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僕の記憶
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冬休みが近づいてきた。
あんなに暑かった夏が嘘のように、空気には冷涼さが漂っている。
木枯らしがナイフのように肌に触れていく。耳の先が痛くなるような感覚。
もう、受験まで殆ど時間が無い。
ここが踏ん張りどころ。
明日には、先日行った模試の結果が発表される予定だった。
一体どうなるだろう。ここで駄目でも絶対に本番で点を取れないことが確定する訳では無いが、この時期なら第一志望はA判定は取りたいところだ。
受験の出願はもう済ませている。第一志望しか、僕は出願していない。
正直、リスクのある選択だとは思っている。進路相談の先生にも、そのことは言われた。本当に大丈夫なのか、もう一度考えておいたほうがいいと。
でも、そこ以外考えられない。
自分のやりたいことにも合致している大学だとは思うが、一番の理由は、瑠璃葉さんがそこにいるからということだ。
仮に滑り止めでも何でも他の大学を受験して、そこにだけ合格したとしても、たぶん僕は蹴ると思う。
なら、初めから受けないほうがいい。受験費の無駄だ。
望ましい選択ではないのは分かっている。
一年を棒に振る……とまでは言わないが、浪人するということはかなりのハンデを背負うことにはなる。
だけど。だけど、彼女のいる場所でなくては意味が無いと思うから。
他の大学まで受験したら、心に安心感が生まれ、隙ができる気がしたから。
瑠璃葉さんも、第一志望以外は受験しなかったと言っていた。
僕も、それに倣おう。
彼女の元に、辿り着くために。
終業式の四日前だった。
クリスマスイブまで後三日という時期。僕は自室で受験直前の合同合宿の要綱を見ていた。
主に受験生を対象とした、受験前に行われる合宿。二泊三日で郊外のホテルに缶詰にされ、知識をみっちりと頭に叩き込まれることになる。
「主に」だから、一年生や二年生も参加は問題ないらしいが、やはり三年生が一番参加者は多いらしい。
瑠璃葉さんも、去年同じようなものに参加したと聞く。それなりに偏差値の高い高校なら、案外皆やるものなのかな。
キャリーバッグに着替えやら医薬品を詰め込む。
出発は冬休みが終わってすぐだ。時間はまだあるのだが、後でやらなくてはと心に焦りを感じるよりも、さっさと終わらせて勉強に集中したほうがいい。
何か忘れたものは無いかなと思いつつ、机の引き出しやら本棚を漁る。
引き出しの奥底に、何か埋もれているものがあった。
引っ張りだして、よく確認する。
「これは……懐かしいな。瑠璃葉さんと初めて出会った時のプールの利用証だ」
掌に乗る程度の大きさの、小さな紙切れ。彼女と知り合った日の日付が、イモリの腹のような色のスタンプでしっかりと押されている。
一年以上経つのに、そのインクの色は鮮やかだった。
この日プールに行ったから、彼女と出会うことができたんだよな。
記録的な猛暑でなければ、僕はプールに行こうとは思わなかったかもしれない。
そうしたら瑠璃葉さんと知り合うことも無く、『杜國院大学』を受験しようとも思わなかっただろう。
たぶん、もう少しレベルの低い場所を志望していた。
「彼女には感謝だな……」
それを再び引き出しの底に戻す。懐かしさを覚えつつ、また引き出しの中を漁る。
続いて出てきたのは、市立図書館の利用者カードだった。
僕のIDと名前が、そのプラスチックの板に印字されている。
「……彼女とも、図書館で勉強したっけ。これはその後、個人的に作っておいたカードだ……」
瑠璃葉さんの頭のよさを身に染みて理解したのは、初めて彼女と一緒に勉強したあの時だ。
夏休みの課題が終わっていなかった僕を誘い、市立図書館に二人で行って、何時間も勉強した。
彼女の博雅さに惚れたのも、この時だ。
瑠璃葉さんに対しての憧れの切っ掛けとなる出来事だった。
二度目の性行為も彼女とした。
愛撫の途中に結構積極的な行為……彼女の性器を舐めるなどということをしたのも、あの時だった。
今にして思えばかなり大胆だった気がするが、彼女は引いたりしなかった。
カードは作ったが、結局その後本を借りたりなどはしていない。
この町を去ることにはなるかもしれないが、最後に時間を見つけて図書館を利用してみようかな。
僕は自分の財布にそのカードを入れる。
財布を開けると、お札を入れる部分に何か薄い物が入っているのが見える。
銀色の四角い包み。「0.01mm Condom」と、黒い文字が印字されていた。
避妊具だ。
「……もう彼女はこの町にいないのに、なんか癖で入れちゃってるんだよな……」
もしも偶然、彼女とばったり逢ったら。そんな一抹の思いのせいだろうか。
そういえば、彼女の家に誘われた時、使用したコンドームが一つ無くなっている気がした経験がある。
やっぱり気のせいだったのだろうか。彼女は知らないと言っているし、その後特に変化が起きた様子も無い。
仮の話だが、瑠璃葉さんがもしもそれを隠したとして……そんな想定をしてみる。
「……僕の精液で自慰……は流石に考えすぎか」
誰もいないのに僕はかぶりを振る。
もしも破れたら大変なことになるじゃないか。彼女は性的好奇心が強いとはいえ、幾ら何でもそれは無い。
仮にやったとして、それで妊娠したらちょっと間抜けだな。いや、あんまり笑えないけど。
そんなことを考えつつ、僕はゴムを財布の中に戻した。
他にも何か見つかるかな。そんな期待で、机の引き出しの二段目を開けてみる。
合宿の準備という目的は、完全に頭から抜けていた。
「おっ……これは……」
しばらく漁っていると、出てきたのは、二枚のレシートだった。
一つは、『藤坂院☆ニャンニャン』と、厚紙に手書きで書かれている。その名前には見覚えがある。瑠璃葉さんの高校で行われた文化祭の、メイド喫茶の領収書だ。
彼女のメイド姿を思い出す。
もちろん可愛いのだが、運動部の放つ「格好良さ」の面も併せ持ってた瑠璃葉さんの、可憐なふりふりの衣装。
僕らは彼女の母校でメイドとご主人様を演じたセックスを行った。
今にしてみれば、いや、当時からしてもかなりリスクのある性体験だったと思う。部外者が出現し、もうすぐで僕らの不純は一目に晒されるところだった。
もしばれていたら、今の自分は無かったかもしれないわけで、ぞっとする。
でも、今にして思えば、背徳感があってある意味いい思い出だとも思える。何事も、終わった後なら肯定的な目線を与えることも可能なのだ。
もう一つのレシートは、とあるラブホテルの名前が記載されていた。
今から一年前。イブの出来事だ。彼女に初めて、生で交尾して、中出しをした日。
高校生の、その日の健全だったデートの締めに、途方も無い冒険に出てしまった。
一歩間違えれば破滅だった。僕は高校生にして父親になり、重い重い責任に苦しむこととなっただろう。
「もう、あんなことはしない」
責任が取れるようになるまでは。彼女を養育できるようになるまでは、生でセックスはしない。
それが、瑠璃葉さんとの不文律だった。
二枚のレシートを引き出しの中に仕舞う。もう少し、何か見つかるかな。
二段目の引き出しをがさごそと漁ってはみるが、特に面白いものは見つからない。
乾電池とか、接着剤といったものが雑多に仕舞われているだけだ。
三段目。ここには大した物は入れておかなかった気がする。
学校で貰った資料を挟んだファイルとか、中間や期末テストの用紙を入れるスペース。
特に面白いものは無いだろうなと思いつつ、がさがさとピンク色のファイルを手に取り、ぱらぱらと捲ってみる。
とあるページを開いたとき、何かが床に落ちた。落ち葉を手から離したような挙動で、ひらひらと重力にしたがって落下する。
なんだ、これ。
僕の視線はその落下物に釘付けになった。紙……のようだ。
床に落着したそれをしゃがんで拾ってみる。
「レシート……だよな」
何でこんなところに?
印字されている文字を見る。
洒落た文体で、『ビショップ』と書かれている。彼女に教えてもらった喫茶店だ。
日付を見ると、去年の十二月十三日となっている。
彼女がノーパンで来店し、その後青姦をした日のことではない。
「……ああ、そういえば、あの後も一度彼女と喫茶店に行ったことがあったな……」
もうすぐクリスマス。もうすぐ彼女の受験が始まるという時期。まだ、彼女がこの町にいた時期。
まだ恋人という関係ではなかったし、下の名で呼び合ってもいなかった。そんな時期。
確か、あんなことがあったっけ。
懐かしさを覚えつつ、僕は過去の追憶を始めた。
***
十二月十三日。
どんよりと鉛色の天蓋に空が曇った、ある昼間のことだった。
土曜日で、学校は休み。
彼女と会える時間も、もうあまり残されていない。クリスマスが近いので、僕は彼女をデートに誘う約束を取り付けようとしていた。
牧本さんはクリスマスの頃には長野へと受験直前の合宿に出発すると聞いていた。
なら、その前に青春らしいことをしておきたい。
まだ、恋人という関係ではないけれど。告白する勇気もまだ湧いてこないけど、少しでも彼女と僕の間に想い出を刻んでおきたい。そう願ってのことだった。
ラインで初デートの約束をする……というのはどうなのかなと思い、とりあえず例の喫茶店に彼女を呼び出す。
お茶をしながら直接デートの内容を決めたほうが、円滑だろうし盛り上がるかなと思ってのことだ。
忙しいかなとは思ったが、彼女は快く許諾してくれた。
そういう訳で、僕は今『ビショップ』にいる。
運ばれてきたコーヒーに口を付けながら、スマホの時計を確認している。
午後二時五十四分。約束の時間は午後三時だから、そろそろ彼女が現れる時間だ。
前回僕は少々遅刻気味だったので、今回は早めに来た。
と、出入り口のドアが開く。取り付けてある小さな鈴の音が鳴り響き、来店者を知らせてくれる。
コートに身を包んだ、輪郭の柔らかな顔の持ち主。牧本さんだ。
彼女は近づいてきた店主に軽く挨拶をすると、店内をキョロキョロと見回して僕の姿を探す。
僕は軽く右手を上げて、自分の存在をアピールする。
気がついてくれたようで、牧本さんは僕の方へと近づいてきた。
二人掛けの席の、僕の正面に座る。
「こんにちは。牧本さん」
「ええ。荻野さん。お久しぶりです。文化祭以来……でしたっけ」
「そうですね。結構時間経っちゃいました」
僕らはチーズケーキを注文する。牧本さんは、カプチーノも一緒に頼んだ。
待っている間に、僕は用件を伝えることにする。
「荻野さん。今日はどうしたんです? このお店に荻野さんから誘ってくれるなんて、結構珍しいですね」
「あの……もし忙しくないのであれば、その、クリスマスイブにでもデートに行きませんか?」
駄目かな。と思ったが、牧本さんの反応は明るかった。
「いいですねっ。イブにデートかぁ。ベタだけど、ロマンあります」
「OKですか?」
「もちろん! 荻野さんと一緒に、お出かけしたいです。合宿前だけど、その日は空いてるんで」
よかった。素直に僕は喜ぶ。
お互い高校生という状況で二人で遊べる、最後の機会になるかもしれない。羽目を外すつもりは無いが、存分に楽しもう。
「それで、その日は何しますか? 当日はアドリブである程度は自由にするつもりですけど、事前に大まかな流れを決めておきましょう」
「そうですね……私は映画、観に行きたいな。丁度気になってるものがあるんです」
「映画ですか。いいですね。そこに寄りましょう。カラオケとか、行きません?」
「あんまり曲、知らないんですよね。でも、荻野さんの歌、聞いてみたいな」
僕らはそんなことを話す。
その内に、注文していたものが運ばれてきた。
一時会話を中断して、二人でケーキを食べる。しっとりとして滑らかなチーズクリームの部分と、サクサクとした生地が絶妙に調和して、口の中が軽く痺れる。
口に含んで齧るたび、幸せをかみ締めるような感覚に包まれる。甘さの中に少々の酸味が効いていて、口で転がすたびに涎が分泌される。
本当に絶品だ。舌鼓を打つ僕に、彼女は微笑みながら話しかけてくる。
「おいしいですよね。ここのチーズケーキ。私、毎回注文しちゃうんです」
「納得ですね。幾ら食べても飽きがこなさそうだ」
「ケーキと言えば、もうクリスマスケーキの時期なんですね。サンタさん、私にはもう来ないですけど」
サンタという単語を聞いて、はっと僕は思い出した。プレゼントを彼女に渡してもいいのではないか。
デートの時までに用意して、彼女に渡す。それがいい。
今何が欲しいか訊いてみようかなと思ったが、止めておいた。サプライズにしてみたい。
何がいいだろう。万年筆? 通勤手帳?
渋いものばかり頭に浮かぶ。女の子は、何を喜ぶんだろう。
ケーキを半分程度食べたところで、僕はそろそろ話を戻そうかなと思って口を開いた。
「デートの予定、決めましょうか。牧本さんは、何か他にありますか?」
「そうですね……私は……」
会話は弾む。
暖かい喫茶店の中で、僕らは憩いの時を過ごす。
きっと、楽しいデートになるだろう。そんな予定が、僕らの中で膨らんでいった。
***
「そろそろ帰りましょうか。空、ちょっと降り出しそうですし」
「……そうですね。牧本さん、傘持ってきてます?」
「私は小さいですけど、折り畳みのを持ってます……荻野さん、持ってなさそうですね」
家を出る時は、結構晴れていたんだけどな。
天気の様子を見る前に外出してしまったので、傘は持っていなかった。
「まあ、急いで帰れば大丈夫かなと思います。店を出ましょう」
僕らはレジに向かう。彼女が料金を支払おうと財布を取り出したが、僕は丁寧に断った。
「以前おごって貰ったのは僕ですから、今度はこちらの番です。それに、誘ったのは僕のほうですから」
「そうですか? 私、お金持ってますよ? 自分の分くらいは支払えるし……」
「いや、それは悪いです。忙しい中来て貰ったのに」
彼女は少し悩んでいた様子だったが、僕の好意を受け取ることに決めたらしい。
支払いを済ませ、僕らは店を出る。
「降りそうですね……荻野さん、私、濡れても大丈夫なんで、傘貸しますよ?」
「いやいや! 牧本さん、受験控えてるじゃないですか。冬の雨に降られて風邪引いたら大変なことになりますから」
「ですよね……」
僕らは走り出す。途中までは、同じ道を通る。
ここからなら、僕の家の方が近い。たぶん、すぐに着くだろう。牧本さんは少し遠いが、傘を持っている彼女ならたぶん平気だ。
今日は自転車には乗ってこなかった。なぜ徒歩で来たのかというと、冬で自転車に乗り外出すると、冷たい空気をもろに浴びて寒いからだ。
すぐに到着するはずだ。そう思ってはいたが、甘かった。
僕らの邪魔をするかのように、赤信号や踏み切りが丁度いいタイミングで止めて来る。
そうこうしている内に、肌に冷たい感触を覚える。降り出してきてしまった。
僕は傘を持ってきていない。牧本さんは持っているが、結構小さい傘だった。
相傘をするには心もとない。
「荻野さん、一緒に傘に入りましょうよ」
彼女は傘を差しながら誘ってくれる。
水色の傘が、薄暗い灰色の空気の中に映えている。
「でも、小さくないです? 全力で走れば僕、家に辿り着けますから……」
「私も濡れたら困るけど、荻野さんが濡れるのも嫌です。なら、半分こしましょう」
傘を左手に持ったまま、彼女は右の手を僕に差し出す。
断るか、提案に乗るか、すぐに決めなくてはいけない。
……結局彼女の誘いを無下にはできず、僕は相合傘をすることにした。
「じゃあ、お邪魔します……」
入ってみると、案の定小さい。はみでた肩が濡れる。
横を見ると、牧本さんも肩を濡らしているようだった。
「なんか、青春って感じがしますね……そう思いません? 荻野さん」
「確かに。相合傘、僕は初めてなんですよね」
「私は男の子とするのはこれが初です。小学生の頃は、友達に入れてもらったりしてました」
雨は次第に強くなる。段々横殴りになってきて、傘が意味を成さなくなっていく気がする。
その内、僕らは荻野家の前にまで来た。
「ここが僕の家です」
「うわぁ~。ここが荻野さんのお家かぁ。入ってみたいなぁ」
実は、入れても構わなかった。
もしかして、雨はいい口実になるんじゃないのか? 勇気を出して、口に出してみる。
「……入ってみませんか? 親、今いないですし」
「えっ。本当です?」
「ええ。本当です。僕一人だけなんです」
事実だ。父親は今年最後の大仕事ということで仙台に出張中。母親は姉が倒れたということで、少なくとも夜遅くまでは帰ってこない。もしかしたら、病院に泊まることになるかも。
「牧本さん、雨で濡れちゃってますし、乾かしていきませんか? 牧本さんさえよければ、ですけど」
「ふふふっ。もちろん、大丈夫に決まってるじゃないですか。上がらせてください」
よしっ。と僕は心の中でガッツポーズをする。
そういう訳で、僕ら二人は家の中に入る。
「お邪魔しま~す。ここが荻野さんのお家かぁ。なんかいい匂いがする」
「そうですか? 自分じゃ分からないけどな」
「なんか、男の人のお家って不思議な匂いですね」
「母親も住んでますけどね」
僕は脱衣所の洗面台に案内し、ドライヤーを貸す。
彼女はコートを脱いだ。
「……」
僕は息を飲む。彼女がコートの下に着ていたワイシャツ。それが濡れて、下着がくっきり浮き出ている。
水色だ。
「うわぁ。やっぱり中まで濡れてる……ちゃんと乾かさないと……透けてますね」
やっぱり、見えちゃってますか? と牧本さんは訊いて来る。
ばっちり見えていますと、僕は正直に答えた。
裸体なんかより、よほどセクシーに見える。
少々変な空気になりつつも、牧本さんは服を乾かした。
納得のいくまで乾燥したらしく、今度は僕にドライヤーを渡してくる。
「荻野さんも、かなり濡れてますから乾かしてください」
「ええ。そうさせてもらいます」
自分の家なのだから、持っている新しい服に着替えてもいいのだが、何となく断れなくてそれを受け取る。
温風を服に当てる。冷えた身体に心地良い空気が絡みつき、何とも気持ちいい。
牧本さんは、そんな僕の様子をじっと見つめていた。
乾かし終わると、流れで僕の部屋を案内することになった。
二階に上がり、自室の扉を開く。電気を点けて、薄暗い部屋を明るくする。
彼女を誘うのは予定には入っていなかったので、あまり綺麗にしてあるとは言えない状態だった。
「ここが荻野さんのお部屋なんですね。男の子の私室って、初めて入りました」
「あんまりいい部屋じゃないですけどね。幻滅されるかも」
「そんなことないですよっ。私、この場所に入れてもらえて嬉しいです」
彼女は興味深そうに、僕の部屋を観察している。
棚に飾ってあるプラモデルやら、漫画本の表紙を見つめていた。
僕がどんな生活をしているのか、そこから読み解こうとするかのように。
「……ねえ。やってみます?」
「何を?」
「セックス、です」
「まあ、いいですよ。ゴム、ありますし」
「提案があるんですけど、いいですか?」
何だろう。少し彼女は恥ずかしそうにしていた。
言っても大丈夫なのか、逡巡らしい反応を見せている。
やがて決心がついたのか、彼女は口を開いた。
「ハメ撮り……ってのやってみません?」
「ハメ撮りですか……」
まさかそんな言葉が飛び出すとは思わなかった。
でも、若干露出癖のある彼女なら、そう提案してきても不思議ではないのかもしれない。
「シチュエーションはこうです。男子の同級生の家に連れこまれた女子高生が、握られた弱みをちらつかされてハメ撮りセックスさせられるってのはどうです?」
「……今考えたんです?」
「はいっ! やりませんか?」
「まあ、いいですよ。興奮はしそうですし」
「やった」と彼女は少し喜んでみせる。
寒いので服はあまり脱がないでやろうとお互いに決めた後、行為を開始することにした。
ベッドに二人で乗り、少し離れた僕はスマホのカメラを起動する。
長方形の端末の画面の中で牧本さんは仰向けになって、だらんと手足を伸ばして僕を待っている。
「もう撮れてます?」
「ええ。撮ってますよ」
僕は立て膝で彼女に近づき、穿いているスカートを捲くる。
白い生地に、レースの装飾が縫い込まれた色っぽいパンツ。一見すると高校生にしては少し背伸びをしているが、パンツ上部に付いた黒いリボンが、どこか子供っぽさも感じられる雰囲気も醸し出している。
はぁっと冷たい手に息を吐きかけると、スマホを右手に持ちながら、彼女の白い太股を摩ってみる。冬で乾燥している季節だというのに、瑞々しくてすべすべしている。
柔らかい。少し力を入れると、指がその肉の中に沈む。
その指を上へ上へ、股の部分にまで滑らせる。
「や、止めてください……お願いっ」
あれ、これはNGだったのかなと思ったが、さっき言われたシチュエーションを思い出す。
彼女の目を観察すると、どこか期待しているような色が浮かんでいた。なら、続けても大丈夫か。
パンツの中に指を這わせる。
腿の付け根、細かに生えた陰毛。そして。
「あそこ、湿ってるよ」
「ん、んんん……」
恥ずかしそうな反応。シチュエーションによるものなのか、映像として記録されているからなのかは分からないが、彼女は顔を手で隠してしまう。
顔と下半身、どちらを撮影すればいいのかなと思ったが、下半身にした。
陰部の周囲を指でなぞりつつ、時々クリトリスを指の腹で撫でる。
段々蜜の量が増えていく。パンツに恥ずかしい染みが広がっていく。
「嫌がっていても、身体は正直みたいだよ」
「そ、そんなことっ……」
親指と人差し指で、ぱっくりと膣口を開いてみる。下着に隠れてカメラには写らないが、少し攻めた行動に、牧本さんは小さく声を出した。
「いや……」
「可愛い形のおまんこしているね」
カメラで撮影しつつ性行為をするというのは、結構難しい。うっかりすると、まるで無関係な方向を映してしまうそうだ。
しっとりとよく濡れたことを確認すると、僕は手を下着から抜く。
「ほら、牧本さんが僕を気持ちよくする番だよ」
「私が……ですか……?」
「ほら、口で咥えて」
僕はズボンのジッパーを開けると、中から自分の肉棒を取り出し、しっかりと皮を剥く。
カメラのレンズをその赤黒いものと、牧本さんの両方を捉えさせるようにして映す。
牧本さんは恐る恐る顔を近づける。細い指が、僕の先端に触れる。彼女の手は冷えていた。
怖がっているが、興味深そうな表情。何度も僕の性器は見ているのだが、演技が上手いなと思った。
牧本さんが僕の男根の、亀頭の部分を口に咥える。指は棒に軽く絡ませてきた。
牧本さんの手と口内が動く。
舌がチロチロと舐めまわし、指が性器の皮の表面を刺激する。
「歯で傷つけないように気をつけて……そう、上手いですよ」
「ん、んんんっ……」
フレームには、僕のペニスをしっかりとくわえ込む牧本さんの姿が一瞬たりとも逃さず映し出されている。
嫌々やっている、というシチュエーションのはずなのだが、彼女が奉仕しようと一生懸命な様子は隠しきれていなくて、そのことに僕は少し優越感のような、気持ちよくしてくれてありがとうという感謝の念のようなものが心に浮かぶ。
「んっ……」
くちゅくちゅと、いやらしい水音が僕の部屋に染み入る。
少し速度も上がったような気がする。快感が一層強まって、既に射精の欲求が頭をもたげてくる。
「くっ……きもち、いい……」
上目遣いで彼女は僕を見る。
何を思っているのか、その表情から読み取ることはできなかった。映像を後で見て確認してみるのもいいかもしれない。
こうしてフェラをしてもらうのも、初めて出会った時以来か。
あの時より少し上達している気がする。
「うっ……もう、で、出そう……」
牧本さんは、こくりと軽く頷く。
出していいという合図だ。
牧本さんが、僕の雁首を少しだけ力を入れて齧る。
その刺激を切っ掛けに、僕の子種が彼女の口の中に容赦なく放たれた。
「っ……くっ」
「ん、んんんっ……」
びくびくと震えながら精液が注がれる。牧本さんの口内を、欲望の塊が満たしていく。
遠慮などせず、本能の満足するままに射精する。
包み込まれる生温かい感触がたまらなく心地良くて、永遠にこうありたいとさえ願う。
ごくごくと、溢れそうになる精液を牧本さんは少しづつ飲み込む。本懐を遂げられなかった僕の子供たちが、彼女の体内へと消えていく。
射精が終わった。
牧本さんは咥え込んでいた性器を離し、口を開けて口内を見せてくる。
僕の白濁で、歯やら舌がべたついていた。
先ほどまでの水音は消え、二人の荒い呼吸が雨の降る音を背景に響く。
「上手い、ね……」
「……げほっ、んんっ」」
「綺麗にしてくれるかな……」
口の中の精液を飲み込んでから、僕の肉棒を咥える。
彼女のべたついた舌が、僕のデリケートな部分を這う。
尿道や雁首、亀頭の表面。余す事無く舐め取っていく。
そんな掃除の様子も、僕のスマホにしっかりと収められていた。
再び与えられた刺激によって、僕の肉棒は硬さを取り戻す。我ながら、元気なものだと思う。
「そろそろ本番、やりますか」
「……うん」
しおらしく、彼女は頷く。僕とカメラからは少し目線を逸らし、恥ずかしげな表情を晒していた。
「ゴム、付けるから」
「……うん」
撮影している僕に代わって、あらかじめベッドの上に用意してあったコンドームを彼女が手に取る。
包みを破き、中身を取り出す。
半透明の桃色のゴムが、彼女の小さな手の中にあった。しっかりとそれを、僕は撮影する。
「付けて」
「……分かりました」
薄い避妊具を、僕のペニスに装着していく。僕の物は完全にガチガチで、完全に臨戦状態だ。
「付き……ました」
「ありがとう。思いっきりやるよ。……そこに寝そべって」
言われたとおりにしてくれた。
不安げな表情を、僕に向けている。僕はそんな彼女のパンツを軽く下ろし、準備を整える。
「やさしく……してくださいね……」
何時もと違う反応。挿入して挿入してとねだる何時もの態度ではなく、初々しい生娘を演じる。
その普段の性行為とのギャップに興奮させられる。この子の普段見せない反応を、もっと引き出してみたくなる。
スマホを落とさないように気をつけながら、慎重に彼女に覆いかぶさっていく。
牧本さんは、僕とカメラのレンズを交互に見ていた。やはり撮られていると、嫌でも意識させられるものらしい。
「行きますよ」
「……はいっ……」
腰を少しづつ、沈めていく。肉筒を少しづつ、押し広げていく。
温かい。冷たさが忍び寄る冬の自室のなかで、ほっとする感覚が、僕の性器を包み込んでいく。
「あっ……んっ……くぅ……」
接合部と、彼女の表情。どちらを撮影するべきだろうか。
贅沢な悩み。でも、さっきまでは性器を映していたのだから、顔をメインで撮るのがバランスが取れているのかもしれない。
何か大きな、迫り来るものを堪えるような彼女の表情に、僕はレンズを向ける。
「んっ……ぁ……か……っ……」
根元まで入ると、一旦そちらの方を僕は映す。ズームして、結合しているものをしっかりと焼き付ける。
彼女の性器は僕の肉棒をしっかりと咥えこんで、初めからそうだったかのように繋がりこんでいる。
口からは、粘度の高い涎が頬を伝って流れていた。
はぁぁと色っぽい、熱の籠った吐息が吐かれる。部屋の中で薄らと白くなり、虚空へと消える。
「入っちゃった……私の、中に……」
「……動くよ……」
僕はピストンを開始する。
膣の中程を擦りつけては、最奥に切っ先をぶつけていくのを繰り返す。
「あっ……はぁ……やっ……ちょ、ちょっとはげしくない……?」
君の反応が可愛いからだ。
そう伝えたかったけど、録音されて残るのが恥ずかしかったので黙っている。
打ち付けると、牧本さんの身体が跳ねる。
彼女の弱いところは知っている。そこをしっかりと刺激して、彼女の官能を引き出そうとする。
弱みを握られた女子高生は、少しづつ堕ちていく。
快楽の波を与えれ。
でも、快感だったのは彼女だけではなかった。膣肉にしっかりと締め付けられる僕自身も、甘美な快楽に心を染められていく。
「やっ……あんっ……んっ……っ!」
「うっ……くっ……」
欲望を構わずぶつける。内に湧き上がる官能を腰の動きとして、彼女に打ち付ける。
何度かカメラを持っていることを忘れそうになるくらい、僕は夢中になっていた。
複雑な形をしている彼女の膣内。その肉襞の模様が、絶妙な刺激を僕に与える。
「こんっ、なのっ……しらなかっ、たっ……」
淫蕩を知る少女。気のない男に身体を捧げ、官能を意識させられる娘。自分が女なのだと自覚させられる者。
「き、きちゃう……っ」
ぞくぞくっと牧本さんの身体が震え、絶頂を迎える。先にイったのは彼女の方だった。
僕は腰を奥深くにまでねじ込むつもりで、その切っ先を子宮の入り口付近にまで押し付ける。
それを切っ掛けとして、精液が送り出される。
どうしようも無いほどに注ぎ込まれる精液。でもその子種は薄い膜に阻まれて、物理的な障害によって胎内に届くことは叶わない。
でも、ゴムなど付いていないかのように。孕ませるつもりで僕は精液を出した。
陰嚢が震える。
遺伝子を、彼女の奥深くに植えつけるかのように。
「はあぁ……んっ……はぁ……はぁ……くっ」
互いに荒い息を上げる。肩で息をし、酸素を取り入れようと呼吸をする。冷たい空気が、肺の中に染み渡った。
最後の一滴まで注ぎ込むと、僕は性器を引き抜く。
半透明のゴムの中に、ずっしりと濃密な白さを持つ液体がたっぷりと溜まっている。
このゴムが無ければ。この液体が彼女の膣奥に直に入ったら、と思う。
「……いっぱい出ましたね……」
「水風船みたいだ……ぶよぶよしてる」
生温かいそれの口を縛り、彼女の性器の上に乗せて撮影する。
何となく、征服欲が満たされたような気がした。
続いて彼女は、その風船を口に咥えた。完全に堕ちたシチュエーションなのかなと思いながら、その行為をカメラに収めた。
「この映像、ばら撒かれたくないなら、またやってくれ」
それっぽい台詞を言ってみる。
牧本さんは儚く笑いながら、「いいですよ」と言ってくれた。
何か、少し寂しそうにしながら。
痕跡をとりあえずできる範囲まで消した後、彼女を玄関まで見送る。
雨はまだ降っていたが、だいぶ小雨になっている。
これなら、濡れたとしても大したことは無いだろう。
次に会えるのは、たぶんデートの日か。
「今日はありがとうございます。ハメ撮りなんて頼んで。……後で映像、送ってくださいね」
「ええ。ちゃんと保存はできてますし、送っておきますよ。しかしこれ、見つかったらヤバいんじゃ……」
「誰かにスマホを見せなければ、たぶん大丈夫ですよ」
「まあ、そうですよね……」
「荻野さんが撮った映像、早く見たいなぁ。今から送ってもいいんですよ?」
そんな会話の後、彼女はいよいよ雨の中に出て行くことにしたようだった。
傘を差し、軽くお辞儀をする。
「じゃあ、イブの日、楽しみにしていますね」
「僕も、楽しみです。じゃあ、お気をつけて」
彼女は雨の中を歩いていく。それをある程度まで見送った後、僕は家の中に入っていった。
***
そんなことが、一年前にあった。
その後、僕らはデートの最後に生中出しをすることになる。
結局妊娠しなかったのは、生存本能としては不幸だが、一般社会に暮らす高校生としては幸運だったといえるだろう。
どうして彼女がハメ撮りを求めてきたのか、当時はよく分からなかったけど、今なら理解できる気がする。
瑠璃葉さんはきっと、何かを残したかったのだ。
この町からもうすぐ消え、僕とも別れる未来。映像という形で、僕との思い出を保存しておきたかったのだろう。
……それなら、どうして彼女があの後のデートで中出しを求めてきたのか、何となく推測できる。
身体の中に、僕の印を刻み付けたかったのだ。ゴム越しの、0.01ミリの間隔を開けて阻まれる精液を、刻んで欲しかったのだ。
胎内に、自分の中に、僕というかけらを残したかったのだろう。
射精された精液は、基本的にどんなことがあっても一生身体に残りつづける。
彼女はそれを望んだ。僕の遺伝子を、痕跡を、自分の内側に繋ぎとめて欲しかったのだ。
どれだけ物理的に僕らが離れたとしても、いろんなことに傷ついて、寂しい思いをしていても、僕の存在は彼女の内側に、物理的に残り続けている。
それを求めたのだ。瑠璃葉さんは。
映像という形で時間を永遠に切り抜かれ、中出しで胎内にマーキングが刻み付けられている。
それが正しいことなのかは分からない。
でも、彼女は満足そうだった。
あの僕の告白の時、避妊に成功「してしまった」時、彼女は自分の選択に誤りは無かったという表情をしていた。
たぶん、僕も彼女も、大罪人なのだろう。
未成年淫行などして、不健全な子供だ。
でも今の選択に、現実に後悔は無かった。
ハメ撮りも第三者に見つかっていないし、彼女を妊娠させずに済んだからそう思うのではない。
どうあっても、自分の成した結果を受けいれたというだけだ。
こんな考えは、たぶんオナニーと同義なんだろうけど。
なぜファイルの中にレシートが仕舞われていたのかは、思い出せなかった。たぶん、恥ずかしかったのだろう。ハメ撮りなんかをしてしまった切っ掛けになる出来事で。
動画は消すに消せなかったけど、レシートはファイルに隠して封印してしまった。
まあ、また眠っていてもらおう。僕はそう思いつつ、その紙切れを再び仕舞いこんだ。
翌日、僕の元に模試の結果が届いた。
僕の努力はどうなったのだろう。もしも想定より低い評価なら、勉強の仕方を改める必要がある。
A判定は行きたい。そうでなければ、この時期では『杜國院大学』は厳しい。
水色の封筒を破る。
中に入っている用紙を、恐る恐る指で摘んだ。手が、震えている。
そして、その印字されている文字を、僕は読んだ。
「あっ……」
第一志望『杜國院大学』 A判定。
しばらくの間、僕は凍りついていた。
と思うと、唐突に流れ込んできた現実感に力が抜け、へなへなと足から崩れ落ちたのだった。
あんなに暑かった夏が嘘のように、空気には冷涼さが漂っている。
木枯らしがナイフのように肌に触れていく。耳の先が痛くなるような感覚。
もう、受験まで殆ど時間が無い。
ここが踏ん張りどころ。
明日には、先日行った模試の結果が発表される予定だった。
一体どうなるだろう。ここで駄目でも絶対に本番で点を取れないことが確定する訳では無いが、この時期なら第一志望はA判定は取りたいところだ。
受験の出願はもう済ませている。第一志望しか、僕は出願していない。
正直、リスクのある選択だとは思っている。進路相談の先生にも、そのことは言われた。本当に大丈夫なのか、もう一度考えておいたほうがいいと。
でも、そこ以外考えられない。
自分のやりたいことにも合致している大学だとは思うが、一番の理由は、瑠璃葉さんがそこにいるからということだ。
仮に滑り止めでも何でも他の大学を受験して、そこにだけ合格したとしても、たぶん僕は蹴ると思う。
なら、初めから受けないほうがいい。受験費の無駄だ。
望ましい選択ではないのは分かっている。
一年を棒に振る……とまでは言わないが、浪人するということはかなりのハンデを背負うことにはなる。
だけど。だけど、彼女のいる場所でなくては意味が無いと思うから。
他の大学まで受験したら、心に安心感が生まれ、隙ができる気がしたから。
瑠璃葉さんも、第一志望以外は受験しなかったと言っていた。
僕も、それに倣おう。
彼女の元に、辿り着くために。
終業式の四日前だった。
クリスマスイブまで後三日という時期。僕は自室で受験直前の合同合宿の要綱を見ていた。
主に受験生を対象とした、受験前に行われる合宿。二泊三日で郊外のホテルに缶詰にされ、知識をみっちりと頭に叩き込まれることになる。
「主に」だから、一年生や二年生も参加は問題ないらしいが、やはり三年生が一番参加者は多いらしい。
瑠璃葉さんも、去年同じようなものに参加したと聞く。それなりに偏差値の高い高校なら、案外皆やるものなのかな。
キャリーバッグに着替えやら医薬品を詰め込む。
出発は冬休みが終わってすぐだ。時間はまだあるのだが、後でやらなくてはと心に焦りを感じるよりも、さっさと終わらせて勉強に集中したほうがいい。
何か忘れたものは無いかなと思いつつ、机の引き出しやら本棚を漁る。
引き出しの奥底に、何か埋もれているものがあった。
引っ張りだして、よく確認する。
「これは……懐かしいな。瑠璃葉さんと初めて出会った時のプールの利用証だ」
掌に乗る程度の大きさの、小さな紙切れ。彼女と知り合った日の日付が、イモリの腹のような色のスタンプでしっかりと押されている。
一年以上経つのに、そのインクの色は鮮やかだった。
この日プールに行ったから、彼女と出会うことができたんだよな。
記録的な猛暑でなければ、僕はプールに行こうとは思わなかったかもしれない。
そうしたら瑠璃葉さんと知り合うことも無く、『杜國院大学』を受験しようとも思わなかっただろう。
たぶん、もう少しレベルの低い場所を志望していた。
「彼女には感謝だな……」
それを再び引き出しの底に戻す。懐かしさを覚えつつ、また引き出しの中を漁る。
続いて出てきたのは、市立図書館の利用者カードだった。
僕のIDと名前が、そのプラスチックの板に印字されている。
「……彼女とも、図書館で勉強したっけ。これはその後、個人的に作っておいたカードだ……」
瑠璃葉さんの頭のよさを身に染みて理解したのは、初めて彼女と一緒に勉強したあの時だ。
夏休みの課題が終わっていなかった僕を誘い、市立図書館に二人で行って、何時間も勉強した。
彼女の博雅さに惚れたのも、この時だ。
瑠璃葉さんに対しての憧れの切っ掛けとなる出来事だった。
二度目の性行為も彼女とした。
愛撫の途中に結構積極的な行為……彼女の性器を舐めるなどということをしたのも、あの時だった。
今にして思えばかなり大胆だった気がするが、彼女は引いたりしなかった。
カードは作ったが、結局その後本を借りたりなどはしていない。
この町を去ることにはなるかもしれないが、最後に時間を見つけて図書館を利用してみようかな。
僕は自分の財布にそのカードを入れる。
財布を開けると、お札を入れる部分に何か薄い物が入っているのが見える。
銀色の四角い包み。「0.01mm Condom」と、黒い文字が印字されていた。
避妊具だ。
「……もう彼女はこの町にいないのに、なんか癖で入れちゃってるんだよな……」
もしも偶然、彼女とばったり逢ったら。そんな一抹の思いのせいだろうか。
そういえば、彼女の家に誘われた時、使用したコンドームが一つ無くなっている気がした経験がある。
やっぱり気のせいだったのだろうか。彼女は知らないと言っているし、その後特に変化が起きた様子も無い。
仮の話だが、瑠璃葉さんがもしもそれを隠したとして……そんな想定をしてみる。
「……僕の精液で自慰……は流石に考えすぎか」
誰もいないのに僕はかぶりを振る。
もしも破れたら大変なことになるじゃないか。彼女は性的好奇心が強いとはいえ、幾ら何でもそれは無い。
仮にやったとして、それで妊娠したらちょっと間抜けだな。いや、あんまり笑えないけど。
そんなことを考えつつ、僕はゴムを財布の中に戻した。
他にも何か見つかるかな。そんな期待で、机の引き出しの二段目を開けてみる。
合宿の準備という目的は、完全に頭から抜けていた。
「おっ……これは……」
しばらく漁っていると、出てきたのは、二枚のレシートだった。
一つは、『藤坂院☆ニャンニャン』と、厚紙に手書きで書かれている。その名前には見覚えがある。瑠璃葉さんの高校で行われた文化祭の、メイド喫茶の領収書だ。
彼女のメイド姿を思い出す。
もちろん可愛いのだが、運動部の放つ「格好良さ」の面も併せ持ってた瑠璃葉さんの、可憐なふりふりの衣装。
僕らは彼女の母校でメイドとご主人様を演じたセックスを行った。
今にしてみれば、いや、当時からしてもかなりリスクのある性体験だったと思う。部外者が出現し、もうすぐで僕らの不純は一目に晒されるところだった。
もしばれていたら、今の自分は無かったかもしれないわけで、ぞっとする。
でも、今にして思えば、背徳感があってある意味いい思い出だとも思える。何事も、終わった後なら肯定的な目線を与えることも可能なのだ。
もう一つのレシートは、とあるラブホテルの名前が記載されていた。
今から一年前。イブの出来事だ。彼女に初めて、生で交尾して、中出しをした日。
高校生の、その日の健全だったデートの締めに、途方も無い冒険に出てしまった。
一歩間違えれば破滅だった。僕は高校生にして父親になり、重い重い責任に苦しむこととなっただろう。
「もう、あんなことはしない」
責任が取れるようになるまでは。彼女を養育できるようになるまでは、生でセックスはしない。
それが、瑠璃葉さんとの不文律だった。
二枚のレシートを引き出しの中に仕舞う。もう少し、何か見つかるかな。
二段目の引き出しをがさごそと漁ってはみるが、特に面白いものは見つからない。
乾電池とか、接着剤といったものが雑多に仕舞われているだけだ。
三段目。ここには大した物は入れておかなかった気がする。
学校で貰った資料を挟んだファイルとか、中間や期末テストの用紙を入れるスペース。
特に面白いものは無いだろうなと思いつつ、がさがさとピンク色のファイルを手に取り、ぱらぱらと捲ってみる。
とあるページを開いたとき、何かが床に落ちた。落ち葉を手から離したような挙動で、ひらひらと重力にしたがって落下する。
なんだ、これ。
僕の視線はその落下物に釘付けになった。紙……のようだ。
床に落着したそれをしゃがんで拾ってみる。
「レシート……だよな」
何でこんなところに?
印字されている文字を見る。
洒落た文体で、『ビショップ』と書かれている。彼女に教えてもらった喫茶店だ。
日付を見ると、去年の十二月十三日となっている。
彼女がノーパンで来店し、その後青姦をした日のことではない。
「……ああ、そういえば、あの後も一度彼女と喫茶店に行ったことがあったな……」
もうすぐクリスマス。もうすぐ彼女の受験が始まるという時期。まだ、彼女がこの町にいた時期。
まだ恋人という関係ではなかったし、下の名で呼び合ってもいなかった。そんな時期。
確か、あんなことがあったっけ。
懐かしさを覚えつつ、僕は過去の追憶を始めた。
***
十二月十三日。
どんよりと鉛色の天蓋に空が曇った、ある昼間のことだった。
土曜日で、学校は休み。
彼女と会える時間も、もうあまり残されていない。クリスマスが近いので、僕は彼女をデートに誘う約束を取り付けようとしていた。
牧本さんはクリスマスの頃には長野へと受験直前の合宿に出発すると聞いていた。
なら、その前に青春らしいことをしておきたい。
まだ、恋人という関係ではないけれど。告白する勇気もまだ湧いてこないけど、少しでも彼女と僕の間に想い出を刻んでおきたい。そう願ってのことだった。
ラインで初デートの約束をする……というのはどうなのかなと思い、とりあえず例の喫茶店に彼女を呼び出す。
お茶をしながら直接デートの内容を決めたほうが、円滑だろうし盛り上がるかなと思ってのことだ。
忙しいかなとは思ったが、彼女は快く許諾してくれた。
そういう訳で、僕は今『ビショップ』にいる。
運ばれてきたコーヒーに口を付けながら、スマホの時計を確認している。
午後二時五十四分。約束の時間は午後三時だから、そろそろ彼女が現れる時間だ。
前回僕は少々遅刻気味だったので、今回は早めに来た。
と、出入り口のドアが開く。取り付けてある小さな鈴の音が鳴り響き、来店者を知らせてくれる。
コートに身を包んだ、輪郭の柔らかな顔の持ち主。牧本さんだ。
彼女は近づいてきた店主に軽く挨拶をすると、店内をキョロキョロと見回して僕の姿を探す。
僕は軽く右手を上げて、自分の存在をアピールする。
気がついてくれたようで、牧本さんは僕の方へと近づいてきた。
二人掛けの席の、僕の正面に座る。
「こんにちは。牧本さん」
「ええ。荻野さん。お久しぶりです。文化祭以来……でしたっけ」
「そうですね。結構時間経っちゃいました」
僕らはチーズケーキを注文する。牧本さんは、カプチーノも一緒に頼んだ。
待っている間に、僕は用件を伝えることにする。
「荻野さん。今日はどうしたんです? このお店に荻野さんから誘ってくれるなんて、結構珍しいですね」
「あの……もし忙しくないのであれば、その、クリスマスイブにでもデートに行きませんか?」
駄目かな。と思ったが、牧本さんの反応は明るかった。
「いいですねっ。イブにデートかぁ。ベタだけど、ロマンあります」
「OKですか?」
「もちろん! 荻野さんと一緒に、お出かけしたいです。合宿前だけど、その日は空いてるんで」
よかった。素直に僕は喜ぶ。
お互い高校生という状況で二人で遊べる、最後の機会になるかもしれない。羽目を外すつもりは無いが、存分に楽しもう。
「それで、その日は何しますか? 当日はアドリブである程度は自由にするつもりですけど、事前に大まかな流れを決めておきましょう」
「そうですね……私は映画、観に行きたいな。丁度気になってるものがあるんです」
「映画ですか。いいですね。そこに寄りましょう。カラオケとか、行きません?」
「あんまり曲、知らないんですよね。でも、荻野さんの歌、聞いてみたいな」
僕らはそんなことを話す。
その内に、注文していたものが運ばれてきた。
一時会話を中断して、二人でケーキを食べる。しっとりとして滑らかなチーズクリームの部分と、サクサクとした生地が絶妙に調和して、口の中が軽く痺れる。
口に含んで齧るたび、幸せをかみ締めるような感覚に包まれる。甘さの中に少々の酸味が効いていて、口で転がすたびに涎が分泌される。
本当に絶品だ。舌鼓を打つ僕に、彼女は微笑みながら話しかけてくる。
「おいしいですよね。ここのチーズケーキ。私、毎回注文しちゃうんです」
「納得ですね。幾ら食べても飽きがこなさそうだ」
「ケーキと言えば、もうクリスマスケーキの時期なんですね。サンタさん、私にはもう来ないですけど」
サンタという単語を聞いて、はっと僕は思い出した。プレゼントを彼女に渡してもいいのではないか。
デートの時までに用意して、彼女に渡す。それがいい。
今何が欲しいか訊いてみようかなと思ったが、止めておいた。サプライズにしてみたい。
何がいいだろう。万年筆? 通勤手帳?
渋いものばかり頭に浮かぶ。女の子は、何を喜ぶんだろう。
ケーキを半分程度食べたところで、僕はそろそろ話を戻そうかなと思って口を開いた。
「デートの予定、決めましょうか。牧本さんは、何か他にありますか?」
「そうですね……私は……」
会話は弾む。
暖かい喫茶店の中で、僕らは憩いの時を過ごす。
きっと、楽しいデートになるだろう。そんな予定が、僕らの中で膨らんでいった。
***
「そろそろ帰りましょうか。空、ちょっと降り出しそうですし」
「……そうですね。牧本さん、傘持ってきてます?」
「私は小さいですけど、折り畳みのを持ってます……荻野さん、持ってなさそうですね」
家を出る時は、結構晴れていたんだけどな。
天気の様子を見る前に外出してしまったので、傘は持っていなかった。
「まあ、急いで帰れば大丈夫かなと思います。店を出ましょう」
僕らはレジに向かう。彼女が料金を支払おうと財布を取り出したが、僕は丁寧に断った。
「以前おごって貰ったのは僕ですから、今度はこちらの番です。それに、誘ったのは僕のほうですから」
「そうですか? 私、お金持ってますよ? 自分の分くらいは支払えるし……」
「いや、それは悪いです。忙しい中来て貰ったのに」
彼女は少し悩んでいた様子だったが、僕の好意を受け取ることに決めたらしい。
支払いを済ませ、僕らは店を出る。
「降りそうですね……荻野さん、私、濡れても大丈夫なんで、傘貸しますよ?」
「いやいや! 牧本さん、受験控えてるじゃないですか。冬の雨に降られて風邪引いたら大変なことになりますから」
「ですよね……」
僕らは走り出す。途中までは、同じ道を通る。
ここからなら、僕の家の方が近い。たぶん、すぐに着くだろう。牧本さんは少し遠いが、傘を持っている彼女ならたぶん平気だ。
今日は自転車には乗ってこなかった。なぜ徒歩で来たのかというと、冬で自転車に乗り外出すると、冷たい空気をもろに浴びて寒いからだ。
すぐに到着するはずだ。そう思ってはいたが、甘かった。
僕らの邪魔をするかのように、赤信号や踏み切りが丁度いいタイミングで止めて来る。
そうこうしている内に、肌に冷たい感触を覚える。降り出してきてしまった。
僕は傘を持ってきていない。牧本さんは持っているが、結構小さい傘だった。
相傘をするには心もとない。
「荻野さん、一緒に傘に入りましょうよ」
彼女は傘を差しながら誘ってくれる。
水色の傘が、薄暗い灰色の空気の中に映えている。
「でも、小さくないです? 全力で走れば僕、家に辿り着けますから……」
「私も濡れたら困るけど、荻野さんが濡れるのも嫌です。なら、半分こしましょう」
傘を左手に持ったまま、彼女は右の手を僕に差し出す。
断るか、提案に乗るか、すぐに決めなくてはいけない。
……結局彼女の誘いを無下にはできず、僕は相合傘をすることにした。
「じゃあ、お邪魔します……」
入ってみると、案の定小さい。はみでた肩が濡れる。
横を見ると、牧本さんも肩を濡らしているようだった。
「なんか、青春って感じがしますね……そう思いません? 荻野さん」
「確かに。相合傘、僕は初めてなんですよね」
「私は男の子とするのはこれが初です。小学生の頃は、友達に入れてもらったりしてました」
雨は次第に強くなる。段々横殴りになってきて、傘が意味を成さなくなっていく気がする。
その内、僕らは荻野家の前にまで来た。
「ここが僕の家です」
「うわぁ~。ここが荻野さんのお家かぁ。入ってみたいなぁ」
実は、入れても構わなかった。
もしかして、雨はいい口実になるんじゃないのか? 勇気を出して、口に出してみる。
「……入ってみませんか? 親、今いないですし」
「えっ。本当です?」
「ええ。本当です。僕一人だけなんです」
事実だ。父親は今年最後の大仕事ということで仙台に出張中。母親は姉が倒れたということで、少なくとも夜遅くまでは帰ってこない。もしかしたら、病院に泊まることになるかも。
「牧本さん、雨で濡れちゃってますし、乾かしていきませんか? 牧本さんさえよければ、ですけど」
「ふふふっ。もちろん、大丈夫に決まってるじゃないですか。上がらせてください」
よしっ。と僕は心の中でガッツポーズをする。
そういう訳で、僕ら二人は家の中に入る。
「お邪魔しま~す。ここが荻野さんのお家かぁ。なんかいい匂いがする」
「そうですか? 自分じゃ分からないけどな」
「なんか、男の人のお家って不思議な匂いですね」
「母親も住んでますけどね」
僕は脱衣所の洗面台に案内し、ドライヤーを貸す。
彼女はコートを脱いだ。
「……」
僕は息を飲む。彼女がコートの下に着ていたワイシャツ。それが濡れて、下着がくっきり浮き出ている。
水色だ。
「うわぁ。やっぱり中まで濡れてる……ちゃんと乾かさないと……透けてますね」
やっぱり、見えちゃってますか? と牧本さんは訊いて来る。
ばっちり見えていますと、僕は正直に答えた。
裸体なんかより、よほどセクシーに見える。
少々変な空気になりつつも、牧本さんは服を乾かした。
納得のいくまで乾燥したらしく、今度は僕にドライヤーを渡してくる。
「荻野さんも、かなり濡れてますから乾かしてください」
「ええ。そうさせてもらいます」
自分の家なのだから、持っている新しい服に着替えてもいいのだが、何となく断れなくてそれを受け取る。
温風を服に当てる。冷えた身体に心地良い空気が絡みつき、何とも気持ちいい。
牧本さんは、そんな僕の様子をじっと見つめていた。
乾かし終わると、流れで僕の部屋を案内することになった。
二階に上がり、自室の扉を開く。電気を点けて、薄暗い部屋を明るくする。
彼女を誘うのは予定には入っていなかったので、あまり綺麗にしてあるとは言えない状態だった。
「ここが荻野さんのお部屋なんですね。男の子の私室って、初めて入りました」
「あんまりいい部屋じゃないですけどね。幻滅されるかも」
「そんなことないですよっ。私、この場所に入れてもらえて嬉しいです」
彼女は興味深そうに、僕の部屋を観察している。
棚に飾ってあるプラモデルやら、漫画本の表紙を見つめていた。
僕がどんな生活をしているのか、そこから読み解こうとするかのように。
「……ねえ。やってみます?」
「何を?」
「セックス、です」
「まあ、いいですよ。ゴム、ありますし」
「提案があるんですけど、いいですか?」
何だろう。少し彼女は恥ずかしそうにしていた。
言っても大丈夫なのか、逡巡らしい反応を見せている。
やがて決心がついたのか、彼女は口を開いた。
「ハメ撮り……ってのやってみません?」
「ハメ撮りですか……」
まさかそんな言葉が飛び出すとは思わなかった。
でも、若干露出癖のある彼女なら、そう提案してきても不思議ではないのかもしれない。
「シチュエーションはこうです。男子の同級生の家に連れこまれた女子高生が、握られた弱みをちらつかされてハメ撮りセックスさせられるってのはどうです?」
「……今考えたんです?」
「はいっ! やりませんか?」
「まあ、いいですよ。興奮はしそうですし」
「やった」と彼女は少し喜んでみせる。
寒いので服はあまり脱がないでやろうとお互いに決めた後、行為を開始することにした。
ベッドに二人で乗り、少し離れた僕はスマホのカメラを起動する。
長方形の端末の画面の中で牧本さんは仰向けになって、だらんと手足を伸ばして僕を待っている。
「もう撮れてます?」
「ええ。撮ってますよ」
僕は立て膝で彼女に近づき、穿いているスカートを捲くる。
白い生地に、レースの装飾が縫い込まれた色っぽいパンツ。一見すると高校生にしては少し背伸びをしているが、パンツ上部に付いた黒いリボンが、どこか子供っぽさも感じられる雰囲気も醸し出している。
はぁっと冷たい手に息を吐きかけると、スマホを右手に持ちながら、彼女の白い太股を摩ってみる。冬で乾燥している季節だというのに、瑞々しくてすべすべしている。
柔らかい。少し力を入れると、指がその肉の中に沈む。
その指を上へ上へ、股の部分にまで滑らせる。
「や、止めてください……お願いっ」
あれ、これはNGだったのかなと思ったが、さっき言われたシチュエーションを思い出す。
彼女の目を観察すると、どこか期待しているような色が浮かんでいた。なら、続けても大丈夫か。
パンツの中に指を這わせる。
腿の付け根、細かに生えた陰毛。そして。
「あそこ、湿ってるよ」
「ん、んんん……」
恥ずかしそうな反応。シチュエーションによるものなのか、映像として記録されているからなのかは分からないが、彼女は顔を手で隠してしまう。
顔と下半身、どちらを撮影すればいいのかなと思ったが、下半身にした。
陰部の周囲を指でなぞりつつ、時々クリトリスを指の腹で撫でる。
段々蜜の量が増えていく。パンツに恥ずかしい染みが広がっていく。
「嫌がっていても、身体は正直みたいだよ」
「そ、そんなことっ……」
親指と人差し指で、ぱっくりと膣口を開いてみる。下着に隠れてカメラには写らないが、少し攻めた行動に、牧本さんは小さく声を出した。
「いや……」
「可愛い形のおまんこしているね」
カメラで撮影しつつ性行為をするというのは、結構難しい。うっかりすると、まるで無関係な方向を映してしまうそうだ。
しっとりとよく濡れたことを確認すると、僕は手を下着から抜く。
「ほら、牧本さんが僕を気持ちよくする番だよ」
「私が……ですか……?」
「ほら、口で咥えて」
僕はズボンのジッパーを開けると、中から自分の肉棒を取り出し、しっかりと皮を剥く。
カメラのレンズをその赤黒いものと、牧本さんの両方を捉えさせるようにして映す。
牧本さんは恐る恐る顔を近づける。細い指が、僕の先端に触れる。彼女の手は冷えていた。
怖がっているが、興味深そうな表情。何度も僕の性器は見ているのだが、演技が上手いなと思った。
牧本さんが僕の男根の、亀頭の部分を口に咥える。指は棒に軽く絡ませてきた。
牧本さんの手と口内が動く。
舌がチロチロと舐めまわし、指が性器の皮の表面を刺激する。
「歯で傷つけないように気をつけて……そう、上手いですよ」
「ん、んんんっ……」
フレームには、僕のペニスをしっかりとくわえ込む牧本さんの姿が一瞬たりとも逃さず映し出されている。
嫌々やっている、というシチュエーションのはずなのだが、彼女が奉仕しようと一生懸命な様子は隠しきれていなくて、そのことに僕は少し優越感のような、気持ちよくしてくれてありがとうという感謝の念のようなものが心に浮かぶ。
「んっ……」
くちゅくちゅと、いやらしい水音が僕の部屋に染み入る。
少し速度も上がったような気がする。快感が一層強まって、既に射精の欲求が頭をもたげてくる。
「くっ……きもち、いい……」
上目遣いで彼女は僕を見る。
何を思っているのか、その表情から読み取ることはできなかった。映像を後で見て確認してみるのもいいかもしれない。
こうしてフェラをしてもらうのも、初めて出会った時以来か。
あの時より少し上達している気がする。
「うっ……もう、で、出そう……」
牧本さんは、こくりと軽く頷く。
出していいという合図だ。
牧本さんが、僕の雁首を少しだけ力を入れて齧る。
その刺激を切っ掛けに、僕の子種が彼女の口の中に容赦なく放たれた。
「っ……くっ」
「ん、んんんっ……」
びくびくと震えながら精液が注がれる。牧本さんの口内を、欲望の塊が満たしていく。
遠慮などせず、本能の満足するままに射精する。
包み込まれる生温かい感触がたまらなく心地良くて、永遠にこうありたいとさえ願う。
ごくごくと、溢れそうになる精液を牧本さんは少しづつ飲み込む。本懐を遂げられなかった僕の子供たちが、彼女の体内へと消えていく。
射精が終わった。
牧本さんは咥え込んでいた性器を離し、口を開けて口内を見せてくる。
僕の白濁で、歯やら舌がべたついていた。
先ほどまでの水音は消え、二人の荒い呼吸が雨の降る音を背景に響く。
「上手い、ね……」
「……げほっ、んんっ」」
「綺麗にしてくれるかな……」
口の中の精液を飲み込んでから、僕の肉棒を咥える。
彼女のべたついた舌が、僕のデリケートな部分を這う。
尿道や雁首、亀頭の表面。余す事無く舐め取っていく。
そんな掃除の様子も、僕のスマホにしっかりと収められていた。
再び与えられた刺激によって、僕の肉棒は硬さを取り戻す。我ながら、元気なものだと思う。
「そろそろ本番、やりますか」
「……うん」
しおらしく、彼女は頷く。僕とカメラからは少し目線を逸らし、恥ずかしげな表情を晒していた。
「ゴム、付けるから」
「……うん」
撮影している僕に代わって、あらかじめベッドの上に用意してあったコンドームを彼女が手に取る。
包みを破き、中身を取り出す。
半透明の桃色のゴムが、彼女の小さな手の中にあった。しっかりとそれを、僕は撮影する。
「付けて」
「……分かりました」
薄い避妊具を、僕のペニスに装着していく。僕の物は完全にガチガチで、完全に臨戦状態だ。
「付き……ました」
「ありがとう。思いっきりやるよ。……そこに寝そべって」
言われたとおりにしてくれた。
不安げな表情を、僕に向けている。僕はそんな彼女のパンツを軽く下ろし、準備を整える。
「やさしく……してくださいね……」
何時もと違う反応。挿入して挿入してとねだる何時もの態度ではなく、初々しい生娘を演じる。
その普段の性行為とのギャップに興奮させられる。この子の普段見せない反応を、もっと引き出してみたくなる。
スマホを落とさないように気をつけながら、慎重に彼女に覆いかぶさっていく。
牧本さんは、僕とカメラのレンズを交互に見ていた。やはり撮られていると、嫌でも意識させられるものらしい。
「行きますよ」
「……はいっ……」
腰を少しづつ、沈めていく。肉筒を少しづつ、押し広げていく。
温かい。冷たさが忍び寄る冬の自室のなかで、ほっとする感覚が、僕の性器を包み込んでいく。
「あっ……んっ……くぅ……」
接合部と、彼女の表情。どちらを撮影するべきだろうか。
贅沢な悩み。でも、さっきまでは性器を映していたのだから、顔をメインで撮るのがバランスが取れているのかもしれない。
何か大きな、迫り来るものを堪えるような彼女の表情に、僕はレンズを向ける。
「んっ……ぁ……か……っ……」
根元まで入ると、一旦そちらの方を僕は映す。ズームして、結合しているものをしっかりと焼き付ける。
彼女の性器は僕の肉棒をしっかりと咥えこんで、初めからそうだったかのように繋がりこんでいる。
口からは、粘度の高い涎が頬を伝って流れていた。
はぁぁと色っぽい、熱の籠った吐息が吐かれる。部屋の中で薄らと白くなり、虚空へと消える。
「入っちゃった……私の、中に……」
「……動くよ……」
僕はピストンを開始する。
膣の中程を擦りつけては、最奥に切っ先をぶつけていくのを繰り返す。
「あっ……はぁ……やっ……ちょ、ちょっとはげしくない……?」
君の反応が可愛いからだ。
そう伝えたかったけど、録音されて残るのが恥ずかしかったので黙っている。
打ち付けると、牧本さんの身体が跳ねる。
彼女の弱いところは知っている。そこをしっかりと刺激して、彼女の官能を引き出そうとする。
弱みを握られた女子高生は、少しづつ堕ちていく。
快楽の波を与えれ。
でも、快感だったのは彼女だけではなかった。膣肉にしっかりと締め付けられる僕自身も、甘美な快楽に心を染められていく。
「やっ……あんっ……んっ……っ!」
「うっ……くっ……」
欲望を構わずぶつける。内に湧き上がる官能を腰の動きとして、彼女に打ち付ける。
何度かカメラを持っていることを忘れそうになるくらい、僕は夢中になっていた。
複雑な形をしている彼女の膣内。その肉襞の模様が、絶妙な刺激を僕に与える。
「こんっ、なのっ……しらなかっ、たっ……」
淫蕩を知る少女。気のない男に身体を捧げ、官能を意識させられる娘。自分が女なのだと自覚させられる者。
「き、きちゃう……っ」
ぞくぞくっと牧本さんの身体が震え、絶頂を迎える。先にイったのは彼女の方だった。
僕は腰を奥深くにまでねじ込むつもりで、その切っ先を子宮の入り口付近にまで押し付ける。
それを切っ掛けとして、精液が送り出される。
どうしようも無いほどに注ぎ込まれる精液。でもその子種は薄い膜に阻まれて、物理的な障害によって胎内に届くことは叶わない。
でも、ゴムなど付いていないかのように。孕ませるつもりで僕は精液を出した。
陰嚢が震える。
遺伝子を、彼女の奥深くに植えつけるかのように。
「はあぁ……んっ……はぁ……はぁ……くっ」
互いに荒い息を上げる。肩で息をし、酸素を取り入れようと呼吸をする。冷たい空気が、肺の中に染み渡った。
最後の一滴まで注ぎ込むと、僕は性器を引き抜く。
半透明のゴムの中に、ずっしりと濃密な白さを持つ液体がたっぷりと溜まっている。
このゴムが無ければ。この液体が彼女の膣奥に直に入ったら、と思う。
「……いっぱい出ましたね……」
「水風船みたいだ……ぶよぶよしてる」
生温かいそれの口を縛り、彼女の性器の上に乗せて撮影する。
何となく、征服欲が満たされたような気がした。
続いて彼女は、その風船を口に咥えた。完全に堕ちたシチュエーションなのかなと思いながら、その行為をカメラに収めた。
「この映像、ばら撒かれたくないなら、またやってくれ」
それっぽい台詞を言ってみる。
牧本さんは儚く笑いながら、「いいですよ」と言ってくれた。
何か、少し寂しそうにしながら。
痕跡をとりあえずできる範囲まで消した後、彼女を玄関まで見送る。
雨はまだ降っていたが、だいぶ小雨になっている。
これなら、濡れたとしても大したことは無いだろう。
次に会えるのは、たぶんデートの日か。
「今日はありがとうございます。ハメ撮りなんて頼んで。……後で映像、送ってくださいね」
「ええ。ちゃんと保存はできてますし、送っておきますよ。しかしこれ、見つかったらヤバいんじゃ……」
「誰かにスマホを見せなければ、たぶん大丈夫ですよ」
「まあ、そうですよね……」
「荻野さんが撮った映像、早く見たいなぁ。今から送ってもいいんですよ?」
そんな会話の後、彼女はいよいよ雨の中に出て行くことにしたようだった。
傘を差し、軽くお辞儀をする。
「じゃあ、イブの日、楽しみにしていますね」
「僕も、楽しみです。じゃあ、お気をつけて」
彼女は雨の中を歩いていく。それをある程度まで見送った後、僕は家の中に入っていった。
***
そんなことが、一年前にあった。
その後、僕らはデートの最後に生中出しをすることになる。
結局妊娠しなかったのは、生存本能としては不幸だが、一般社会に暮らす高校生としては幸運だったといえるだろう。
どうして彼女がハメ撮りを求めてきたのか、当時はよく分からなかったけど、今なら理解できる気がする。
瑠璃葉さんはきっと、何かを残したかったのだ。
この町からもうすぐ消え、僕とも別れる未来。映像という形で、僕との思い出を保存しておきたかったのだろう。
……それなら、どうして彼女があの後のデートで中出しを求めてきたのか、何となく推測できる。
身体の中に、僕の印を刻み付けたかったのだ。ゴム越しの、0.01ミリの間隔を開けて阻まれる精液を、刻んで欲しかったのだ。
胎内に、自分の中に、僕というかけらを残したかったのだろう。
射精された精液は、基本的にどんなことがあっても一生身体に残りつづける。
彼女はそれを望んだ。僕の遺伝子を、痕跡を、自分の内側に繋ぎとめて欲しかったのだ。
どれだけ物理的に僕らが離れたとしても、いろんなことに傷ついて、寂しい思いをしていても、僕の存在は彼女の内側に、物理的に残り続けている。
それを求めたのだ。瑠璃葉さんは。
映像という形で時間を永遠に切り抜かれ、中出しで胎内にマーキングが刻み付けられている。
それが正しいことなのかは分からない。
でも、彼女は満足そうだった。
あの僕の告白の時、避妊に成功「してしまった」時、彼女は自分の選択に誤りは無かったという表情をしていた。
たぶん、僕も彼女も、大罪人なのだろう。
未成年淫行などして、不健全な子供だ。
でも今の選択に、現実に後悔は無かった。
ハメ撮りも第三者に見つかっていないし、彼女を妊娠させずに済んだからそう思うのではない。
どうあっても、自分の成した結果を受けいれたというだけだ。
こんな考えは、たぶんオナニーと同義なんだろうけど。
なぜファイルの中にレシートが仕舞われていたのかは、思い出せなかった。たぶん、恥ずかしかったのだろう。ハメ撮りなんかをしてしまった切っ掛けになる出来事で。
動画は消すに消せなかったけど、レシートはファイルに隠して封印してしまった。
まあ、また眠っていてもらおう。僕はそう思いつつ、その紙切れを再び仕舞いこんだ。
翌日、僕の元に模試の結果が届いた。
僕の努力はどうなったのだろう。もしも想定より低い評価なら、勉強の仕方を改める必要がある。
A判定は行きたい。そうでなければ、この時期では『杜國院大学』は厳しい。
水色の封筒を破る。
中に入っている用紙を、恐る恐る指で摘んだ。手が、震えている。
そして、その印字されている文字を、僕は読んだ。
「あっ……」
第一志望『杜國院大学』 A判定。
しばらくの間、僕は凍りついていた。
と思うと、唐突に流れ込んできた現実感に力が抜け、へなへなと足から崩れ落ちたのだった。
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