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第六章 嶺 鳴
嶺 鳴
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翁狐の城から、一刻も早く抜け出したいと、そのことばかりを考えていた。
はやくもとの〈亀〉に戻らねばならぬ。ここに長く留まっているほど、翁狐の思念のなかに取り込まれてしまいそうで、そんな陰鬱な気分にとらわれていた。
いや、すでに、翁狐の毒に侵されてしまっていたのかもしれない。
なぜなら、柄にもなく、〈叛心〉というものについて考えさせられていたからだ。
人はなぜ、いともたやすく叛く心を芽生えさせるのだろうか。
それは刹那の激情などではあるまいとおもう。
長年に渡って、ひそやかに溜まっていった妬みや憎しみや相剋といったもの、……そのほかのさまざまな絆の綻びが、人をして特定の絆を断つ行動を促してしまうのだろうか。
もとより戦国乱世には、裏切り沙汰や毀誉褒貶はつきものだろうけれど……。
それにしても、わたしは、ここで、何をしているというのだろうか。
いま、ここにいる自分は何者なのか。
……その問いかけは、いま、この世に生きるすべての人々の胸裡に宿ったものではなかったろうか。
長引く戦乱のなかで、いつ果てるかもしれない恐れから、みずからの守護神のような存在を希求するこころの動きが、おのれの出自の確認や系脈への憧憬につなかっていくような気がしてならないからだ。
たとえば、素性の定かではない、つまり得体の知れない実力者たちの台頭、織田家の羽柴秀吉、明智光秀、滝川一益さまなどが重きを置くようになっていて、そのような現実が、よけいにおのれの存在の証、父祖母祖の脈糸を探ろうとする欲求を促していくのであろうか。
確かなものでなくてもいいのだ。
胡散臭いものでも、根も葉もないものであったとしても、そのことを信じることで、周囲に対して誇れる何か、おのれを鼓舞できるなにかを得ることができるはずだから。
……わたしの場合は、三郎信康の妹であるという事実こそが、すべての源泉であった。
それだけで充分なのだ。
家康の長女であるという実感は、わたしの内では、それほど大きな比重を占めてはいなかった。
まして、父家康にしてみても、ようやくその名が喧伝されつつあったにすぎず、織田信長様という稀にみる出頭人の光に寄り添う影のようなものにしかすぎないのだ。
この先、どうなるかは、父にも、誰にも、判らない……。
徳川という新しい姓を戴いたことなどは、わたしにはなんの意味もなかった。
それに、母のことも、最近ではそれほど強い絆を感じているわけではなかった。ありていに白状しておけば、母との間には、測りきれない距離のようなものを感じていた。
物心ついた頃より、母から、
『われらは、大今川の血筋ぞよ』
と、言い聴かされてきた。
あたかも、今川という名の、高貴にして稀有なる食べ物があるのだろう、と思っていたほどである。
今川氏が凋落してからの母は、父に対して負い目のようなものを感じていたことだけは確かだ。父家康が今川の人質であった頃と、立場が逆転してしまったからだろう。
いや、父の場合には、人質としての価値が十分にあったはずである。
当時、岡崎の地に残った家来の離反を防ぎ、叛心をなだめ、岡崎衆の力を温存させて戦で発揮させるという価値があったにちがいない。ところが、母のほうは、実家の凋落を目の当たりにして、屈辱と憤りを胸裡に沈潜させながら暮らす辛さというものは、子であるわたしにすら実感できないものだ。
母に寄り添うだけの経験というものが、まだ足りなかったためなのかもしれない。
……将軍の座を追われた足利義昭公のことも考えてみた。信長様の尽力で征夷大将軍となった義昭公は、おのれが信長様の飾り道具にしかすぎないと察知したとき、信長様に対する恩よりも憎悪の量が増したということなのだろうか。
では〈恩〉と〈叛〉が反転するその境目は、どこにあるというのだろう。
境界をさ迷っているときに、翁狐のごとき者らが現れて、なにごとかを耳打ちされれば、誰もが翁狐の掌の上で転がさせられるかのように、たやすく叛心を芽生えさせてしまうのかもしれない……。
この数日、わたしを襲った粘り気のある妙な感覚というものは、振り払おうとすればするほど余計にしつこくまとわりついて、チクチクとこころの襞に突き刺さるのだった。しばらく床を離れることができなくなってしまった。
はやくもとの〈亀〉に戻らねばならぬ。ここに長く留まっているほど、翁狐の思念のなかに取り込まれてしまいそうで、そんな陰鬱な気分にとらわれていた。
いや、すでに、翁狐の毒に侵されてしまっていたのかもしれない。
なぜなら、柄にもなく、〈叛心〉というものについて考えさせられていたからだ。
人はなぜ、いともたやすく叛く心を芽生えさせるのだろうか。
それは刹那の激情などではあるまいとおもう。
長年に渡って、ひそやかに溜まっていった妬みや憎しみや相剋といったもの、……そのほかのさまざまな絆の綻びが、人をして特定の絆を断つ行動を促してしまうのだろうか。
もとより戦国乱世には、裏切り沙汰や毀誉褒貶はつきものだろうけれど……。
それにしても、わたしは、ここで、何をしているというのだろうか。
いま、ここにいる自分は何者なのか。
……その問いかけは、いま、この世に生きるすべての人々の胸裡に宿ったものではなかったろうか。
長引く戦乱のなかで、いつ果てるかもしれない恐れから、みずからの守護神のような存在を希求するこころの動きが、おのれの出自の確認や系脈への憧憬につなかっていくような気がしてならないからだ。
たとえば、素性の定かではない、つまり得体の知れない実力者たちの台頭、織田家の羽柴秀吉、明智光秀、滝川一益さまなどが重きを置くようになっていて、そのような現実が、よけいにおのれの存在の証、父祖母祖の脈糸を探ろうとする欲求を促していくのであろうか。
確かなものでなくてもいいのだ。
胡散臭いものでも、根も葉もないものであったとしても、そのことを信じることで、周囲に対して誇れる何か、おのれを鼓舞できるなにかを得ることができるはずだから。
……わたしの場合は、三郎信康の妹であるという事実こそが、すべての源泉であった。
それだけで充分なのだ。
家康の長女であるという実感は、わたしの内では、それほど大きな比重を占めてはいなかった。
まして、父家康にしてみても、ようやくその名が喧伝されつつあったにすぎず、織田信長様という稀にみる出頭人の光に寄り添う影のようなものにしかすぎないのだ。
この先、どうなるかは、父にも、誰にも、判らない……。
徳川という新しい姓を戴いたことなどは、わたしにはなんの意味もなかった。
それに、母のことも、最近ではそれほど強い絆を感じているわけではなかった。ありていに白状しておけば、母との間には、測りきれない距離のようなものを感じていた。
物心ついた頃より、母から、
『われらは、大今川の血筋ぞよ』
と、言い聴かされてきた。
あたかも、今川という名の、高貴にして稀有なる食べ物があるのだろう、と思っていたほどである。
今川氏が凋落してからの母は、父に対して負い目のようなものを感じていたことだけは確かだ。父家康が今川の人質であった頃と、立場が逆転してしまったからだろう。
いや、父の場合には、人質としての価値が十分にあったはずである。
当時、岡崎の地に残った家来の離反を防ぎ、叛心をなだめ、岡崎衆の力を温存させて戦で発揮させるという価値があったにちがいない。ところが、母のほうは、実家の凋落を目の当たりにして、屈辱と憤りを胸裡に沈潜させながら暮らす辛さというものは、子であるわたしにすら実感できないものだ。
母に寄り添うだけの経験というものが、まだ足りなかったためなのかもしれない。
……将軍の座を追われた足利義昭公のことも考えてみた。信長様の尽力で征夷大将軍となった義昭公は、おのれが信長様の飾り道具にしかすぎないと察知したとき、信長様に対する恩よりも憎悪の量が増したということなのだろうか。
では〈恩〉と〈叛〉が反転するその境目は、どこにあるというのだろう。
境界をさ迷っているときに、翁狐のごとき者らが現れて、なにごとかを耳打ちされれば、誰もが翁狐の掌の上で転がさせられるかのように、たやすく叛心を芽生えさせてしまうのかもしれない……。
この数日、わたしを襲った粘り気のある妙な感覚というものは、振り払おうとすればするほど余計にしつこくまとわりついて、チクチクとこころの襞に突き刺さるのだった。しばらく床を離れることができなくなってしまった。
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