できれば王子を泣かせたい!

真辺わ人

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第2話 やっぱり王子を泣かせたい!

番外編 侍女の失策(マリー視点⑤)

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 決闘当日は不安を煽るような、どんよりとした空模様でした。

 何だか嫌な予感がしますが、一介の侍女でしかない私にはもうどうすることもできません。
 私にできることは、不安そうなお嬢様の側にいることだけです。

 森の入口付近で、魔獣避けの施されたテントを張り、私たちはそこから出ないようにと注意事項を言い渡されました。

 公爵家の者として参加したのは私とお嬢様だけです。
 ジェラルド殿下の護衛とは別に、お嬢様のテントには、国王陛下が任命した騎士団の選りすぐりの者が護衛につくことになりました。

「何かあったのかしら?」

 お嬢様が不安そうにテントの外へ意識を向けるのが分かります。

「私が見てまいりますので、お嬢様はここにいてください」

 先程からテントの外が騒がしいことには気づいておりました。
 お嬢様の不安を取り除くため、私は様子見をかってでることにしました。
 本音を言えばお嬢様の側から離れたくはありませんでしたし、離れるべきではありませんでした……いえ、結果論で言うと、逆に私が離れたからこそお嬢様が助かったのかもしれませんが。

「……」

 外へ出ると、見張りをしていたはずの護衛の騎士が見当たりません。
 いえ、よく耳を澄ますとガサガサという音となにかの鳴き声、そして騎士たちの切羽詰まったような声が聞こえます。

「……っ!」

 声のした方へ行くと、騎士たちは多くの魔獣に囲まれていました。
 全て小型の魔獣でしたが、彼らは何だか興奮しているようで不規則な動きを繰り返し、数も多いために騎士たちは撃退に苦労している様子でした。

「おい、危ないぞ。下がれっ!」
「うっ!」

 状況を把握した私が、お嬢様の元へ戻るために踵を返してすぐに、誰かが鋭く叫びました。
 何が危ないのかを確認しようとした瞬間に、太ももに激痛が走ります。

「大丈夫かっ?!」

 私の背後から近づいた一匹の魔獣に攻撃されたようでした。着ていた侍女服のスカート部分が縦に裂かれて、太ももには切り傷ができています。

「は、はい!」

 不幸中の幸いで、公爵家特別注文の丈夫な侍女服のおかげか、表面にうっすらと血が滲む程度で済みました。さすが公爵家の侍女服。
 見た目も着心地も最高な上、防御力も高いとは恐れ入ります。

 私を襲ったうさぎ型の魔獣は、駆けつけた騎士によって即座に斬り伏せられて地面に転がっています。

「あっちのテントに救護士がいるから手当してもらってくれ」

「は、はい……」

 私は頷いて大人しく救護士のテントへ向かいました。

 どのみちこんな状態ではお嬢様の元に戻れません。騎士団にも裁縫道具はあるはずだから、ちょっとそれを貸してもらおう……そんな心積りで。

 けれど、よく考えればわかったはずです。

 人の気配に敏感で普段は人前にあまり姿を見せないはずの小型魔獣たちが、大勢人のいる騎士団の前に現れたこと。彼らは一様になにかに怯えているようでした。その時は騎士団に怯えているのだと思っておりましたが。

 彼らは騎士団よりも恐ろしい魔獣から逃げる途中だったのだと。

 でも、その時は気づけませんでした。

「いやぁぁぁぁぁっ──っ!!」

「……っ! お嬢様っ!!?」

 その悲鳴が聞こえた時、私は破れたスカートを縫い合わせているところでしたが、針と繋がったままの糸を無理やり引きちぎると、弾かれるようにテントを飛び出しました。

 心臓が早鐘を打ちます。

「お嬢様、どうかご無事で!」

 小型魔獣の群れと戦っていた騎士たちも、その悲鳴を聞き付けて同じ方向に向かっていました。

 もしも。

 お嬢様に何かあれば、私も文字通り生きてはいられません。
 走る間も、それほどまでに大切ならば、なぜお嬢様のそばを離れたのだという後悔ばかりが胸に浮かんできます。

「こ、これは……」

 お嬢様のもとへと辿り着いた私は、目の前に広がっていた光景に、絶句します。

 一緒に駆けつけた騎士たちも同じだったようで、静まり返った森の中に、ゴクリ、と誰かの唾を飲む音が聞こえた気がしました。

 私たちがいたテントは跡形もなくなっていて。

 むせ返るような血の匂い。

 そして、広がっている血の海と、その真ん中に横たわっている巨大な熊の死体。

 それが明らかに絶命しているとわかったのは、熊の頭らしきものがすぐ側に転がっていたからです。

 その向こうに、何かを抱えて泣きじゃくるお嬢様の姿が見えました。



「お嬢様っ!!!」



 私が駆け寄ろうとすると、騎士たちも口々に叫んで同じ方向に駆け出しました。

「殿下っ!!!」

 彼らの視線の先にはお嬢様が。
 そして、お嬢様の抱えている何かが……その何かは赤く染まっていて。


「ああぁぁぁぁああ──っ!!!!」
「お嬢様、お嬢様っ!!!」


 壊れたように泣きじゃくるお嬢様の目に、私の姿が映ったと思われた瞬間、お嬢様はプツッと糸が切れたように倒れ込みました。









──────────
明日、朝夕で二話投稿して完結となります。
できれば最後までお付き合いくださると嬉しいです。
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