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おやゆび姫
サヨナキドリ
しおりを挟む知らせを受け驚いて駆け付けた兄さまがロンダール城に到着したのは夜遅くなってからだったそうだ。泣き疲れたわたしはあんなに眠れなかったのが嘘みたいにぐっすり眠っていたので知らなかったのだ。
リリアの顔を見るなり何がどうなったのかと詰め寄った兄さまに、思わずこれまでの積もり積もった思いの丈を余すところなくぶちまけてしまった……とリリアは申し訳なさそうに教えてくれた。だけどお陰でわたしの口から話す必要がなくて良かったのだ。だって取り乱さずにきちんと話をする自信がないんだもの。
メソメソしたら兄さまはもっと心配する。兄さまは今家を離れちゃいけないのに……
「兄さまったら!お義姉様がもうすぐ産み月になるっていうのに留守の間に何かあったらどうするの?」
「ちょっと顔を見たいと思っただけだよ。それに心配したテレーゼに様子を見てきて欲しいと言われたんだ。でも兄さまに文句を言う元気があるのなら直ぐに戻るさ」
兄さまと結婚し義姉になったテレーゼ様は初めての出産を控えている。お腹にいる甥か姪の誕生をわたしはそれは楽しみていた。
「赤ちゃんに早く会いたいわ。でも月足らずで生まれてはいけないからお母様のお腹の中でしっかり準備をしてから出ておいで、そう言ってね」
「赤ん坊にかい?」
「そうよ。お腹の中の赤ちゃんにも外の音は聞こえているんだから!ね、だから早く戻ってリセ叔母様の伝言を赤ちゃんに聞かせて」
はしゃいだ声で話すわたしを果実水を注いでいたリリアがほっとしたように見ていた。だがそれはつかの間のことだった。不意に俯いたわたしの頬を涙が濡らしていたのだ。泣くつもりなんてなかったのに勝手に溢れる涙はどんなに我慢しても止められなかった。
「リセ…………辛いのなら我慢しなくても良いんだ。遠慮なんかいらない、帰りたければ帰っておいで。リセを蔑ろにするような奴らのところで耐えることなんかないんだよ?」
諭すように言いながらわたしの髪を撫でる兄さまだったがわたしは目を反らした。
「逃げるなんて無理よ……王室はわたしを逃がしたりしないわ。ここで私を追い出したらあまりにも体面が悪いもの」
「リセ……」
「今の王家には私を手放す気なんてない、このままわたしを飼い殺しにしようとしているのよ。いつかほとぼりが冷めてわたしが邪魔になったら、その時には追い出してくれるかも知れないけれどね」
「リセが自由になりたいなら兄さまは何だってする!」
「兄さま……」
兄さまを見上げたわたしは直ぐに項垂れて首を振った。
「兄さまが守るべき者はわたしじゃない、お義姉様と生まれてくる赤ちゃんよ。その為にも王室に歯向かったりしてはいけないの。わたしは赤ちゃんには幸せな人生を歩んで欲しい……何よりもね」
「でもそれじゃリセはどうなる?」
「わたしは…………サヨナキドリなのよ。珍しがられてお城に連れてこられた囀る事しかできないサヨナキドリ。始めからいつか飽きられてしまう運命だったのよ」
わたしは左手でギュッとスカートを握りしめた。
「それなのに必死に足掻いて新しい歌を覚えたの。でもそれは余計なことだったらしいわ。サヨナキドリの歌は皇帝を不愉快にさせたみたい…………リードはね、エレナ様がフローリストナイフで怪我をした時、わたしの所に怒鳴り込んで来たの」
「だってそれはあの女が……」
「良いのよ、それは。ただあの時みたいだなって……」
「前にもあったのか?」
ふっと顔を和らげたわたしは想いを馳せるように窓のそとに視線を送った。
「わたし達、実は一度会っているの」
「え?」
「私が16の時、国境近くの村が大火事で壊滅してしまって、いてもたってもいられなくて反対を押しきって被災地に駆けつけたでしょう?戻り際、犠牲者に花を手向けようと一人登った丘にリードが現れて…………いきなり凄い剣幕で怒鳴られたのよ」
兄さまの目が驚きで見開かれた。
「安全な城にいるはずの王太子妃がこんな所で何をしているんだ、わたしの軽率な行動がどれだけの人に迷惑を掛け危険に晒しているのか少しは考えろ、ですって!そういう自分は護衛も付けずに単騎でこっそり抜け出して来たくせに」
わたしは呆れたように眉尻を下げて笑った。
「リードにはサヨナキドリの新しい歌は耳障りでしかなかったのよ。でもわたしは歌わずにはいられなかった。わたしの歌を求めてくれる人々がいるのだから……」
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