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番外編2 結婚式
しおりを挟む王太子妃の席は、思っていたよりずっと“生活感”があった。
人生最大の晴れ舞台の日に、私が一番気にしていたのは、ドレスよりも靴擦れだった。
◇◇◇
結婚式の朝、王宮はまるで“よくできた舞台装置”みたいに動いていた。
廊下を急ぐ侍女たち。
花を抱えた庭師たち。
楽団の調律が響く音楽室。
みんなそれぞれの持ち場で忙しく動いているのに、
不思議と息が合っている。
(さすが王宮。大規模プロジェクトの朝みたいだ)
前世の会社で経験した大型イベントと、
どこか同じ空気があって、思わず苦笑してしまう。
「ミサ様、お加減はいかがですか?」
支度部屋で、侍女のリーナが心配そうに覗き込んできた。
「大丈夫。胃はまだ生きてるし、手も震えてないから合格です」
「十分震えていらっしゃいますよ」
私の手元を見て、リーナがため息をつく。
「今日は“王太子妃のミサ様”として、
前を向いていただかないと」
「うん……がんばる」
鏡の中の私は、
いつも以上に“それっぽく”仕上げられていた。
王妃陛下が用意してくれた純白のドレスは、
裾にアルノルト王家の紋章を模した刺繍が施されている。
胸元は控えめだけれど、
ウエストラインが綺麗に出るデザインで、
(あ、これ前世で着ていたスーツよりよほどスタイル良く見えるやつだ)
と思わず前職に勝利宣言したくなった。
髪はゆるくまとめられ、
先日の婚約発表で使ったティアラより
少しだけ重みのある冠が載せられている。
重たいはずなのに、
妙にしっくりと頭に収まっていた。
「……変じゃない?」
怖くなってリーナに尋ねると、
彼女はきっぱりと言った。
「変だったら、王妃陛下が許しません」
「たしかに」
それが何よりの保証だった。
◇◇◇
支度が一通り終わった頃、
コンコン、と控えめなノックが聞こえた。
「ミサ。入ってもいい?」
「ど、どうぞ」
扉が開くと、
そこには礼装姿のレオンがいた。
王太子としての正装。
結婚式仕様に、肩飾りや勲章が増えている。
「……似合いすぎでは?」
思わず本音が出る。
「それはこちらの台詞です」
レオンは一瞬言葉を失ってから、
ようやく笑った。
「綺麗です、ミサ」
直球すぎる褒め言葉に、
耳まで熱くなるのが分かった。
「それ、今ここで言う必要あります?」
「あります。
式の最中は“王太子モード”なので、
あまりミサ個人についての感想を言えませんから」
(たしかに)
「今のうちに、
一人のレオンとしてちゃんと言っておきたいんです」
そう言われたら、
もう「やめてください」なんて言えない。
「……ありがとうございます」
見慣れたはずの彼の姿が、
今日だけは少し遠く見えた。
「緊張してますか?」
レオンに聞かれ、
私は正直に頷く。
「してます。
前世でもこんな大きなプレゼンやったことありません」
「僕も同じくらい緊張してますよ」
「うそ。全然そうは見えない」
「“王太子として”は慣れてきましたからね。
“夫になるレオンとして”は、
今日が初出勤みたいなものです」
その比喩に、
思わず吹き出してしまった。
「じゃあ、今日から上司になります?」
「いいえ。ミサはずっと“教育係”です」
レオンは、
真面目な顔でそう言った。
「これからは、
僕の妻であり、王太子妃であり、
それでもなお“教育係”でいてほしい」
ズルい。
ほんとうに、この人は言葉の選び方がずるい。
◇◇◇
式は、王宮の大聖堂で行われた。
高い天井。
長いバージンロード。
祭壇に掲げられた王家の紋章。
前世の日本で見た教会式とは違うけれど、
厳粛さと祝福の空気は不思議と似ている。
大聖堂の扉がゆっくりと開き、
私は一人で歩き出した。
(バージンロードって、一人で歩くと長いな……)
前世の記憶が頭の片隅をよぎる。
――「結婚式、どうするんですか?」と聞かれるたびに、
笑って話題を逸らしてきた自分。
――「仕事が落ち着いたら、いつか」と言いながら、
いつまでも“いつか”が来なかったアラサーの自分。
(まさか二度目の人生で、
王太子の待つバージンロードを歩くことになるとはね)
前世の私が見たら、
絶対に机を叩いてツッコミを入れてくる。
祭壇の前で、レオンが待っていた。
彼は王太子としての穏やかな顔で、
それでもどこか、
一人の青年としての緊張も滲ませている。
歩みを止めると、
司祭役の老神官が静かに口を開いた。
「アルノルト王国王太子、レオンハルト・アルノルト」
「はい」
「あなたは、ミサ・ハルヴィアを妻とし、
共にこの国の未来を支え、
喜びも悲しみも分かち合うことを誓いますか」
レオンは、
真っ直ぐに私を見つめた。
「誓います」
その声は、
大聖堂の中でやけに鮮やかに響いた。
「ミサ・ハルヴィア」
「はい」
喉がきゅっと締め付けられるような感覚。
「あなたは、レオンハルト・アルノルトを夫とし、
共にこの国の未来を支え、
喜びも悲しみも分かち合うことを誓いますか」
(支える、か)
前世でも、
私は何かを支えてきたのだろうか。
会社。
上司。
プロジェクト。
――でも、自分で「支えたい」と選んだことは、
ほとんどなかった気がする。
今、目の前にいるのは、
私が自分の意志で「支えたい」と思ってしまった人。
「……誓います」
少しだけ震えたけれど、
ちゃんと声になった。
◇◇◇
指輪の交換のとき、
私は自分の指先を見て、少し笑いそうになった。
前世では、
この薬指が埋まることは最後までなかった。
「失礼します」
レオンの指が、
私の左手にそっと触れる。
白金に薄い紫の宝石がはめ込まれた指輪が、
するりと薬指に収まった。
きつくもなく、
ゆるくもない。
――驚くほど、ぴったりだった。
「似合っています」
レオンが囁く。
「レオンの方が、似合ってますよ」
彼の指におさまった指輪は、
王太子としての責務の重さと、
レオンとしての願いを一緒に抱えているように見えた。
式の終わりに、
老神官が静かに宣言する。
「この瞬間より、
アルノルト王国王太子レオンハルト・アルノルトと、
ミサ・ハルヴィアは夫婦である」
大聖堂に、
大きな拍手が広がった。
リリアナの澄んだ笑顔。
カトリーヌの、ちょっと拗ねたような、でも嬉しそうな顔。
侍女たちの涙ぐんだ目。
そして、王と王妃の誇らしげな表情。
その全部が、
私とレオンに向かっていた。
(前世の私は、
拍手の外側からそれを眺めているだけだったのに)
今は、その中心に立っている。
それが、ただただ不思議で、
でもとても、嬉しかった。
◇◇◇
式のあと、
庭園で開かれたささやかな祝宴。
華やかなパーティというより、
王家とごく近しい家々だけが集う、
“家族と友人の会”に近い雰囲気だった。
「王太子妃殿下」
少し離れた場所から、
リリアナがやってきた。
「……まだ慣れません、その呼び方」
「いずれ慣れていただかないと。
王妃陛下が、
“ミサがそう呼ばれて逃げなくなるまで付き合うつもりよ”とおっしゃっていましたし」
(王妃陛下、怖いけど優しいな……)
「本当に、おめでとうございます」
リリアナは、
まっすぐな目でそう言った。
「ありがとうございます。
リリアナ様が、
“そうなってほしい”と言ってくださったおかげでもあります」
「私が望んだのは、
殿下の隣にふさわしい人が立つことです。
それが、ミサ様でよかった」
彼女の言葉には、
悔しさも、未練も滲んでいなかった。
きちんと自分の気持ちに区切りをつけて、
次の一歩を踏み出そうとしている人の目だった。
「……リリアナ様は、これからどうされるんですか」
「家の仕事もありますし、
いずれはまた、別の縁があるでしょう。
でもしばらくは――」
リリアナは、
庭園の一角で花に水をやっている子どもたちを見た。
「フェルナー領に戻って、
“子どもたちに物語を読み聞かせる会”でも開こうかと考えています。
殿下とミサ様の“劇中劇”に影響を受けました」
「それは素敵ですね」
“選ばれなかった側”の人生が、
“別の誰かの物語”を照らす役割を持つ。
そのことが、
胸の奥でじんわりと温かくなった。
◇◇◇
夜。
人々がそれぞれの部屋へ戻ったあと、
私は静まり返った部屋で
新しいノートを開いていた。
今まで使っていたノートは、
“FINAL LESSON”で一旦閉じてある。
今日からは、新しい一冊。
表紙には、
小さな金色の文字でこう刻まれていた。
“Side Seat to Shared Seat – Misa’s Note”
――王妃陛下とレオンの合作だと聞いて、
思わず頭を抱えたけれど。
今は素直に、その題名が嬉しい。
“LESSON 01:夫婦になった日のメモ”
“前世の私は、
誰かの結婚式を祝う席には座れても、
自分のために開かれる席には
最後まで招かれなかった。”
“今世の私は、
王太子妃としての席に座りながらも、
不思議と“背中側の席の延長線上”のような安心感を覚えている。
隣にいる人が、
ずっと見てきた誰かだからだろう。”
ペン先を止めて、
ふと部屋の入り口を見る。
ノックもなく、
そっと扉が開いた。
「ミサ」
儀礼服から軽装に着替えたレオンが、
少しだけ気の抜けた顔で立っていた。
「今日一日、夫としてどうでしたか?」
「百点満点中?」
「ええ」
「九十五点」
「意外と厳しいですね」
「残りの五点は、
これからゆっくり一緒に取りましょう」
そう言うと、
レオンは少しだけ照れたように笑った。
「じゃあ、ミサは?」
「私?」
「今日一日の自分に、
何点をつけますか」
ノートを見下ろしながら、少し考える。
「……八十点、かな」
「十分高いと思いますけど」
「二十点分は、
まだ“選ばれた自分”に慣れていないところです」
前世の癖は、
そう簡単には抜けない。
でも、それでいいのかもしれない。
「その二十点は、
これから一緒に上げていきましょう」
レオンが、まっすぐにそう言う。
「ミサには、
僕の“背中側の席”で書いてきたノートがある。
これからは、“隣の席”から書くページも増やしてください」
私は新しいノートを撫でながら、
静かに頷いた。
「……がんばってみます」
“選ばれなかった女”が、
今、選ばれた場所でノートを開いている。
その事実が、
前世のどの昇進通知よりも、
ずっと重みのある“おめでとう”に思えた。
――背中側の席から、完全な隣の席へ。
その移動距離を、
ページの枚数で数えられるくらいには、
これからの毎日を、
丁寧に生きていきたい。
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