千里さんは、なびかない

黒瀬 ゆう

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私が生まれてきた理由

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 結局すべての作業が終わり、校門を出たのは日が暮れた頃だった。部活帰りと変わらないじゃん。自転車を一気に漕ぐと、涼しい風が頬を撫でる。感じたことのない夏の初め。それから謎の達成感。入学してから、きちんと何かをこなした事がなかったことに気づく。……まあ、悪くはないかも。


 カンカン照りの太陽。真っ黒な十センチヒール。脚が痛くなるのは、もう慣れた。もっと履きやすい靴にすれば良いのに、なんて余計すぎるアドバイスだ。だってこれが一番スタイル良く見えるから。


 赤のワンピースは、ブラックのリボンベルトとセットだった。ずっと狙っていた夏の新作で、販売開始と同時にカートに入れた。いつもより数倍の時間をかけた濃いめのメイク、ゆるく巻いたポニーテールのリボンはこれまた赤。だって、和泉君のメンバーカラーだから。


 「ごめんごめん! ド派手な格好なのにここでは埋もれるのね」
 「私もついさっき着いたとこ。一言多い」


 今日は、待ちに待ったWORLDのツアー初日。横浜アリーナはどこを見ても女の子ばかりだ。待ち合わせのためにうちわを掲げる子、今回のライブのオブジェをバックに写真を撮る子。この風景を見ると、ライブに来たんだなと実感する。


 私とおそろいのブルーのワンピースに身を包んだサナも、今日はヒールのおかげで巨人化している。ただでさえ高身長でおまけに細いから、ぱっと見モデルだ。


 「あー、ドキドキする。花道横だもんね。ぶっ倒れないようにしよ」


 そういうと、サナはペットボトルの水をがぶ飲みする。良い席に何度入ろうと、好きな人に会うときはやはり緊張してしまう。


 本当は、今日の公演は落選した。でも初日なんて絶対入りたいから、定価の何倍もの金額を出して買った。貯めに貯めたお金を、一気に使うことが気持ち良すぎる。高校生なのに、こんな快感を覚えて良いのだろうか。いやでも、和泉君に会うために頑張って来たんだし? もはやファンサ確定の席だし、私たちからしたら実質タダだ。


 アリーナが暗転したと同時に響き渡る歓喜の悲鳴。周りは同担、つまり和泉君のファンだらけだ。おまけに会話を聞いてると、初めて来た人たちばかり。最悪。同担拒否が入ってる私からしたら、地獄以外何ものでもない。


 それでも大丈夫。だって今までに、良い席入ったら絶対レスくれたから。私はいっぱい、和泉君に幸せをもらった女だ。だから今日も、気づいてくれるはず。


 モニターに、トップバッターの和泉君の画像が映し出される。うちわを握る手に、じわっと汗がにじむ。なんで私、緊張してるんだろう? これから夢が始まるのに。

 
 ーー買わなきゃよかった。開場の外に出ると、一気に虚しさが襲った。いや、虚しさというよりも、舌打ちしたくなるような苛立ち。キャーキャー騒ぐファン達が、今は憎い。


 一度もレスもらえなかった。あんなに良い席だったのに。全部後列の新規女にかっさらわれた。和泉君も和泉君だ、近いからって、全メンバーからレス期待するようなミーハー女相手にするとか。本当ありえない。ムカつく。ムカつくムカつくムカつく。


 「ある意味席運なかったね。てか映画初主演だって、良かったじゃん」


 久我君の立ち位置は正反対で、私たちの方には二回ほどしか来なかった。しかし、少しでも間近で見れたことによりサナは満足そうだった。


 何というか、サナにはいつも余裕がある。目の前で同担がファンサをもらおうが、SNSでファンサレポが流れてこようが涼しい顔をしている。前に気にならないのか聞いたら、「だって私、地上に出る前から応援してきてもっとすごいことされてるし」、と。


 私も、同じ考えが出来たら良いのに。見れるだけで満足したいのに。生きてるだけで、アイドルでいてくれるだけで、姿が見れるだけで、本当は幸せなはずなのに。なんでこんな欲張りになったのだろう。何で、一番になりたいって思っちゃうんだろう。和泉君から見たオタクなんて、みんな一緒なのに。せっかくの楽しいライブ終わりなのに、サナに気を使わせては悪いと思い頭のもやもやを取っ払う。自分が幼稚で、嫌になる。


 「まあ、これから冬まで定期的に会えるからさ! 今日は下見みたいな感じよ。てか、舞台挨拶行きたいから名義借りても良い?」
 「もっちろん」


 和泉君は、グループ初の映画の主演が決まった。内容はラブコメらしく、相手は同い年の実力派女優。


 駅までの道のりは、ひどく混雑していてぶつからないよう歩くのが精一杯だ。おかげで周囲の会話は丸聞こえ。私みたいに干されて荒んでいるオタク、レスをもらって幸せそうなオタク、生存確認ができて安心しているオタク。


 会場付近の飲食店は終演後必ず混雑するため、家の最寄りまで戻ってファミレスに入り、ゆっくり語らうのがお決まりとなっていた。


 「めちゃくちゃ可愛かった。見た? あのうさ耳ポーズ」
 「私櫻井君好きだけどさー和泉君ヤバい。危うく狩られそうになった」


 狩られる、というのはオタク用語で「推し変」を意味する。初めて聞いたときは、狩猟かとツッコみたくなった。
 そんなのじゃ、満足出来ない。


 じゃんけんだとか、うさ耳ポーズだとか、名前呼ばれたとか、ハイタッチしてくれたとか。そんなありきたりじゃなくて、もっともっと自慢できるようなものが欲しい。私にしか出来ないもの。他の人が真似できないもの。私だけの、特別な『何か』。


 そのとき、背後の女の子が、ため息交じりに呟いた。


 「映画だって! すごいよね! ピアノ弾くシーンないかな~?」
 「あー、あれ読んだことあるけど、ピアノのシーンはなかったな。でも確かに良いよね~。和泉君、PVでもピアノ弾いてたもんね」
 「いつかやらないかな~」


 和泉君=ピアノという図式。これはもう、ファンの間で有名だった。本人もそれを嬉しがっていたし、ピアノのお仕事来ないかな~なんて呟いていたことも、知ってる。でも、まだその希望は叶っていない。
 そっか、そうだ。一人、吸った息を呑む。


 小説家になれば良いんだ。映像化すればいいんだ。それで、和泉君が主演をつとめれば良い。

   
    私が和泉君の、夢になるんだ。
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