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まずは開幕前の舞台裏

1 生徒会

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「エリーヌを学園から追放する」

 窓を背に執務机の前に立ち、両手を机上についたクラウスはそう宣言した。

 この場に居合わせた四人は顔を見合わせた。
 いま生徒会室には、会長の召集に応じて集まった生徒会メンバーがいる。
 副会長、会計、書記、その他役なしが一名。そして会長であるクラウス王子。

 メンバーの殆どは、将来クラウス王子の側近となる事を期待されている上級貴族の子弟だ。

 クラウスへの信頼は厚い一方、この王子が時に暴走してしまう事もよく知っていた。

 それぞれの定位置に座っていたメンバーは、立ち上がりクラウスの周りに集まった。

「殿下。お気持ちはわかりますが、落ち着いて下さい」

 眼鏡をかけた神経質そうな風貌の会計が口火を切って止めようとした。だが王子に睨みつけられ、後が続かない。

「俺は落ち着いている。お前たちだって、いままでリリアナがどんな目にあってきたかは分かっているだろう。手をこまねいて見ていた結果がこれだ。リリアナは階段から突き落とされて、全治一週間の怪我を負った」

 リリアナと親しい生徒会メンバー達は沈痛な表情になった。力なく医務室のベッドに寝かされていた彼女が思い出される。

 騎士候補生が喧嘩や決闘騒ぎを起こして怪我が絶えないのは見慣れた光景だが、か弱い婦女子が学園で怪我を負うなど、滅多にない事だった。

「婚約者だから大目に見てきたが、エリーヌはやり過ぎた。これ以上は見逃せん」

 脳筋マッチョなその他一名が小さく頷いた。

「しかし証拠がありません」

 王子に同調せず、会計はなおも止める。

「リリアナがエリーヌに突き落とされたと言っている」

「言ってませんよ」

 傍観していた書記が、事故の調書を眺めながら口を挟む。
 階段から落ちたリリアナが目覚めた後、生徒会は事故のあらましを聴き取り調査し、調書を作成していた。調書作成を担当した書記は、見た目はチャラ男だが適当な仕事はしない。

「言ったようなものだ。あれだけ怯えているんだからな」

 確かに。事故の原因についてリリアナの口は重かった。なにかをはばかるように怯えた様子も見せていた。
 単純な事故ではないのではないか、とは、そこに居合わせた全員のもつ印象だ。

 一同顔を見合わせる。だがそれぞれに浮かぶ表情は異なっていた。

 その他一名は王子に同調し、会計は王子の暴走を心配している。書記でさえ、事故に腑に落ちない顔をしていたが、ただ一人副会長だけが涼しい顔をしていた。

「しかし証拠がない以上、生徒会では彼女を処分する事は出来ませんよ。ルシドラ様が卒業された今では、彼女に対抗できる勢力もこの学園にはありませんし」

 腑には落ちないものの、言うべきことは言う書記。

 強力なリーダーシップで学園を支配していた、クラウスの姉であるルシドラ王女が卒業してから、エリーヌ・ルゼッタ公爵令嬢に逆らえる勢力はいなくなってしまった。
 ルゼッタ公爵令嬢こそが、新たな学園の支配者だと噂する声も少なくない。

 表向きは王子が所属する生徒会が学園を統括している事になっているが、生徒会はあくまで生徒の代表。公平をうたう組織。証拠がなければ彼女には手が出せない。

「なんとかならないのか。リリアナが被害にあっているのは明らかだ」

 脳筋なその他一名が悔しそうに訴える。

「証拠がない以上、生徒会としては手が出せない」

 眼鏡会計がそれを一刀のもとに斬り捨てる。

 生徒会室を嫌な空気が包んだ。
 会計も、ルゼッタ公爵令嬢を庇いたいわけではないのだ。だが証拠がなければ生徒会としては動けない。

「わかった」

 嫌な空気を断ち切るように、重々しくクラウスが口を開いた。

「殿下?」

「俺がなんとかする」

 クラウスはすごく思いつめた顔をしていた。
 その様子をみて暴走の危険を感じた生徒会メンバーの半分は、止めた方がいいんじゃないかと目配せしたが、いつも会長の暴走を止める副会長が涼しい顔でスルーしていたので、誰も言い出せなかった。

 あのルゼッタ公爵令嬢を追放するなど、無理だ、とは。



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