恋人に「お前ただの金蔓だから」と言われた場合の最適解

エイ

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「このクズ飼いませんか?」

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「うーん。そうだね。確かにその彼は失敗作だね。養われているクズにもそれなりの作法ってもんがあると思うが、その彼は養い主に感謝の言葉もなく、挙句暴力までふるっている。ヒモにあるまじきクズだ。もう飼う価値はないですよ」

「作法……? あるまじきクズ……?」

 何を言っているか分からない。
 だからヒモを養っていたわけではないと言っているのに、全く違う話をされて訳がわからなくなっている。
 そもそも何故自分はこんな見ず知らずの薄汚れた男に事情を話してしまったのだろう。傷ついて、誰でもいいから愚痴を言いたい気持ちがあったのは否定できないが、どうも相手のペースに飲まれている気がする。

「も、もういいです。そのかごの中身は全部差し上げますから、さようなら」

 急に頭が冷えて、こんな得体のしれない男相手に何をやっているのかと一気に後悔が襲ってくる。
 誰かに話して楽になりたい気持ちがあったが、こんな生活破綻者からまともな返答がくるはずもないのに何を期待していたのかと、恥ずかしさを振り切るようにベンチから急いで立ち上がり男に背を向けた。だがそれを慌てて引き留める声がかかる。

「ああ待って待って! えーと、ひとつ提案があるんだ。その前に確認なんだけど、君を金蔓呼ばわりした彼を、これからも養い続けるわけじゃないよね?」

「……当たり前です。もう金輪際近づくなとまで言われて、付き合い続けられません」

 振り返ってキッと睨むと、意外なことに男は喜色満面で「よかった!」と叫んだ。

「後釜に僕を飼いません?」

「……はい?」

「前の人は行儀のなっていないクズでしたが、僕は分をわきまえたクズですよ。与えられるエサだけで満足するし、飼い主を労わることも忘れません。どうです? お買い得ですよ? このクズ飼いませんか?」

「な、なにを馬鹿なことを言っているんですか! 飼いませんよ! そもそもあなたは成人男性なんですから、馬鹿なことを言ってないでちゃんと働いたほうがいいですよ!」

 とんでもない提案に怒鳴りつけてしまうが、男は意に介することなく『まあまあ』となだめてくる。

「でもねえ、レディはクズを育てて養った実績があるから、多分またクズ男に目を付けられると思うよ? それで次はもっとあくどいクズに引っかかって、身ぐるみはがされて売り飛ばされるかもしれない。もしかして前の彼が、あなたのことを良い金蔓だと吹聴して、他のクズがあなたを食い物にしようと狙ってくる可能性だってある。だったら、僕みたいなお行儀のいいクズを飼っておいたほうが何倍も安心だ」

 男に指摘されて、ハッとする。
 フィルの後ろにいた人々。彼らの中でもエリザのことが『金蔓』だと認識されている以上、まだ金を引っ張ってこようとするかもしれない。
 アイツは金を持っている、頼めばいくらでも出してくれるなどと言い触らされたらたまらない。
 疑心暗鬼にならざるを得ないほど、エリザのなかで彼らの印象は悪かった。
 
「それにね、レディはすごく騙されやすいタイプだと思うんだ。僕も伊達に何年もクズやってないからね、同類を見分けるのはお手の物だ。番犬がわりとしても、飼う価値あるよ」

「……あなたがあくどいクズかもしれないじゃない」

「僕は働きたくないだけの消極的なクズだから、あくどいことをするほどの気概はないよ。とはいっても、今この場で僕の安全性を証明するのは難しいから、とりあえずお試しということで、レディの安全勢を確保したうえで飼ってみられたらどうです? 僕、毛布一枚あれば床でもどこでも寝られるんで、費用対効果が良いヒモだよ」

「はあ? まさかあなた、家に来る気ですか? 私一人暮らしなんですけど」

「心配なら外から鍵のかかる部屋に入れるなり、リードでつなぐなりしてくれて構わないよ。それに君、自分で『強いから大丈夫』って言っていたじゃないか」

 まあ、確かに強いけど……と心の中で呟く。

 実はエリザは魔法師団に勤めており、体術もそれなりに身に着けている。

 フィルに突き飛ばされた時も、本来なら避けることも払いのけることもできたはずだが、彼が自分を突き飛ばすとは想像もしていなかったので、驚きすぎて受け身も取れなかったのだ。

 ……いや、違う。フィルの前ではただの女の子でいたいといつもか弱いふりをしていたから、とっさに切り替えられなかった。
 恋人に幻滅されたくなくて、ずっと『普通』の令嬢を演じていた。仕事モードに戻れば、エリザは普通の男性くらい片手で倒せるのだ。


 改めて男を見てみると、ひょろりと痩せて猫背のシルエットが無気力さを漂わせている。
 空気が抜けた風船のように生きる気力も感じられない。よく言えば、男性特有のギラギラした部分がない。
 その顔をじっと観察すると、相手がニコッと口角を上げ、作り笑顔を見せてくる。
 しばらく無言で見つめあったあと、エリザはスンと鼻をひとつ鳴らして、彼の提案を受け入れた。

「使用人部屋があるから、そこを使わせてあげてもいいわ」

 どうかしている、と思いながらも、この男の主張に納得する点を見出してしまった時点でエリザの負けだ。言っていることはクズで無茶苦茶に思えても、相手を納得させる力を持っている。

 恋人に酷い言葉で罵られ、笑い者にされて自棄を起こしていたと言われればそれまでだが、男の話に乗ってみるのもいいじゃないかという気になって、彼の提案を受け入れることにした。

「おお、有難い。なぁに、僕は躾けが行き届いた行儀のよいヒモですよ。飼ってみて損はさせません」

 

 ***

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