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3.ふたりきり
母はクライヴからシャロンに眼差しを移し、肩に手をのせた。
「シャロン、昨日は階段から転んでしまったと連絡を受けたわよ? 大丈夫なの?」
「はい。何ともありませんわ」
「立て続けに色々起きたことだし、ゆっくりしたほうがいいわね」
「シャロン、おまえは休みなさい。クライヴ、家令に会わせるから、一緒に来なさい」
「はい」
クライヴはシャロンに向き直る。
「お嬢様、本当にありがとうございました」
「わたくしこそ、ありがとう」
シャロンは自室に戻れば、まっすぐ机に向かった。
ゆっくり休んでいる暇などはないのだ。
生き残るため、策を練らねば!
◇◇◇◇◇
国外追放に向け、まず諸外国の言語を学ぶことに決めた。
どこへ行っても大丈夫なようにしておかないと。
「お父様、家庭教師を増やしていただきたいですわ」
シャロンは書斎に行き、そこにいた父に掛け合った。
「ん? おまえにはすでに数人ついているだろう?」
「もっと多くの外国語を学びたいのです」
すると父は嬉しそうに頷いた。
「そうか。将来の王妃として、よい心がけだ。では増やそう」
国外追放に備えてだけれども。
別の大陸にまで追放されることはないだろうから、周辺国の言語を重点的に学び、無事追放されるのだ。
「あ、それと武術の稽古をもっとしたいのですわ」
父は首を傾げた。
「今でもオーデン家でしているではないか?」
オーデン家は母の実家である。シャロンはよくそこで武術の指南を受けていた。
母方の祖父が将軍で、シャロンはゲームでも武闘派令嬢だった。
元々興味があり、幼いころから学んでいたのだ。
緊急時にきっと役立つし、力をつけ腕を上げることが必要だ。
「この間、攫われそうになりましたので。有事に備え、お遊びではなく真剣に学びたいと思うのですわ。どうか武術指南役をつけてください」
「そうか……。なにかあった時、確かに役に立つな」
シャロンは父の許可を得て、それから武術も本格的に学べることになった。
書斎を出たあと、シャロンは書庫に向かった。
古今東西、悪者の出てくる本を探すのだ。
(立派な悪になるため、悪を知りましょう)
シャロンが書庫内で、本探しに集中していれば、声を掛けられた。
「お嬢様」
後ろをみると、クライヴがいた。
「クライヴ」
黒の上下に、白シャツ、縞のベストのお仕着せ姿だ。
すらっとして外見のよい彼は、何を着ても似合う。
彼はシャロンの前までやってくると、首を垂れた。
「俺を公爵家に置いてくださり、ありがとうございました」
「こちらこそありがとう。ここで勤めてくれて」
シャロンはクライヴを正直警戒している。
ゲームに登場していなかった彼。
ほんの僅かな判断の違いで、バッドやノーマルに進んでしまうかもしれない。
ハッピーエンドを目論んでいるシャロンには、彼が少々不安要素に感じられるのだ。
「お嬢様の身の回りのお世話をさせていただくことになりました。何か御用はございますか?」
丁重に言ってくれるものの、シャロンはまごついてしまう。
「ええと……特には、ないわ」
「今、本をお探しでは?」
「わたくしひとりで探すから」
彼は恩人で好感度は高い。だが乙女ゲーユーザーが好む容姿なのに、登場していなかったことが不可解である。
慎重を期し、関わらない。
「高い場所にある本は俺が取ります」
彼は立ち去る気配がみられない。
シャロンは今子供で身長が低い。
確かに高い場所の本は取りにくかった。
自分とそう年が変わらないようにみえるクライヴは、高身長である。
「クライヴは何歳なの?」
「十一歳です」
「ならわたくしより二歳上なのね」
「お嬢様は九歳でらっしゃるのですか」
「そうよ」
前世の記憶があるし、精神年齢はもっと上だけど。
「シャロン」
そのとき自分の名を呼ぶ声がした。
出入口を見れば、ライオネルの姿があった。
(え?)
「ライオネル様?」
シャロンは驚いた。
どうしてここにいるのだろう。
ライオネルは、こちらに悠然と歩いてきた。
「ライオネル様、いらしていたのですか」
「うん。君が書庫にいると聞いてここに。お見舞いにきたんだけど、動いて大丈夫なのかな?」
彼はきれいな眉を寄せる。シャロンは麗しい彼から目を逸らして返事した。
「もう大丈夫ですわ。お見舞いにきてくださり、ありがとうございます」
「階段から落ちた翌日、賊に遭遇してしまったんだろう。災難続きだね……」
「はい。でも平気です」
「無理せず、身体を大切にして。君は将来僕の妃となるんだから」
ライオネルはシャロンの頬に手を添えた。
シャロンはどぎまぎする。
(ライオネル様)
やさしく、やたら色気のあるキャラだったが、齢九歳にしてすでにそうだ。
こうして間近で見つめられれば、ときめいてしまう。
ゲーム内でも悪役令嬢は彼にベタ惚れだった。
ライオネルの関心を惹いたヒロインに苛立ち、嫌がらせをはじめる。それはエスカレートし、殺害も企てるのだ。
前世を思い出し、恋は散るとシャロンは悟った。
ライオネルは婚約者だから大切にしようと思ってくれているだけで、シャロンに対し恋愛感情はない。
階段から落下したシャロンに、罪悪感を覚えていて。
ゲームをプレイしたことで、そういった事情も今の自分はわかってしまっている。
(彼を前にすると泣いてしまいそう)
天真爛漫で純粋なヒロインに彼は惹かれるが、積極的に働きかけはしない。
婚約者がいるから。
だがふたりの距離は縮まっていく。
そのきっかけを作り出すのが、ヒロインをいじめる悪役令嬢。
自らの婚約者によってヒロインが不遇な目に遭わされていることを知り、彼の抑えていた想いが爆発する。
ヒロイン殺害を企てる悪役令嬢に、婚約破棄を言い渡す。そうしてヒロインとの愛は深まる。
ノーマル、バッドでは悪役令嬢はほぼ死亡、国や世界も滅びることがある。
(ハッピーエンドを迎えてもらわなきゃ!)
心の整理がまだ完全にできておらず、青ざめてしまうと、ライオネルは憂いを帯びた眼差しをシャロンに向けた。
「シャロン?」
彼はシャロンの頬を撫でる。
「顔色がよくないよ……。悩み事があるのなら、僕に相談して? 婚約者なんだからね」
(ええ、でも破棄されますわ……)
「怖いことに遭遇し、心に傷を負ってしまったのかな……僕にできることならなんでもする」
初恋相手の王子に心配され、シャロンは切なく胸が締め付けられる。
力なく、かぶりを振った。
「いえ。護衛と彼に救ってもらったので。本当に大丈夫ですわ」
ライオネルはシャロンの視線の先を追い、クライヴに気がついた。
「新しく入った公爵家の使用人?」
「はい」
シャロンはライオネルにクライヴを紹介した。
「クライヴといいます。彼が賊から助けてくれました。それが縁で、公爵家で勤めてもらうことになったのですわ」
「お目にかかれて光栄です、殿下」
クライヴはライオネルに頭を下げる。
「婚約者の危機を救ってくれて、礼を言う。ありがとう、クライヴ」
「恐縮です」
ライオネルはシャロンに向き直る。
「シャロン、やはりまだ休んでいたほうがいいよ」
「……はい」
心配するライオネルに促され、シャロンは自室に戻ることになった。
大丈夫だと言ったが、寝台に横にさせられてしまった。
ライオネルは脇の椅子に座り、シャロンの手を握りしめる。
部屋にいたメイドは気を利かせて退室してしまい、ふたりきりだ。
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