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第五章 翁 狐
翁 狐 (三)
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翁狐の城に来て、思い出した一首がある。
なかなかに 世をも人をも 恨むまじ
時にあはぬを 身の科にして
時にあはぬ、とは、時代にそぐわないという意味なのだろうか。
それとも、おのれが期待して待ち望んでいた時代との出会いがなかったということだろうか。
それほど好きな歌ではなかったけれど、わたしとは縁の深い人物、かの今川氏真公が詠まれた一首である。
新城の城から浚われて、はや三月半が過ぎていた。
年が明ければ、わたしは十八になる。
時代の流れというものは、滔々としているかのようにみえて、ときに人の思わくや感情を超えて、濁流のごとく思えることもあれば、どこかひとところに留まったり、幾筋にも枝岐岐れして想像もしなかったところへ導くこともあるのだろう。
いまは、どこか吹き溜まりのなかを、出口を見い出だせずに、ぐるぐると廻っているだけのような感覚にとらわれていた。
傍らには彦左衛門も弥右衛門も熊蔵もいない。
かれらから隔離されたわたしは、城内の母屋造の小屋のような一室に一人で住まわされた。廊下で繋がっているが、一方だけは庭に面していて、夜ともなれば篝火がたかれ、バチバチとくすぶる音と、看視役の武士たちの話し声が響き渡る。こちらへの威嚇の意味もあったろうか。
氏真公の一首をそらんじたのは、なにも氏真公を懐かしむ気持ちなどではさらさらなく、いま置かれているわが身の芯奥を吐露するのに合っていると感じたせいかもしれない。
長槍弓囊に身を固めた武士たちの大声は、昼となく夜となく続いていた。こちらが言葉を解せないだろうという安心感からなのか、あえて驚かそうとしていたのかまでは判らない。
かなり露骨に特定の武将の人物鑑定であるとか、天下の動静を俯瞰したりと、わたしにとっては願ってもない情報を得ることができた。たとえば、これまで知ろうとしても、なかなか手繰り寄せられなかった芦名兵太郎という謎めいた人物の素描がつかめかけてきたのだ。
『……弾正様は、芦名兵太郎どのからは、忌み嫌われておろうからな』
『なぜだ?ともに、反信長では、一致しているではないか!』
『ほら、弾正様は、東大寺大仏殿を焼いてしまわれたわ。これが、いけない……、芦名水軍は、古くは南朝方に与し、後醍醐院の皇子、懐良親王の九州制圧にも尽力し、当時、大陸に建国されたばかりの明国に渡った謎の海賊の末裔らしいからな。海ばかりではないぞ!仏徒宗門の連中とも縁が深いそうだ!』
『……ふうむ、そのことは聴き及んでおる。この国の山峡に棲まう者どもまでも支配しているそうな。山岳修験の者ども、寺社の領域、比叡山、高野山など、あの信長ですら容易には手出しできない蔭の者たちの連携があるということだ……』
そのようなことを話していた。芦名兵太郎、恐るべし……、そんな語調までもが伝わってきた。
陸と海を自在に往来する蔭の者たちの首領とは、どういう人物なのだろう。その芦名兵太郎のような存在を信長様は警戒したからこそ、叡山を焼き打ちしたのだと警護の武士たちは言っていた。
『……焼き打ちは、信長流の警告なのだ。けれど、芦名衆にとっては、信長は聖域を侵した天敵に違いあるまいぞ!』
……さらに、大和の国人衆で人気があるのは、亡き武田信玄公と父家康だと、かれらは言う。
その理由は、元亀二年、大仏殿再建の費用を献金したのが、信玄公と父の二人であったらしかった。しかも、信長様の叡山焼き打ちは、その同じ年のことであり、世の人々は、信長様の悪逆無道ぶりを声高に非難しても、亡き信玄公と父家康を罵る者は一人もいないだろうと、父にはそれほど反感を抱いてはいないようであった。
元亀二年といえば、わたしが十二歳の頃だ。父はその当時から、おのれの将来を見据えて行動していたというのだろうか。
父という人間がますます判らなくなった。いまさらながら、遠い雲の上の存在のように思われてならなかった。
なかなかに 世をも人をも 恨むまじ
時にあはぬを 身の科にして
時にあはぬ、とは、時代にそぐわないという意味なのだろうか。
それとも、おのれが期待して待ち望んでいた時代との出会いがなかったということだろうか。
それほど好きな歌ではなかったけれど、わたしとは縁の深い人物、かの今川氏真公が詠まれた一首である。
新城の城から浚われて、はや三月半が過ぎていた。
年が明ければ、わたしは十八になる。
時代の流れというものは、滔々としているかのようにみえて、ときに人の思わくや感情を超えて、濁流のごとく思えることもあれば、どこかひとところに留まったり、幾筋にも枝岐岐れして想像もしなかったところへ導くこともあるのだろう。
いまは、どこか吹き溜まりのなかを、出口を見い出だせずに、ぐるぐると廻っているだけのような感覚にとらわれていた。
傍らには彦左衛門も弥右衛門も熊蔵もいない。
かれらから隔離されたわたしは、城内の母屋造の小屋のような一室に一人で住まわされた。廊下で繋がっているが、一方だけは庭に面していて、夜ともなれば篝火がたかれ、バチバチとくすぶる音と、看視役の武士たちの話し声が響き渡る。こちらへの威嚇の意味もあったろうか。
氏真公の一首をそらんじたのは、なにも氏真公を懐かしむ気持ちなどではさらさらなく、いま置かれているわが身の芯奥を吐露するのに合っていると感じたせいかもしれない。
長槍弓囊に身を固めた武士たちの大声は、昼となく夜となく続いていた。こちらが言葉を解せないだろうという安心感からなのか、あえて驚かそうとしていたのかまでは判らない。
かなり露骨に特定の武将の人物鑑定であるとか、天下の動静を俯瞰したりと、わたしにとっては願ってもない情報を得ることができた。たとえば、これまで知ろうとしても、なかなか手繰り寄せられなかった芦名兵太郎という謎めいた人物の素描がつかめかけてきたのだ。
『……弾正様は、芦名兵太郎どのからは、忌み嫌われておろうからな』
『なぜだ?ともに、反信長では、一致しているではないか!』
『ほら、弾正様は、東大寺大仏殿を焼いてしまわれたわ。これが、いけない……、芦名水軍は、古くは南朝方に与し、後醍醐院の皇子、懐良親王の九州制圧にも尽力し、当時、大陸に建国されたばかりの明国に渡った謎の海賊の末裔らしいからな。海ばかりではないぞ!仏徒宗門の連中とも縁が深いそうだ!』
『……ふうむ、そのことは聴き及んでおる。この国の山峡に棲まう者どもまでも支配しているそうな。山岳修験の者ども、寺社の領域、比叡山、高野山など、あの信長ですら容易には手出しできない蔭の者たちの連携があるということだ……』
そのようなことを話していた。芦名兵太郎、恐るべし……、そんな語調までもが伝わってきた。
陸と海を自在に往来する蔭の者たちの首領とは、どういう人物なのだろう。その芦名兵太郎のような存在を信長様は警戒したからこそ、叡山を焼き打ちしたのだと警護の武士たちは言っていた。
『……焼き打ちは、信長流の警告なのだ。けれど、芦名衆にとっては、信長は聖域を侵した天敵に違いあるまいぞ!』
……さらに、大和の国人衆で人気があるのは、亡き武田信玄公と父家康だと、かれらは言う。
その理由は、元亀二年、大仏殿再建の費用を献金したのが、信玄公と父の二人であったらしかった。しかも、信長様の叡山焼き打ちは、その同じ年のことであり、世の人々は、信長様の悪逆無道ぶりを声高に非難しても、亡き信玄公と父家康を罵る者は一人もいないだろうと、父にはそれほど反感を抱いてはいないようであった。
元亀二年といえば、わたしが十二歳の頃だ。父はその当時から、おのれの将来を見据えて行動していたというのだろうか。
父という人間がますます判らなくなった。いまさらながら、遠い雲の上の存在のように思われてならなかった。
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