社畜をクビになった俺のスキルは「根回し」だけど、異世界では世界最強の裏方でした

cotonoha garden

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第16話 本部監査局からの「ご指名」

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 本部からの手紙は、大体ろくなことを言ってこない。 
 ――前の世界で学んだ教訓が、異世界でも通用するとは思わなかった。
 
 ◇◆◇
 
 「開けていい?」 
 「啓太宛てなんだから、アンタが開けなさいよ」 
 
 リシェルに急かされ、俺は筒から巻紙を慎重に引き出した。 
 羊皮紙は思ったより薄く、でもしっかりしている。 
 端には、本部監査局の紋章――秤と羽ペンを組み合わせた意匠が押されていた。
 
 ぞわり、と背筋を冷たいものが走る。 
 前の世界で言うところの「本社人事部」みたいな匂いがする。
 
 「読むぞ」 
 「心の準備はできてるわ」 
 「俺はできてないんだけど」 
 
 軽口を挟みつつ、目を走らせる。
 
 『ギルド臨時顧問 相沢啓太殿 
 監査官クラウス殿 
 
 北ルート局所危険区間に関する実地報告および、 
 監査同行隊の行動記録、ならびに“現場から見た監査官に関する報告書”を受領した』
 
 「……ちゃんと届いたみたいだな」 
 「“現場から見た監査官”って、わざわざ書いてあるわね」 
 
 リシェルが、興味深そうに覗き込む。
 
 続き。
 
 『本報告は、従来の形式に属さないものであり、 
 監査局内部においても評価が分かれている。 
 しかしながら、その内容は、現場の実態と本部の課題を理解する上で 
 極めて重要な示唆を含むと判断した』
 
 「分かれてるって、絶対あれだよな、“こんなもん出すな派”と“もっと出せ派”だよな」 
 「まあ、想像はつくわね」 
 
 胃がきゅうっとなる。 
 でも、次の行で少しだけ緩んだ。
 
 『よって監査局は、本報告を“試験的資料”として正式に受理する。 
 併せて、以下の二点を通達する』
 
 「二点……」 
 こういう書き方は、大体ロクでもない。
 
 ごくり、と唾を飲み込んで読み進めた。
 
 『一.北ルート局所危険区間の扱いについて 
 現場判断に基づき危険度を引き上げたことを是とする。 
 当該区間は暫定的に「準封鎖区域」とし、 
 本部・支部合同による追加調査が行われるまで、新規護衛依頼の受諾を制限すること』
 
 「準封鎖……」 
 思わず呟く。
 
 「依頼、全部止めろってこと?」 
 「“新規”って書いてあるから、もう決まってる分は要相談って感じかしらね」 
 
 リシェルが顎に手を当てる。
 
 「でも、“現場判断を是とする”って明言されたのは、大きいわよ」 
 「……そうだな」
 
 ガルドの顔を思い浮かべる。 
 ギルド長としての責任が、ほんの少し軽くなるはずだ。
 
 (とりあえず、これはプラスだな)
 
 問題は、二点目だ。
 
 『二.“現場と本部をつなぐ役割”の試験運用について 
 本報告書において提起された“現場と本部をつなぐ制度的役割”の必要性に鑑み、 
 スレイル支部を対象とした試験的運用を開始したい』
 
 「試験的……運用?」 
 「嫌な予感しかしないわね」 
 
 嫌な予感は、大体当たる。 
 続きの一文を読んで、確信に変わった。
 
 『ついては、ギルド臨時顧問 相沢啓太を、 
 本件における“現場連絡官(リエゾン)候補”として指名する』
 
 「はああああああ!?」 
 思わず声が裏返った。
 
 「指名されてるわねえ」 
 リシェルが、妙に楽しそうに笑う。
 
 「いやいやいやいや、ちょっと待って。 
 本部の人間でもないし、ギルドの正式職員でもないのに、“現場連絡官”って何!?」 
 
 『現場連絡官(リエゾン)とは、 
 現場(ギルド・商会・支部)と本部監査局との間で情報を整理・共有し、 
 双方の意図を調整する役割を担う者を指す。 
 当面はスレイル支部に限り、 
 ギルド臨時顧問として既に活動している相沢啓太を候補者とする』
 
 「……書類仕事が増える未来しか見えない」 
 「安心して、ギルドの書類仕事も増えるから」 
 「全然安心できない!」
 
 膝から崩れ落ちたくなる感覚をこらえつつ、最後まで読み切る。
 
 『なお、本件試験運用に関しては、 
 監査官クラウスおよびスレイル支部長ベルノー、ギルド長ガルドの同意を前提とする。 
 また、相沢啓太本人がこれを拒否することも妨げない』
 
 最後の一文で、少しだけ肩の力が抜けた。
 
 「……拒否できるらしい」 
 「するの?」 
 「それはそれで、めちゃくちゃ面倒ごとになりそうなんだよなあ……」
 
 本部からの“指名”をはねのけたら、 
 それはそれで“扱いにくい現場”としてマークされる未来が見える。
 
 (いやだなあ……。 
 でも、ここで“ごめんなさい無理です”って引いたら、多分一生後悔するんだろうな)
 
 喉の奥がひりつく。 
 前の世界で、飲み込んでしまった言葉たちの感触が蘇る。
 
 「……ひとまず、みんなで相談しよ」 
 そう言って、巻紙を丸め直した。
 
 ◇◆◇
 
 応接室に集まったのは、いつものメンバーだった。
 
 ガルド、リシェル、エルド、カイム。 
 支部長のベルノーに、監査官クラウス。 
 それから、ギルド書記のミナと、商会側の補佐官が一人。
 
 俺はテーブルの真ん中に手紙を広げ、内容を読み上げた。
 
 「――以上です」 
 
 読み終えた瞬間、部屋の空気が微妙に揺れた。
 
 「ほう」 
 ガルドが腕を組んで唸る。
 
 「“現場連絡官”ねえ。 
 ようするに、“本部と現場の通訳”みたいなもんか」 
 
 「通訳って言うと聞こえはいいですけど、 
 実際は板挟みのクッション役ですからね?」 
 思わず本音が漏れる。
 
 「少なくとも、相沢が何をやってきたかは、ちゃんと伝わってるみたいね」 
 エルドが穏やかに笑う。
 
 「“現場の声を形にした報告”なんて、これまでほとんどなかったんだろうし」 
 
 「ベルノー」 
 クラウスが支部長に視線を向ける。
 
 「支部としての意向は?」 
 
 ベルノーは、手の中でカップをくるくると回しながら、少し考え込んだ。
 
 「……正直、助かります」 
 やがて、ぽつりと言う。
 
 「これまで、本部に何かを伝えようとしても、 
 “文書様式が違う”だの“数字が十分でない”だのと言われて、 
 内容に辿り着く前に弾かれることが多かったんです」 
 
 その言い方には、情けなさと悔しさが混じっていた。
 
 「相沢さんみたいに、“現場の言葉”と“本部の言葉”の両方に慣れている人が、 
 間に立ってくれるなら――僕としては、ぜひお願いしたい」 
 
 「ガルドは?」 
 クラウスが顔を向ける。
 
 「俺か」 
 
 ギルド長は、豪快そうな見た目に似合わず、しばらく黙って考えた。
 
 「ギルドとしては、“やってほしい”だな」 
 短く、言い切る。
 
 「正直、書類は苦手だ。 
 だが、現場の声を本部にぶつける役がいねえと、 
 結局一番割りを食うのは、荷を運ぶ奴と、それを守る奴だ」 
 
 カイムが小さく頷く。
 
 「“駒扱いされてんじゃねえか”って疑心も、 
 あんたらが何考えてるか見えないせいで膨らんでたんだ」 
 
 「そのあたり、私も本部側の人間として責任を感じている」 
 クラウスが静かに言う。
 
 「だからこそ、“現場連絡官”という役割には賛成だ。 
 ――問題は、当人だな」 
 
 全員の視線が、一斉に俺に集まる。
 
 「……あのですね」 
 肩がむず痒くなる。
 
 「やりたいかやりたくないかで言えば、 
 “胃痛的にはやりたくない”が八割なんですけど」 
 「素直ね」 
 リシェルが苦笑する。
 
 「でも、“やるべきかどうか”で言えば――多分、やるべきなんだろうなって思ってます」 
 
 言いながら、スレイルの街のことを考える。
 
 北ルート。 
 野盗。 
 現場に積もっていく不満や不安。
 
 「俺、この街に来てから、何度も“あの時こうできてれば”って思いながら根回ししてきました。 
 今回の件で、“紙一枚でも変わることがある”って分かったから…… 
 本部と現場を繋ぐなら、やれるだけやってみたい、ってのが本音です」 
 
 胃のあたりが、きゅーっと縮む。 
 それでも、言葉は止まらなかった。
 
 「ただ、一つだけ条件があります」 
 「条件?」 
 ガルドが目を細める。
 
 「“本部の言うことを全部通す係”にはならないこと。 
 それをやるくらいなら、現場連絡官なんて役目はいりません」 
 
 静まり返った部屋に、自分の声だけが響く。
 
 「俺は、“この街の縁をできるだけ守るために”本部と話す役でいたい。 
 もし本部からの指示が、明らかに現場を潰すものだったら―― 
 その時は、ちゃんと“嫌だ”って言える立場でいたい」 
 
 少しだけ、手が震えていた。 
 前の世界で、言えなかった言葉の延長線上にあるセリフだ。
 
 (これで断られたら、それはそれでいい)
 
 そう思っていたが――。
 
 「……いいんじゃない?」
 
 意外なところから声が飛んできた。
 
 リシェルだ。 
 彼女は肩をすくめて笑う。
 
 「本部と現場を繋ぐ役が、“本部の代弁者”だったら意味ないもの。 
 啓太みたいに“現場側からモノ言う”タイプじゃないと、 
 橋じゃなくて、ただの伝書棒よ」 
 
 「“伝書棒”とはまた辛辣な」 
 エルドが苦笑する。
 
 「でも、僕も啓太くんの意見に賛成だな。 
 現場連絡官が、“どっちのために話す人間なのか”は、 
 最初にはっきりさせておくべきだ」 
 
 クラウスが、じっと俺を見ていた。 
 その視線には、何かを測るような鋭さと、微かな期待が混ざっている。
 
 「相沢」 
 「はい」 
 「君が“現場のために本部と話す”と言うなら―― 
 私は、“本部のために現場と話す”役を続けよう」 
 
 その一言は、妙にしっくりきた。
 
 「私が本部監査局の中でできることは、限られている。 
 だが、“現場連絡官”がいるなら、その声を拾い上げて本部にぶつける役は、私がやるべきだろう」 
 
 「……クラウス様」 
 
 「だからこそ、条件は一つだ」 
 今度はクラウスが条件を出してきた。
 
 「“現場のため”という理由で、本部を完全な悪者にするな」 
 
 その言葉に、胸を突かれる。
 
 「戦場でも、会議室でも、敵と味方を単純に二色で塗り分けるのは、楽だ。 
 だがそれは、大抵どこかを切り捨てる」 
 
 クラウスは淡々と続ける。
 
 「私は、本部の中にも、“変えたいと思っている者”がいると信じている。 
 そうでなければ、こんな報告書を本部に送りはしない」 
 
 手元の羊皮紙に目を落とす。 
 クラウスのサインと、ベルノーのサインと、ガルドのサインと、俺のサイン。 
 そして、その上に押された本部監査局の印章。
 
 「“現場のために本部と戦う”だけじゃなくて、 
 “現場のために本部と組む”選択肢も、忘れないでほしい」 
 
 その言葉は、前の世界の上司には決して言えなかったフレーズの、裏返しみたいに感じられた。
 
 「……分かりました」 
 ゆっくりとうなずく。
 
 「じゃあ――やります。“現場連絡官(仮)”」 
 「“仮”って付けるあたりが啓太らしいわね」 
 リシェルがくすっと笑う。
 
 「よし、決まりだな」 
 ガルドが豪快に立ち上がる。
 
 「スレイル支部初代“現場連絡官”は相沢啓太。 
 本部にも、現場にも、遠慮なくめんどくさい根回しをかましてくれ」 
 
 「お前、完全にブラック企業の社長みたいなノリだぞ」 
 「誉め言葉だな!」 
 「どこが!?」
 
 笑い声が、応接室に広がる。 
 その笑いの中に、不安も期待も全部混ざっているのが分かった。
 
 ◇◆◇
 
 部屋を出た後、廊下を歩きながら、クラウスがふいに口を開いた。
 
 「相沢」 
 「はい」 
 「……本部監査局から、もう一通、別の文書が届いていた」 
 
 そう言って、彼は内ポケットからもう一枚の羊皮紙を取り出す。 
 先ほどのよりも、紙質が良く、印章も多い。
 
 「何ですか、それ」 
 「“内部監査対象の追加通知”だ」 
 
 冷たい言葉だった。
 
 「今回の件を受けて、“北ルート関連の事案を担当していた本部職員”の中から、 
 数名が内部監査対象に指定された」 
 
 喉の奥がひりつく。 
 それはつまり――。
 
 「……“上の連中”にも、メスが入るってことですか」 
 「そういうことだ」 
 
 クラウスの縁が、静かに揺れる。
 
 「だが同時に、“現場からの報告を利用して政敵を潰そうとする者”も出てくるだろう。 
 そういう意味でも、“現場連絡官”の役割は重要になる」 
 
 「……胃薬、増量しておきます」 
 「それがいい」 
 
 クラウスは小さく笑った。
 
 「君がスレイルの“現場連絡官”として動くなら、 
 私は本部の“現場担当監査官”として動こう」 
 
 同じ方向を向いているわけではない。 
 立っている場所も、見ている盤面も違う。
 
 それでも――。
 
 「どこかで、繋がってるといいですね」 
 思わずこぼれた言葉に、クラウスは少しだけ目を細めた。
 
 「ああ。 
 そうでなければ、“世界最強の根回し屋”の名が泣く」 
 「だから誰が名付けたんですかそれ!」
 
 廊下に小さな笑い声が重なる。
 
 会議室も、戦場も、報告書の束も。 
 全部ひっくるめて、この世界で俺がやるべき仕事は、一つだけだ。
 
 誰かの一日を、昨日より少しだけマシな方向へ根回しすること。 
 その積み重ねが、いつか“数字の上の世界”さえ動かせると信じて。
 
 「本部からの指名なんて、前の世界なら逃げ出してた。 
 ――でも今は、自分で選んでここに立っている。」
 
 そう胸の中で呟きながら、俺は新しく押し付けられた――いや、自分で引き受けた役職の重さを、改めて噛みしめた。
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