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第一章
9.私を引き裂くもの
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偶然平原さんの運転するバスに乗ることができて、私は次の日になっても浮かれまくっていた。
彼が私に気付いて微笑んでくれたことも、話しかけてくれたことも、可愛いと言ってくれたこともすべて真に受けて、幸せの絶頂にいるような気さえしていた。
しかもその日の夜、平原さんからメッセージが送られてきたのだ。
『今日は会えて嬉しかった。明日休みだから、学校が終わったらまたあの喫茶店で会おう』
これで浮かれるなと言われたって無理な話である。
平原さんにぶっ飛んだ告白をされたことも、彼のファンだという女子たちに陰口を叩かれていたこともすっかり忘れて、私は早起きをして鏡の前でヘアアレンジに勤しんでいた。
普段はずっと下ろしたままの長い黒髪は量が多くてまとめにくいし、手先も不器用だから全然うまくいかない。お手本の雑誌を見ながら洗面所で悪戦苦闘していると、母がドアを開けてひょっこりと顔を出した。
「あら。倫ちゃん、珍しいわねぇ。今日は何かあるの?」
「えっ!? あ、いや、そういうわけじゃないんだけど、なんとなく……」
「うふふ、編み込み作りたいの? お母さんがやってあげる」
「あっ……」
心なしか嬉しそうに、母が私の手から櫛をとって髪を梳いてくれる。
昔もこうやってよく母に髪を結ってもらっていた。綺麗な黒髪なんだから染めたりしちゃ駄目よ、と口癖のように言われていたから、高校生になって髪を染める子もいたけれど私は染めようと思ったことが無かった。
鏡越しによくよく見てみると、母と私の髪質は全然違う。私は直毛で真っ黒だけど、母の髪は色素が薄くて猫っ毛だ。でもそんな全く違う要素を持つ私の髪でも、母は愛しそうに触れてくれる。それは今も昔も変わらない。
「全部まとめる? それともハーフアップにする?」
「あ……えっと、今日はハーフアップがいいな」
「はあい、もうちょっと待っててね」
おっとりした性格の母は、怒るのが苦手な人だ。私も千尋も、小さい頃どんな悪さをしても母に怒鳴られたことは一度もない。その代わり父に拳骨とともに怒られたことは何度もあるけれど。
そんな父と母で程よいバランスがとれていて、私の家族はまわっているのだ。そのバランスを私が崩しているように思ってしまっていたけれど、母に髪を梳かれながら「私がいなくなったらみんな寂しがるだろうな」と自然に考えた自分に驚いた。
「はい、完成。これで大丈夫?」
「あ……うん、ありがとう。似合ってる?」
「うん、とっても可愛い。さすがお母さんの娘ね」
そう言って胸を張る母に思わず笑みを零す。母も同じように笑ってから、じゃあ朝ごはんにしましょう、と言ってリビングに向かった。お味噌汁の匂いがするから、今日はきっと炊き立てご飯と焼き魚だ。
さっきまでの浮かれた気持ちにじんわりと胸が温かくなるような喜びが加わって、今日はきっと素敵な一日になることを確信した。
今日はきっと素敵な一日になる。
そんな私の予想は、学校に着いてすぐ外れた。しかも大外れだ。
「おっはよー、倫! どうしたの、こんなとこで突っ立って……って、な、なにこれ!?」
私より少し後にやってきた七海が、昇降口で茫然としている私と、刃物か何かでズタズタに引き裂かれた私の上履きを見て大声を上げた。すぐ傍を通っていく生徒たちも「ひでぇな」なんて同情の声を上げている。
「ちょっと倫! あんたこれっ……!」
「……これじゃ、履けないよね。職員室行ってスリッパ借りてくる」
「あ、あたしも行く! それで先生に……!」
「ううん、いい。あんまり大事にしたくないし」
ボロボロになった上履きを手に取って、廊下のごみ箱にそのまま捨てた。今まで敵意のある目で睨まれたり暴言を吐かれたりしたことはあったが、こんな陰湿な仕打ちを受けたのは初めてだ。さすがの私も気が滅入る。
職員室に行って、上履きを洗ったけれど乾かなかったからスリッパを貸してほしいと頼んだ。事務員さんが何の疑いもなく来客用の茶色いスリッパを貸してくれたので、お礼を言って職員室を後にした。少し大きくて安っぽいスリッパがパタパタと音を立てる。
「誰がこんなこと……ねえ倫、心当たりないの?」
「さあ。高校生にもなってこんな幼稚なこと、よくやるよね」
「もうっ、もっと真剣に考えなよ! 言いたいことあるなら直接言えばいいのにさ、すっごい腹立つ!」
七海が私以上に怒ってくれたので、少しだけ気分が落ち着いた。
それにしても、私は一体誰の怒りを買ったのだろう。上履きはカッターのようなもので切られていたから、きっと計画的犯行だ。そんな深い恨みを買った覚えはないのだが。
陰気で目立たないからというだけで、こんな手の込んだ嫌がらせをするはずがないし、かといって誰かを傷つけた覚えもない。
ここ最近は平原さんのおかげで楽しい毎日を過ごしていたから、前よりも人に対して愛想がよくなったと思っていたのに。
「あ」
そこで、一つ心当たりを思い出した。
教室に着いてもまだ怒りが収まっていない七海が、私の声に反応して振り向く。
「何? なんか心当たりあった?」
「うん……あのさ、この前学校まで平原さんが来てくれたって話したよね」
「えっ? うん、聞いたけど……あっ、まさか平原さんのファンが!?」
「まだ分かんないけど。それで、私と平原さんが一緒にいるところ見られてたらしくて。昨日たまたま私の陰口言ってるの聞いちゃったんだ」
しかもそのあと運が良いのか悪いのか、平原さんの運転するバスに乗ってしまった。平原さんファンの彼女たちの中には私より先にバスを降りて行った人もいたけれど、もしかしたらまだバスに乗っていた誰かに彼と私のやり取りを見られていたのかもしれない。
それにしたって、それが原因で上履きを引き裂かれたのだとしたら嫉妬心からだろうか。私と彼は別に付き合っているわけでもないのに。
「絶対それじゃん! ねえちょっと、陰口言ってたのって誰よ!? あたしぶん殴ってくる!」
「お、落ち着いてよ……それが、顔は見たことあるような気がするんだけど何組とか名前とか分かんなくて」
「あーもうっ! あんたねぇ、もうちょっと他人に興味持ちなさいよ!」
七海の言う通りだが、私が彼女たちの名前を憶えていたところで上履きをズタズタにした犯人かどうかは分からない。もしかしたら全然違う人かもしれないし、証拠が無かったら何も言えない。
「……まあいいや。あ、でも犯人見つかったら弁償してほしいから、証拠としてあの上履きやっぱりとっておこうかな」
「なっ……もう! 呑気なんだから! とにかく、その陰口言ってたやつ見かけたらあたしに言ってよね! 問い詰めてやるから!」
「うん……ありがとう」
先生が教室に入ってきて、七海が自分の席に戻っていく。
呑気だと言われたが、私だって一応傷ついている。昨日ブラウスを駄目にしたばかりなのに、上履きまで捨てる羽目になってしまった。しかももう三年生だから、今から新品を買ったところで一年も履かないのに。
卒業までスリッパでいいかなぁ、と考えながら髪に触れる。今朝母に結ってもらった編み込みに触れて、少し元気が出た。
大丈夫だ。
変なちょっかいを出されたところで、今の私は一人じゃない。自分のことのように怒ってくれる七海だっているし、まだぎこちないけれど家族との関係も修復しつつある。それに、優しい平原さんがいる。
そう思えるようになったことが嬉しくて、落ち込んでいた気持ちもすぐに元通りになった。
「じゃあね、倫! 何かあったらすぐ連絡してよ?」
「うん、ありがとう。七海も部活頑張って」
授業が終わって、七海は私に念を押してから部活に行った。今日は平原さんとの約束があるから、私は部活に行かずに下駄箱へと向かう。
この前平原さんに、目立ちたくないから校門で待つのはやめてほしいとお願いした。だから今日はあの喫茶店で直接待ち合わせすることになっている。
うきうきしながら靴を取り出そうと自分の下駄箱に手を伸ばして、顔が引きつった。
「げっ……」
朝履いてきた茶色のローファーは、上履きと同じように引き裂かれたうえ水浸しになっていた。もはや靴の原型を留めてすらいない。それをそっと取り出して地面に置くと、びしゃっと不快な音がした。
どうしよう。まさかこっちの靴までやられると思っていなかった。
これじゃ帰れない。今日は平原さんと会うのに。
「あれ? 大屋さん、どうしたの?」
絶望にも似た気持ちで昇降口にしゃがみ込んでいた私に、同じクラスの男の子が不思議そうに声をかけてきた。
こんないたずらをされたことを知られたくなくて慌てて誤魔化そうとしたけれど、その男の子はすぐに私の手元にあるボロボロの靴に気付いたらしい。
「うわっ……それ、まさか誰かにやられたの?」
「いや、あの」
「それじゃ履けないよね。良かったら俺のスニーカー履いてよ。俺、部室にもう一足あるから大丈夫」
「えっ……で、でも」
「ブカブカかもしれないけど、靴下一枚で帰るよりましでしょ。また今度返してくれればいいから」
そう言って、その男の子は白のローカットスニーカーを私に差し出してくれる。
それを受け取ると、鼻の奥がツンとした。冷静なつもりでいたけれど、靴をぼろぼろにされたことで私は少なからず傷ついていた。こうして誰かに優しくしてもらったことで、我慢していた涙が溢れてきそうになったけれど必死でこらえる。
「……ありがとう。すごく助かる」
「全然いいよ。じゃあ大屋さん、また明日」
走り去っていく同級生に手を振って、ありがたくスニーカーを借りることにする。確かにサイズは大きいけれど、人目を引くほどおかしくはないだろう。
それを履いて、ぼろぼろでびしょびしょの靴はごみ箱に捨てた。証拠になるかもしれないけれど、あんなものを保管しておいたら臭くて仕方ない。
誰かの悪意を感じて滅入ってはいたけれど、同級生の優しさに触れ、平原さんに会えることへの喜びの方が大きくなった。少し大きめのスニーカーで、私は彼の待つ喫茶店へと向かった。
彼が私に気付いて微笑んでくれたことも、話しかけてくれたことも、可愛いと言ってくれたこともすべて真に受けて、幸せの絶頂にいるような気さえしていた。
しかもその日の夜、平原さんからメッセージが送られてきたのだ。
『今日は会えて嬉しかった。明日休みだから、学校が終わったらまたあの喫茶店で会おう』
これで浮かれるなと言われたって無理な話である。
平原さんにぶっ飛んだ告白をされたことも、彼のファンだという女子たちに陰口を叩かれていたこともすっかり忘れて、私は早起きをして鏡の前でヘアアレンジに勤しんでいた。
普段はずっと下ろしたままの長い黒髪は量が多くてまとめにくいし、手先も不器用だから全然うまくいかない。お手本の雑誌を見ながら洗面所で悪戦苦闘していると、母がドアを開けてひょっこりと顔を出した。
「あら。倫ちゃん、珍しいわねぇ。今日は何かあるの?」
「えっ!? あ、いや、そういうわけじゃないんだけど、なんとなく……」
「うふふ、編み込み作りたいの? お母さんがやってあげる」
「あっ……」
心なしか嬉しそうに、母が私の手から櫛をとって髪を梳いてくれる。
昔もこうやってよく母に髪を結ってもらっていた。綺麗な黒髪なんだから染めたりしちゃ駄目よ、と口癖のように言われていたから、高校生になって髪を染める子もいたけれど私は染めようと思ったことが無かった。
鏡越しによくよく見てみると、母と私の髪質は全然違う。私は直毛で真っ黒だけど、母の髪は色素が薄くて猫っ毛だ。でもそんな全く違う要素を持つ私の髪でも、母は愛しそうに触れてくれる。それは今も昔も変わらない。
「全部まとめる? それともハーフアップにする?」
「あ……えっと、今日はハーフアップがいいな」
「はあい、もうちょっと待っててね」
おっとりした性格の母は、怒るのが苦手な人だ。私も千尋も、小さい頃どんな悪さをしても母に怒鳴られたことは一度もない。その代わり父に拳骨とともに怒られたことは何度もあるけれど。
そんな父と母で程よいバランスがとれていて、私の家族はまわっているのだ。そのバランスを私が崩しているように思ってしまっていたけれど、母に髪を梳かれながら「私がいなくなったらみんな寂しがるだろうな」と自然に考えた自分に驚いた。
「はい、完成。これで大丈夫?」
「あ……うん、ありがとう。似合ってる?」
「うん、とっても可愛い。さすがお母さんの娘ね」
そう言って胸を張る母に思わず笑みを零す。母も同じように笑ってから、じゃあ朝ごはんにしましょう、と言ってリビングに向かった。お味噌汁の匂いがするから、今日はきっと炊き立てご飯と焼き魚だ。
さっきまでの浮かれた気持ちにじんわりと胸が温かくなるような喜びが加わって、今日はきっと素敵な一日になることを確信した。
今日はきっと素敵な一日になる。
そんな私の予想は、学校に着いてすぐ外れた。しかも大外れだ。
「おっはよー、倫! どうしたの、こんなとこで突っ立って……って、な、なにこれ!?」
私より少し後にやってきた七海が、昇降口で茫然としている私と、刃物か何かでズタズタに引き裂かれた私の上履きを見て大声を上げた。すぐ傍を通っていく生徒たちも「ひでぇな」なんて同情の声を上げている。
「ちょっと倫! あんたこれっ……!」
「……これじゃ、履けないよね。職員室行ってスリッパ借りてくる」
「あ、あたしも行く! それで先生に……!」
「ううん、いい。あんまり大事にしたくないし」
ボロボロになった上履きを手に取って、廊下のごみ箱にそのまま捨てた。今まで敵意のある目で睨まれたり暴言を吐かれたりしたことはあったが、こんな陰湿な仕打ちを受けたのは初めてだ。さすがの私も気が滅入る。
職員室に行って、上履きを洗ったけれど乾かなかったからスリッパを貸してほしいと頼んだ。事務員さんが何の疑いもなく来客用の茶色いスリッパを貸してくれたので、お礼を言って職員室を後にした。少し大きくて安っぽいスリッパがパタパタと音を立てる。
「誰がこんなこと……ねえ倫、心当たりないの?」
「さあ。高校生にもなってこんな幼稚なこと、よくやるよね」
「もうっ、もっと真剣に考えなよ! 言いたいことあるなら直接言えばいいのにさ、すっごい腹立つ!」
七海が私以上に怒ってくれたので、少しだけ気分が落ち着いた。
それにしても、私は一体誰の怒りを買ったのだろう。上履きはカッターのようなもので切られていたから、きっと計画的犯行だ。そんな深い恨みを買った覚えはないのだが。
陰気で目立たないからというだけで、こんな手の込んだ嫌がらせをするはずがないし、かといって誰かを傷つけた覚えもない。
ここ最近は平原さんのおかげで楽しい毎日を過ごしていたから、前よりも人に対して愛想がよくなったと思っていたのに。
「あ」
そこで、一つ心当たりを思い出した。
教室に着いてもまだ怒りが収まっていない七海が、私の声に反応して振り向く。
「何? なんか心当たりあった?」
「うん……あのさ、この前学校まで平原さんが来てくれたって話したよね」
「えっ? うん、聞いたけど……あっ、まさか平原さんのファンが!?」
「まだ分かんないけど。それで、私と平原さんが一緒にいるところ見られてたらしくて。昨日たまたま私の陰口言ってるの聞いちゃったんだ」
しかもそのあと運が良いのか悪いのか、平原さんの運転するバスに乗ってしまった。平原さんファンの彼女たちの中には私より先にバスを降りて行った人もいたけれど、もしかしたらまだバスに乗っていた誰かに彼と私のやり取りを見られていたのかもしれない。
それにしたって、それが原因で上履きを引き裂かれたのだとしたら嫉妬心からだろうか。私と彼は別に付き合っているわけでもないのに。
「絶対それじゃん! ねえちょっと、陰口言ってたのって誰よ!? あたしぶん殴ってくる!」
「お、落ち着いてよ……それが、顔は見たことあるような気がするんだけど何組とか名前とか分かんなくて」
「あーもうっ! あんたねぇ、もうちょっと他人に興味持ちなさいよ!」
七海の言う通りだが、私が彼女たちの名前を憶えていたところで上履きをズタズタにした犯人かどうかは分からない。もしかしたら全然違う人かもしれないし、証拠が無かったら何も言えない。
「……まあいいや。あ、でも犯人見つかったら弁償してほしいから、証拠としてあの上履きやっぱりとっておこうかな」
「なっ……もう! 呑気なんだから! とにかく、その陰口言ってたやつ見かけたらあたしに言ってよね! 問い詰めてやるから!」
「うん……ありがとう」
先生が教室に入ってきて、七海が自分の席に戻っていく。
呑気だと言われたが、私だって一応傷ついている。昨日ブラウスを駄目にしたばかりなのに、上履きまで捨てる羽目になってしまった。しかももう三年生だから、今から新品を買ったところで一年も履かないのに。
卒業までスリッパでいいかなぁ、と考えながら髪に触れる。今朝母に結ってもらった編み込みに触れて、少し元気が出た。
大丈夫だ。
変なちょっかいを出されたところで、今の私は一人じゃない。自分のことのように怒ってくれる七海だっているし、まだぎこちないけれど家族との関係も修復しつつある。それに、優しい平原さんがいる。
そう思えるようになったことが嬉しくて、落ち込んでいた気持ちもすぐに元通りになった。
「じゃあね、倫! 何かあったらすぐ連絡してよ?」
「うん、ありがとう。七海も部活頑張って」
授業が終わって、七海は私に念を押してから部活に行った。今日は平原さんとの約束があるから、私は部活に行かずに下駄箱へと向かう。
この前平原さんに、目立ちたくないから校門で待つのはやめてほしいとお願いした。だから今日はあの喫茶店で直接待ち合わせすることになっている。
うきうきしながら靴を取り出そうと自分の下駄箱に手を伸ばして、顔が引きつった。
「げっ……」
朝履いてきた茶色のローファーは、上履きと同じように引き裂かれたうえ水浸しになっていた。もはや靴の原型を留めてすらいない。それをそっと取り出して地面に置くと、びしゃっと不快な音がした。
どうしよう。まさかこっちの靴までやられると思っていなかった。
これじゃ帰れない。今日は平原さんと会うのに。
「あれ? 大屋さん、どうしたの?」
絶望にも似た気持ちで昇降口にしゃがみ込んでいた私に、同じクラスの男の子が不思議そうに声をかけてきた。
こんないたずらをされたことを知られたくなくて慌てて誤魔化そうとしたけれど、その男の子はすぐに私の手元にあるボロボロの靴に気付いたらしい。
「うわっ……それ、まさか誰かにやられたの?」
「いや、あの」
「それじゃ履けないよね。良かったら俺のスニーカー履いてよ。俺、部室にもう一足あるから大丈夫」
「えっ……で、でも」
「ブカブカかもしれないけど、靴下一枚で帰るよりましでしょ。また今度返してくれればいいから」
そう言って、その男の子は白のローカットスニーカーを私に差し出してくれる。
それを受け取ると、鼻の奥がツンとした。冷静なつもりでいたけれど、靴をぼろぼろにされたことで私は少なからず傷ついていた。こうして誰かに優しくしてもらったことで、我慢していた涙が溢れてきそうになったけれど必死でこらえる。
「……ありがとう。すごく助かる」
「全然いいよ。じゃあ大屋さん、また明日」
走り去っていく同級生に手を振って、ありがたくスニーカーを借りることにする。確かにサイズは大きいけれど、人目を引くほどおかしくはないだろう。
それを履いて、ぼろぼろでびしょびしょの靴はごみ箱に捨てた。証拠になるかもしれないけれど、あんなものを保管しておいたら臭くて仕方ない。
誰かの悪意を感じて滅入ってはいたけれど、同級生の優しさに触れ、平原さんに会えることへの喜びの方が大きくなった。少し大きめのスニーカーで、私は彼の待つ喫茶店へと向かった。
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