できれば王子を泣かせたい！

第1話 できれば王子を泣かせたい！

（６）ヒロインちゃんが現れたようだ

　更に翌年になって、私も学園に入学した。

　ふふふ……ヒロインちゃんの名前は、事前に名簿でしっかり確認してるわよ。

　彼女の名前はラビア・トゥルーラちゃん。

　ゲームは自分の名前でプレイ派だから、私もデフォルト名知らなかったんだけどね。トゥルーラって名前には聞き覚えがあるからきっと間違いないわ！

　シナリオ通り入学式に遅刻してきたみたいだから、まだ顔を合わせたことがないのよね……クラスも違ったし。
　入学当日に広い学園内で迷子になったヒロインちゃんは、色んな攻略対象とすれ違うのよね、確か。
　戦隊モノの仲間集めの初回みたいな感じ？

　そんな訳で、ジェラルドへの嫌がらせもそろそろ潮時ですかね？
　とうとう泣き顔は見られなかったけれど。
　美少年の悔しくて真っ赤な顔とか、泣く直前の涙目とか、貴重なものを間近で見られて幸せだったわ！
　眼福眼福！
　やりたいことは、ほぼほぼできたし。うん、満足だわ。

　──でも、ちょっと寂しいかしら……。

　いやいやいや。何言ってるのよ私！

　アレは、どう足掻いても私のモノにはならないんだもの。
　所詮は他人（ヒロインちゃん）のモノだわ。

　もうそろそろ私の嫌がらせからも解放してあげなければね──それは分かってるのよ？
　ただ、市井落ちも国外追放も視野に入れていたけれど、やっぱり大っぴらに断罪されるのは馬鹿みたいだしごめんだわ。
　穏便に解消できればそうしたいわね。

　えーっと……もう少し様子を見て、ヒロインちゃんがジェラルドとの仲を深める感じだったら、すかさず私から提案してあげればいいのかしら？
　悪役令嬢だからか、空気を読むのがちょっと苦手なんだけど頑張ってみるわ！



　それよりジェラルドはどこかしら？先生から言伝を頼まれたのよね。

　あっ！あの後ろ姿は──。

「あ、でん──……」

　私はかけようとした言葉を飲み込んで気配を消し、サッと物陰に身を隠した。

　何故かというと、視線の先でジェラルドが女生徒と二人きりで話をしていたからだった。
　ジェラルドは背中しか見えないけれど、女生徒の顔はバッチリ見えた。

　あれはきっと『フォル恋』のヒロインちゃんだ！

　テンプレヒロインのふわふわピンク髪、ぱっちりとしたタレ目気味の藍色の瞳、薄く色付いた頬、思わず守ってあげたくなるような華奢な身体──間違いなく彼女はこの乙女ゲームのヒロイン、ラビア・トゥルーラだ！

　私アレクサンドラと系統は違うけど、すんごい美少女！

　同じ学年だけど、ゲームと違って別のクラスだからか、今までほとんど接点がなかったのよね！

　うわぁぁぁっ！
　めっちゃ可愛い！　ちょー可愛い！
　あれは惚れるわ！

「ふむふむなになに……」

　二人の声はここからじゃ聞こえないみたいね。でも、人気ひとけのない廊下で二人きりということは、何かのイベントかしら？

　転生してから十五年経ってるからなのか、残念ながらもうあんまりゲームのイベントについて思い出せないのよねぇ。『フォル恋』の異世界編、結構好きだったからやりこんだはずなんだけど……今やジェラルド以外の攻略対象もうろ覚えだもの。
　老化って怖いわね！　──って、この世界の私はまだ十五歳の乙女だったわ。

　目を凝らして見たら、ヒロインちゃんがジェラルドに何かを手渡してるみたいだったわ。
　手作りお菓子を渡して仲良くなっちゃおうイベみたいな感じかしら？
　乙女ゲームにはありがちなイベントよね。
　バレンタインデーにはバレンタイン新シナリオが番外編として配信されたりしてたし。その日だけは本編で攻略中のキャラ以外も自由に選べたのよね。

　ただ、もしかしたら手作りお菓子をあげても、ジェラルドは食べないかもしれないわね。何と言うか……お茶会の度に色々仕込み過ぎて、基本的にジェラルドは食べ物に対しては警戒度ＭＡＸなのよね。
　嫌がらせで焦がしたクッキーをチョコクッキーだと言って持参した時も、食べるのをかなり渋っていたから「あら。せっかく焼いてきたクッキーが無駄になりそうですわね。殿下ともあろうお方が子どものような好き嫌いをなさるんですか？」って言ったら、意地になって食べていたわ。
　カスタードパイにカラシを仕込んだスイーツロシアンルーレットの時は、水をピッチャーからがぶ飲みしながら平らげていたわね。そういう負けず嫌いなところは嫌いじゃないわ。
　そういえば、ジェラルドがこの間ついに解毒の魔法を会得したらしいと風の噂で聞いた。そのうち私が毒を盛るとでも思ってるのかしらね？　さすがに盛らないわよ。

　あの嫌がらせのせいで、もしもヒロインちゃんのイベントを台無しにしていたら申し訳なさすぎるわね。
　乙女ゲームのヒロインちゃんの手作りスイーツは超絶美味なはずだから、ちゃんと受け取りなさいよジェラルド！

　まぁ、とにかくヒロインちゃんがジェラルドにまとわりついているという話は少し前から聞いてた。お節介な周りの人達がわざわざ教えてくれるのよね、それはそれは嬉しそうに。
　あの人たちはきっと陰では、私とジェラルドの不仲を喜んで話のネタにしてるのでしょうね。婚約破棄でもしようものなら私の後釜を狙おうとしている、その魂胆が見え見えで吐き気がするわ。

　でも残念でしたーっ！

　ジェラルドはヒロインちゃんのものだからあなた方の出番はこれっぽっちもなくてよ！　おほほほほっ！

　ヒロインちゃんとはクラスが違うから、今まで直接二人の絡みを目にしたことはなかったのだけれど。これでジェラルドルート確定ってことでいいのかしらね？　『フォル恋』にはハーレムルートは存在してなかったはずだし。

　私はヒロインちゃんをいじめてないから、それ関連のイベントは起こらないとしても。
　それでも、悪役令嬢モノのウェブ小説だと、転生ヒロインが悪役令嬢に冤罪をふっかける展開になるんだよね、確か。

　──市井落ちも国外追放も準備万端だからばっちこいよ！

　だけど、今のところ冤罪をかけられそうな気配はないわ。転生ヒロインだったとしても割とまともな方だと思っていいのかしら？

　ま、私がいじめてたのはジェラルドだものね！

　だったらジェラルドに断罪されるのかというと、そうはならないんじゃないかな～って、希望的観測。
　あんなに嫌がらせしまくってたのに、今まで一切お咎めなしだったし。
　それにほら。
　男ってどこの世界もカッコつけだから、まさかジェラルドの方からヒロインちゃんに泣きついたりはしないと思うのよね。

　私にいじめられていた分、ヒロインちゃんに思い切り癒してもらえるといいわね、ジェラルド。

「──はっ！」

　じゃあ、やっぱり穏便な婚約解消さえできれば、私が断罪される可能性はほとんどないんじゃないかしら？

　──あら？

　私も幸せ、ジェラルドも幸せ、ヒロインちゃんも幸せ！
　ああ、何て素晴らしい！
　そうと決まれば早めに退場の準備をしなくちゃ！
　まずは婚約解消の件をお父様に相談ね！





　私はウキウキと、スキップを踏みながらその場を後にした。