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第1話 できれば王子を泣かせたい!
(3)寝落ちには定番のアレ
しおりを挟む「…………ふぁ」
「あら殿下、眠そうですわね」
「いや、眠くなんかない」
「きっと疲れが溜まっているのでしょう。わたくしはもうお暇しますので、少し横になられてはどうですか?」
「お、お前が…………ひ、ひざ……ら……してくれるなら」
「えっ、なんですか? 膝がどうかしました? よく聞こえませんでした。失礼ですが、もう一度お聞きしても?」
「なっ、何でもないっ……少しだけ横になってくる。すぐ起きるから、お前はこのままここにいろ。俺の許しがないのに勝手に帰るなよ?」
「ハイハイワカリマシタ」
オウジサマは大きな欠伸をしながら、フラフラと隣の寝室へと向かわれた。
もちろん計算通り!
彼が眠くなるのは当然だ。私が一服盛ったのだから。
と、言っても、お茶に直接睡眠薬を入れたわけではない。そんなことしたら私も眠ってしまうものね。
彼が口をつけるカップの縁にペースト状にした強力な睡眠薬をベッタリと塗っておいたのだ。お茶を飲む時、睡眠薬が一緒に流れ込んだという訳。
そして!
「じゃーんっ!」
私はドレスに仕込んだペンを取り出した。何とこれは、このイタズラだけのために開発した油性ペンモドキ!
いやぁー。インクを付けて書くのが一般的なこの世界で、油性ペンを作るのには苦労したわよね。プラスチックなんてものは存在しないから木軸で少し不格好だけど、これなら飲み会で鉄板のあの伝説のイタズラができるもの!
充分に時間を置いた後、私はジェラルドの寝室にこっそり侵入した。
帰るなとは言われたけど、部屋から出るなとは言われなかったしね。
いつもの事なので、彼の護衛や私の侍女はもちろん何も言いませんよ?
むしろいいぞもっとやれ的な空気を感じるのは何故かしら──きっとモラハラ発言のせいであまり人望がないのね、可哀想に。
キュッキュッキュッ!
実に小気味のいい音が響く。根性腐ってても王族だし、肌がツルツルなのね~。油性ペンの滑りがいいわ。なんかムカつく。
目蓋の上に目を描くのは定番よね!
額にも『第三の眼』を描いたら一気に中二病くさくなったわね。
もちろん眉毛は太くして、目の下に下まつ毛を散らしてみる。
更に、鼻の下にくるんとカールした口ひげも描いて……ほっぺにハートとかも描いちゃう? 描いちゃお!
「ふぅ~よし、完成!」
小声でガッツポーズ。
さすがの美少年も油性ペン&私の圧倒的画力の敵ではなかったわね!
我ながら傑作だわ、傑作!
「ぶっ……」
静かな部屋に響く護衛騎士さんの吹き出す音。
これは最大の賛辞だわ!
ほっぺはハートじゃなくて猫ヒゲとかでも可愛かったかも~。
それにしても男のくせにまつ毛長くてムカつくわねぇ。
次回は劇画調にするのも面白そうね。眉毛繋げたり、このムカつくほど綺麗なお目目をパンダみたいに真っ黒に縁どりしてもいいかもしれないわね。お猿王子じゃなくて、パンダ王子の誕生ね!
──まぁ、当分警戒されるだろうから次があるか怪しいけど。
「……んん……」
うめき声とともにジェラルドの眉が一瞬しかめられた。
──まずい。
楽し過ぎて時間忘れてたわ!
睡眠薬は即効性があるけど、効果時間短めで後遺症とか依存性とかないものなのよね。
気づかれないように退却しなきゃだわ!
ところが、そろりそろりと彼の上から身体を退けようとした瞬間に、手を滑らせてしまう。
「わわっ!」
あっという間にバランスを崩して倒れ込んだのは、もちろんジェラルドの上だった。
まずい!
すぐ起き上がらないと!
慌てて身体を起こそうと腕を突っ張るも、身体が重くて持ち上がらない。
「なっ…………」
ぐっと力を入れて起きようとするものの、何かに阻まれた。
よく見たら私の腰にジェラルドの腕が巻きついている。
「んん……む……ら……そばに……」
「えっ……ちょっ……待っ……!」
本人は可愛らしく寝言呟いてるけど、こっちはそれどころじゃない!
抵抗すればするほど、何故か腰に回されている手にぐっと力が入って、あっという間に抱き込まれてしまった。
──まさか起きてるの?
慌ててジェラルドの顔を覗き込んだけど、起きているようには見えない。
私は抱き枕じゃないんだけど!
彼の寝息が首筋にかかってくすぐったいし、体温が伝わってくる。
ジェラルドの顔がすぐ側にある。
そう認識すると、途端に顔が熱くなって緊張で胸がバクバクしだした。
「……」
そっと、ジェラルドの顔を見ると──彼は三つの目で私を見つめていて、息が止まるかと思った! いや、私が描いたんだけれども!
こっち見んなし!
「マリー! マリー!」
「お嬢様っ!」
私が小声で叫ぶと(器用でしょ?)、部屋の入口で待機していたマリーが慌てて駆け寄ってきて、ジェラルドの腕をべシッと叩き落とした。
「!!!」
ちょっとマリー、それはさすがに不敬なんじゃ……と思ったけど、護衛騎士さんも何も言わないし、王子様の顔にイタズラ描きした私が今更不敬を語るわけにもいかない。
やっと腕の中から逃げ出せた私は、何がなんだかよく分からないけど、そのまま逃げるようにして部屋を後にした。
しばらくドキドキが止まらなかったけれど、きっとあの第三の目の呪いだわ。
イタズラ描きに生命を吹き込んでしまうなんて……私、天才かしら。いや、神かもしれないわね。こんな猿王子ですら天使みたいに綺麗なんだから、私が絵画の神という可能性も無きにしも非ず。
帰ったら大きなキャンバスでも用意してもらって、神がかったこの才能を開花させるのも悪くないわよね。
そうやって、ジェラルドが起きる前に部屋を退出してしまった結果、あの傑作の成果を直接見ることは叶わなかった。
ああ~、あの顔でしばらく城内歩き回って、誰かに指摘されて鏡を見た時の羞恥に震える顔を見たかったわぁ~。
油性ペンで描いたから、油系の物で落とさないと落ちないのよね……ふふっ。落とし方が分からなくて涙目であたふたしてるかしら?
あの濃いブルーの瞳にみるみる涙が溜まっていく様子、見たかったなぁ。
──ちぇっ。
「──あっ!」
そういえば、彼が起きる前に無断で帰ってしまったわね。
次回のお茶会でネチネチ嫌味を言われるかしら?
言い訳と新しい嫌がらせ考えなくっちゃ!
ちなみに、屋敷に帰ってすぐに私が精魂込めて描いた絵は、お父様によって開かずの間に封印されてしまった。
──何故だ。
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