて欲しいって」

 シンは缶コーヒーをタンブラーに移して脇に置くと、別のデスクトップを立ち上げた。
 今日は漆戸良公園の瘴気は比較的落ち着いていると言う。先程までこちらが見ていたものと同じデータにシンがアクセスするのに気付き、資料を片付ける素振りを装って画面を目で追った。

 ノルウェーにおいて、信者らが復活の儀式を始めたと続々報告が上がっている。
 本来のシンの受け持ちは風の邪神ハスターの監視。だが現在は外回りで、クレドにある通りTFCでは己の任務にのみ注力するよう求められ、他人の仕事に首を突っ込むのはご法度だ。管轄外に手を出せば越権行為とみなされる。

「そういった調べ物は、他人がいない時がいい」
「ソウさん以外の他人だったら、やりませんよ」

 忠告にさらりと返事をし、シンはマウスを動かす手を止めない。随分信用されたものだと俺は胸中で苦笑いした。

「そいつは大したネタじゃないな。攪乱させるため、信者が騒いでる可能性もある」
「でも、もしかしたら本当かもしれないじゃないですか」

 なかなか鋭い後輩は、真剣な眼差しでディスプレイを見つめている。
 先日ノルウェー本部から幹部が訪れ、幕僚と密談があった。周知された情報からは真実に辿り着けない。秘密主義のTFCのやり方に、シンも薄々疑問を持ったのか。

「何にしろ、高神に教えてやる必要はないだろ」

 シンの独断で社訓を違える行為に走るとは思い難く、『高神に頼まれた』と言う以上、この生真面目な男をそそのかしたのは高神、そして高神に指示したのは大方司門だろう。
 
「サシの勝負に負けました……」

 そう言って眉を下げるシンに、俺は冗談のつもりで聞く。

「ポーカー?」
「ババ抜きです」
「……まあ、勝負は勝負だな」

 戦闘訓練の手合わせならシンに軍配が上がるので、ババ抜きを提案したのは高神と思われる。
 前に高神が『シンに頼まれた』と言って、漆戸良公園へ俺の助っ人に来たことがあった。あの時は、高神の方が勝負に負けたわけだ。

「今日は観月さんのトレーニングの日ですよね。彼女、もう来てますよ」

 シンは先程観月と休憩室で会ったと教えてくれた。しかもその場に高神も一緒にいたというおまけ付き。

「実はその、高神に俺のバイクを貸しちゃって……」
「お前も人がいいな」

 事情を察し、俺は自分のオートバイのキーを取り出しシンに渡した。観月を送るためと言われれば、たとえババ抜き勝負の件がなかったとしても、シンは迷わずバイクを貸す。

(俺に直接頼めばいいものを)

 足が要る時は言えと高神に伝えてあるのに、余程俺に借りを作りたくないと見える。結果的に仲介役をさせられるシンは、いい迷惑だ。
 すみません、と謝る後輩の肩を軽く叩いて、俺は資料室を後にした。

 腕時計を見て、無意識に口から溜息が漏れる。高神が迎えに来るとなると、今日のトレーニングはあまり期待できまい。

 鍛錬の基本は瞑想と体術。観月には、小夜にできない実技を組み入れた。
 警備会社に勤務している限り護身術はマストであり、観月はマーシャルアーツの有段者。従者はともかく、普通の人間の男が襲ってきてもまず心配ないと、訓練初日に感じた。

 しかし案の定、手合わせの時、観月の動きにいつものキレがなかった。心なしか、どころでなく、明らかに訓練に身が入っていない。

「重症だな」
「……ごめんなさい」

 この間の小夜と同じく、観月は瞑想に集中できないでいる。といっても今回は心が沈んでいるのではなく、浮かれすぎているため。
 頑張って気を高めようと努力しているのは分かる。それでも意思で感情を制御するのは難しい。

 唇を噛んで俯く観月に、トレーニング終了の合図代わりにタオルを放ってやった。
 彼女を責めるつもりはない。俺もまた観月の分身である小夜の鍛錬に主観的な感情が入ってしまい、導師としては失格だから。

(どうかしてる)

 表に現れないだけで、今この瞬間も小夜は観月の中にいる。こんな俺を小夜はどんな思いで眺めているのやら。
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