【R18】約束の花を、きみに

染野

文字の大きさ
14 / 77
第1章

14.この想いは、きっと

しおりを挟む
「えーっと……これは一体、どういう状況かな?」

 朝食の時間、昨日と同じ食堂にユキとソウとリサ、そしてオレ──イツキだけが集まった。
 この四人だけで食事を摂ると言い出したのはソウだ。しかも今日は朝からアスヒの名所を案内する予定だったのに、それもキャンセルするつもりらしい。

「まずお前の顔だよ。どうしたの、その見事な手形。しかも両側に」
「ボクが聞きたいわ。ユキちゃんに急に叩かれてん」
「へ、陛下が悪いんですよ! あんなことするからっ……!」
「あんなことって、ちょっとキスしただけやん」

 キス、と聞いた瞬間ユキの顔が耳まで真っ赤になる。その様子からして、キスまでしかしていないらしい。せっかく同じ部屋にしてやったのに、とため息をつく。

「かわいそうに、ユキ様……こんな変態陛下に好きなようにされて……!」

 リサが軽蔑の眼差しでソウを睨みつけている。ソウもなんだか居心地が悪そうに居住まいを正した。
 思わずぷっと笑うと、三人からキッと睨まれた。どうやらこの状況を楽しんでいるのはオレだけらしい。

「とりあえず、その顔どうにかしたら? 氷でも持って来させよう」
「……おおきに」
「それで、ユキちゃん? 君は何が気に入らなくてソウを引っぱたいたの?」
「それはっ……! 陛下が、その……」
「ソウがキスしたから怒ってるの? なんで? 夫婦だったら、キスくらい当たり前じゃない?」
「で、でも、陛下が無理矢理するからっ……」
「なるほど。君は、ソウが許可なく、勝手にキスしたから怒ってるんだね。まだそういう段階じゃない、と」
「……そう、です」
「だそうだよ、ソウ。スキンシップも結構だけど、もうちょっと心を開いてからにしたら? しかもここはオレの城だしね」
「……キミに言われたないわ」

 珍しく拗ねているソウが面白い。もう少し構いたいが、後が面倒なのでやめておく。
 ユキはリサにかばわれて、ソウから一番遠い席に座った。

「さて、食事にしよう。それでその手形が消えたら、みんなで出かけようか」

 一同が渋々頷く。
 少々ソウが暴走したようだが、昨日よりも二人の空気が軽い。素直になって、お互いをさらけ出せただろうか。すぐにでもソウに聞こうと思いながら、ナイフとフォークを手に取った。




 ***



 
 アスヒ城へと続く道を歩く。隣にはリサがいて、ここまでほぼリサとしか話していない。ソウはイツキと二人で何やら楽しそうに話している。

 あれから、ソウの顔の手形もすぐに消え、午後にはみんなで出かけることになった。アスヒの街を一望できる丘や、滝から続く清流を回り観光した。
 その間、ソウは自分からわたしに話しかけてくることはしなかった。イツキは何度か他愛のない話題をふってきたが、ソウはにこにこと笑っているだけで特に何も言わなかった。寂しいというわけでもないが、なんだか拍子抜けだ。

「……ユキ様、以前より明るくなられましたね」

 ふと、リサが楽しそうにわたしの顔を覗き込んで言った。

「城に来てすぐのユキ様は、ちょっと目を離したら消えてしまいそうでした。あんなことがあれば、当たり前なんですけど」
「……そう、かな」
「はい。こんなことを言ったら失礼かもしれないんですけど、私、絶対にユキ様を守らなきゃって思ったんです。陛下の魔の手から」

 真面目な顔で言うリサが面白くて、つい吹き出してしまう。笑わないでくださいよ、とリサはふくれるが、その顔も笑っている。

「最初、ユキ様はなんだか……威厳があるっていうか、本当に『王』なんだなって思ってました。ただまっすぐ、国のことだけを考えていて」
「そ、そんなことないよ」
「今でも、そのお心は変わっていないと思います。でも最近のユキ様は、ご自分のことや……陛下のことで、頭がいっぱいでしょう?」
「なっ……! へ、陛下のことなんて全然……!」
「うふふ、いつもお傍にいたんですから、私の目はごまかせませんよ? でも私、それが嬉しいんです」

 どういうことかとリサを見つめると、遠くを見ながらつぶやいた。

「ユキ様はもっと周りに甘えていいんです。何でも一人で乗り越えようとするのは美徳でもありますが、それじゃみんな心配でたまらないですよ」
「……わたし、みんなに心配かけてたかな」
「はい、とっても。特に陛下には」

 リサの目線の先にはソウがいる。イツキとの会話に集中していて、こちらの会話は聞こえていないようだ。

「なんでも一人で頑張っちゃうユキ様が心配でたまらなくて、それであんな強引なやり方をしたんですよ、陛下は」
「……うん」
「私、途中で反対したんです。ユキ様の気持ちがないなら、こんな計画はやめるべきだって。でも、結局陛下の思い通りになっちゃったなぁ」
「思い通り……?」

 リサは少し声を落として、内緒話をするように囁いた。

「ユキ様、好きでしょう? 陛下のこと」

 リサの言葉に目を丸くする。それと同時に、ぼっと顔が熱くなるのを感じた。アスヒに来てから、こんなことばっかりだ。
 わたしがあわあわと何も言えずにいると、リサがいたずらっぽく笑った。

「本当、ユキ様ってかわいらしいですね! あーあ、私も男だったらユキ様と結婚したかったなぁ」
「も、もうっ! やめてよリサちゃん!」
「私、ユキ様に仕えることができて幸せです。だから、ユキ様にも幸せになってほしいんです」

 幸せ。
 イツキにも、同じようなことを言われた。わたしが幸せになることが、ソウのためになるのだと。
 その意味はまだ分からないけれど、わたしはだんだんと、自分の気持ちが変わっていくのを感じていた。

 

 *


 
「それじゃあユキちゃん、元気でね。あ、ソウも」
「人をおまけみたいに言うなや」
「いろいろと、お世話になりました」

 カトライアに帰る日になり、城門までイツキが見送りに出てきてくれた。アスヒに来ていろいろなことがあったが、イツキには大事なことを教えてもらった。
 別れの挨拶を交わしていると、イツキがわたしにだけ聞こえる声で言う。

「ユキちゃん。オレから一つお願いがあるんだけど」
「な、なんですか?」
「カトライアに帰っても、ソウと同じ部屋で寝てやってほしい。そうじゃないとあいつ、落ち込むから」
「えっ……でもっ!」
「頼むよ。あんなんでも一応、オレの親友だからさ」

 ふざけて言っているのかと思ったが、イツキの顔は真剣だ。

「ね、約束だよ。近々そっちにも遊びに行くから。その時一緒に寝てなかったら、んーと……オレ特製の激辛クッキーを食べてもらう」
「ええっ!?」
「嫌でしょ? だから、約束。絶対だよ」

 イツキはそう言うと、わたしをひょいっと持ち上げて馬車に乗せてしまった。反論も何もできない。
 そのまま扉を閉められてしまった。外ではイツキとソウが何やら話しているけれど、その内容までは聞き取ることができなかった。



 ***



「……ユキちゃんに触るな、言うたやろ」
「いいじゃん、これくらい。それより、感謝してほしいな」
「何を」
「ユキちゃんと、一歩進めたこと。まさかあのお前がまだ抱いてないなんて、病気か何かかと思ったけど」
「……それ、絶対ユキちゃんに言うたらあかんで」
「分かってるよ。それくらい、大事にしてるんだろ? 驚いたよ」
「まあ、そろそろ限界やけどな」
「だろうね。でも、そんなに遠くないんじゃない? お幸せに」

 軽く手を挙げてから、馬車に乗り込む。隣でユキが何か聞きたそうな顔をしているけれど、笑って誤魔化した。
 すぐに馬車は動き出して、にこにこと手を振るイツキの姿がどんどん小さくなっていく。それを眺めながら、隣に座るユキの手をとってそっと握りしめた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

下賜されまして ~戦場の餓鬼と呼ばれた軍人との甘い日々~

イシュタル
恋愛
王宮から突然嫁がされた18歳の少女・ソフィアは、冷たい風の吹く屋敷へと降り立つ。迎えたのは、無愛想で人嫌いな騎士爵グラッド・エルグレイム。金貨の袋を渡され「好きにしろ」と言われた彼女は、侍女も使用人もいない屋敷で孤独な生活を始める。 王宮での優雅な日々とは一転、自分の髪を切り、服を整え、料理を学びながら、ソフィアは少しずつ「夫人」としての自立を模索していく。だが、辻馬車での盗難事件や料理の失敗、そして過労による倒れ込みなど、試練は次々と彼女を襲う。 そんな中、無口なグラッドの態度にも少しずつ変化が現れ始める。謝罪とも言えない金貨の袋、静かな気遣い、そして彼女の倒れた姿に見せた焦り。距離のあった二人の間に、わずかな波紋が広がっていく。 これは、王宮の寵姫から孤独な夫人へと変わる少女が、自らの手で居場所を築いていく物語。冷たい屋敷に灯る、静かな希望の光。 ⚠️本作はAIとの共同製作です。

『冷徹社長の秘書をしていたら、いつの間にか専属の妻に選ばれました』

鍛高譚
恋愛
秘書課に異動してきた相沢結衣は、 仕事一筋で冷徹と噂される社長・西園寺蓮の専属秘書を務めることになる。 厳しい指示、膨大な業務、容赦のない会議―― 最初はただ必死に食らいつくだけの日々だった。 だが、誰よりも真剣に仕事と向き合う蓮の姿に触れるうち、 結衣は秘書としての誇りを胸に、確かな成長を遂げていく。 そして、蓮もまた陰で彼女を支える姿勢と誠実な仕事ぶりに心を動かされ、 次第に結衣は“ただの秘書”ではなく、唯一無二の存在になっていく。 同期の嫉妬による妨害、ライバル会社の不正、社内の疑惑。 数々の試練が二人を襲うが―― 蓮は揺るがない意志で結衣を守り抜き、 結衣もまた社長としてではなく、一人の男性として蓮を信じ続けた。 そしてある夜、蓮がようやく口にした言葉は、 秘書と社長の関係を静かに越えていく。 「これからの人生も、そばで支えてほしい。」 それは、彼が初めて見せた弱さであり、 結衣だけに向けた真剣な想いだった。 秘書として。 一人の女性として。 結衣は蓮の差し伸べた未来を、涙と共に受け取る――。 仕事も恋も全力で駆け抜ける、 “冷徹社長×秘書”のじれ甘オフィスラブストーリー、ここに完結。

黒騎士団の娼婦

イシュタル
恋愛
夫を亡くし、義弟に家から追い出された元男爵夫人・ヨシノ。 異邦から迷い込んだ彼女に残されたのは、幼い息子への想いと、泥にまみれた誇りだけだった。 頼るあてもなく辿り着いたのは──「気味が悪い」と忌まれる黒騎士団の屯所。 煤けた鎧、無骨な団長、そして人との距離を忘れた男たち。 誰も寄りつかぬ彼らに、ヨシノは微笑み、こう言った。 「部屋が汚すぎて眠れませんでした。私を雇ってください」 ※本作はAIとの共同制作作品です。 ※史実・実在団体・宗教などとは一切関係ありません。戦闘シーンがあります。

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

処理中です...