【R18】約束の花を、きみに

染野

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第4章

2.この手に残るもの

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「はぁ……」
「あれ、トーヤじゃない。何してんの、こんなところで」

 休日、俺は特に予定もなく、城の中庭で暇を持て余していた。カンジが庭の手入れに来ていればそれを手伝おうと思っていたのだが、あいにく今日は来ていないらしい。再び部屋に戻るのも億劫で、大して興味もないくせに、中庭の花々を眺めていたのだ。
 そんな俺を見つけて声をかけてきたのは、同じく休日らしいリサだった。

「別に何も。お前こそ何してんだよ」
「今日はこれから、ここでユキ様や他の侍女たちと女子会するの! トーヤも参加する?」
「女子会って……俺がいたら女子会にならねぇだろ。それなら、部屋に戻るわ」
「そう? あ、ちょっと待って」

 立ち上がって、部屋に帰ろうとした俺をリサが引き止める。リサの目を見ると、珍しく不安気な目線を俺に向けた。

「トーヤ、あんた最近ちゃんと寝てる? ひどい顔よ」
「あー……昨日は、ちょっと考え事しててな。これから寝るよ」
「……考え事って、ユキ様のことでしょ」

 ずばり言い当てられて、言葉に詰まってしまう。そんな俺を見て、リサは呆れたように「やっぱりね」と嘆息した。
 考えていることが顔に出やすいといつも言われるが、直そうと思っても直せないのだから仕方がない。

「アンタいい加減、告白するなり新しい恋するなり、次に進んだらどうなの? 見てるこっちがやきもきするわ」
「そう言われてもな……別に、無理に結婚なんかしなくても困らねえし」
「そういうことじゃないわよ。アンタがユキ様のこと好きなの、ユキ様以外はみーんな気付いてるのよ? それでみんなアンタのこと心配してんの。このままでいいのか、って」
「はあ!? み、みんなって……!?」
「他の侍女たちも、タカミさんも、ああ、きっとカンジさんだって気付いてるわね。この前、トーヤくんにも良い人が現れたらいいねえ、っておっしゃってたし」

 恥ずかしいを通り越して、自分が情けなくなってきた。自分の気持ちをみんなに知られるどころか、そんな心配までさせていたとは。

「ま、トーヤの人生なんだから、好きなようにしたらいいと思うけど。最近やけに思いつめてるみたいだから、ちょっと気になって」
「最近……まぁ、確かに……」

 リサの言う通り、ソウに以前はっきりと牽制されてから、前にも増してユキへの気持ちが胸の中でぐるぐると渦巻いていた。今の関係を壊したくない自分と、ユキに一度でいいから「男」として見てほしいと願う自分がいて、結論は出ないまま今に至っている。

「俺だって、今みたいに中途半端なままでいいなんて思っちゃいねぇよ。けど……」
「気持ちを伝えたら、ユキ様が困るから?」
「……そう、だな。伝えたところで、俺の気持ちが晴れるだけだろ」
「そうね。でも、それでいいんじゃないの? 今までずっと我慢してきたんだから、ちょっとくらいユキ様の気持ちを揺らしたっていいじゃない」
「お前、ユキを傷つけるなっていつも言ってるくせに……」
「今は、トーヤの友達として意見してるの。それに、ユキ様だって子どもじゃないんだから。トーヤの気持ちを聞いてどうするかなんて、ユキ様が決めることよ」

 そう言われてしまうと、何も反論できない。じゃあ告白する、なんて軽々しく言えるわけもなく、けれどやっぱりこのままでいいと、はっきり言える心境でもなかった。
 俺が何も言えずに黙り込んでいると、庭の入口の方からがやがやと声が聞こえてきた。

「あ、みんな来たみたい。じゃあね、トーヤ。がんばって」

 そう言って、リサはやってきた侍女たちに大きく手を振った。
 もうすぐユキも中庭に来るはずである。今は顔を合わせたくなくて、俺はそそくさと中庭を立ち去った。



「ユキが決めること、か……」

 廊下を歩きながら、ぽつりと呟く。結局、こうして現状を打破できないのは、怖がっているだけなのだ。
 今まで築いてきた関係を壊したくない。気持ちを伝えて、はっきり拒絶されるのが怖い。
 それなのに、俺の気持ちも知らずに出会った頃と同じように接してくるユキが、時々憎らしくもなるのだ。

 ユキへの気持ちを自覚してから、もう何年経つだろう。
 今、好きだと告げてしまおうか。いきなりその唇をふさいだら、ユキはどうするだろうか。その体を抱きしめたら、俺のものになってくれるのだろうか。
 そんな考えが何度も頭をよぎった。しかし、結局どれも行動に移すことはできなくて、後悔ばかりが募っていった。
 そして今、ユキは正式にソウの妻となって、俺の手には何も残らなかった。

 部屋に辿り着いてから、ばたりとベッドに倒れ込んだ。途端に眠気がやってきて、自分がかなり無理をしていたのだと気付く。

 ──いい加減、次に進んだらどうなの?

 目を閉じると、先ほどリサに言われた言葉が蘇る。それを心の中で何度も反芻しているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。
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