千里さんは、なびかない

黒瀬 ゆう

文字の大きさ
21 / 23
好き好き目を見て言えたなら

しおりを挟む
 眠い。本当に眠い。
 WORLDのツアー最終日。朝方までパソコンに向き合っていたせいか、顔のコンディションは最悪だった。クマくっきり! 青白い顔! メイクで何とか誤魔化した。おかげで厚化粧だ。チーク濃すぎたかな。逆にアイメイクはもう少し濃くても良かったかも。ああもう、何でもっと丁寧にやらなかったんだ。


 しかし、毎日毎日必死に書いたから文学賞には何とか間に合った。授業をサボりながらも一心不乱に手だけを動かした。正直不出来だ。
 天才小説家であることを隠す地味男と、ひょんなことからそれを知ってしまったギャル子との、どたばたラブコメ。もはや実話に近い。


 どうしても思いつかなくて。ふと、このことをネタにしたら面白いんじゃないかって。


 「まもなくー、水道橋ー、水道橋ー」


 このままだと、MC中寝てしまいそうだ。それだけは避けなければ。
 女の子たちに押されるように、私は電車を降りた。冬の風が頬を撫でる。今日の席? もちろん花道目の前よ。頑張ったご褒美に、和泉君からたくさん幸せをもらうんだ。


 最終日の和泉君は、気合を入れてか茶髪だった。今までずっと黒髪だったから、新鮮でこれまた似合っていて。オープニングで和泉君が出てきた瞬間、ドームが揺れた。


 本当に、ダントツでかっこいい。世の男が全員和泉君になれば良いのにと思う。
 釘付けになる、綺麗な顔とマイクを支える細い指。
 絶対に弾かせる。
 何年かかろうが、私は小説家になる。それで、和泉君にピアノを弾かせたい。
 家に着いたら、更新を止めてしまった作品の続きを書こう。
 そう、思っていた。


 トリプルアンコールが終わると、いよいよ終演だ。いつもなら明るくなり、公演終了を促すアナウンスが、今日は一向に流れない。それどころか、暗いままだ。周りのオタクたちも、座りながらざわざわと騒がしくなり始める。


 「みんな、今日はありがとう」


 そんなとき、ツアーTシャツのまま、メンバーが再びステージに姿を見せた。もしかして、まだやってくれるの!? そう思った私たちは、またペンライトとうちわを両手に立ち上がる。


 しかし、出てきてくれた理由が歌うことではないことを知る。五人とも、真面目な顔をしていたから。センターは、和泉君。モニターに写る顔は、瞳が潤んでいた。噛まれた唇。今にも泣き出しそうで。
 それだけで、ドームは怖いくらいの静寂に包まれた。


 「えー、和泉から。ご報告があります」


 リーダーの久我君が、和泉君に前へ出るよう声をかけた。
 体中の体温が奪われる。
 だって、そんな。絶対嬉しい報告じゃないだってこれは。


 「僕、和泉裕斗は。本日を持ちまして、芸能界を引退します」


 どよめく会場。和泉君は、言葉を続ける。


 「僕も、大学三年生になりました。大学卒業という一つの分岐点を前に、他にやりたいことが出来てしまいました。
 この五人で、ドームを埋めることが出来てこれ以上ないくらいの幸せです。僕の夢を叶えてくれたメンバー、そして応援してくれたみんな、今まで本当に、本当にありがとうございました。四人のことを、よろしくお願いします。
 そして急な報告になってしまい、ごめんなさい」


 何で。何で。何で? どうして。
 後ろに座っていた女の子が、泣き崩れた。
 和泉君が、深く深く、頭を下げる。
 信じたくない。


 私はただ、呆然と立ち尽くしていた。涙なんて出ない。
 今日で引退? そんなこと言われても、信じられるはずがない。
  だって和泉君は。ファンがいてくれる限りアイドルでいるって。そう、言ってた。
 ねえ。ファン、ここにたくさんいるよ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

むっつり金持ち高校生、巨乳美少女たちに囲まれて学園ハーレム

ピコサイクス
青春
顔は普通、性格も地味。 けれど実は金持ちな高校一年生――俺、朝倉健斗。 学校では埋もれキャラのはずなのに、なぜか周りは巨乳美女ばかり!? 大学生の家庭教師、年上メイド、同級生ギャルに清楚系美少女……。 真面目な御曹司を演じつつ、内心はむっつりスケベ。

天才天然天使様こと『三天美女』の汐崎真凜に勝手に婚姻届を出され、いつの間にか天使の旦那になったのだが...。【動画投稿】

田中又雄
恋愛
18の誕生日を迎えたその翌日のこと。 俺は分籍届を出すべく役所に来ていた...のだが。 「えっと...結論から申し上げますと...こちらの手続きは不要ですね」「...え?どういうことですか?」「昨日、婚姻届を出されているので親御様とは別の戸籍が作られていますので...」「...はい?」 そうやら俺は知らないうちに結婚していたようだった。 「あの...相手の人の名前は?」 「...汐崎真凛様...という方ですね」 その名前には心当たりがあった。 天才的な頭脳、マイペースで天然な性格、天使のような見た目から『三天美女』なんて呼ばれているうちの高校のアイドル的存在。 こうして俺は天使との-1日婚がスタートしたのだった。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...