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大変な知らせが来た。
宰相である父の片腕として王宮に出仕していたクライスは、急な知らせを受け急ぎ家に戻った。
「おかえりなさい。兄上」
家に戻ると、成人前の弟がニコニコとクライスを出迎えた。
「ユリアはどうした」
弟を無視して、クライスは出迎えた執事に尋ねる。
「あの女なら追い出してやったよ。ソフィを苛めて殺そうとした、最低の女だ。いままでは殿下の婚約者だったから手が出せなかったけれど、婚約は破棄されたし、学園からも公爵家からも追放するっていう殿下のご下命もあったから、公爵家に類が及ばないように、追い出してやった」
よくやったでしょう。と、褒められるのを待つ子どものような笑顔で報告してくる弟を、クラウスは化け物でも見るような目で見下ろした。
「なにを言っているか、分かっているのか」
「もちろん。兄上は学園にいなかったから分からなかったと思うけれど、それはもう酷いもんだったよ。あの女の振る舞いは。あんな公爵家の誇りを汚すような女、公爵家に相応しくない。下町に捨てて来いって命じたから、無事ではすまないだろうね」
いい気味だ、と笑う弟を、クライスは蹴り飛ばした。
「ぐぅっ」
腹を抉られて壁に叩きつけられた弟を見もせず、クラウスは帽子とコートを執事に預ける。
「女狐に誑かされて姉を害するとは見下げ果てた奴だな」
「ソフィは女狐じゃない! 兄上こそあの女に騙されてるだろ!!」
壁に寄りかかりながらなんとか立ち上がろうとしている弟の襟首を掴み、壁に押し付ける。
「これ以上お前の戯言を聞いてやるつもりはない。しばらく部屋で頭を冷やしていろ」
失神寸前まで首を締め上げ、放り出すと、部屋に放り込むよう若い二人の従僕に命じた。
主人を出迎える為に玄関に集まっていたメイド達がその様子を見て不安そうにしていた。
「ユリアはどうした」
弟が屋敷の奥に連れ去られるのを確かめて、執事に確認する。
「ダンバルト伯爵様のお屋敷にお連れしました」
「伯父上のところか。一先ず安心だな」
ほっと息を吐いて、クラウスはやっと玄関脇の応接室へ移動することにした。
長い手足を投げ出し、柔らかいソファに座ると、控えていたメイドが飲み物を置いて立ち去った。
「俺にはまだ事情がよく飲み込めていないんだが、ユリアは大丈夫なのか」
「ユリア様は、軽いお怪我をされております。また心労から発熱もあるようですが、伯爵家で保護するので心配はないと、伯爵様からご伝言を承りました」
「どういうことだ」
執事も勿論その現場にいた訳ではない。
だが現場にいた生徒達に聞いた話と、弟であるルイスが喚いていた話を総合すると、ユリアが心身ともに不当に痛めつけられた事が分かった。
クラウスの妹であるユリアは、公爵令嬢として教養と知識を身に付けた、どこに出しても恥ずかしくない美しい令嬢だった。
その評判を聞いた王家から、王子の婚約者にという話があり、5年前に婚約者となった。
王子との仲も悪いものではなかったはずだが、半年前、一人の少女が学園に転入して来てから、歯車が狂った。
下町で育ったという、男爵家の庶子である少女は、見目麗しい上位貴族の子息を次々と篭絡していき、ついには王子もその毒牙にかけた。
蜜に集まる蟻のように、王子や将来その側近として取り立てられるはずだった貴族の子息達は、衆目を気にせずその少女に侍るようになった。
その姿を見て、ユリアは度々忠言を繰り返していたらしい。
それを恨んでか、彼らはユリアにありもない罪を着せ、大勢の前で断罪したのだという。
婚約破棄。学園からの放逐。公爵家からの追放。
それがユリアに下された罰だった。
「馬鹿を言うな。そのどれ一つをとっても、王子の権限でどうにかできるものではないだろう」
普通に考えればそうだ。
だが、その場は普通の事が言える雰囲気ではなかったらしい。
王子、宰相の子息、騎士団長の子息、取り巻きである、子爵、男爵家の子息。
およそ5人ほどの男に囲まれ、ユリアは断罪された。
ありもしない罪だと訴えると、騎士団長の息子がユリアを取り押さえ、床に這わせ、何度も頭を床に打ちつけ、ソフィという男爵令嬢への謝罪を迫ったという。
あまりの暴行に虫の息となったユリアを、弟であるルイスが無理やり学園から引きずりだし、従僕に任せ下町に投げ捨てるよう指示したとか。
従僕は恐ろしさに震えながら、公爵家へ戻り、執事の指示を受け、ユリアを伯父である伯爵家へ避難させたのだという。
主のいない公爵家においていては、帰宅したルイスがどんな暴力を振るうかわからず、泣く泣くユリアを送り届けたのだと。
話を聞いたクライスは、握った手が怒りで震えるのを抑え切れなかった。
なんだ。それは。
なんの権利があって、アデレード公爵家の令嬢を、妹を、そんな風に扱ったというのか。
妹を断罪したという5人を許せなかったし、ユリアを下町に捨てようなどと命じたルイスの事は、生かしてはおけないと思った。
しばらく拳を握り込み、なんとか怒りを押さえ込んで、クラウスは顔を上げた。
「少し出てくる。ルイスを部屋から出すな」
宰相である父の片腕として王宮に出仕していたクライスは、急な知らせを受け急ぎ家に戻った。
「おかえりなさい。兄上」
家に戻ると、成人前の弟がニコニコとクライスを出迎えた。
「ユリアはどうした」
弟を無視して、クライスは出迎えた執事に尋ねる。
「あの女なら追い出してやったよ。ソフィを苛めて殺そうとした、最低の女だ。いままでは殿下の婚約者だったから手が出せなかったけれど、婚約は破棄されたし、学園からも公爵家からも追放するっていう殿下のご下命もあったから、公爵家に類が及ばないように、追い出してやった」
よくやったでしょう。と、褒められるのを待つ子どものような笑顔で報告してくる弟を、クラウスは化け物でも見るような目で見下ろした。
「なにを言っているか、分かっているのか」
「もちろん。兄上は学園にいなかったから分からなかったと思うけれど、それはもう酷いもんだったよ。あの女の振る舞いは。あんな公爵家の誇りを汚すような女、公爵家に相応しくない。下町に捨てて来いって命じたから、無事ではすまないだろうね」
いい気味だ、と笑う弟を、クライスは蹴り飛ばした。
「ぐぅっ」
腹を抉られて壁に叩きつけられた弟を見もせず、クラウスは帽子とコートを執事に預ける。
「女狐に誑かされて姉を害するとは見下げ果てた奴だな」
「ソフィは女狐じゃない! 兄上こそあの女に騙されてるだろ!!」
壁に寄りかかりながらなんとか立ち上がろうとしている弟の襟首を掴み、壁に押し付ける。
「これ以上お前の戯言を聞いてやるつもりはない。しばらく部屋で頭を冷やしていろ」
失神寸前まで首を締め上げ、放り出すと、部屋に放り込むよう若い二人の従僕に命じた。
主人を出迎える為に玄関に集まっていたメイド達がその様子を見て不安そうにしていた。
「ユリアはどうした」
弟が屋敷の奥に連れ去られるのを確かめて、執事に確認する。
「ダンバルト伯爵様のお屋敷にお連れしました」
「伯父上のところか。一先ず安心だな」
ほっと息を吐いて、クラウスはやっと玄関脇の応接室へ移動することにした。
長い手足を投げ出し、柔らかいソファに座ると、控えていたメイドが飲み物を置いて立ち去った。
「俺にはまだ事情がよく飲み込めていないんだが、ユリアは大丈夫なのか」
「ユリア様は、軽いお怪我をされております。また心労から発熱もあるようですが、伯爵家で保護するので心配はないと、伯爵様からご伝言を承りました」
「どういうことだ」
執事も勿論その現場にいた訳ではない。
だが現場にいた生徒達に聞いた話と、弟であるルイスが喚いていた話を総合すると、ユリアが心身ともに不当に痛めつけられた事が分かった。
クラウスの妹であるユリアは、公爵令嬢として教養と知識を身に付けた、どこに出しても恥ずかしくない美しい令嬢だった。
その評判を聞いた王家から、王子の婚約者にという話があり、5年前に婚約者となった。
王子との仲も悪いものではなかったはずだが、半年前、一人の少女が学園に転入して来てから、歯車が狂った。
下町で育ったという、男爵家の庶子である少女は、見目麗しい上位貴族の子息を次々と篭絡していき、ついには王子もその毒牙にかけた。
蜜に集まる蟻のように、王子や将来その側近として取り立てられるはずだった貴族の子息達は、衆目を気にせずその少女に侍るようになった。
その姿を見て、ユリアは度々忠言を繰り返していたらしい。
それを恨んでか、彼らはユリアにありもない罪を着せ、大勢の前で断罪したのだという。
婚約破棄。学園からの放逐。公爵家からの追放。
それがユリアに下された罰だった。
「馬鹿を言うな。そのどれ一つをとっても、王子の権限でどうにかできるものではないだろう」
普通に考えればそうだ。
だが、その場は普通の事が言える雰囲気ではなかったらしい。
王子、宰相の子息、騎士団長の子息、取り巻きである、子爵、男爵家の子息。
およそ5人ほどの男に囲まれ、ユリアは断罪された。
ありもしない罪だと訴えると、騎士団長の息子がユリアを取り押さえ、床に這わせ、何度も頭を床に打ちつけ、ソフィという男爵令嬢への謝罪を迫ったという。
あまりの暴行に虫の息となったユリアを、弟であるルイスが無理やり学園から引きずりだし、従僕に任せ下町に投げ捨てるよう指示したとか。
従僕は恐ろしさに震えながら、公爵家へ戻り、執事の指示を受け、ユリアを伯父である伯爵家へ避難させたのだという。
主のいない公爵家においていては、帰宅したルイスがどんな暴力を振るうかわからず、泣く泣くユリアを送り届けたのだと。
話を聞いたクライスは、握った手が怒りで震えるのを抑え切れなかった。
なんだ。それは。
なんの権利があって、アデレード公爵家の令嬢を、妹を、そんな風に扱ったというのか。
妹を断罪したという5人を許せなかったし、ユリアを下町に捨てようなどと命じたルイスの事は、生かしてはおけないと思った。
しばらく拳を握り込み、なんとか怒りを押さえ込んで、クラウスは顔を上げた。
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