44 / 66
第十䞀章  疑 矩

疑 矩

しおりを挟む
 倩正䞃幎己卯の幎を、京の亀屋栄任どのの屋敷で迎えた。
 十日ほどずっず病の床に就いおいたのだけれど、わたしは決しお䞀人ではなかった。堺から立ち戻った笹が、ずっず付き添っおいおくれた。それに、すぐそばには、巣鎚がいた。
 病んだ身を目には芋えない垃切れのようなものであたたかく包み蟌んでくれおいるたしかな感觊があった。わたしは籐ずうの揺ゆり怅子に腰を深く降ろしお揺すっおいた。
 亀屋栄任どのが博倚の船商人から譲り受けた呂宋ずいう囜で造られた揺り怅子らしい。膝に腰巻をかけたたた快い振動に䜓をゆだねおいるうちに、朝冷えが陜ひの明かり先より䌝わっおき぀぀あるこずに気づいた頃合いのあやふやずしたずりずめのない感じがたたらなく奜きになった。
 最近では、倜通し、籘怅子にゆられながら、来こし方かたのさたさたなこずを圷圿ほうふ぀ず思い返すようになっおいた。

 芊名兵倪郎の蚃報は、わたしを冥くらい奈萜の底に突き萜ずしたこずはたしかであったけれど、そのずきに、わたしずいうものの存圚に぀いお考えるきっかけを぀くっおくれた。そう、この身ひず぀では䜕もできず、なにものをも生み出せない䞀粒の砂にしかすぎないこずを痛感させられたのだ。
 家康長女であればこそ、呚りの人たちはわたしの気儘きたたな思い぀きや突飛な蚀動にも目を぀むっおくれたり、あやしおくれたり、かたっおくれたりするだけのこずなのだ。そんなこずにこれたで思いを及がすこずも配慮するこずもできなかったおのれの至らなさや䞍甲斐なさに初めお気づかされたのだった。
 このようなあたり前のこずにすら目を向けようずせずに、自らの境遇に疑いをさしはさたなかったわたしは、なんず愚かで身勝手な女人であったろうか。揺れおいたのは籐怅子のせいではなく、わたしの内なる良心ずいうものであったかもしれない。
 こんなずき人は、神や仏にすがるのだろうけれど、笹や巣鎚の息づかいが䌝わる距離にいるこずを知るだけで、なにやらこころが和なごんでくるのだった。

「亀さた、きちんず暪になっお眠らないず、疲れもずれたせんでしょうに  」

 い぀ものように笹が小蚀をいっおくれるのを聎き、わたしはずおも嬉しくなった。笹ず再䌚しおからも、ほずんど話をしおいないこずにはじめお気づかされた。

「ねえ、笹  圊巊ず秀華様のこずを聎かせお。圊巊は、かいがいしくお䞖話をしおあげおいたの」
「ええ、それはそれはたるで埓者か䞋僕げがくのごずく秀華様にお仕぀かしおございたしたよ。あの無骚な圊巊衛門どのに、あのような䞀面があろうずは、ほんに䞍思議なこずでございたす」

 新城にぶらりずやっおきた頃の圊巊をあれほど忌いみ嫌っおいたのに、笹はいたではすっかり耒めそやしおいる。しかも、呌び捚おにはせずに、圊巊衛門どの、ずたでいっおいる。
 目がしらに熱いものを浮かべながら、ぜ぀りぜ぀りず笹は語っおくれた。寺瀟を転々ずしながら、信長様が攟ったらしい远っ手を振り払いながら、暗峠くらがりずうげの民家に隠れおいたずいう。
 生駒山地を暪断するくらがり越え奈良街道は、生駒山の南、鞍郚、暗峠を越える  。

「  その名のずおり、暹朚が生い茂り、昌でも暗い鬱蒌うっそうずしたずころでございたした。人圱も少なく、そこで息を凝こらすようにしお暮らしおおりたした。圊巊衛門どのはあるずきは筆談で、あるずきは無蚀のたたで、それでもなにやら、お二人の間には、気持ちが通じ合っおいたようにおもいたす。それはそれは、おだやかなひずずきでございたした  」

 笹の回想をもずに、わたしなりに、圊巊ず秀華姫のふたりがずもに過ごしたずきを想像しおみた。
 あの圊巊が、どのような心持ちでいたのか、その奥たでは察するこずはできないけれど、それは珟実の圊巊の初恋のようなものであったのかもしれない。けれど、#奜__す_いた女人の逝ゆくさたに立ち䌚うこずになるずは、なんずむごく、やるせないこずか。
 知らずのうちに、わたしの目にも涙が溢れ出おきた。

「  秀華様を匔い、名も知れぬ里の地の䞭に埋めおからは、圊巊衛門どのは、ひずこずも喋らなくなり、顔぀きもずおも怖くなり、おそらく気鬱きう぀の病になられたようでした。ここに圚あっおここに圚らずずいったように、深く内なかに籠っおしたわれお  。芊名衆の方々が、わたしたちを芋぀けおくださり、亀さたが京にいるこずを䌝えおくださっおも、圊巊衛門どのは、䜕も云わずにただ䞀人で䞉河ぞず旅立たれたした」

 笹は圊巊を䌎っおこなかったこずを悔いおいたが、圊巊には必ず逢えるずわたしはおもった。刻ずきが圊巊を癒いやしおくれるにちがいない。䜐助は圊巊の憔悎しきった姿を芋るに芋かねお、そのたた姿を消したそうである。

 ずころが、圓の䜐助が姿を芋せたのは、翌々日のこずで、わたしを芋るなり、
「それがし、立ち戻ったずらよ  」
ず、圊巊衛門の口真䌌をした。
 わたしは䜕も云わず、力匷く頷いた。䜐助の顔を芋たずき、はたず閃ひらめくものがあっお、早速、茶屋四郎次郎どのを呌び、
「䜐助に船を䞎えるべし」
ず、頌んだ。
 家康の嚘であるずいう利点を、最倧限掻甚するこずにしたのだ。いたたでは意識しないでいた䜿い分けずいうこずを孊んだ。
 この際、家康長女であるこずを利甚できる察手あいおには、堂々ず、そうするだけのこずなのだ。そんなずきには口調も倉えお、有無をいわせぬ物云いをするこずも必芁なのだ。
 こずに、四郎次郎どののような父の偎近ならばなおさらのこず、盞手の反応に斟酌しんしゃくするこずはない。口玄束ではなく、きちんず実効すべし、ずも぀け加えた。そうするこずが、父家康のためにもなる、ず匷調した。

「茶屋さたこれからは、船が必芁になりたしょう。船は人ず物を運びたす。緊急のずきの食糧運搬にも圹立ちたしょう。いわば、ひそかに埳川の氎軍を぀くるのです」
「ひ、姫様は、病にかかられたのち、たるでお人が倉わられたように、怖くおなりになられたしたな」
「なんずでも、おもうがいい。船は、飲氎が、いのちなのです。倧昔、唐の地に赎いた遣唐䜿船は  」

 か぀お匥右衛門から聎かされおいた薀蓄うんちくを滔々ずうずうず述べ立おおから、

「たかが船、されど船ず申したすそうな」ず、続けた。

「  貿易にあかるい茶屋さたなれば、よっくご存知のはず。船をあや぀るずいうこずは、たさに戊堎にお刃を亀えるに匹敵するこず。さきの海戊で䞻を倱った牢人たちにも声をかけ、新たに雇えばいい。埳川が、敵方の歊士たちを新芏に召し抱えれば、差し障りもあるでしょうけれど、船の氎倫ずしお茶屋や亀屋が雇えばいいではありたせぬか。やがお、埳川にずっお埗がたい戊力ずもなりたしょう」

 するずかれはいきなり䞡の手を぀き、
「しかるべく」
ず、わたしの顔を芋るこずなく぀ぶやくように云った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【時代小説】 黄昏倫婊

蔵屋
歎史・時代
 江戞時代、東北地方の秋田藩は貧かった。  そんな䞭、真面目なひずりの歊士がいた。同僚からは銬鹿にされおいたが真面目な男であった。俞犄は䜎く貧しい。嚘二人ず実母ずの4人暮らし。  秋田藩での仕事は勘定方である。  仕事が終わるず真っ盎ぐ垰宅する。 ただひたすら日䞭は城䞭では勘定方の仕事をたじめにしお、垰宅すれば論語を読んで知識を習埗する。   そんな毎日であった。圌の名前は立花枅巊衛門。幎霢は35歳。  嚘は二人いお、䞀人はずめ15歳。もう䞀人は梅、8歳。  さお|黄昏《たそがれ》は、䞀日のうち日没盎埌、雲のない西の空に倕焌けの名残りの「赀さ」が残る時間垯のこずを蚀う。「|黄昏時《たそがれどき」。 「黄昏れる《たそがれる》」ずいう動詞圢もある。    「たそがれ」は、江戞時代になるたでは「たそかれ」ずいい、「たそかれどき」の略でよく知られおいた。倕暮れの人の顔の識別が぀かない暗さになるず誰かれずなく、「そこにいるのは誰ですか」「誰そ圌誰ですかあなたは」ずたずねる頃合いずいう意味で日垞䌚話でよく䜿われた。  今回の私の小説のテヌマはこの黄昏である。  この颚習は広く日本で行われおいる。  「おはようさんです」「これからですか」「お晩でございたす。いたお垰りですか」ず尋ねられれば盞手も答えざるを埗ず、互いに誰であるかチェックするこずでペ゜者を排陀する意図があったずされおいる。  「たそかれ」ずいう蚀葉は『䞇葉集』に 誰そ圌ず われをな問ひそ 九月の 露に濡れ぀぀ 君埅぀われそ」 — 『䞇葉集』第10å·»2240番 ず登堎するが、これは文字通り「誰ですかあなたは」ずいう意味である。  「平安時代には『う぀ほ物語』に「たそかれどき」の甚䟋が珟れ、さらに『源氏物語』に 「寄りおこそ それかずも芋め たそかれに ほのがの芋぀る 倕顔の花」 — 『源氏物語』「倕顔」光源氏 ず、珟圚のように「たそかれ」で時間垯を衚す甚䟋が珟れる。  なおこの歌は、垖ず登堎人物の名「倕顔」の由来になった倕顔の歌ぞの返歌である。  たたこの蚀葉の比喩ずしお、「最盛期は過ぎたが、倚少は䜙力があり、滅亡するにはただ早い状態」をずいう語句の甚い方をする。 挢語「|黄昏《コりコン》」は日没埌のただ完党に暗くなっおいない時刻を指す。「初昏」ずも呌んでいた。十二時蟰では「戌時」午埌7時から9時に盞圓する。  「たそがれ」の動詞化の甚法。日暮れの薄暗くなり始めるころを指しお「空が黄昏れる」や、人生の盛りを過ぎ衰えるさたを衚珟しお「黄昏た人」などのように䜿甚されるこずがある。  この物語はフィクションです。登堎人物、団䜓等実際に同じであっおも䞀切関係ありたせん。  それでは、小説「黄昏倫婊」をお楜しみ䞋さい。  読者の皆様の䜕かにお圹に立おれば幞いです。  䜜家 蔵屋日唱    

本胜寺からの決死の脱出 尟匵の倧う぀け 織田信長 倩䞋を統䞀す

bekichi
歎史・時代
戊囜時代の日本を背景に、織田信長の若き日の物語を語る。荒れ狂う颚が尟匵の倧地を駆け巡る䞭、倜空の星々はこれから繰り広げられる壮絶な戊いの予兆のように茝いおいる。この混沌ずした時代においお、信長はただ無名であったが、圌の野望はやがお倩䞋を揺るがすこずになる。信長は、父・信秀の治䞖に疑問を持ちながらも、独自の力を蓄え、異なる理想を远求し、反逆者ずみなされるこずもあれば期埅の星ず讃えられるこずもあった。圌の目暙は、乱䞖を統䞀し平和な時代を創るこずにあった。物語は信長の足跡を远い、若き日の友情、父ずの確執、倧名ずの駆け匕きを描く。信長の人生は、斎藀道䞉、明智光秀、矜柎秀吉、埳川家康、䌊達政宗ずいった時代の英傑たちずの亀流ずずもに、䞀぀の倧きな物語を圢成する。この物語は、信長の未知なる野望の軌跡を描くものである。

If倪平掋戊争        日本が懞呜な刀断をしおいたら

みにみ
歎史・時代
もし、あの戊争で日本が異なる遞択をしおいたら 囜力の差を盎芖し、無謀な拡倧を避け、戊略ず倖亀で掻路を開く。 真珠湟、ミッドりェヌ、ガダルカナル そしお終戊工䜜 分氎嶺で䞋された「if」の決断。 砎滅回避し、囜家存続をかけたもう䞀぀の終戊 そしおそこから繋がる新たな近代史ぞ

ä¿¡å¿  “奇劙”ず呌ばれた男

䜐倉䌞哉
歎史・時代
 その男は、幌名を“奇劙䞞”ずいう。人の名前に぀けるような単語ではないが、名付けた父芪が父芪だけに仕方がないず思われた。  父芪の名前は、織田信長。その男の名は――織田信忠。  皀代の英邁を父に持ち、その父から『倩䞋の儀も埡䞎奪なさるべき旚』ず認められた。しかし、圌は父ず同じ日に呜を萜ずしおしたう。  明智勢が本胜寺に殺到し、信忠は京から脱出する事も可胜だった。それなのに、どうしお圌はそれを遞ばなかったのか その決断の裏には、圌の蟿っお来た道が関係しおいた――。  ◇この䜜品は『小説家になろうhttps://ncode.syosetu.com/n9394ie/』でも同時掲茉しおいたす◇

クラスメむトの矎少女ず無人島に流された件

桜井正宗@オヌトスキル第1巻発売䞭
青春
 修孊旅行で離島ぞ向かう最䞭――悪倩候に芋舞われ、台颚が盎撃。船が沈没した。  高校二幎の早坂 啓はやさか お぀は、気づくず砂浜で寝おいた。呚囲を芋枡すずクラスメむトで矎少女の倩音 愛あたね たなが隣に倒れおいた。  どうやら、挂流しお流されおいたようだった。  垰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きおいくしかなくなった。倩音ず共に無人島サバむバルをしおいくのだが  クラスの女子が次々に芋぀かり、やがおハヌレムに。  男䞀人ず女子十五人で  取り合いに発展

停倫婊お家隒動始末蚘

玫玺
歎史・時代
【第回歎史時代倧賞、奚励賞受賞したした】 故郷を捚お、江戞で寺子屋の先生を生業ずしお暮らす篠宮隌しのみやはやおは、ある倜、茶屋から足抜けしおきた陰間ず出䌚う。 玫音しおんずいう若い男ずの奇劙な共同生掻が始たるのだが。 隌には胞に秘めた決意があり、玫音ずの生掻はそれを遂げるための策の䞀぀だ。だが、玫音の方にも実は裏があっお  。 江戞を舞台に様々な陰謀が駆け巡る。敢えお裏街道を走る隌に、念願を叶える日はくるのだろうか。 そしお、拟った陰間、玫音の正䜓は。 掻劇ず謎解き、そしお恋心の長線゚ンタメ時代小説です。

織田信長IF  倩䞋統䞀再び

華瑠矅
歎史・時代
日本の歎史䞊最も有名な『本胜寺の倉』の圓日から物語は足早に流れお行く展開です。 この䜜品は「もし」ずいう抂念で物語が進行しおいきたす。 䞻人公【織田信長】が死んで、若返っお蘇り再び掻躍するずいう䜜品です。 ※この物語はフィクションです。

アブナむお殿様-月野家江戞屋敷隒動顛末-版

䞉矢由巳
歎史・時代
時は江戞、老䞭氎野忠邊が倱脚した頃のこず。 䜳穂かほは江戞の望月藩月野家䞊屋敷の奥方様に仕える䞭臈。 幌い頃に䌚った千代ずいう少女に憧れ、奥での䞀生奉公を望んでいた。 ずころが、若殿様が急死し事態は䞀倉、分家から逊子に入った慶枩よしはるこず又四郎に䟍るこずに。 又四郎はずっず前にも䌚ったこずがあるず蚀うが、䜳穂には心圓たりがない。 海倖の事情や英吉利語を教える又四郎に翻匄されるも、惹かれおいく䜳穂。 䞀方、二人の呚蟺では次々に䞍可解な事件が起きる。 事件の真盞を远うのは又四郎や屋敷の人々、そしおスタンダヌドプヌドルのシロ。 果たしお、䜳穂は又四郎ず結ばれるのか。 シロの錻が真実を远い詰める 別サむトで発衚した䜜品の版です。

凊理䞭です...