【R18】約束の花を、きみに

染野

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第1章

19.繋がった心

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 どれくらいの時間ここにいるだろう。
 太陽はすでに山の向こうへと落ちかかり、空気もすっかり冷たくなっている。湖の水面に、夕日が映る。
 幼い頃は、夕日が嫌いだった。夕方になったら、父に連れられてノース城に帰らなければならない。ソウと別れるときはいつも、夕日が憎らしかった。

 冷たい風が吹いて身震いする。そろそろ城に帰らないと、みんなに心配されてしまうだろう。
 でも、城に帰ったらソウと顔を合わせなければならない。今さら、どんな顔をして会えばいいのだろうか。他に好きな人がいる男を好きになってしまうなんて、自分が惨めに思えて仕方なかった。

「……このまま、どっか行っちゃおうかな」
「それは、やめてや」

 独り言のつもりが、言葉が返ってきた。驚いて振り向くと、そこには息を切らしたソウが立っていた。

「ソウ……どうして?」

 わたしの言葉に返事もせず、ソウが少々強引に体を抱きしめた。その額には汗が滲んでいて、わたしを探して必死に走ってきたことが分かる。
 どうして。他に好きな人がいるんじゃなかったのか。

「はあ、もう……あんまり心配させんといてぇな」
「だって……ソウ、は……わたしのことなんてっ……!」

 そう言いながら、心の底から安堵している自分がいた。
 ソウが必死にわたしを探してくれた、それだけでこんなにも嬉しいなんて。

「……まず、誤解その一。ボクは浮気なんてしてへん」
「え……」
「誤解その二。手紙にあったキスマークは、アンナのサインみたいなもんや。別に特別な意味やない」
「えっ……!」
「誤解その三。ボクが好きなんは、ユキちゃんだけや」

 思わず目を見開く。ずっと欲しかった言葉のはずなのに、飲み込むのに時間がかかった。

 好き?
 ソウが、わたしのことを?
 何も言わないわたしを不審に思ってか、ソウが抱きしめていた腕を緩める。そしてわたしの顔を覗き込むと、ぎょっとして目を剥いた。

「……ユキちゃん、なんで泣いてるん?」
「え……?」

 自分でも気づかないうちに、自然と涙が溢れていた。
 ソウに言いたいことや聞きたいことがいっぱいあったはずなのに、何も出てこない。
 流れる涙を拭くこともせず、ただただ泣き続けた。どうして自分が泣いているのかさえ分からない。
 ソウは一瞬戸惑った様子だったが、指の腹でそっと涙を拭ってくれた。

「ユキちゃん、泣かんといて……ボクが泣かしたみたいやん」

 ソウに泣かされたようなものだ。しかしわたしは何も言えないまま、気が済むまで泣き続けた。
 サウスに来てから、なんだか泣いてばかりだ。その間、ソウはずっと優しく抱きしめてくれていた。



 そして、辺りがすっかり暗闇に包まれたころ。美しかった湖の色は漆黒に変わり、その中に月だけが輝いていた。
 もう流す涙もなくなって、ようやくわたしは口を開いた。

「……ソウ」
「んー?」
「わたし、ソウが好き」

 初めてそう口にするはずなのに、するりと言葉になった。
 恥ずかしいとか、照れくさいなんて感情はなかった。挨拶をするときのように自然に、ずっと我慢していたその言葉を吐き出した。
 そのまま黙ってソウを見上げると、今まで見たことのないソウがいた。

「ソウ……?」
「……あかん。そんなん、反則や……」

 ソウの頬が朱に染まっている。こんなソウを見るのは初めてだった。
 ソウはそんな顔をわたしに見られまいと、手で顔を覆って空を仰いでいる。そんなことをしても、全部見えているのに。

「ソウ、こっち向いて」
「嫌や」
「……向いてくれなきゃ、嫌いになる」

 その言葉にぴくりと反応して、ソウは渋々目線をわたしに合わせる。普段の飄々とした姿は見る影もなく、少し拗ねたような、子どものようなソウがそこにいた。

「ずるいわ、ユキちゃん……」
「お互い様でしょ」
「……なあ、もういっぺん言うて?」
「イヤ」
「ええやん、もういっぺんだけ」
「嫌だってば」
「……ほな、これでええわ」

 え、と口にする前に、ソウの唇が触れる。
 一瞬たじろぐが、わたしはすぐにそれを受け入れ、そっと目を閉じる。これまで何度もソウとキスをしてきたけれど、こんなに心が満たされるものだとは思わなかった。

 ずるくて、身勝手で、わがままなソウが誰よりも愛しく思えた。
 この時間が永遠に続けばいいとさえ、わたしは感じていた。
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