16 / 37
振り上げた手
しおりを挟む「長い付き合いだからこそ、許せないことがあるって分からなかった?」
怒りを込めて睨むと、フィルは驚いたような顔でエリザを凝視していた。思えば、これまでフィルに反論したことなどほとんどなかった。
だからこんな風に言い返されて心底驚いているようだった。
「そ、そんなに怒るなよ。だからこうして謝りに来たんだし、機嫌直してよ。ホラ、お詫びにプレゼントも持ってきたんだ。これで仲直りしよう。な?」
リボンをかけられた小さめの箱をエリザに差し出してくる。
「仲直りなんて無理よ。もうお金の援助もできない。さよなら」
謝罪まで拒絶されるとは思っていなかったようで、フィルは愛想笑いをひっこめて大いに慌て始めた。
「待って待って。悪かった、仲間の前だからって虚勢を張りたかったんだ。本当にゴメン。エリザはいつも優しいから甘えていた。頼むよ、また仲良くしよう。そうじゃないと困るんだ」
「困る? なにが困るの?」
「いや、だってさ、俺らずっと一緒だったじゃないか。確かに俺はひどいこと言ったけど、こんなつまんない喧嘩でダメになるような浅い関係じゃないだろう?」
つまらない喧嘩なんて言葉で済ませられることではない。これまでの信頼を全てぶち壊すような真似をしたのはそっちだろうと心の中でぐるぐる言葉が渦巻くが、喉が張り付いたように声が出ない。
「それにさ、エリザは仕事仕事で俺のことほっときっぱなしだったしさあ。お前にだって悪い部分はあったじゃん。だから今回のことはお互い様ってことで終わりにしよう。な?」
訳の分からない理論で、フィルはエリザにも責任があるかのように言う。そして距離を詰めて抱きしめる体制で腕を伸ばしてくる。
「……やめて!」
酒臭い息がかかり、ぶわっと嫌悪感が湧き上がってとっさにその手を叩き落としてしまう。手を叩かれ拒絶されたフィルは一瞬にして怒りで顔を紅潮させた。
「っ、この……」
フィルが叩き返そうと手を振り上げたのが見えた。
ひどい扱いを受けてきたが、それでも暴力を振るわれたことはこれまでなかった。ここまで変わってしまったのかと思いながら、冷静にそれを避ける。
(付き合っている頃だったら、殴られてあげたのかしら……)
余計なことを考えながらでも酔っ払いの平手打ちを避けるのは難しくなかった。
空振りしてしまったフィルは、憎々し気にエリザを睨む。だがエリザがじっと見つめ返すと、さすがに気まずそうに目を逸らした。
「殴りたいほど私のことが嫌いなんでしょ? よりを戻すなんてできるわけないって自分でも思うでしょ……」
また激高させてしまうかなと思ったが、その言葉にハッとした様子でフィルは目線を彷徨わせる。
556
あなたにおすすめの小説
私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜
AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。
そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。
さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。
しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。
それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。
だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。
そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。
※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
ヴェルセット公爵家令嬢クラリッサはどこへ消えた?
ルーシャオ
恋愛
完璧な令嬢であれとヴェルセット公爵家令嬢クラリッサは期待を一身に受けて育ったが、婚約相手のイアムス王国デルバート王子はそんなクラリッサを嫌っていた。挙げ句の果てに、隣国の皇女を巻き込んで婚約破棄事件まで起こしてしまう。長年の王子からの嫌がらせに、ついにクラリッサは心が折れて行方不明に——そして約十二年後、王城の古井戸でその白骨遺体が発見されたのだった。
一方、隣国の法医学者エルネスト・クロードはロロベスキ侯爵夫人ことマダム・マーガリーの要請でイアムス王国にやってきて、白骨死体のスケッチを見てクラリッサではないと看破する。クラリッサは行方不明になって、どこへ消えた? 今はどこにいる? 本当に死んだのか? イアムス王国の人々が彼女を惜しみ、探そうとしている中、クロードは情報収集を進めていくうちに重要参考人たちと話をして——?
【完結】婚約破棄されたので、引き継ぎをいたしましょうか?
碧井 汐桜香
恋愛
第一王子に婚約破棄された公爵令嬢は、事前に引き継ぎの準備を進めていた。
まっすぐ領地に帰るために、その場で引き継ぎを始めることに。
様々な調査結果を暴露され、婚約破棄に関わった人たちは阿鼻叫喚へ。
第二王子?いりませんわ。
第一王子?もっといりませんわ。
第一王子を慕っていたのに婚約破棄された少女を演じる、彼女の本音は?
彼女の存在意義とは?
別サイト様にも掲載しております
「身分が違う」って言ったのはそっちでしょ?今さら泣いても遅いです
ほーみ
恋愛
「お前のような平民と、未来を共にできるわけがない」
その言葉を最後に、彼は私を冷たく突き放した。
──王都の学園で、私は彼と出会った。
彼の名はレオン・ハイゼル。王国の名門貴族家の嫡男であり、次期宰相候補とまで呼ばれる才子。
貧しい出自ながら奨学生として入学した私・リリアは、最初こそ彼に軽んじられていた。けれど成績で彼を追い抜き、共に課題をこなすうちに、いつしか惹かれ合うようになったのだ。
婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ!
タヌキ汁
ファンタジー
国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。
これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。
【完結】真の聖女だった私は死にました。あなたたちのせいですよ?
時
恋愛
聖女として国のために尽くしてきたフローラ。
しかしその力を妬むカリアによって聖女の座を奪われ、顔に傷をつけられたあげく、さらには聖女を騙った罪で追放、彼女を称えていたはずの王太子からは婚約破棄を突きつけられてしまう。
追放が正式に決まった日、絶望した彼女はふたりの目の前で死ぬことを選んだ。
フローラの亡骸は水葬されるが、奇跡的に一命を取り留めていた彼女は船に乗っていた他国の騎士団長に拾われる。
ラピスと名乗った青年はフローラを気に入って自分の屋敷に居候させる。
記憶喪失と顔の傷を抱えながらも前向きに生きるフローラを周りは愛し、やがてその愛情に応えるように彼女のほんとうの力が目覚めて……。
一方、真の聖女がいなくなった国は滅びへと向かっていた──
※小説家になろうにも投稿しています
いいねやエール嬉しいです!ありがとうございます!
そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。
雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。
その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。
*相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる