社畜をクビになった俺のスキルは「根回し」だけど、異世界では世界最強の裏方でした

cotonoha garden

文字の大きさ
21 / 22

第21話 本部会議で、元社畜はマイクを握る

しおりを挟む
 
 本部監査局の大会議室に入った瞬間、 
 ――前世の「本社会議室」の匂いが、鼻と胃袋の奥を同時に刺激してきた。
 
 ◇◆◇
 
 半円形に並んだ長机。 
 正面には壇上、その中央に演台。 
 後方には、各地方支部や関連組織からの参加者用の席がずらりと続く。
 
 天井は高く、壁には大きな地図と、いかにも高そうな絵画。 
 でも一番圧があるのは、やっぱり人間だ。
 
 局長ルドヴィクと、各部の部長クラス。 
 財務担当、記録課、政策企画、危機管理。 
 さらに、王都ギルド本部と王都神殿の代表者までいる。
 
 (……これ、普通に“国家レベルの会議”じゃない? 
 どう考えても現場連絡官候補が放り込まれていい場所じゃない気がするんだけど)
 
 「顔が完全に“帰りたい”って言ってるわよ」 
 隣のリシェルが、小声で囁く。
 
 「いや、実際帰りたい。今すぐスレイルにテレポートしてクッキー食べたい」 
 「ダメ。終わったらいくらでも食べさせてあげるから、今はここにいなさい」 
 
 エルドも苦笑しつつ、手元のメモを整えている。
 
 「啓太くん、深呼吸。 
 “全部を変えなきゃ”って思わなくていいからね。 
 今日やるのは、“変わるきっかけを一個置いてくること”だけ」 
 
 「……それ、すごく重要なこと言ってません?」 
 「言ってるよ」 
 
 胃のきしみが、少しだけ和らいだ。
 
 ◇◆◇
 
 やがて、会議室が静まり返る。 
 ルドヴィクが立ち上がり、開会の言葉を述べた。
 
 「本日は、“北ルート局所危険区間事案”および“現場連絡官制度の試験導入”について、 
 本部と各支部で協議するための場である」 
 
 淡々とした声が、よく通る。
 
 「まず、本件に関して実地調査および報告書を作成した、 
 監査官クラウス・ラングより経緯説明を行う」 
 
 クラウスが壇上に上がる。 
 その縁の線は、スレイルと本部とを真っすぐ結んでいた。
 
 「――以上が、北ルートでの局所危険区間と、 
 それに対するスレイル支部およびギルドの対応です」
 
 簡潔な説明が続く。 
 俺やリシェル、ガルドの動きも、必要最低限の情報としてまとめられている。
 
 「本案件において、“現場からの報告と本部の判断の間にあった歪み”が、 
 危険を増幅した一因であることは否定できない。 
 私はその歪みを減らすため、“現場連絡官”という役割の導入を提案した」 
 
 ざわ、と会議室の空気が揺れた。
 
 「しかし――」
 
 低い声が、クラウスの言葉を遮る。
 
 「その“現場連絡官”とやらが、本当に必要かどうかは、慎重に検討すべきだろう」
 
 声の主は、財務担当の部長だった。 
 銀縁の monocle(片眼鏡)、きっちり整えられた口髭。 
 いかにも「数字で人を殴るのが得意です」という風貌だ。
 
 「ユルゲン財務部長」 
 ルドヴィクが名を呼ぶ。
 
 「意見があるなら、後ほどの質疑時間に――」 
 「局長、失礼を承知で言うが、先に前提を確認しておきたいのだ」
 
 ユルゲンと呼ばれた男は、書類を指で弾きながら続ける。
 
 「現場連絡官の新設は、“人員と予算を要する新制度”だ。 
 その効果が曖昧なまま話を進めるのは、財務担当として看過できん」 
 
 (あー……いるよな、こういうタイプ)
 
 数字で正論を言っているだけに見えて、 
 実際には“変化そのもの”を嫌がっている人種だ。
 
 「もちろん、効果を曖昧なまま導入するべきではありません」 
 クラウスが落ち着いて返す。
 
 「ですので、本日は――」 
 「そこでだ」
 
 ユルゲンは、こちらを向いた。
 
 「現場連絡官候補とやらに、直接聞いてみたい。 
 “自分の役割が、どのように本部と現場の役に立つのか”を」 
 
 会議室の視線が、一斉に俺に集まる。
 
 喉がきゅっと締まる。 
 ステータスウィンドウが、空気も読まずにぴこんと開いた。
 
 =========== 
 状況:大規模会議(高ストレス) 
 スキル提案:【即興プレゼン】の発動を推奨しますか? 
 → はい/いいえ 
 =========== 
 
 (お前、こういうときだけ優秀なポップアップ出してくるよな!?)
 
 心の中でツッコみながら、そっと「はい」を意識する。 
 胸のあたりのざわつきが、少しだけ整理されていく感覚がした。
 
 クラウスが壇上から目配せしてくる。
 
 「相沢。 
 どうやら、“本部の犬かどうか”を見られているようだぞ」 
 
 「そのフレーズをここで出すのやめてくださいクラウス様」 
 
 小さくぼやいてから、立ち上がった。
 
 ◇◆◇
 
 演台に立つと、会議室の広さが実感として迫ってくる。 
 視界の端には、ルドヴィク、ユルゲン、ほかの部長たち。 
 後方には、リシェル、エルド、リナ、それから見知らぬ支部長たち。
 
 縁の線が、蜘蛛の巣みたいに複雑に絡み合っている。
 
 (全部をほどくのは無理だ。 
 でも、“一番強く引っ張られているところ”くらいは、見える)
 
 サブスキル【現場連絡官の眼】が、じわりと働く。 
 この場で一番歪んでいるのは――
 
 「現場の声=コスト」と見ている本部と、 
 「本部の判断=現場軽視」と見ている各支部の間の線だ。
 
 「……相沢啓太です」 
 
 まず、ゆっくりと名乗る。
 
 「本部の皆さんに、先に謝っておきます」 
 
 ざわ、と空気が揺れた。
 
 「俺、スレイルでは一度、“本部の犬疑惑”って落書きされたことがありまして」 
 
 静まり返る会議室。 
 リシェルが後ろで頭を抱えているのが視界の隅に見えた。
 
 「その紙を見たとき、正直、ちょっとだけ図星だったんです。 
 本部から“現場連絡官”なんて肩書きをもらって、 
 現場のみんなから見たら、“上の意向を伝える係”にしか見えないかもしれないな、って」 
 
 ユルゲンが眉をひそめる。
 
 「君は、自らを“本部の犬”だと言うつもりかね?」 
 「いいえ、逆です」 
 
 俺は首を振った。
 
 「“本部の犬”になるくらいなら、この役目はいらない。 
 だから、今日ここに立っています」 
 
 ざわ、と今度は違う種類のざわめき。
 
 「じゃあ、何になりたいのか。 
 ――俺は、“現場と本部の間に挟まれて文句を言われ続けるクッション”になりに来ました」 
 
 一瞬、笑いが漏れた。 
 だが、それは馬鹿にする笑いというより、緊張をほぐすような響きだった。
 
 「現場からは、“本部は何も分かってない”って怒られる」 
 「本部からは、“現場は数字を分かってない”って怒られる。 
 その両方を聞きながら、“じゃあどうしたら両方が一番マシになるか”を考えるのが、 
 現場連絡官だと、俺は思っています」 
 
 ユルゲンが、冷静に問いを投げてくる。
 
 「しかし、それはこれまで各支部長やギルド長が担ってきた役割ではないのかね?」 
 
 「はい。 
 だからこそ、限界が来ているんだと思います」
 
 俺は、リナから渡されたメモの束を掲げた。
 
 「これは、本部記録課に残っていた、地方支部からの報告書の余白メモです。 
 危険度の再評価要請、書式への不満、現場の負担…… 
 どれも、“本報告”には載らない形で、こっそり書かれていました」 
 
 数人の部長が顔をしかめる。
 
 「それは本来、正式な――」 
 「そうです。正式なルートじゃない。 
 でも、“正式なルートでは通らなかった声”が、ここに残っている」 
 
 胸の奥に、前の世界の景色がよぎる。 
 飲み込まれた提案書、潰された改善案、無視された現場の声。
 
 「数字で見れば、“問題なし”に見えるかもしれない。 
 でも実際には、“局所的に危険度が跳ね上がっている場所”がある。 
 それが、スレイルの北ルートだった」 
 
 会議室の空気が、少しずつ変わっていくのが分かる。
 
 「俺は、北ルートで“たまたま生きて帰れた側”です。 
 でも、同じような“局所危険区間”は、他の支部にもある。 
 それは、本部の数字だけ見ていても分からない」 
 
 ルドヴィクが静かに問う。
 
 「では、君は“現場連絡官”がいれば、 
 そういった危険をすべて防げると言うのか?」 
 
 「いいえ。 
 そんな便利な役なら、もっとカッコいい名前になってると思います」 
 
 思わず本音が出て、数人がくすっと笑った。
 
 「防げないことも、たくさんあると思います。 
 でも、“現場の違和感”を拾って、本部に“言語化して届ける役”がいれば―― 
 何も知らないまま、誰かが死ぬ確率は、確実に減る」 
 
 喉がひりつく。 
 それでも、言葉は止まらなかった。
 
 「それに、“現場連絡官”が本部の味方をすることもあります」 
 
 ユルゲンが目を細める。
 
 「ふむ?」 
 
 「現場から、“本部は何もしてくれない”って文句を言われるとき。 
 実際には、“してるけど伝わってない”ことも多い。 
 本部だって、“好きで現場をいじめてるわけじゃない”と、俺は思いたい」 
 
 リナの顔が、わずかに驚いたように揺れた。
 
 「だからこそ、その“してること”も、“できない理由”も、 
 ちゃんと現場に伝える人間が必要なんです。 
 “上が悪い”“現場が悪い”で終わらせないために」 
 
 自分でも、何を言っているのか分からなくなりそうになる。 
 でも、胸の中ではっきりしていることが一つある。
 
 (俺はもう、どっちかだけを悪者にするのは嫌なんだ)
 
 前の世界で、さんざん見てきた。 
 現場と本社が、お互いを“無能”だの“怠慢”だのと責め合って、 
 その間で潰れていく人間を。
 
 「現場連絡官は、“本部の犬”じゃない。 
 “現場の刃”でもない。 
 両方から文句を言われる、“一番割に合わない役”です」 
 
 会議室に、かすかな笑いと、息を呑む音が混ざる。
 
 「でも――」
 
 俺は、演台に置いた手に力を込めた。
 
 「それでもやりたいと思ったのは、 
 スレイルで、“話を聞いてもらえた”経験があるからです」 
 
 クラウスが、静かに目を細める。
 
 「北ルートの報告書を書いたとき、 
 クラウス様は、“現場の言葉”をそのまま本部に届けてくれた。 
 ガルドもベルノーも、“本部に文句を言うため”じゃなく、 
 “この街を守るため”に署名してくれた」 
 
 スレイルの街並みが、頭の中に浮かぶ。 
 ガルドの笑い声、ミナのクッキー、ティアの風。
 
 「だから今度は、俺がやる番だと思ったんです。 
 “現場の声”を本部に届ける番が」 
 
 ユルゲンが腕を組み、しばし沈黙した。
 
 「……しかし、それは結局、“現場のために本部が譲歩しろ”と言っているのではないかね?」 
 
 (来た)
 
 この問いは、絶対飛んでくると思っていた。
 
 「譲歩、というより――“調整”ですね」 
 
 俺は、さっき紙に描いた丸を思い出す。
 
 「例えば、“局所危険区間”の扱い。 
 今のままだと、“ルート全体の平均危険度”でしか分類できない。 
 だから、危険な場所が埋もれてしまう」 
 
 ユルゲンの眉が、わずかに動く。
 
 「そこに、“局所危険区間”という新しい分類を入れる。 
 危険な場所だけを“準封鎖”にして、 
 迂回路を“危険度が低いがコストがかかるルート”として登録する」 
 
 スレイルでのやり取りを、そのままなぞる。
 
 「本部にとっては、“平均値の分類ルールを少し変える”だけです。 
 でも現場にとっては、“死ぬ確率を下げる仕組み”になる」 
 
 「ふむ……」 
 何人かの部長が書き込みを始める。
 
 「その調整役を、“現場連絡官”が担う。 
 現場の違和感を拾って、“どのルールをどう変えたら、全体として一番マシか”を提案する」 
 
 言葉を締めようとしたとき――
 
 「では、その“調整役”が、本部の意向に逆らった場合はどうする?」
 
 鋭い声が飛んだ。
 
 声の主は、まだ一言も喋っていなかった中年男。 
 政策企画部の部長だろうか。 
 冷たい目でこちらを見ている。
 
 「“現場連絡官”が、本部の決定を現場に都合よくねじ曲げる危険性はないのか?」 
 
 会議室の空気が、ぴんと張り詰めた。
 
 (――そこを、どう答えるかだ)
 
 俺は一度、ゆっくりと息を吸い込んだ。
 
 「その質問には、“現場連絡官を誰が評価するか”って話が絡んできます」 
 
 そう口を開いたところで―― 
 俺の中で、何かがかちりと噛み合う音がした。
 
 “本部の犬”でもなく、“現場の刃”でもない評価軸。 
 それをどう作るか。
 
 次の一言で、ここからの流れが決まる。
 
 ――そう直感したところで、第20話の胃痛が、今世最大級に更新された。

 
 「その質問には、“現場連絡官を誰が評価するか”って話が絡んできます」
 
 自分の声が、いつもより少しだけ落ち着いて聞こえた。
 
 「現場連絡官が本部の決定をねじ曲げる―― 
 その危険性がゼロかと言われたら、たぶんゼロじゃないと思います」
 
 政策企画部っぽい男が、鼻で笑う。
 
 「君はずいぶん正直だな」 
 「元・社畜なので、“ゼロです”って言い切る人間のほうが信用できないんですよ」
 
 会議室の空気が、かすかに揺れた。 
 笑いともため息ともつかない息が漏れる。
 
 「だからこそ、“現場連絡官の評価軸”を、最初から決めておくべきだと思ってます」
 
 俺は、演台の上にリナにもらったメモ束をそっと置いた。
 
 「一つ目――“本部からの評価”」 
 
 ユルゲンが頷く。
 
 「ふむ。それは当然だな」 
 
 「二つ目――“現場からの評価”」 
 
 今度は何人かが、わずかに眉をひそめる。
 
 「支部長やギルド長、神殿代表。 
 現場の代表から、“この現場連絡官はちゃんと話を聞いているか”“勝手なことをしていないか”を、 
 定期的に報告してもらう」 
 
 政策企画部の男が口を挟む。
 
 「つまり、現場と本部の両方から評価される立場―― 
 両方にいい顔をしようとする可能性は考えないのかね?」 
 
 「両方にいい顔をしようとした結果、“書類の数字だけいい感じに整える”方向に走るなら、 
 現場連絡官は失格です」
 
 自分でも驚くほど、はっきりと言い切っていた。
 
 「だから、三つ目の評価軸が要ると思うんです」
 
 会議室が静まり返る。
 
 「“数字”です」
 
 ユルゲンの目が、きゅっと細くなる。
 
 「ほう?」 
 
 「北ルートの件だって、本当は数字に現れるはずなんです。 
 ・局所危険区間での事故件数 
 ・死亡・重傷の発生率 
 ・危険度に対する報酬の妥当性 
 ……そういったものを、“現場連絡官の導入前後”で比較する」
 
 紙の上空に、仮想的なグラフが浮かび上がるような気がした。
 
 「現場連絡官の提案によって、 
 “事故が減っているか”“過剰な封鎖で物流が止まっていないか”。 
 結果が悪ければ、その現場連絡官のやり方が間違っていた、ということになります」 
 
 ユルゲンが腕を組み、低く唸る。
 
 「数字で評価する、か……。 
 つまり君は、“現場の声”とやらを、 
 “数字の外側のふわふわしたもの”で終わらせないと言うのだな」 
 
 「はい。 
 “現場の声”を、“本部が扱える数字に翻訳する役”でもあると思ってます。 
 それができなければ、現場連絡官を名乗る資格はない」 
 
 政策企画部の男が、なおも食い下がる。
 
 「だが、その数字を集めるのも、結局は現場の負担だろう? 
 君は、“現場連絡官が増えることで、現場の書類仕事がさらに増える”可能性をどう考える?」 
 
 (そこ突いてくるよなあ)
 
 俺は苦笑しつつ、答えた。
 
 「だからこそ、“書類を増やすための役”にはなりたくないんです」
 
 リナからもらったメモを一枚掲げる。
 
 「これは、本部の新書式に対する現場の不満です。 
 “何を書けばいいか分からない”“同じことを何度も書かされる”“報告しても返事がない”」 
 
 書かれている言葉を、いくつか読み上げる。
 
 「俺がスレイルで最初にやったのは、“本部書式の現場訳”を作ることでした。 
 “ここは何のための項目か”“どう書けばいいか”を、 
 ギルドの受付嬢と一緒に翻訳した」 
 
 リシェルが、後方の席で胸を張るのが見えた。
 
 「その結果、書類の提出漏れは減りました。 
 “書く意味が分かるなら書く”“分からないから書かない”の、当たり前の話です」 
 
 政策企画部の男が、皮肉っぽく笑う。
 
 「つまり君は、“本部の書式が悪い”と言いたいわけだ」 
 
 「“現場に説明していない本部のやり方が悪い”とは思っています」 
 
 空気がピリッとする。 
 でも、ここは引けない。
 
 「本部が数字を気にするのは当然です。 
 でも、“その数字を作ってるのは誰か”を忘れたら、本末転倒だと思います」 
 
 ルドヴィクが、ゆっくりと口を開いた。
 
 「では、相沢君。 
 君は“現場連絡官”を、具体的にどういう制度として提案する?」 
 
 (来た)
 
 この場で、たたき台を出せと言われるだろうと思って、 
 昨夜、宿で何度も書いては消した案がある。
 
 「――三つのポイントに分けて提案します」
 
 胸の内で一度整理し、指を折っていく。
 
 「一つ目。 
 “現場連絡官”は、各支部ではなく、“監査局管轄”とすること」 
 
 会議室の何人かが身じろぎする。
 
 「支部長の直下に置くと、“支部長の都合の良い調整役”になる可能性がある。 
 逆に本部の一部署に完全に組み込むと、“本部の窓口”にしかならない。 
 だから、“監査局所属”として、本部と現場の両方に対して一定の距離を保つ」 
 
 クラウスが静かに頷いた。 
 これは、彼と何度も話したポイントだ。
 
 「二つ目。 
 “任期制”にすること」 
 
 ユルゲンが眉を上げる。
 
 「任期?」 
 
 「はい。 
 例えば三年ごとに、“現場連絡官候補”を交代する。 
 もちろん、続投を希望する場合は評価次第ですが、 
 “同じ人物が長く居座って権限を握る”のを防げます」 
 
 政策企画部の男が、まだ納得いかない顔をしている。
 
 「だが、それではノウハウが蓄積しないのでは――」 
 
 「だから、“三つ目”があります」
 
 俺は、最後の指を折る。
 
 「“記録を残すこと”です」
 
 リナが、はっとした顔をした。
 
 「現場連絡官が行った調整、提案、結果。 
 それを全部、監査局の記録として蓄積する。 
 成功した調整だけじゃなく、失敗したものも含めて」 
 
 会議室の空気が、少しだけ変わる。
 
 「その記録は、本部だけじゃなく、各支部にも共有する。 
 “こういうケースでは、このルート変更が有効だった”“この提案はコストに見合わなかった”。 
 そういう“改善の履歴”を残せば、 
 人間が交代しても、“制度としての現場連絡官”は育っていくはずです」 
 
 ユルゲンが、眼鏡の位置を直した。
 
 「つまり君は、“現場連絡官”を個人ではなく“機能”として設計しろ、と言うのだな」 
 
 「そうです。 
 個人の能力に頼りすぎると、いつか必ずどこかで破綻します。 
 俺がいなくなったら全部元通り――なんて、絶対に嫌だ」 
 
 前の世界で、そういう現場をいくつも見てきた。 
 「○○さんが優秀だから何とか回ってる」現場が、○○さんの退職と同時に崩れ落ちるのを。
 
 「だから、最初に自分から言っておきます」
 
 俺は、演台の端を軽く叩いた。
 
 「“現場連絡官・相沢啓太”の任期は、三年でいいです。 
 評価が悪ければ、その前に外されても構いません。 
 その代わり――」
 
 言葉に、自然と力がこもる。
 
 「その三年で、“現場連絡官”という役割が、 
 “誰かがやらないと困る仕事”になるところまで持っていきたい」 
 
 会議室の奥で、誰かが小さく息を呑んだ。
 
 ◇◆◇
 
 しばしの沈黙の後、ルドヴィクが口を開く。
 
 「君は、自分の席を自分で不安定にしているように聞こえるな」 
 
 「安定してない席に座り慣れているので」 
 思わず本音が出て、何人かが吹き出した。
 
 「でも、そのほうが安心できるんです。 
 “誰も見てないから好き勝手やっていい”席よりはずっと」 
 
 ルドヴィクの口元が、わずかに緩む。
 
 「……よかろう」
 
 彼は背もたれに身を預け、会議室全体を見渡した。
 
 「諸君。 
 今の話を聞いてもなお、“現場連絡官制度は不要だ”と断じる者はいるか?」 
 
 沈黙。 
 しばらくしてから、一人、二人と手が挙がるかと思ったが―― 
 誰も手を挙げなかった。
 
 代わりに、財務部のユルゲンが静かに言う。
 
 「“数字で評価する”と言ったな、相沢君」 
 
 「はい」 
 
 「その覚悟が本物かどうか―― 
 財務部として、三年かけてじっくり見させてもらおう」 
 
 それは、脅しでもあり、期待でもあった。
 
 「三年後、結果が出ていなければ、私は真っ先に“制度の廃止”を提案する。 
 逆に、数字が改善しているなら―― 
 その時は、私が“現場連絡官制度の拡大”を支持しよう」 
 
 「……分かりました」 
 
 喉の奥が、ごくりと鳴る。
 
 「三年後に“廃止”って言われないように、今から根回しします」
 
 ユルゲンの口元が、かすかに笑みの形を取った。
 
 ◇◆◇
 
 ルドヴィクが、議事を締めくくる。
 
 「本日の協議を踏まえ―― 
 “現場連絡官制度”は、“北部管轄における三年間の試験導入”として承認する」
 
 ざわ、と会議室の空気が大きく揺れた。
 
 「運用細則については、監査局と財務部、記録課および各支部代表で協議の上決定する。 
 初代現場連絡官候補として、相沢啓太を任命――これは、私の責任で行う」 
 
 俺の心臓が、一拍だけ大きく跳ねた。
 
 “候補”じゃなくなる。 
 肩書きだけの役ではなく、本当に“現場連絡官”になる。
 
 会議室の後方で、リシェルとエルドが顔を見合わせ、そっと頷き合った。 
 視線がぶつかり、俺も小さく頷き返す。
 
 「……以上だ。本日の本会議はここまでとする。 
 細則協議のための分科会は、午後より別室にて行う」
 
 木槌の音が、静かな会議室に響いた。
 
 ◇◆◇
 
 会議室から出て、長い廊下を歩きながら―― 
 俺はようやく、自分の足が少し震えていることに気づいた。
 
 「……よく喋ったな、俺」 
 
 「うん。いつもの三倍くらい喋ってた」 
 リシェルが、呆れ半分、感心半分の顔で言う。
 
 「途中で何度か、“あ、これ言うんだ”ってヒヤヒヤしたけどね」 
 「俺も自分で言いながらヒヤヒヤしてたからセーフ」 
 
 エルドが、柔らかく笑った。
 
 「でも、“両方から評価されるクッション”って表現、すごく啓太くんらしかったよ」 
 「かっこよくない表現を選んだつもりなんですけどね……」 
 「かっこよくないからこそ、信じられる時もあるんだよ」
 
 その時、背後から声がした。
 
 「あの、相沢さん!」
 
 振り向くと、リナが早足で駆け寄ってくる。
 
 「お疲れ様です。 
 さっきの会議、記録していて、ちょっと泣きそうになりました」 
 
 「記録係が泣いてどうするの」 
 「すみません、仕事はちゃんとしましたから」 
 
 彼女の縁の線は、本部のあちこちとスレイルへ向かって、 
 さっきよりも少しだけ太くなっているように見えた。
 
 「“現場の声を数字に翻訳する”って、ずっと誰かに言ってほしかった言葉なんです。 
 本部にいると、つい“声”と“数字”を別々に扱ってしまうから」 
 
 「リナさんにも、これからいっぱい助けてもらうことになると思います」
 
 俺は頭を下げた。
 
 「“現場連絡官の記録”、一緒に作ってもらえますか」 
 
 リナは、一瞬きょとんとした後、ふっと笑った。
 
 「はい。 
 “危険人物”にならない程度に、全力でお手伝いします」 
 
 そんなやりとりをしながら、窓の外を見る。
 
 王都の空は高くて、遠い。 
 でも、その向こう側に―― 
 スレイルの空が続いていることも、今なら分かる。
 
 (三年か)
 
 数字にすると、急に現実味が増す。
 
 三年後、ここにまた呼ばれて、 
 「現場連絡官制度は失敗だった」と言われるのか。 
 それとも、「もう手放せない」と言われるのか。
 
 どちらになるかは、これからの俺の段取り次第だ。
 
 「――いいじゃん」
 
 小さく笑いが漏れた。
 
 「“いつまでやるか分からない仕事”より、“期限付きで全力出す仕事”のほうが、 
 俺は性に合ってる」
 
 そう口にした瞬間、 
 胸の中の不安が、少しだけ「やってやろう」という熱に変わった気がした。 
 
 「終わりが見えてるからこそ、本気になれることもある。 
 その三年のために、俺はここまで来たんだ。」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

勇者パーティーにダンジョンで生贄にされました。これで上位神から押し付けられた、勇者の育成支援から解放される。

克全
ファンタジー
エドゥアルには大嫌いな役目、神与スキル『勇者の育成者』があった。力だけあって知能が低い下級神が、勇者にふさわしくない者に『勇者』スキルを与えてしまったせいで、上級神から与えられてしまったのだ。前世の知識と、それを利用して鍛えた絶大な魔力のあるエドゥアルだったが、神与スキル『勇者の育成者』には逆らえず、嫌々勇者を教育していた。だが、勇者ガブリエルは上級神の想像を絶する愚者だった。事もあろうに、エドゥアルを含む300人もの人間を生贄にして、ダンジョンの階層主を斃そうとした。流石にこのような下劣な行いをしては『勇者』スキルは消滅してしまう。対象となった勇者がいなくなれば『勇者の育成者』スキルも消滅する。自由を手に入れたエドゥアルは好き勝手に生きることにしたのだった。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

MP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

S級スキル『剣聖』を授かった俺はスキルを奪われてから人生が一変しました

白崎なまず
ファンタジー
この世界の人間の多くは生まれてきたときにスキルを持っている。スキルの力は強大で、強力なスキルを持つ者が貧弱なスキルしか持たない者を支配する。 そんな世界に生まれた主人公アレスは大昔の英雄が所持していたとされるSランク『剣聖』を持っていたことが明らかになり一気に成り上がっていく。 王族になり、裕福な暮らしをし、将来は王女との結婚も約束され盤石な人生を歩むアレス。 しかし物事がうまくいっている時こそ人生の落とし穴には気付けないものだ。 突如現れた謎の老人に剣聖のスキルを奪われてしまったアレス。 スキルのおかげで手に入れた立場は当然スキルがなければ維持することが出来ない。 王族から下民へと落ちたアレスはこの世に絶望し、生きる気力を失いかけてしまう。 そんなアレスに手を差し伸べたのはとある教会のシスターだった。 Sランクスキルを失い、この世はスキルが全てじゃないと知ったアレス。 スキルがない自分でも前向きに生きていこうと冒険者の道へ進むことになったアレスだったのだが―― なんと、そんなアレスの元に剣聖のスキルが舞い戻ってきたのだ。 スキルを奪われたと王族から追放されたアレスが剣聖のスキルが戻ったことを隠しながら冒険者になるために学園に通う。 スキルの優劣がものを言う世界でのアレスと仲間たちの学園ファンタジー物語。 この作品は小説家になろうに投稿されている作品の重複投稿になります

「雑草係」と追放された俺、スキル『草むしり』でドラゴンも魔王も引っこ抜く~極めた園芸スキルは、世界樹すら苗木扱いする神の力でした~

eringi
ファンタジー
「たかが雑草を抜くだけのスキルなんて、勇者パーティには不要だ!」 王立アカデミーを首席で卒業したものの、発現したスキルが『草むしり』だった少年・ノエル。 彼は幼馴染の勇者に見下され、パーティから追放されてしまう。 失意のノエルは、人里離れた「魔の森」で静かに暮らすことを決意する。 しかし彼は知らなかった。彼のスキル『草むしり』は、対象を「不要な雑草」と認識すれば、たとえドラゴンであろうと古代兵器であろうと、根こそぎ引っこ抜いて消滅させる即死チートだったのだ。 「あれ? この森の雑草、ずいぶん頑丈だな(ドラゴンを引っこ抜きながら)」 ノエルが庭の手入れをするだけで、Sランク魔物が次々と「除草」され、やがて森は伝説の聖域へと生まれ変わっていく。 その実力に惹かれ、森の精霊(美女)や、亡国の女騎士、魔王の娘までもが彼の「庭」に集まり、いつしかハーレム状態に。 一方、ノエルを追放した勇者たちは、ダンジョンの茨や毒草の処理ができずに進行不能となり、さらにはノエルが密かに「除草」していた強力な魔物たちに囲まれ、絶望の淵に立たされていた。 「ノエル! 戻ってきてくれ!」 「いや、いま家庭菜園が忙しいんで」 これは、ただ庭いじりをしているだけの少年が、無自覚に世界最強に至る物語。

勇者パーティーを追放されたので、張り切ってスローライフをしたら魔王に世界が滅ぼされてました

まりあんぬさま
ファンタジー
かつて、世界を救う希望と称えられた“勇者パーティー”。 その中で地味に、黙々と補助・回復・結界を張り続けていたおっさん――バニッシュ=クラウゼン(38歳)は、ある日、突然追放を言い渡された。 理由は「お荷物」「地味すぎる」「若返くないから」。 ……笑えない。 人付き合いに疲れ果てたバニッシュは、「もう人とは関わらん」と北西の“魔の森”に引きこもり、誰も入って来られない結界を張って一人スローライフを開始……したはずだった。 だがその結界、なぜか“迷える者”だけは入れてしまう仕様だった!? 気づけば―― 記憶喪失の魔王の娘 迫害された獣人一家 古代魔法を使うエルフの美少女 天然ドジな女神 理想を追いすぎて仲間を失った情熱ドワーフ などなど、“迷える者たち”がどんどん集まってくる異種族スローライフ村が爆誕! ところが世界では、バニッシュの支援を失った勇者たちがボロボロに…… 魔王軍の侵攻は止まらず、世界滅亡のカウントダウンが始まっていた。 「もう面倒ごとはごめんだ。でも、目の前の誰かを見捨てるのも――もっとごめんだ」 これは、追放された“地味なおっさん”が、 異種族たちとスローライフしながら、 世界を救ってしまう(予定)のお話である。

生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。

水定ゆう
ファンタジー
 村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。  異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。  そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。  生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!  ※とりあえず、一時完結いたしました。  今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。  その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。

空手馬鹿の俺が転生したら規格外の治癒士になっていた 〜筋力Eのひ弱少年治癒士が高みを目指す!?〜

くまみ
ファンタジー
 前世は空手部主将の「ゴリラ」男。転生先は……筋力Eのひ弱な少年治癒士!?  「資質がなんだ!俺の拳は魔法を超える!……と、思うけど……汗」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  俺は五里羅門(ごり・らもん) 35歳独身男だ。硬派すぎて女が寄り付かず。強すぎる空手愛と鍛え抜かれた肉体のせいで不本意ながら通称「ゴリラ」と呼ばれていた。  仕事帰りにダンプに跳ねられた俺が目覚めると、そこは異世界だった。だが転生した姿は前世とは真逆。  病弱で華奢。戦闘力最低と言われる職業の「治癒士」(ヒーラー)適正の10歳の少年・ノエル。  「俺は戦闘狂だぞ!このひ弱な体じゃ、戦えねぇ!  「華奢でひ弱な体では、空手技を繰り出すのは夢のまた夢……」  魔力と資質が全てのこの世界。努力では超えられない「資質の壁」が立ちふさがる。  だが、空手馬鹿の俺の魂は諦めることを知らなかった。  「魔法が使えなきゃ、技で制す!治癒士が最強になっちゃいけないなんて誰が決めた?」  これは魔法の常識を「空手の技」で叩き壊す、一人の少年の異世界武勇伝。    伝説の騎士、美少女魔術師、そして謎の切り株(?)を巻き込み、ノエルの規格外の挑戦が今始まる!    

チートスキル【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得&スローライフ!?

桜井正宗@オートスキル第1巻発売中
ファンタジー
「アウルム・キルクルスお前は勇者ではない、追放だ!!」  その後、第二勇者・セクンドスが召喚され、彼が魔王を倒した。俺はその日に聖女フルクと出会い、レベル0ながらも【レベル投げ】を習得した。レベル0だから投げても魔力(MP)が減らないし、無限なのだ。  影響するステータスは『運』。  聖女フルクさえいれば運が向上され、俺は幸運に恵まれ、スキルの威力も倍増した。  第二勇者が魔王を倒すとエンディングと共に『EXダンジョン』が出現する。その隙を狙い、フルクと共にダンジョンの所有権をゲット、独占する。ダンジョンのレアアイテムを入手しまくり売却、やがて莫大な富を手に入れ、最強にもなる。  すると、第二勇者がEXダンジョンを返せとやって来る。しかし、先に侵入した者が所有権を持つため譲渡は不可能。第二勇者を拒絶する。  より強くなった俺は元ギルドメンバーや世界の国中から戻ってこいとせがまれるが、もう遅い!!  真の仲間と共にダンジョン攻略スローライフを送る。 【簡単な流れ】 勇者がボコボコにされます→元勇者として活動→聖女と出会います→レベル投げを習得→EXダンジョンゲット→レア装備ゲットしまくり→元パーティざまぁ 【原題】 『お前は勇者ではないとギルドを追放され、第二勇者が魔王を倒しエンディングの最中レベル0の俺は出現したEXダンジョンを独占~【レベル投げ】でレアアイテム大量獲得~戻って来いと言われても、もう遅いんだが』

処理中です...