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冬の終わり

私、駆け上がりました

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 「何言ってるの?マックスは私を愛してるんでしょう?」
 
 マックスは目を閉じて静かに首を振った。

 「きっとこの巻き戻りは君が僕から解放される為に必要だったんだ。それなのに僕の一方的な愛情で君を縛り付け、その度に何度も虐げる事にまでなってしまった。僕は漸く気付くことができたんだ」
 「勝手な事ばっかり言わないで……私の運命を……勝手に決めつけないで……」
 「僕達の婚姻は無効になる。今度こそ君はフローレンス・ホルトンに戻ってホルトン侯爵家を取り戻すんだ。君が得るべきだったあの家を」「待ってよ!」

 私は劈くように叫びマックスの話を遮った。

 「だから陛下にあんな事を頼んだの?でも私は家督なんてどうでも良い。ジェレミアだって傾いてぼろぼろになった侯爵家なんて欲しがらないわよ。大体どうしてジェレミアが」「フローラ!」

 今度はマックスが私の話を遮ったけれど、マックスの声は私とは対称的にどこまでも静かで落ち着いている。

 「フローラには高い能力がある。そしてオフィーリア様や王妃陛下は君の能力を求めてくれている。だから安心だ……とは思ったんだが、やっぱり僕は気掛かりで……だってフローラは無自覚に自分を追い詰めてがむしゃらに努力してしまうし、何よりも甘え方を知らない。疲れ果てた君に寄り添ってくれる存在が無いことが僕は心配でたまらなかった。そうして心が揺れている時にジェレミアに会ったんだ。初めから敵対心を剥き出しにして僕に殴りかからんばかりのね。ジェレミアが欲しかったのは侯爵の爵位じゃない、フローラ、君なんだよ。だからヘンリエッタじゃ駄目だったんだ」
 「前に言ったでしょう?それはヘンリエッタがお母様を苦しめた愛人の子だからよ。ライラおばさまはお母様の親友だったんですもの、その息子のジェレミアがそんな縁談を受けるなんて……おじさまもおばさまも、それにジェレミアだって爵位よりも矜持を選んだ。当然の事じゃない!」
 「違う、違うよフローラ。ジェレミアが君を望んだのは君を愛していたからだ」
 「あのねぇ……」

 こんな時に、と私はお腹の底から沸き立つ苛立ちで頭のてっぺんから湯気が出てきそうになっていた。それなのに口を尖らせて睨み付ける私を見てマックスは眉尻を下げている。まるでヒルルンデとガルトートの無邪気な取っ組み合いを眺めているような眼差しだった。

 「君、学院に入ってからジェレミアが相手にしてくれなくなったと言っただろう?あれはジェレミアが大人になって君がつまらなく感じられたからじゃないな。むしろ会うたびに成長し女性らしく美しさを増して輝き始めた君に戸惑ったんだ、あのお調子者のことだ、間違いないよ」
 「ねぇ、そんなに私をジェレミアに押し付けたいわけ?ジェレミアは家族なの。本当の家族から愛されなかった私に愛情を注いでくれた家族なのよ。お生憎様だけどジェレミアにとって私は妹でしかないわ。永遠にね」
 「でも君はいつかジェレミアと結婚する、そう思っていたんだろう?」
 「違うってば!あれは子どもの頃にいずれはそうなるんだろうなって思っていた程度の話じゃないの。私もジェレミアもお互いに異性として意識したことなんて一度だってないんだったら!!」

私が言い終わった途端にバタりと膝の上に顔を伏せ『気の毒に……』と呟いたマックスは、徐に顔を上げて何とも言えない複雑な表情を見せた。

 「フローラが何て言おうとジェレミアは君を愛している。君が側に居てくれるなら地位も名誉もいらない、そう言われたよ。僕は君を幸せにしてくれる人じゃない、だからもう君を渡さないとも。夫の僕にこれだけずけずけと遠慮無く言うのにいくらお鈍さんのフローラだからって全く自覚させないとは……あいつ、相当なヘタレだな……」
 
 バシン!と机に両手をつき勢いよく立ち上がるとマックスが息を呑んで私を見上げた。私はその横をすり抜けて祭壇の前に行きくるりと振り向いた。

 「もしもマックスが言う通りジェレミアが私を想ってくれていたとしても何も変わらない。それにもしも貴方が私を想う気持ちがジェレミアに敵わないとしても何も変わらないわ。マックス、貴方間違っているのよ。貴方の隣にいる事で私があの家の呪縛から逃れられないと思っているんでしょう?でもそれはマックスじゃない、私が決める事よ。私は……私はマックスの隣に居たい、貴方と歩いて行きたいの!」
 
 マックスの瞳はゆらゆらと揺れ、頬を一筋の涙が伝い落ちる。

 「フローラ、ジェレミアが待っているよ」

 私は踵を返し走り出し、祭壇の右奥にある扉を開けると現れた螺旋階段を一気に駆け上がって行った。
 
 
 
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