9 / 19
キミはどちらの道を選ぶ?
9 公爵家タウンハウス1
しおりを挟む
王城を出たクラウスは、徒歩で公爵家のタウンハウスへ向かった。
歩いて門を潜ったのは初めてだ。こんな時に不謹慎だとは思うが、冒険に出かけるようで楽しかった。
いつもとは違う地味な装いの王子に、町の人々も気づかないようだ。
公爵家のタウンハウスは、力のある諸侯の邸宅だけあって威風堂々とした威圧感のある建物だった。
クラウスはごくりと唾を飲み込む。
父王は『公爵家は婚約を継続してやってもいいといっている』と言っていたが、あのルゼッタ公爵がそれを望んでいるとは思えない。婚約の継続を望んだのは、きっとエリーヌだろう。
エリーヌがなにを考えているのかは、いまだに分からないが、クラウスは彼女を疑うのはもうやめようと決めた。
エリーヌに会い、彼女の気持ちを確かめる。そして彼女を通して公爵家の考えも確かめる。
それがクラウスが公爵家を訪れた理由の一つであった。
勿論もっと大事な理由もあった。そのためにもエリーヌに会わなければならなかった。
怯む気持ちを抑えクラウスが公爵家の門を叩くと、顔見知りの執事が王子を出迎えた。
老齢の彼は、王子を見ると微妙な顔をした。
「お一人でいらしたのですか」
「おかしいか」
もちろんおかしい。だが執事は賢く沈黙した。幼いころから知っているので、この王子のものの考え方が少しズレているのは承知していた。
「どうぞ。お嬢様がお待ちです」
門前払いも覚悟していたのだが、父王の言葉通り、公爵家はクラウスを許すつもりがあるらしく、エリーヌとの面会はすんなり許された。
玄関ホールの脇にある応接室に案内されながら、クラウスは公爵家の雰囲気が普段とは微妙に異なっていることを感じた。
いつもなら客を迎えるのはもっと若い執事だ。この老齢の執事は公爵の秘書も兼ねているため、公爵の不在時にはいないはずなのだが。彼に公爵のことを訊ねると、公爵は視察に出ていると答えが返った。
彼が公爵ではなくエリーヌの側にいることを、クラウスは訝しく思った。
応接室に王子を迎え入れた公爵家の使用人たちは、呆れるほど普段通りだった。クラウスの失態などなかったかのように振る舞う彼らだが、仕えている家の令嬢を馬鹿にされたのだ。内心では腸が煮えくり返っているのではないだろうか。
普段は使用人の反応など気にしないクラウスだったが、さすがに今日は緊張していた。
応接室で待つこと数分。エリーヌがやってきた。
決闘のあと、呆然として数日部屋に引きこもっていたクラウスにとって、久しぶりに見るエリーヌは相変わらず美しい女だった。
だが派手な衣装とメイクで周囲を睥睨していたエリーヌはそこにはいなかった。
舞踏会や学園で見せていた派手さはなりをひそめ、シンプルで控えめな印象を覚えるドレスを着た彼女は自然体で寛いでいるように見えた。
シンプルだが上質な素材が使われ丁寧に作られたドレスは、意外にも彼女に似合っていた。
化粧も控えめで、美しい彼女の素顔を引き立てるナチュラルメイクは、昔の彼女を思い出させ、不覚にもクラウスは見惚れてしまった。
言葉を失ったクラウスの様子を疑問に思ったのか、エリーヌが少し首を傾げる。
婚約破棄までしようとした女を相手に、なにを考えているんだ。
クラウスは慌てて自分に喝を入れた。
「久しぶりだな、エリーヌ。面会を許してくれた事、礼を言う」
「今日はずいぶん殊勝ですのね」
「喧嘩を売りに来たわけではないからな。それに、お前との決闘は、それなりに堪えた」
珍しく素直なクラウスの言葉に、エリーヌは目を見開いた。
「まさか女性に負けるほど、己が不甲斐ないとは思わなかった」
エリーヌとの決闘での敗北は、クラウスの心を容赦なくへし折ってくれた。
一対一の決闘。しかも相手はか弱いはずの女性。その女性に決闘には向かないはずの魔法でぼこぼこにされたのだ。言い訳のしようがない。
むしろ剣士に何もさせずに勝利した彼女を称賛したい気持ちがあった。
先手必勝。あれほど見事な腕前は見たことがない。決闘慣れしているという言葉がすんなり納得できた。
エリーヌは少し考え込んだあと、おもむろに口を開いた。
「殿下は騎士団長に勝てますか?」
不意の言葉に、クラウスは戸惑いを隠せなかった。
なぜここで騎士団長の話題が出てくるのだろう。
騎士団長のことはよく知っている。騎士に憧れるクラウスに剣を教えてくれた相手だ。
彼はこの国一番の戦士であり、クラウスの尊敬する騎士でもあった。
「いや。剣は学んでいるが、騎士団長のような本物の戦士に勝てるほどの腕ではない」
戸惑いながらもクラウスは本音で答えた。卒業後、騎士として叙任される予定だったが、いまとなってはそれは不確かなものだ。剣によって自信を得ていたクラウスは、負けた時に自信も失っていた。
「ではそれほど気にすることはありませんわ。魔法を使われれば、騎士団長でも苦戦なさるでしょう」
どういう意味だろう。確かにエリーヌは見たことのない攻撃魔法の使い方をしていたが、いわゆる『魔法』と呼ばれるものに騎士団長が苦戦するとは思えない。
負けた当事者であるクラウスでさえそう思ってしまう。そのくらい、本来なら『魔法』の価値は低いのだ。決闘の場においては。
「まさか」と否定するクラウスの前で、エリーヌは確信を込めた言葉を発した。
「我々の『魔法』とは、そういうものなのです」
『我々の魔法』。つまりルゼッタの魔法ということか。ルゼッタ公爵家が魔法の大家であることは、魔法に興味のないクラウスも知っていた。
だがクラウスの知る魔法は、発動までに時間がかかり、威力も剣には及ばない、およそ実戦で使えるものとは思えない代物だ。
この国の王家もルゼッタと同じく古い血統なので、王子であるクラウスも普通より強い魔法を使えるが、それでも実戦で魔法を使う選択肢はない。
詠唱に時間がかかりすぎるのだ。
エリーヌのウォーターボールより威力のある魔法を放つことができるクラウスでさえそうだ。速さが肝となる実戦で魔法が使われる場面はほとんどないといえた。
しかし、エリーヌが『魔法』でクラウスを圧倒したのも事実だ。
決闘の時に見せられたエリーヌの魔法は、いささか規格外だったように思える。
無詠唱魔法が来るとは思わず油断していたのもあったが、魔法が発動するまでの速さも、連続して放たれる魔法も、見たのは初めてだ。
そういう技術があることは、知識としては知っていたが、知識として知っているのと実際に見るのとでは大きく違った。
「あれは普通の魔法ではないのか」
「基本は同じです」
「公爵家独自の術式ということか」
エリーヌは口角を上げ。
「秘密です」
ふふふ、と悪戯っぽっく笑った。
彼女の使う魔法について、気にならないわけではなかったが、この様子では口を割ることはないだろう。
そもそも諸侯は王に従ってはいるが、一国一城の主だ。家中の秘を外に教えることは無い。
興味深い話題ではあるが、やぶ蛇になっても困る。
クラウスは話題を変えることにした。
「エリーヌ。今日は、お前に話があって来た」
「わたくしもですわ」
クラウスは返事に困った。そう返されるとは思わなかった。
すんなり面会が許されたのは、これが理由だったのか。
エリーヌがする話に心あたりはなかったが、聞かないわけにはいかない。
それに普段とは違う公爵家の様子から察するに、重要な話かもしれない。
自分のしようとしている話が、切り出しにくい事柄であることもあって、クラウスは話の先をエリーヌに譲ることにした。
「では先にお前の話を聞こう」
では失礼させていただいて、と軽く頷き、エリーヌは真剣な瞳をクラウスに向けた。
彼女はいつも作り物のような笑顔で感情や情動を隠しているので、これはとても珍しい。
クラウスは背筋を伸ばし真剣に耳を傾けた。
「今回の事、殿下がどのように思われているかは分かりませんが、わたくしにとっては予想通りの事でした」
「どういう意味だ」
「初めて殿下にお会いした時に、殿下が身分の低い女性を愛する未来が見えましたの」
エリーヌの言葉にクラウスは絶句した。
未来が見える。なんとも夢のある話だが、現実にはありえない。
魔法の古書を紐解いても、そんな技術は見当たらなかった。
「馬鹿なことを」
クラウスはエリーヌの言葉を一蹴した。彼女を疑うわけではないが、あまりにも荒唐無稽すぎる言葉なので受け入れられない。
『初めて会った時』というのがいつの事を指しているかはわからないが、エリーヌのデビュタントの時でさえ、クラウスはリリアナに出会ってさえいない。
一年前に彼女が学園に編入して来なければ、あれ程に身分の違う娘とは、言葉を交わすことさえなかっただろう。
「信じられないのも無理はありませんわ」
エリーヌも信じてもらおうと思って言い出したわけではないようだ。否定されてもあたりまえのような顔をしていた。
それはそれで腹が立つ。
「説明しろ」
エリーヌの話を聞くため、クラウスは本腰を入れた。
しかし続くエリーヌの言葉は、説明とは程遠いものだった。
何故とはお聞きにならないで、とエリーヌは前置きした。答えられない事だから、と。
「でも未来を知っていたからこそ、わたくしにとってあれは、裏切りではありませんでした」
クラウスは混乱した。
説明できないとはどういうことだ。
あれほどの魔法技術を持つエリーヌの言うことだ。仮に公爵家秘蔵の魔法古書の中に、クラウスの知らない『未来を見る魔法』があったと言われても、彼は信じただろう。
彼女を疑わないと決めた、ということは、彼女を信じると決めたことに等しい。説明さえしてくれれば、それがどんな内容でもクラウスは信じようとした。
だが説明できないというなら、やはり彼女の言葉は妄言としか思えない。
「それが、お前が話したかった事か」
苦り切った顔で言葉を抑え、目を逸らしたクラウスに、エリーヌは容赦のない攻撃を仕掛けてきた。
「いいえ。話はこれからです。殿下。もしリリアナ様と添い遂げたいとお望みでしたら、力を貸してさしあげますわ」
なにを言われたのか分からず、クラウスは一瞬言葉を失ってエリーヌを凝視した。
未来が見えたという妄言より、信じられない言葉だった。
仮に、エリーヌの妄言が本当の事だったとしよう。
初めて会った時に、浮気するとわかっていた相手に心を許せるだろうか。
答えは『否』だ。
そう考えれば、これまでのエリーヌの冷たい態度も頷ける。
いつか裏切るとわかっている相手に、本当の笑顔を見せられるはずがないだろう。
もしクラウスがエリーヌの立場だったとしたら、エリーヌに近づかなかっただろうか。
デビュタントで出会ったエリーヌを思い出し、クラウスは顔をしかめた。
たとえ自分を裏切るとわかっていたとしても、クラウスはエリーヌを手に入れただろう。そして決して裏切れないように鳥かごに閉じ込めようとしたはずだ。
そう考えると、エリーヌはなんとも寛大な女だった。
裏切るとわかっている相手を野放しにして、裏切りの結末を迎えた。
いや、結末は迎えていないか。彼女は実力で裏切りをねじ伏せた。
だが、そうまでして引き離した相手との仲を、今度は取り持つだと?
寛大を通り越して異常だ。
エリーヌを信じようと決めてはいたが、なにを信じればいいのかわからなくなった。
「何故だ」
言葉を失ったクラウスだが、気を取り直してそう問いかけた。クラウスにはまったく想像がつかないが、エリーヌがそう言うにはなにか理由があるのかもしれない。
「好きな方と一緒になれないのは、お可哀相ですもの」
「馬鹿にしているのか」
「いいえ。殿下の事は、心からお慕いしております」
それとこれとは話が違う! クラウスは悲鳴を上げそうになった。
その言葉を告げたエリーヌは、見慣れた仮面のような笑みを浮かべた。
もう彼女の真意を確かめるどころではなくなった。
エリーヌに翻弄され続け、クラウスの心は千々に乱れた。
歩いて門を潜ったのは初めてだ。こんな時に不謹慎だとは思うが、冒険に出かけるようで楽しかった。
いつもとは違う地味な装いの王子に、町の人々も気づかないようだ。
公爵家のタウンハウスは、力のある諸侯の邸宅だけあって威風堂々とした威圧感のある建物だった。
クラウスはごくりと唾を飲み込む。
父王は『公爵家は婚約を継続してやってもいいといっている』と言っていたが、あのルゼッタ公爵がそれを望んでいるとは思えない。婚約の継続を望んだのは、きっとエリーヌだろう。
エリーヌがなにを考えているのかは、いまだに分からないが、クラウスは彼女を疑うのはもうやめようと決めた。
エリーヌに会い、彼女の気持ちを確かめる。そして彼女を通して公爵家の考えも確かめる。
それがクラウスが公爵家を訪れた理由の一つであった。
勿論もっと大事な理由もあった。そのためにもエリーヌに会わなければならなかった。
怯む気持ちを抑えクラウスが公爵家の門を叩くと、顔見知りの執事が王子を出迎えた。
老齢の彼は、王子を見ると微妙な顔をした。
「お一人でいらしたのですか」
「おかしいか」
もちろんおかしい。だが執事は賢く沈黙した。幼いころから知っているので、この王子のものの考え方が少しズレているのは承知していた。
「どうぞ。お嬢様がお待ちです」
門前払いも覚悟していたのだが、父王の言葉通り、公爵家はクラウスを許すつもりがあるらしく、エリーヌとの面会はすんなり許された。
玄関ホールの脇にある応接室に案内されながら、クラウスは公爵家の雰囲気が普段とは微妙に異なっていることを感じた。
いつもなら客を迎えるのはもっと若い執事だ。この老齢の執事は公爵の秘書も兼ねているため、公爵の不在時にはいないはずなのだが。彼に公爵のことを訊ねると、公爵は視察に出ていると答えが返った。
彼が公爵ではなくエリーヌの側にいることを、クラウスは訝しく思った。
応接室に王子を迎え入れた公爵家の使用人たちは、呆れるほど普段通りだった。クラウスの失態などなかったかのように振る舞う彼らだが、仕えている家の令嬢を馬鹿にされたのだ。内心では腸が煮えくり返っているのではないだろうか。
普段は使用人の反応など気にしないクラウスだったが、さすがに今日は緊張していた。
応接室で待つこと数分。エリーヌがやってきた。
決闘のあと、呆然として数日部屋に引きこもっていたクラウスにとって、久しぶりに見るエリーヌは相変わらず美しい女だった。
だが派手な衣装とメイクで周囲を睥睨していたエリーヌはそこにはいなかった。
舞踏会や学園で見せていた派手さはなりをひそめ、シンプルで控えめな印象を覚えるドレスを着た彼女は自然体で寛いでいるように見えた。
シンプルだが上質な素材が使われ丁寧に作られたドレスは、意外にも彼女に似合っていた。
化粧も控えめで、美しい彼女の素顔を引き立てるナチュラルメイクは、昔の彼女を思い出させ、不覚にもクラウスは見惚れてしまった。
言葉を失ったクラウスの様子を疑問に思ったのか、エリーヌが少し首を傾げる。
婚約破棄までしようとした女を相手に、なにを考えているんだ。
クラウスは慌てて自分に喝を入れた。
「久しぶりだな、エリーヌ。面会を許してくれた事、礼を言う」
「今日はずいぶん殊勝ですのね」
「喧嘩を売りに来たわけではないからな。それに、お前との決闘は、それなりに堪えた」
珍しく素直なクラウスの言葉に、エリーヌは目を見開いた。
「まさか女性に負けるほど、己が不甲斐ないとは思わなかった」
エリーヌとの決闘での敗北は、クラウスの心を容赦なくへし折ってくれた。
一対一の決闘。しかも相手はか弱いはずの女性。その女性に決闘には向かないはずの魔法でぼこぼこにされたのだ。言い訳のしようがない。
むしろ剣士に何もさせずに勝利した彼女を称賛したい気持ちがあった。
先手必勝。あれほど見事な腕前は見たことがない。決闘慣れしているという言葉がすんなり納得できた。
エリーヌは少し考え込んだあと、おもむろに口を開いた。
「殿下は騎士団長に勝てますか?」
不意の言葉に、クラウスは戸惑いを隠せなかった。
なぜここで騎士団長の話題が出てくるのだろう。
騎士団長のことはよく知っている。騎士に憧れるクラウスに剣を教えてくれた相手だ。
彼はこの国一番の戦士であり、クラウスの尊敬する騎士でもあった。
「いや。剣は学んでいるが、騎士団長のような本物の戦士に勝てるほどの腕ではない」
戸惑いながらもクラウスは本音で答えた。卒業後、騎士として叙任される予定だったが、いまとなってはそれは不確かなものだ。剣によって自信を得ていたクラウスは、負けた時に自信も失っていた。
「ではそれほど気にすることはありませんわ。魔法を使われれば、騎士団長でも苦戦なさるでしょう」
どういう意味だろう。確かにエリーヌは見たことのない攻撃魔法の使い方をしていたが、いわゆる『魔法』と呼ばれるものに騎士団長が苦戦するとは思えない。
負けた当事者であるクラウスでさえそう思ってしまう。そのくらい、本来なら『魔法』の価値は低いのだ。決闘の場においては。
「まさか」と否定するクラウスの前で、エリーヌは確信を込めた言葉を発した。
「我々の『魔法』とは、そういうものなのです」
『我々の魔法』。つまりルゼッタの魔法ということか。ルゼッタ公爵家が魔法の大家であることは、魔法に興味のないクラウスも知っていた。
だがクラウスの知る魔法は、発動までに時間がかかり、威力も剣には及ばない、およそ実戦で使えるものとは思えない代物だ。
この国の王家もルゼッタと同じく古い血統なので、王子であるクラウスも普通より強い魔法を使えるが、それでも実戦で魔法を使う選択肢はない。
詠唱に時間がかかりすぎるのだ。
エリーヌのウォーターボールより威力のある魔法を放つことができるクラウスでさえそうだ。速さが肝となる実戦で魔法が使われる場面はほとんどないといえた。
しかし、エリーヌが『魔法』でクラウスを圧倒したのも事実だ。
決闘の時に見せられたエリーヌの魔法は、いささか規格外だったように思える。
無詠唱魔法が来るとは思わず油断していたのもあったが、魔法が発動するまでの速さも、連続して放たれる魔法も、見たのは初めてだ。
そういう技術があることは、知識としては知っていたが、知識として知っているのと実際に見るのとでは大きく違った。
「あれは普通の魔法ではないのか」
「基本は同じです」
「公爵家独自の術式ということか」
エリーヌは口角を上げ。
「秘密です」
ふふふ、と悪戯っぽっく笑った。
彼女の使う魔法について、気にならないわけではなかったが、この様子では口を割ることはないだろう。
そもそも諸侯は王に従ってはいるが、一国一城の主だ。家中の秘を外に教えることは無い。
興味深い話題ではあるが、やぶ蛇になっても困る。
クラウスは話題を変えることにした。
「エリーヌ。今日は、お前に話があって来た」
「わたくしもですわ」
クラウスは返事に困った。そう返されるとは思わなかった。
すんなり面会が許されたのは、これが理由だったのか。
エリーヌがする話に心あたりはなかったが、聞かないわけにはいかない。
それに普段とは違う公爵家の様子から察するに、重要な話かもしれない。
自分のしようとしている話が、切り出しにくい事柄であることもあって、クラウスは話の先をエリーヌに譲ることにした。
「では先にお前の話を聞こう」
では失礼させていただいて、と軽く頷き、エリーヌは真剣な瞳をクラウスに向けた。
彼女はいつも作り物のような笑顔で感情や情動を隠しているので、これはとても珍しい。
クラウスは背筋を伸ばし真剣に耳を傾けた。
「今回の事、殿下がどのように思われているかは分かりませんが、わたくしにとっては予想通りの事でした」
「どういう意味だ」
「初めて殿下にお会いした時に、殿下が身分の低い女性を愛する未来が見えましたの」
エリーヌの言葉にクラウスは絶句した。
未来が見える。なんとも夢のある話だが、現実にはありえない。
魔法の古書を紐解いても、そんな技術は見当たらなかった。
「馬鹿なことを」
クラウスはエリーヌの言葉を一蹴した。彼女を疑うわけではないが、あまりにも荒唐無稽すぎる言葉なので受け入れられない。
『初めて会った時』というのがいつの事を指しているかはわからないが、エリーヌのデビュタントの時でさえ、クラウスはリリアナに出会ってさえいない。
一年前に彼女が学園に編入して来なければ、あれ程に身分の違う娘とは、言葉を交わすことさえなかっただろう。
「信じられないのも無理はありませんわ」
エリーヌも信じてもらおうと思って言い出したわけではないようだ。否定されてもあたりまえのような顔をしていた。
それはそれで腹が立つ。
「説明しろ」
エリーヌの話を聞くため、クラウスは本腰を入れた。
しかし続くエリーヌの言葉は、説明とは程遠いものだった。
何故とはお聞きにならないで、とエリーヌは前置きした。答えられない事だから、と。
「でも未来を知っていたからこそ、わたくしにとってあれは、裏切りではありませんでした」
クラウスは混乱した。
説明できないとはどういうことだ。
あれほどの魔法技術を持つエリーヌの言うことだ。仮に公爵家秘蔵の魔法古書の中に、クラウスの知らない『未来を見る魔法』があったと言われても、彼は信じただろう。
彼女を疑わないと決めた、ということは、彼女を信じると決めたことに等しい。説明さえしてくれれば、それがどんな内容でもクラウスは信じようとした。
だが説明できないというなら、やはり彼女の言葉は妄言としか思えない。
「それが、お前が話したかった事か」
苦り切った顔で言葉を抑え、目を逸らしたクラウスに、エリーヌは容赦のない攻撃を仕掛けてきた。
「いいえ。話はこれからです。殿下。もしリリアナ様と添い遂げたいとお望みでしたら、力を貸してさしあげますわ」
なにを言われたのか分からず、クラウスは一瞬言葉を失ってエリーヌを凝視した。
未来が見えたという妄言より、信じられない言葉だった。
仮に、エリーヌの妄言が本当の事だったとしよう。
初めて会った時に、浮気するとわかっていた相手に心を許せるだろうか。
答えは『否』だ。
そう考えれば、これまでのエリーヌの冷たい態度も頷ける。
いつか裏切るとわかっている相手に、本当の笑顔を見せられるはずがないだろう。
もしクラウスがエリーヌの立場だったとしたら、エリーヌに近づかなかっただろうか。
デビュタントで出会ったエリーヌを思い出し、クラウスは顔をしかめた。
たとえ自分を裏切るとわかっていたとしても、クラウスはエリーヌを手に入れただろう。そして決して裏切れないように鳥かごに閉じ込めようとしたはずだ。
そう考えると、エリーヌはなんとも寛大な女だった。
裏切るとわかっている相手を野放しにして、裏切りの結末を迎えた。
いや、結末は迎えていないか。彼女は実力で裏切りをねじ伏せた。
だが、そうまでして引き離した相手との仲を、今度は取り持つだと?
寛大を通り越して異常だ。
エリーヌを信じようと決めてはいたが、なにを信じればいいのかわからなくなった。
「何故だ」
言葉を失ったクラウスだが、気を取り直してそう問いかけた。クラウスにはまったく想像がつかないが、エリーヌがそう言うにはなにか理由があるのかもしれない。
「好きな方と一緒になれないのは、お可哀相ですもの」
「馬鹿にしているのか」
「いいえ。殿下の事は、心からお慕いしております」
それとこれとは話が違う! クラウスは悲鳴を上げそうになった。
その言葉を告げたエリーヌは、見慣れた仮面のような笑みを浮かべた。
もう彼女の真意を確かめるどころではなくなった。
エリーヌに翻弄され続け、クラウスの心は千々に乱れた。
0
あなたにおすすめの小説
無能妃候補は辞退したい
水綴(ミツヅリ)
ファンタジー
貴族の嗜み・教養がとにかく身に付かず、社交会にも出してもらえない無能侯爵令嬢メイヴィス・ラングラーは、死んだ姉の代わりに15歳で王太子妃候補として王宮へ迎え入れられる。
しかし王太子サイラスには周囲から正妃最有力候補と囁かれる公爵令嬢クリスタがおり、王太子妃候補とは名ばかりの茶番レース。
帰る場所のないメイヴィスは、サイラスとクリスタが正式に婚約を発表する3年後までひっそりと王宮で過ごすことに。
誰もが不出来な自分を見下す中、誰とも関わりたくないメイヴィスはサイラスとも他の王太子妃候補たちとも距離を取るが……。
果たしてメイヴィスは王宮を出られるのか?
誰にも愛されないひとりぼっちの無気力令嬢が愛を得るまでの話。
この作品は「小説家になろう」「カクヨム」にも掲載しています。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
私と子供より、夫は幼馴染とその子供のほうが大切でした。
小野 まい
恋愛
結婚記念日のディナーに夫のオスカーは現れない。
「マリアが熱を出したらしい」
駆けつけた先で、オスカーがマリアと息子カイルと楽しげに食事をする姿を妻のエリザが目撃する。
「また裏切られた……」
いつも幼馴染を優先するオスカーに、エリザの不満は限界に達していた。
「あなたは家族よりも幼馴染のほうが大事なのね」
離婚する気持ちが固まっていく。
【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜
くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。
味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。
――けれど、彼らは知らなかった。
彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。
すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、
復讐ではなく「関わらない」という選択。
だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?
水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。
日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。
そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。
一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。
◇小説家になろう、ベリーズカフェにも掲載中です!
◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています
私を捨てた婚約者へ――あなたのおかげで幸せです
有賀冬馬
恋愛
「役立たずは消えろ」
理不尽な理由で婚約を破棄された伯爵令嬢アンナ。
涙の底で彼女を救ったのは、かつて密かに想いを寄せてくれた完璧すぎる男性――
名門貴族、セシル・グラスフィット。
美しさ、強さ、優しさ、すべてを兼ね備えた彼に愛され、
アンナはようやく本当の幸せを手に入れる。
そんな中、落ちぶれた元婚約者が復縁を迫ってくるけれど――
心優しき令嬢が報われ、誰よりも愛される、ざまぁ&スカッと恋愛ファンタジー
遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。
沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。
その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。
そこで待っていたのは、最悪の出来事――
けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。
夫は愛人と共に好きに生きればいい。
今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。
でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。
妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。
過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる