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第1章
19.繋がった心
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どれくらいの時間ここにいるだろう。
太陽はすでに山の向こうへと落ちかかり、空気もすっかり冷たくなっている。湖の水面に、夕日が映る。
幼い頃は、夕日が嫌いだった。夕方になったら、父に連れられてノース城に帰らなければならない。ソウと別れるときはいつも、夕日が憎らしかった。
冷たい風が吹いて身震いする。そろそろ城に帰らないと、みんなに心配されてしまうだろう。
でも、城に帰ったらソウと顔を合わせなければならない。今さら、どんな顔をして会えばいいのだろうか。他に好きな人がいる男を好きになってしまうなんて、自分が惨めに思えて仕方なかった。
「……このまま、どっか行っちゃおうかな」
「それは、やめてや」
独り言のつもりが、言葉が返ってきた。驚いて振り向くと、そこには息を切らしたソウが立っていた。
「ソウ……どうして?」
わたしの言葉に返事もせず、ソウが少々強引に体を抱きしめた。その額には汗が滲んでいて、わたしを探して必死に走ってきたことが分かる。
どうして。他に好きな人がいるんじゃなかったのか。
「はあ、もう……あんまり心配させんといてぇな」
「だって……ソウ、は……わたしのことなんてっ……!」
そう言いながら、心の底から安堵している自分がいた。
ソウが必死にわたしを探してくれた、それだけでこんなにも嬉しいなんて。
「……まず、誤解その一。ボクは浮気なんてしてへん」
「え……」
「誤解その二。手紙にあったキスマークは、アンナのサインみたいなもんや。別に特別な意味やない」
「えっ……!」
「誤解その三。ボクが好きなんは、ユキちゃんだけや」
思わず目を見開く。ずっと欲しかった言葉のはずなのに、飲み込むのに時間がかかった。
好き?
ソウが、わたしのことを?
何も言わないわたしを不審に思ってか、ソウが抱きしめていた腕を緩める。そしてわたしの顔を覗き込むと、ぎょっとして目を剥いた。
「……ユキちゃん、なんで泣いてるん?」
「え……?」
自分でも気づかないうちに、自然と涙が溢れていた。
ソウに言いたいことや聞きたいことがいっぱいあったはずなのに、何も出てこない。
流れる涙を拭くこともせず、ただただ泣き続けた。どうして自分が泣いているのかさえ分からない。
ソウは一瞬戸惑った様子だったが、指の腹でそっと涙を拭ってくれた。
「ユキちゃん、泣かんといて……ボクが泣かしたみたいやん」
ソウに泣かされたようなものだ。しかしわたしは何も言えないまま、気が済むまで泣き続けた。
サウスに来てから、なんだか泣いてばかりだ。その間、ソウはずっと優しく抱きしめてくれていた。
そして、辺りがすっかり暗闇に包まれたころ。美しかった湖の色は漆黒に変わり、その中に月だけが輝いていた。
もう流す涙もなくなって、ようやくわたしは口を開いた。
「……ソウ」
「んー?」
「わたし、ソウが好き」
初めてそう口にするはずなのに、するりと言葉になった。
恥ずかしいとか、照れくさいなんて感情はなかった。挨拶をするときのように自然に、ずっと我慢していたその言葉を吐き出した。
そのまま黙ってソウを見上げると、今まで見たことのないソウがいた。
「ソウ……?」
「……あかん。そんなん、反則や……」
ソウの頬が朱に染まっている。こんなソウを見るのは初めてだった。
ソウはそんな顔をわたしに見られまいと、手で顔を覆って空を仰いでいる。そんなことをしても、全部見えているのに。
「ソウ、こっち向いて」
「嫌や」
「……向いてくれなきゃ、嫌いになる」
その言葉にぴくりと反応して、ソウは渋々目線をわたしに合わせる。普段の飄々とした姿は見る影もなく、少し拗ねたような、子どものようなソウがそこにいた。
「ずるいわ、ユキちゃん……」
「お互い様でしょ」
「……なあ、もういっぺん言うて?」
「イヤ」
「ええやん、もういっぺんだけ」
「嫌だってば」
「……ほな、これでええわ」
え、と口にする前に、ソウの唇が触れる。
一瞬たじろぐが、わたしはすぐにそれを受け入れ、そっと目を閉じる。これまで何度もソウとキスをしてきたけれど、こんなに心が満たされるものだとは思わなかった。
ずるくて、身勝手で、わがままなソウが誰よりも愛しく思えた。
この時間が永遠に続けばいいとさえ、わたしは感じていた。
太陽はすでに山の向こうへと落ちかかり、空気もすっかり冷たくなっている。湖の水面に、夕日が映る。
幼い頃は、夕日が嫌いだった。夕方になったら、父に連れられてノース城に帰らなければならない。ソウと別れるときはいつも、夕日が憎らしかった。
冷たい風が吹いて身震いする。そろそろ城に帰らないと、みんなに心配されてしまうだろう。
でも、城に帰ったらソウと顔を合わせなければならない。今さら、どんな顔をして会えばいいのだろうか。他に好きな人がいる男を好きになってしまうなんて、自分が惨めに思えて仕方なかった。
「……このまま、どっか行っちゃおうかな」
「それは、やめてや」
独り言のつもりが、言葉が返ってきた。驚いて振り向くと、そこには息を切らしたソウが立っていた。
「ソウ……どうして?」
わたしの言葉に返事もせず、ソウが少々強引に体を抱きしめた。その額には汗が滲んでいて、わたしを探して必死に走ってきたことが分かる。
どうして。他に好きな人がいるんじゃなかったのか。
「はあ、もう……あんまり心配させんといてぇな」
「だって……ソウ、は……わたしのことなんてっ……!」
そう言いながら、心の底から安堵している自分がいた。
ソウが必死にわたしを探してくれた、それだけでこんなにも嬉しいなんて。
「……まず、誤解その一。ボクは浮気なんてしてへん」
「え……」
「誤解その二。手紙にあったキスマークは、アンナのサインみたいなもんや。別に特別な意味やない」
「えっ……!」
「誤解その三。ボクが好きなんは、ユキちゃんだけや」
思わず目を見開く。ずっと欲しかった言葉のはずなのに、飲み込むのに時間がかかった。
好き?
ソウが、わたしのことを?
何も言わないわたしを不審に思ってか、ソウが抱きしめていた腕を緩める。そしてわたしの顔を覗き込むと、ぎょっとして目を剥いた。
「……ユキちゃん、なんで泣いてるん?」
「え……?」
自分でも気づかないうちに、自然と涙が溢れていた。
ソウに言いたいことや聞きたいことがいっぱいあったはずなのに、何も出てこない。
流れる涙を拭くこともせず、ただただ泣き続けた。どうして自分が泣いているのかさえ分からない。
ソウは一瞬戸惑った様子だったが、指の腹でそっと涙を拭ってくれた。
「ユキちゃん、泣かんといて……ボクが泣かしたみたいやん」
ソウに泣かされたようなものだ。しかしわたしは何も言えないまま、気が済むまで泣き続けた。
サウスに来てから、なんだか泣いてばかりだ。その間、ソウはずっと優しく抱きしめてくれていた。
そして、辺りがすっかり暗闇に包まれたころ。美しかった湖の色は漆黒に変わり、その中に月だけが輝いていた。
もう流す涙もなくなって、ようやくわたしは口を開いた。
「……ソウ」
「んー?」
「わたし、ソウが好き」
初めてそう口にするはずなのに、するりと言葉になった。
恥ずかしいとか、照れくさいなんて感情はなかった。挨拶をするときのように自然に、ずっと我慢していたその言葉を吐き出した。
そのまま黙ってソウを見上げると、今まで見たことのないソウがいた。
「ソウ……?」
「……あかん。そんなん、反則や……」
ソウの頬が朱に染まっている。こんなソウを見るのは初めてだった。
ソウはそんな顔をわたしに見られまいと、手で顔を覆って空を仰いでいる。そんなことをしても、全部見えているのに。
「ソウ、こっち向いて」
「嫌や」
「……向いてくれなきゃ、嫌いになる」
その言葉にぴくりと反応して、ソウは渋々目線をわたしに合わせる。普段の飄々とした姿は見る影もなく、少し拗ねたような、子どものようなソウがそこにいた。
「ずるいわ、ユキちゃん……」
「お互い様でしょ」
「……なあ、もういっぺん言うて?」
「イヤ」
「ええやん、もういっぺんだけ」
「嫌だってば」
「……ほな、これでええわ」
え、と口にする前に、ソウの唇が触れる。
一瞬たじろぐが、わたしはすぐにそれを受け入れ、そっと目を閉じる。これまで何度もソウとキスをしてきたけれど、こんなに心が満たされるものだとは思わなかった。
ずるくて、身勝手で、わがままなソウが誰よりも愛しく思えた。
この時間が永遠に続けばいいとさえ、わたしは感じていた。
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