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他の生き方を知らないのです
私、ありがとうを言います
しおりを挟む「その際に義母上は『上の娘とは違って次女は器量が良い』と繰り返されたと公爵夫人が仰っておりましたが……そのぉ、夫人は非常に不思議がっておられたのです。確かにフローレンスと妹のヘンリエッタ嬢は姉妹にしては少しも似ていないけれども、上の娘と違ってとは何を言っているのかさっぱりわからないと、このように申されましてね。そして僕も全く同感だったのですが……」
私がヒールの圧力を少し上げるとマックスは慌てたように首を振った。
「いえいえ、別にヘンリエッタの容姿をどうこうと言うつもりはないのですよ。ですが上の娘と違ってとは……」
見物中の皆様から堪えきれずに漏れた忍び笑いか聞こえてくる。ヘンリエッタは……『上の娘と違って』はこの際どうでも良いのだが、器量が良いとは……そうか、溺愛する娘だとそういうものなのね。
「浅はかにも腹を立てるなんて僕は迂闊でした。義母上がフローレンスを卑しめるなどあろう筈が無いのに。今ようやく理由が解りました。義母上には真っ当な審美眼が備わっておいでにならないのですね。でなければフローレンスの器量が悪いなどとご心配なさるわけがない!」
ヒール圧が保留なのを確認し、マックスは更に話を続けた。
「ですがご安心下さい。フローレンスは見目だけでなく心根までもが美しい。なにもそう感じているのはフローレンスを心から愛する夫の僕だけではない、王妃陛下や公爵夫人からもお褒めの言葉を頂戴しておりますからね。しかしそれでも義母上はフローレンスの美しさを否定されるのでしょうか?」
口裏を引くかのようにおずおずと尋ねたマックスを母は真っ赤な顔で睨み付けていたがドスン!と足を踏み鳴らすと何も言わずにくるりと後ろを向き早足で去っていく。流石は私の立ち居振る舞いの出来が悪いと散々扱き下ろして下さった自称淑女の鑑!そんな母の様子に狼狽えた父も何を言えば良いのかわからないのだろう。口をはぐはぐと動かしたが結局一言もなく無言のまま母を追い掛けて行った。
私は力なくソファに腰掛けた。隣に座るマックスは上機嫌で果実水を飲んでいる。それから呆気にとられたままその横顔を見上げている私に気が付くとちゅっと音を立てて頬にキスをした。
「何で音なんか立てるのよ!」
「可愛くて……」
口を手で覆いながら顔を背けるマックスは真っ赤になっている。そんなに照れるなら初めからしないで!頼むから!まだ皆さんの見物は終わってないから!
「ねぇ……」
「ん?」
私がなんとなくマックスの袖口を掴むとマックスがびくっと身体を強張らせるのが伝わって来た。
「違うわよ、怒ってなんかいないから……マックスって……こんなに喋る人だったの?」
「さぁ、どうかな?でもフローラを侮辱されて黙ってなんかいられないだろう?」
「あら?卑しめるはずなど無いって誰か言わなかったかしら?」
マックスは愉快そうに声を上げて笑った。
「いや、実に楽しかった。また是非お手合わせ願いたいね」
「しかも貴方、割と腹黒いのね……」
私はしげしげとマックスを見つめた。私が知っていた初めのマックスは物静かで穏やかで恥ずかしがりな人だった。その後は寝室を追い出されてからほとんど顔を合わせる事もなく当然話だってしていない。そりゃあ今度のマックスが定形外も良いところで取り扱いに困ってはいるけれど、こんな一面を持っているのを私はまるで知らなかったのだ。
「マックス……ありがとう」
マックスは目を見張りスッと顔を背けた。ブティックで散財した時もお礼は言ったけれどその前に散々文句も言ったから、それにあんなに買い物をするのは私の本意ではなかったから、心を込めてありがとうと言ったのは初めてなのに。顔を背けるなんて酷いんじゃないかしら?
むんっと唇を尖らせた私をチラリと見てマックスは手を伸ばし膝の上の私の手に重ねた。
「ああいう人達なのか?」
私はくるくると踊るダンスフロアの人々をぼんやり見つめながらゆっくりと頷いた。
「そうよ、外面が良いから気付かなかったでしょ?それに公爵家から打診された縁談ですもの、逃がすまいと良い顔を見せるのに必死で笑っちゃうくらいだったわ。だけどヘンリエッタにとっては優しいパパとママよ。いくら何でも甘やかし過ぎている気はするけれどね。私は先妻の子だから……」
求められるのは侯爵家の役に立つことだけ、という言葉を飲み込んだ私はダンスを終えフロアを後にする一人の男性に目を留めた。
「知人にご挨拶をしたいの。行ってきても良いかしら?」
マックスの返事も聞かず、立ち上がった私は早足で彼を追い掛けた。
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