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第二章 邂 逅
邂 逅 (五)
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どうして彦左は、明国の姫君のことまで知っているのだろう。そのことのほうがよほど不可解というものだ。まさか、敵に寝返っているのはこの彦左本人で、新城にやって来たのは、わたしに会うためではなく、さまざまな情報をもたらすことで、こちらを攪乱しようとしているのではないか、ふと、そんな考えが首をもたげてきた。
幼馴染みとはいえ、数年経てば、それぞれの立場というものは、随分と変わっているものだから。
そんな心持ちで彦左を睨んでいると、横から小太郎が、明という国の事情というものを、かいつまんで説明してくれた。
……正式な国号は、大明。たった一人の皇帝が治める大陸の覇者の国だそうである。
その国の先帝、隆慶帝は、紫禁城に籠ったまま、政治をかえりみることなく酒色におぼれた人物らしく、三十六歳で亡くなり、十歳の遺児が即位(万歴帝)して四年目。宮中の権力抗争に巻き込まれた皇帝の異母姉妹が船で脱出し、能登国の七尾の岬に漂流したらしい。姉は秀華、妹は優華という名で、二人の姫は上陸後、生き別れになったようだ……と、あたかも見てきたように小太郎は訥々と語った。
「おんし、どうして、そんなに詳しく知っているずらよ」
突然、鋭く彦左が小太郎を問い詰めた。
「先に、おまえが言い出したことではないか!わたしの配下の者が、逐一、報せを届けてくれるだけのことだ」
すかさず小太郎が言い返した。さらに、付け加えて、小太郎は皇女たちの動向を伝えた。
「……秀華姫は、十五、十六歳、能登から大和国をめざしているようだ。明国に留学していた僧侶が従者にいて、伝手を頼りに寺から寺へと逃げているという。妹の優華姫は、まだ四、五歳、いまだに行方は知れず……」
「おんし、一体、何者ずら!怪しい奴め・・・やはり、新城に敵の間者がたむろしているという噂は、まことのことだったか!亀さまを、陰謀に巻き込むことは、それがしが許しはしないずら」
小太郎の胸ぐらにつかみかかろうとした彦左を止めたのは休賀斎の老公であった。
幼児の喧嘩をとめる爺さまのような役割を担わされた当人は、さぞ迷惑であったろう。小太郎にしても、彦左にしても、そのどちらもが怪しくおもえてくるから不思議だった。
その日の夕刻には、老公の姿は城から消えていた。おそらく動静を探りにいったにちがいない。
笹は笹で彦左の長逗留をことのほか嫌がっていた。
「なるたけ早う去んでもらうほうがいい」
そう言って何度も忠告する。やはり笹も、彦左がわたしの日常と奥平家の動向を探りにきたのではないかという感触を持っていたようだ。さらに言えば、彦左がわたしとまぐわってしまわないかと案じているようでもあった。
そのことに気づいて、わたしはニタニタとひとりで笑いころげた。
その二日後、彦左のあとを追うように、珍しい人物が新城にやってきた。
「姫様、久闊にございまする」
服部半蔵さまである。
いわゆる伊賀者の首領として知られている半蔵さまは、べつに伊賀の地で産まれ育ったわけではないらしかった。またそれほど伊賀のことは知らないらしい。半蔵さまの祖父の時代から三河松平家に仕えていて、父が諜報活動や敵地潜入のために伊賀忍びを用いるさいの仲介監視役を担うようになっていた。
幼少の頃、わたしは半蔵さまに背負われてよく遊んだものである。
兄とわたしの護衛役も兼ねていたからだ。その頃の半蔵さまは、寡黙で、ほとんど喋ることはなかった。印象深いひょうたんのような縦長の顔と切れ長の目尻が、目の前にあった。いまはもう三十六、七歳になっていたろうか。
半蔵さまは、彦左と小太郎が伝えてくれた明国の二人の皇女のことを、さらりと語った。わたしはいま初めて耳にしたさまを装い、ことさらに驚いてみせた。
「……織田様は是が非でもこの皇女を確保せよと、配下の武将に檄を飛ばされました……この皇女をめぐって、各地の武将どもの間に動揺が拡がりましょう」
深刻そうに唇を噛み締めた半蔵さまは、わたしが訊ねる前に、信長様の意図を説明し出した。こちらの知りたいことをすばやく察して対応するのは、半蔵さまの得手とするところだ。
「……明国皇帝の血筋という権威を最大限に利用するつもりなのでしょう。おのが息子と娶せ、天下統一の足掛かりにせんとする腹とみました。それに、織田様のみならず、反織田方の諸将もまた然り、これから水面下で、皇女をめぐった激しい鍔迫り合いが繰り広げられましょう……」
つまりは、二人の姫君は、ただの道具として利用されるということだろう。つい哀しくなって俯いていると、半蔵さまは踵を返そうとした。それを引き留め、彦左を新城に寄越したのは、半蔵さまなのかと問い詰めた。
「な、なんと、大久保の八男坊め、この城に来ておりましたのか!……あやつ、殿さん不興を買いましてな、浜松の地から放逐されおったのですよ」
……それは、もう三月も前のことであったらしい。浜松の城の前で馬に乗ろうとした父家康に駆け寄って、巷の噂を耳に入れたらしかった。その噂とは……兄信康にまつわるものであった。
「……三郎君は、今川氏真公の落胤ではないかという噂でございます」
ぽかんと大口を開いたまま、半蔵さまの貌を見据えた。崩れ落ちそうになった体を、半蔵さまがすばやく支えてくれた。
……今川氏真公とは、信長様に桶狭間で殺された義元公のご嫡男である。わたしの母の従兄にあたる。わたしの母方の祖母は、今川義元公の妹御なので氏真公からみれば叔母にあたるのだ。
なかなかに人の血脈というのは複雑だ。
ちなみに、氏真公の母は、武田信玄公の姉君で、信玄公の嫡男、太郎義信さまの正室は、氏真公の妹御である……。
武田義信さまは、永禄十年の春に父である信玄公から自害を命ぜられている。父が、実の子に死を命じたのだ。
なんとまあ、これが、この世のありさまなのだった。乱世とは、よくいったものである。父である信玄公に対する叛心が暴露されたゆえだというが、武田家中の権力争いの末の謀略ともいわれていた。
……このことは、今川義元公が桶狭間で倒れてのち、家督を継いだ氏真公が日を追うにつれて勢いを失い落ちぶれていったさまと、あまりにも似ている。後継者の苦悩というものは、余人がはかりしれないものがあるのだろう。かの信玄公でさえ、生前も、譜代衆、国人衆、新参衆など、さまざまな利害関係者から盟主として仰がれていたにすぎず、方向性を調整しつつ、領国経営の戦略を立案していく苦労というものは、並大抵のものではなかったはずだと、いつだったか休賀斎の老公が滔々と語ってくれたことがあった。
いまの徳川家も決して例外ではない。
いまだに、父家康の側近のなかにも、信長様との同盟を積極的に推し進めようという者、徳川として独立独歩の道をいくべきだと主張する者、北条や上杉家とも共同歩調を築くべきだとする者、信長様と敵対する勢力とも決別しないで和平の道を探ろうとする者……など、実にさまざまな諸相がある。
「……姫様、ご安堵なされませ。殿さんは、歯牙にもかけてはおられませぬゆえに。むしろ、かかる不埒な噂を撒いた者どもの正体を探れと、拙者にお命じになられました。姫様のもとに参りましたのも、この先、いかなる噂や風聞がお耳に達しようとも、おうろたえなさいますな、とお伝えいたすためでござる」
寡黙冷静の半蔵さまには珍しく、熱く語ってくれたことこそが、明国皇女のことも含めて、風雲急を告げているらしいことがうかがえた。
「彦左のこと、父上に報せるのしょうか」
「いや、そのことは聴かなかったことにいたしますゆえ、早く、彦左には去んでもらうようになさるがよろしかろうと存ずる」
笹と同じことを半蔵さまは言った。その重ね合わせがおかしくなって、わたしは頬をたるませるしかなかった。
幼馴染みとはいえ、数年経てば、それぞれの立場というものは、随分と変わっているものだから。
そんな心持ちで彦左を睨んでいると、横から小太郎が、明という国の事情というものを、かいつまんで説明してくれた。
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突然、鋭く彦左が小太郎を問い詰めた。
「先に、おまえが言い出したことではないか!わたしの配下の者が、逐一、報せを届けてくれるだけのことだ」
すかさず小太郎が言い返した。さらに、付け加えて、小太郎は皇女たちの動向を伝えた。
「……秀華姫は、十五、十六歳、能登から大和国をめざしているようだ。明国に留学していた僧侶が従者にいて、伝手を頼りに寺から寺へと逃げているという。妹の優華姫は、まだ四、五歳、いまだに行方は知れず……」
「おんし、一体、何者ずら!怪しい奴め・・・やはり、新城に敵の間者がたむろしているという噂は、まことのことだったか!亀さまを、陰謀に巻き込むことは、それがしが許しはしないずら」
小太郎の胸ぐらにつかみかかろうとした彦左を止めたのは休賀斎の老公であった。
幼児の喧嘩をとめる爺さまのような役割を担わされた当人は、さぞ迷惑であったろう。小太郎にしても、彦左にしても、そのどちらもが怪しくおもえてくるから不思議だった。
その日の夕刻には、老公の姿は城から消えていた。おそらく動静を探りにいったにちがいない。
笹は笹で彦左の長逗留をことのほか嫌がっていた。
「なるたけ早う去んでもらうほうがいい」
そう言って何度も忠告する。やはり笹も、彦左がわたしの日常と奥平家の動向を探りにきたのではないかという感触を持っていたようだ。さらに言えば、彦左がわたしとまぐわってしまわないかと案じているようでもあった。
そのことに気づいて、わたしはニタニタとひとりで笑いころげた。
その二日後、彦左のあとを追うように、珍しい人物が新城にやってきた。
「姫様、久闊にございまする」
服部半蔵さまである。
いわゆる伊賀者の首領として知られている半蔵さまは、べつに伊賀の地で産まれ育ったわけではないらしかった。またそれほど伊賀のことは知らないらしい。半蔵さまの祖父の時代から三河松平家に仕えていて、父が諜報活動や敵地潜入のために伊賀忍びを用いるさいの仲介監視役を担うようになっていた。
幼少の頃、わたしは半蔵さまに背負われてよく遊んだものである。
兄とわたしの護衛役も兼ねていたからだ。その頃の半蔵さまは、寡黙で、ほとんど喋ることはなかった。印象深いひょうたんのような縦長の顔と切れ長の目尻が、目の前にあった。いまはもう三十六、七歳になっていたろうか。
半蔵さまは、彦左と小太郎が伝えてくれた明国の二人の皇女のことを、さらりと語った。わたしはいま初めて耳にしたさまを装い、ことさらに驚いてみせた。
「……織田様は是が非でもこの皇女を確保せよと、配下の武将に檄を飛ばされました……この皇女をめぐって、各地の武将どもの間に動揺が拡がりましょう」
深刻そうに唇を噛み締めた半蔵さまは、わたしが訊ねる前に、信長様の意図を説明し出した。こちらの知りたいことをすばやく察して対応するのは、半蔵さまの得手とするところだ。
「……明国皇帝の血筋という権威を最大限に利用するつもりなのでしょう。おのが息子と娶せ、天下統一の足掛かりにせんとする腹とみました。それに、織田様のみならず、反織田方の諸将もまた然り、これから水面下で、皇女をめぐった激しい鍔迫り合いが繰り広げられましょう……」
つまりは、二人の姫君は、ただの道具として利用されるということだろう。つい哀しくなって俯いていると、半蔵さまは踵を返そうとした。それを引き留め、彦左を新城に寄越したのは、半蔵さまなのかと問い詰めた。
「な、なんと、大久保の八男坊め、この城に来ておりましたのか!……あやつ、殿さん不興を買いましてな、浜松の地から放逐されおったのですよ」
……それは、もう三月も前のことであったらしい。浜松の城の前で馬に乗ろうとした父家康に駆け寄って、巷の噂を耳に入れたらしかった。その噂とは……兄信康にまつわるものであった。
「……三郎君は、今川氏真公の落胤ではないかという噂でございます」
ぽかんと大口を開いたまま、半蔵さまの貌を見据えた。崩れ落ちそうになった体を、半蔵さまがすばやく支えてくれた。
……今川氏真公とは、信長様に桶狭間で殺された義元公のご嫡男である。わたしの母の従兄にあたる。わたしの母方の祖母は、今川義元公の妹御なので氏真公からみれば叔母にあたるのだ。
なかなかに人の血脈というのは複雑だ。
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……このことは、今川義元公が桶狭間で倒れてのち、家督を継いだ氏真公が日を追うにつれて勢いを失い落ちぶれていったさまと、あまりにも似ている。後継者の苦悩というものは、余人がはかりしれないものがあるのだろう。かの信玄公でさえ、生前も、譜代衆、国人衆、新参衆など、さまざまな利害関係者から盟主として仰がれていたにすぎず、方向性を調整しつつ、領国経営の戦略を立案していく苦労というものは、並大抵のものではなかったはずだと、いつだったか休賀斎の老公が滔々と語ってくれたことがあった。
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「……姫様、ご安堵なされませ。殿さんは、歯牙にもかけてはおられませぬゆえに。むしろ、かかる不埒な噂を撒いた者どもの正体を探れと、拙者にお命じになられました。姫様のもとに参りましたのも、この先、いかなる噂や風聞がお耳に達しようとも、おうろたえなさいますな、とお伝えいたすためでござる」
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