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第一章
4.様子がおかしい
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(クリスティンさまのご様子がおかしい……)
メル・グレンは、我が主の言動に非常に戸惑っていた。
大貴族ファネル公爵家の令嬢クリスティンは、リューファス王国の未来の王妃である。
吊り上がり気味のワインレッド色の瞳は、強い眼光を放つ。
きつい顔立ちではあるが、気品のある美少女だ。
性格は、一言で表せば傍若無人。
しかし貴族というのは多かれ少なかれそうであるし、主が使用人に居丈高であっても、それは当然のことだ。
七年前、ファネル公爵家に引き取られるまで、メルは孤児院にいた。
川辺で大怪我を負っていたところを保護された。物心つく頃には施設にいて、それより前の記憶はない。
ファネル公爵が視察で孤児院を訪れた際、五歳のクリスティンもついてきて、彼女はメルを見、公爵に頼んで、引き取らせた。
女と間違われたのだ。彼女は人形のようにメルのことを考えていた。
どんな理由であれ、仕事を与えてくれた公爵家には恩義を感じている。
給金の殆どは、いつも孤児院に送っていた。
『風』の魔力を持つメルは重宝され、『影』としての業務も与えられている。
『影』とは、公爵家で隠密に動く者たちのことで、そういった人間が公爵家には数名存在している。
『影』の先輩から、様々な攻撃法、防御法を学び、中には暗殺法もあった。
日頃はクリスティンの近侍として仕え、護衛しているが、いざとなれば汚れ仕事もするよう教え込まれている。
クリスティンは、蝶よ花よと育てられた令嬢だ。
彼女は使用人を虫ケラのようにみて、気に食わない者をクビにすることもしょっちゅうだった。
だが、最近は以前と様子が違う。
濃い紅茶を飲み、倒れた日からだ。
いままでの彼女なら、そんな紅茶を淹れたメイドを、間違いなく即刻解雇したのに、庇う態度をみせた。
三日三晩うなされた後、更に驚く行動をとった。
体力改善のため、走り込みをはじめ、使用人である自分に教えを請うてきた。
護身術は、公爵家の令嬢として必要ないと告げたが。
メルは彼女の護衛としてもついているので、万一彼女に危機があれば、護身術を学ばなくても、この自分が守る。
(一体、クリスティン様はどうなさったのだろう……)
頭を強くテーブルに打ち付けてしまい、きっと少々……おかしくなってしまったのだ。
彼女は身体が弱い。走り込みはやめさせ、ウォーキングに付き添っている。
すぐに彼女はバテる。だが、真剣に取り組み、そのあと部屋で不思議な体操をしている。
『ヨガ』というものらしい。
健康に良いからと誘われ、メルも彼女とともに行っている。
今までに聞いたことも、したこともないものだ。
しかしぽかぽかとあたたまり、血行が良くなってリフレッシュもでき、確かに身体に良さそうだと感じた。
クリスティンの健康にも良いだろう。
が……あの格好は、大貴族の令嬢がする姿ではない。
クリスティン自身が気に入り、動きやすいのであれば、メルがどうこういうことではないが……。しかし案の定、スウィジンに眉を顰められ、公爵夫妻には注意を受けていた。
最も驚かされたのは、アドレーとの結婚がなくなってほしいと彼女が話したことだ。
その協力をしてほしいと。
あんなに王太子を慕っていたというのに……。
(時間が経てば、クリスティン様の混乱状態も落ち着くはずだ)
メルはそう思っていた。
今まで彼女は、身の回りのことはすべて人に任せてきた。
自らする必要はないのに、近頃、進んでなんでも積極的に行うようになっている。
将来のためらしい。
それもよくわからない。
王妃となる彼女が、炊事や洗濯をする必要はない。
クリスティンの変貌に虚を衝かれつつ、己の心境の変化にも困惑していた。
自分のような使用人であれ、感情というものは存在している。
今まで恩義を感じても、クリスティンに対して、それ以外に思うところはなかった。
だが最近、彼女に親しみを感じ、色々な意味で目を離せなく思うのだった。
※※※※※
クリスティンは自分の横で、ヨガの三日月のポーズをとっているメルをじっと眺める。
ゲームでは、彼は怖い描かれ方をしていた。
『影』と呼ばれる使用人──。
特殊な訓練を受け、仕事内容には、暗殺も含まれている。
悪役令嬢の命で、彼がとる行動は恐ろしいものだ。
ともに、成敗されてしまうくらいに。
だが学園入学前の、現在十四歳のメルはまったく怖くない。
彼に護身術を教えてほしいと頼んだけれど、躱されてしまった。
(仕方ないわ、まずは基礎体力作りをしましょう)
クリスティンは、庭園でのウォーキングもステテコウェアで行っている。
アドレーがこの姿を見れば、婚約解消してくれるかもしれないと望みを持つ。
けれどアドレーが来る際は事前に連絡が入り、念入りに支度を整えさせられてしまうので、それは無理だった。
◇◇◇◇◇
早朝、メルとウォーキングをしていると、庭先でバッタリ、アドレーと出くわした。
「……アドレー様」
「クリスティン」
彼はこちらに歩み寄ってくる。
アドレーの隣には、彼の右腕であるラムゼイ・エヴァットの姿もある。
彼もゲームの攻略対象で、悪役令嬢の断罪イベントに参加している。
「クリスティン……その姿は?」
ステテコウェアを見て、アドレーはさすがに面食らっている。
兄スウィジンが、近々アドレーが訪れると言っていたが、いつもはあるはずの事前連絡が、なぜか今日はなかった。
婚約者がやってきて、震えが走る。
しかもラムゼイまで共に。
が、考えようによってはこれはラッキーだ。今、ステテコウェアである。
(婚約解消をしてくれるかも!)
「アドレー様、ラムゼイ様、ごきげんよう。本日はどうしてこちらに?」
ふたりは、我が目を疑うようにクリスティンに視線を注いでいる。
ラムゼイは冷たい美貌の持ち主だ。
灰色にもみえる青の瞳に、月の光を束ねたような銀髪、細い鼻梁に、薄い唇。
冷ややかな氷の貴公子と呼ばれている。
ゲーム攻略中、彼のルートではうっとりできたが、今はそんなときめき微塵も抱けない。
「倒れた君が心配で。時間が空いたので思い立ってきたんだ。ラムゼイはちょうど王宮を訪れていて、共に寄った。連絡もせず来てすまないね」
「わざわざお越しくださいまして、ありがとうございます。ご心配をおかけいたしました。わたくしならもう大丈夫ですわ」
ステテコ姿で、おほほと笑うクリスティンを前にふたりとも、困惑している。
「体調がよくなったのなら良いのだけど」
「はい。お蔭様で、快復いたしましたわ」
「クリスティン、それで……その姿は?」
「あら、まあ!」
今気づいたとばかりに、クリスティンは自らの服を見下ろし、指で摘まんでみせた。
「わたくしったら。このような格好で! 失礼いたしました」
「君はいつもそういった服を着ているのか?」
ラムゼイの冷たい呆れ声に、内心ビクつきつつ、微笑む。
「ええ、そうです。わたくし、近頃こういった格好を好んでおり、いつも着ているのです。とても動きやすいのですわ。おほほ」
「動きやすそうではあるが……王太子の婚約者としてふさわしい姿ではない」
ぴしゃりと言ったラムゼイをアドレーが窘める。
「ラムゼイ。クリスティンが気に入っているのなら、いいじゃないか」
「だが、アドレー」
アドレーはクリスティンを庇いながらも、唖然としているのがみてとれる。
(そうそうラムゼイ様のおっしゃるとおり。ふさわしくないから、さっさと婚約破棄してください!)
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ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。
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