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第一章
23.願い1
しおりを挟むクリスティンはポケットから先程とは違う薬を取り出す。
「ルーカス様、これは術者の気力・体力を快復させる薬です。どの魔力の持ち主にも効きますので、よろしければ、どうぞ」
彼は訝しげにしつつも、薬入りの包みを受け取った。
クリスティンはくすりと笑みを零す。
「おかしな薬ではございませんわよ。多くの薬を販売しているエヴァット公爵家のラムゼイ様立ち合いのもと、作りだした薬で、幾つかの薬草を煎じたものなのです」
「いや、怪しんでいるわけではない。ありがたくいただくよ」
クリスティンがさっき飲んだ薬は『星』術者専用のものだ。発作を抑える効果をもつ。
今ルーカスに渡したもの以外にも、クリスティンは薬を作り出しており、エヴァット公爵家から売上の何割かをもらっている。
将来、孤島送りとなった場合のため、貯金していた。
(時間があれば、それぞれの術者に適した薬を作ってみましょう)
剣術の稽古場近くで、クリスティンは薬草も育てている。
「クリスティン様!」
灌木の向こうから声がして、メルがこちらに駆け寄ってくるのがみえた。
「メル」
「いつもよりお帰りが遅いので、心配……」
彼は、クリスティンのスカートについた土と葉を見て、表情を険しくした。
「──一体、クリスティン様に何を?」
メルはルーカスに鋭い視線を突きさす。
「メル、わたくし発作を起こしてしまったの」
クリスティンは慌てて説明をした。
「発作……!?」
「ええ。偶然そこに居合わせたルーカス様が、介抱してくださったのよ」
「そうだったのですか……。帰りましょう」
メルはクリスティンを腕に抱え上げた。突然のことに、クリスティンは目を白黒させる。
「自分で歩けるわ」
「発作後は、眩暈がするでしょう。倒れてはいけませんからお運びします」
そのままメルは歩き出し、クリスティンは後ろを振り返った。
女だと思っているメルが、目の前で軽々とクリスティンの身体を抱えて歩いていくのに、ルーカスは驚いているようだった。
「ルーカス様、ありがとうございました……」
「いや……」
そこをあとにし、寮に辿り着く前にクリスティンはメルに声をかけた。
「わたくしもう本当に大丈夫、下ろして。あなたは今、女子生徒姿なのよ、人の目があるわ」
彼はようやくそれに思い至ったようで、足を止めた。
「本当にクリスティン様、大丈夫ですか?」
「ええ。もし倒れそうになったら、あなたに掴まるから」
メルはそっとクリスティンを下ろす。彼は強い眼差しで告げた。
「これからはあなたの傍に、私がいつもついています。今日のようなことがありましたらいけません」
「常に薬を携帯しているし、平気よ。四六時中一緒ってわけにはいかないでしょう。今日も大丈夫だったのだけれど、発作の現場をルーカス様に見られてしまって」
クリスティンはふうと息をつく。
寮に戻り、部屋で生徒会活動についての報告を受け、クリスティンは彼に謝った。
「いつもあなたに代わりをさせてごめんなさい、メル」
彼は髪をかきあげた。
「いえ、私は構わないのですが……クリスティン様が出席されないのを、皆様、残念にお思いでした。次回は必ず出席してほしいとのことです」
クリスティンは眉間のあたりが曇る。
生徒会──攻略対象が皆揃う恐怖の集会──。
「このまま欠席をしていれば、除籍してくれるんじゃないかと希望をもっているのだけれど……」
だがそれだと、リーに迷惑をかけることになるかもしれない。
「除籍になることはないと思います」
たまには顔を出しておかなければならないのだろう。
「ひょっとして、何か言われたりした? 代わりに出席したことで、ちくちくと嫌味とか……」
「いえ……」
彼は言葉を濁すけれど、兄のスウィジンあたりに結構言われたのかもしれない。
「本当にごめんなさいね」
「どうかお気になさらないでください。私はクリスティン様の近侍なのですから、クリスティン様のために動くのは当然です」
「いつもお世話になっているし、何かお礼をしたいわ。調理室を借りて、何かあなたの好きなものを作ってご馳走する」
メルに習って、料理も大分できるようになったのだ。
「ここは寮で屋敷とは勝手が違うでしょうし。クリスティン様、そのお気持ちだけで、充分です」
寮の調理室を借りることは可能かもしれないが、料理人に迷惑をかけてしまうかもしれなかった。
「うーん……。じゃ何かお願い事はない? わたくしにできることなら叶えるわ。気持ちだけとかは駄目」
彼は吐息をついた。
「お願い事、ですか……?」
「ええ」
彼はクリスティンに視線を返して、微笑んだ。
「私は、クリスティン様が日々健やかに学園で学び、お過ごしになられることを願っております」
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