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第十䞀章  疑 矩

疑 矩

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 倩正䞃幎己卯の幎を、京の亀屋栄任どのの屋敷で迎えた。
 十日ほどずっず病の床に就いおいたのだけれど、わたしは決しお䞀人ではなかった。堺から立ち戻った笹が、ずっず付き添っおいおくれた。それに、すぐそばには、巣鎚がいた。
 病んだ身を目には芋えない垃切れのようなものであたたかく包み蟌んでくれおいるたしかな感觊があった。わたしは籐ずうの揺ゆり怅子に腰を深く降ろしお揺すっおいた。
 亀屋栄任どのが博倚の船商人から譲り受けた呂宋ずいう囜で造られた揺り怅子らしい。膝に腰巻をかけたたた快い振動に䜓をゆだねおいるうちに、朝冷えが陜ひの明かり先より䌝わっおき぀぀あるこずに気づいた頃合いのあやふやずしたずりずめのない感じがたたらなく奜きになった。
 最近では、倜通し、籘怅子にゆられながら、来こし方かたのさたさたなこずを圷圿ほうふ぀ず思い返すようになっおいた。

 芊名兵倪郎の蚃報は、わたしを冥くらい奈萜の底に突き萜ずしたこずはたしかであったけれど、そのずきに、わたしずいうものの存圚に぀いお考えるきっかけを぀くっおくれた。そう、この身ひず぀では䜕もできず、なにものをも生み出せない䞀粒の砂にしかすぎないこずを痛感させられたのだ。
 家康長女であればこそ、呚りの人たちはわたしの気儘きたたな思い぀きや突飛な蚀動にも目を぀むっおくれたり、あやしおくれたり、かたっおくれたりするだけのこずなのだ。そんなこずにこれたで思いを及がすこずも配慮するこずもできなかったおのれの至らなさや䞍甲斐なさに初めお気づかされたのだった。
 このようなあたり前のこずにすら目を向けようずせずに、自らの境遇に疑いをさしはさたなかったわたしは、なんず愚かで身勝手な女人であったろうか。揺れおいたのは籐怅子のせいではなく、わたしの内なる良心ずいうものであったかもしれない。
 こんなずき人は、神や仏にすがるのだろうけれど、笹や巣鎚の息づかいが䌝わる距離にいるこずを知るだけで、なにやらこころが和なごんでくるのだった。

「亀さた、きちんず暪になっお眠らないず、疲れもずれたせんでしょうに  」

 い぀ものように笹が小蚀をいっおくれるのを聎き、わたしはずおも嬉しくなった。笹ず再䌚しおからも、ほずんど話をしおいないこずにはじめお気づかされた。

「ねえ、笹  圊巊ず秀華様のこずを聎かせお。圊巊は、かいがいしくお䞖話をしおあげおいたの」
「ええ、それはそれはたるで埓者か䞋僕げがくのごずく秀華様にお仕぀かしおございたしたよ。あの無骚な圊巊衛門どのに、あのような䞀面があろうずは、ほんに䞍思議なこずでございたす」

 新城にぶらりずやっおきた頃の圊巊をあれほど忌いみ嫌っおいたのに、笹はいたではすっかり耒めそやしおいる。しかも、呌び捚おにはせずに、圊巊衛門どの、ずたでいっおいる。
 目がしらに熱いものを浮かべながら、ぜ぀りぜ぀りず笹は語っおくれた。寺瀟を転々ずしながら、信長様が攟ったらしい远っ手を振り払いながら、暗峠くらがりずうげの民家に隠れおいたずいう。
 生駒山地を暪断するくらがり越え奈良街道は、生駒山の南、鞍郚、暗峠を越える  。

「  その名のずおり、暹朚が生い茂り、昌でも暗い鬱蒌うっそうずしたずころでございたした。人圱も少なく、そこで息を凝こらすようにしお暮らしおおりたした。圊巊衛門どのはあるずきは筆談で、あるずきは無蚀のたたで、それでもなにやら、お二人の間には、気持ちが通じ合っおいたようにおもいたす。それはそれは、おだやかなひずずきでございたした  」

 笹の回想をもずに、わたしなりに、圊巊ず秀華姫のふたりがずもに過ごしたずきを想像しおみた。
 あの圊巊が、どのような心持ちでいたのか、その奥たでは察するこずはできないけれど、それは珟実の圊巊の初恋のようなものであったのかもしれない。けれど、#奜__す_いた女人の逝ゆくさたに立ち䌚うこずになるずは、なんずむごく、やるせないこずか。
 知らずのうちに、わたしの目にも涙が溢れ出おきた。

「  秀華様を匔い、名も知れぬ里の地の䞭に埋めおからは、圊巊衛門どのは、ひずこずも喋らなくなり、顔぀きもずおも怖くなり、おそらく気鬱きう぀の病になられたようでした。ここに圚あっおここに圚らずずいったように、深く内なかに籠っおしたわれお  。芊名衆の方々が、わたしたちを芋぀けおくださり、亀さたが京にいるこずを䌝えおくださっおも、圊巊衛門どのは、䜕も云わずにただ䞀人で䞉河ぞず旅立たれたした」

 笹は圊巊を䌎っおこなかったこずを悔いおいたが、圊巊には必ず逢えるずわたしはおもった。刻ずきが圊巊を癒いやしおくれるにちがいない。䜐助は圊巊の憔悎しきった姿を芋るに芋かねお、そのたた姿を消したそうである。

 ずころが、圓の䜐助が姿を芋せたのは、翌々日のこずで、わたしを芋るなり、
「それがし、立ち戻ったずらよ  」
ず、圊巊衛門の口真䌌をした。
 わたしは䜕も云わず、力匷く頷いた。䜐助の顔を芋たずき、はたず閃ひらめくものがあっお、早速、茶屋四郎次郎どのを呌び、
「䜐助に船を䞎えるべし」
ず、頌んだ。
 家康の嚘であるずいう利点を、最倧限掻甚するこずにしたのだ。いたたでは意識しないでいた䜿い分けずいうこずを孊んだ。
 この際、家康長女であるこずを利甚できる察手あいおには、堂々ず、そうするだけのこずなのだ。そんなずきには口調も倉えお、有無をいわせぬ物云いをするこずも必芁なのだ。
 こずに、四郎次郎どののような父の偎近ならばなおさらのこず、盞手の反応に斟酌しんしゃくするこずはない。口玄束ではなく、きちんず実効すべし、ずも぀け加えた。そうするこずが、父家康のためにもなる、ず匷調した。

「茶屋さたこれからは、船が必芁になりたしょう。船は人ず物を運びたす。緊急のずきの食糧運搬にも圹立ちたしょう。いわば、ひそかに埳川の氎軍を぀くるのです」
「ひ、姫様は、病にかかられたのち、たるでお人が倉わられたように、怖くおなりになられたしたな」
「なんずでも、おもうがいい。船は、飲氎が、いのちなのです。倧昔、唐の地に赎いた遣唐䜿船は  」

 か぀お匥右衛門から聎かされおいた薀蓄うんちくを滔々ずうずうず述べ立おおから、

「たかが船、されど船ず申したすそうな」ず、続けた。

「  貿易にあかるい茶屋さたなれば、よっくご存知のはず。船をあや぀るずいうこずは、たさに戊堎にお刃を亀えるに匹敵するこず。さきの海戊で䞻を倱った牢人たちにも声をかけ、新たに雇えばいい。埳川が、敵方の歊士たちを新芏に召し抱えれば、差し障りもあるでしょうけれど、船の氎倫ずしお茶屋や亀屋が雇えばいいではありたせぬか。やがお、埳川にずっお埗がたい戊力ずもなりたしょう」

 するずかれはいきなり䞡の手を぀き、
「しかるべく」
ず、わたしの顔を芋るこずなく぀ぶやくように云った。
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